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第十二話 空の番人、ピピ
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モグ族の協力は絶大なものだった。彼らは生まれながらの土木作業員であり、私たちが畑を広げたいと願うと、すぐに土の中から現れて力を貸してくれた。ギルバートが何日もかけて格闘するような硬い土地や岩盤を、彼らは半日もかからずにふかふかの耕地に変えてしまう。
私たちはそのお礼として、収穫したばかりの新鮮な野菜を彼らに渡した。モグ族はそれを何よりの喜びとして受け取り、次の仕事への活力を得ていた。持ちつ持たれつの、温かく良好な関係が私たちとモグ族の間に築かれつつあった。
畑は日ごとに広がり、そこには色とりどりの作物が豊かに実っていた。カブやニンジンに加え、瑞々しい葉物野菜もすくすくと育っている。泉の魔力を帯びた水と私の『万物育成』の力、そしてモグ族が耕した豊かな土。その三つが合わさることで、作物は信じられないほどの生命力を見せていた。
しかし、その豊かさが新たな問題を呼び寄せることになった。
ある朝、畑の様子を見に行った私は、思わず息を呑んだ。青々としていたはずのレタスのような野菜の葉が、あちこちでレースのように食い荒らされている。葉の裏側を覗き込むと、そこには親指の先ほどの大きさの、鈍い光沢を放つ甲虫がびっしりと張り付いていた。
「これは……」
豊かな生命力は、人間や獣人だけでなく、虫たちにとっても最高の馳走だったのだ。
「害虫か。厄介なことになりましたな」
報告を受けたギルバートが、険しい顔で畑を見つめる。
彼は剣を抜き、その鋭い切っ先で器用に葉の裏の虫を払い落としていく。しかし、虫の数はあまりにも多かった。一枚の葉を綺麗にしても、すぐに近くの葉に別の虫が飛んでくる。
私も一枚一枚、葉をめくっては手で虫を取り除いていく。だが、広大な畑に対して私たちの作業は焼け石に水だった。
『我ガ風デ吹キ飛バス!』
フェンがその場でくるりと回り、小さな竜巻を巻き起こした。確かに虫は風圧で吹き飛ぶが、同時にまだ柔らかい野菜の葉も傷つけてしまう。これでは本末転倒だ。
「このままでは、せっかくの作物が全滅してしまうかもしれません…」
私の声には、隠しきれない焦りの色が滲んでいた。
数日間、私たちは虫との根比べを続けた。しかし、状況は悪化する一方だった。虫は驚異的な速さで繁殖を繰り返し、その数は日ごとに増えていく。私たちは疲労困憊し、途方に暮れかけていた。
その日の昼過ぎのことだった。
私たちが畑で虫取りに追われていると、空に突然、巨大な影が差した。
見上げると、そこには翼を広げれば馬車ほどにもなりそうな、巨大な鳥が舞っていた。陽光を反射して輝く青緑色の美しい羽根。鋭い嘴と、獲物を掴むための頑丈な爪。その姿は、荒野の王者と呼ぶにふさわしい威厳に満ちていた。
「魔獣か!」
ギルバートが瞬時に私を背後へ庇い、剣を構える。フェンも低い唸り声を上げ、いつでも飛びかかれる体勢を取った。
巨大な鳥は、しかし私たちには目もくれなかった。彼は甲高い鳴き声を一つ上げると、矢のように急降下してきた。その目標は、私たちではなく、虫にたかられた畑だった。
「危ない!」
ギルバートが叫ぶ。だが、私たちの予想は完全に裏切られた。
巨大な鳥は畑に降り立つ寸前で翼を大きく羽ばたかせた。すると、突風が巻き起こり、葉に張り付いていた害虫たちが一斉に空中に舞い上げられる。
次の瞬間、鳥は信じられないほどの速さで、空中に放り出された虫たちを次々とついばみ始めた。その動きは正確無比で、まるで空中に静止した的を射抜くかのようだった。
風を起こし、虫を舞い上げ、食べる。その一連の動作に一切の無駄がない。あっという間に、畑の一区画を埋め尽くしていた害虫が綺麗にいなくなってしまった。
「虫だけを……狙っているのか?」
ギルバートが、驚きに目を見開いたまま呟く。
鳥は畑の上を優雅に旋回し、次々と害虫の群れを駆逐していく。その姿は、まるで畑を守るために現れた空の騎士のようだった。
一時間もしないうちに、あれほど私たちを悩ませていた害虫の大群は、一匹残らず巨大な鳥の胃袋に収まってしまった。
害虫を平らげ、満足したのか。巨大な鳥はゆっくりと私たちの前に降り立った。その巨体は、間近で見るとさらに迫力がある。
ギルバートは剣を構えたまま、じりりと間合いを詰める。
「何者だ。目的は何だ」
鳥はギルバートを一瞥したが、興味がないというようにそっぽを向いた。そして、その大きな琥珀色の瞳は、まっすぐに私を見つめていた。敵意は感じられない。むしろ、その瞳には親しみと、純粋な好奇の色が浮かんでいた。
私はギルバートの腕をそっと押し下げ、一歩前に出た。
「ありがとう。助けてくれて」
私が微笑みかけると、鳥は嬉しそうに首を傾げ、ピピ、と可愛らしい声で鳴いた。その巨体には似つかわしくない、鈴の音のような澄んだ鳴き声だった。
私はおそるおそる手を伸ばし、その美しい青緑色の首筋を撫でてあげた。羽毛は絹のようになめらかで、温かい。鳥は気持ちよさそうに目を細め、私の手に頭をすりつけてくる。すっかり私に懐いてしまったようだ。
「あなたの名前は、ピピね」
私がそう呼ぶと、鳥は肯定するように再び「ピピ」と鳴いた。
こうして、私たちは空の番人、ピピという新たな仲間を得た。ピピはその後も毎日畑の上空を旋回し、害虫が一匹でも現れようものなら、すぐさま飛んできて綺麗に平らげてくれた。
土にはモグ族。空にはピピ。そして、地上にはギルバートとフェン。
私の周りには、いつの間にかたくさんの頼もしい仲間が集まっていた。この不毛の地で始まった私の新しい人生は、日に日に賑やかで、温かいものになっていく。
私は広がり続ける畑と、仲間たちの姿を見渡し、心の底から幸福を感じていた。
この場所を、本当に楽園にしてみせる。その決意を、私は新たにしたのだった。
私たちはそのお礼として、収穫したばかりの新鮮な野菜を彼らに渡した。モグ族はそれを何よりの喜びとして受け取り、次の仕事への活力を得ていた。持ちつ持たれつの、温かく良好な関係が私たちとモグ族の間に築かれつつあった。
畑は日ごとに広がり、そこには色とりどりの作物が豊かに実っていた。カブやニンジンに加え、瑞々しい葉物野菜もすくすくと育っている。泉の魔力を帯びた水と私の『万物育成』の力、そしてモグ族が耕した豊かな土。その三つが合わさることで、作物は信じられないほどの生命力を見せていた。
しかし、その豊かさが新たな問題を呼び寄せることになった。
ある朝、畑の様子を見に行った私は、思わず息を呑んだ。青々としていたはずのレタスのような野菜の葉が、あちこちでレースのように食い荒らされている。葉の裏側を覗き込むと、そこには親指の先ほどの大きさの、鈍い光沢を放つ甲虫がびっしりと張り付いていた。
「これは……」
豊かな生命力は、人間や獣人だけでなく、虫たちにとっても最高の馳走だったのだ。
「害虫か。厄介なことになりましたな」
報告を受けたギルバートが、険しい顔で畑を見つめる。
彼は剣を抜き、その鋭い切っ先で器用に葉の裏の虫を払い落としていく。しかし、虫の数はあまりにも多かった。一枚の葉を綺麗にしても、すぐに近くの葉に別の虫が飛んでくる。
私も一枚一枚、葉をめくっては手で虫を取り除いていく。だが、広大な畑に対して私たちの作業は焼け石に水だった。
『我ガ風デ吹キ飛バス!』
フェンがその場でくるりと回り、小さな竜巻を巻き起こした。確かに虫は風圧で吹き飛ぶが、同時にまだ柔らかい野菜の葉も傷つけてしまう。これでは本末転倒だ。
「このままでは、せっかくの作物が全滅してしまうかもしれません…」
私の声には、隠しきれない焦りの色が滲んでいた。
数日間、私たちは虫との根比べを続けた。しかし、状況は悪化する一方だった。虫は驚異的な速さで繁殖を繰り返し、その数は日ごとに増えていく。私たちは疲労困憊し、途方に暮れかけていた。
その日の昼過ぎのことだった。
私たちが畑で虫取りに追われていると、空に突然、巨大な影が差した。
見上げると、そこには翼を広げれば馬車ほどにもなりそうな、巨大な鳥が舞っていた。陽光を反射して輝く青緑色の美しい羽根。鋭い嘴と、獲物を掴むための頑丈な爪。その姿は、荒野の王者と呼ぶにふさわしい威厳に満ちていた。
「魔獣か!」
ギルバートが瞬時に私を背後へ庇い、剣を構える。フェンも低い唸り声を上げ、いつでも飛びかかれる体勢を取った。
巨大な鳥は、しかし私たちには目もくれなかった。彼は甲高い鳴き声を一つ上げると、矢のように急降下してきた。その目標は、私たちではなく、虫にたかられた畑だった。
「危ない!」
ギルバートが叫ぶ。だが、私たちの予想は完全に裏切られた。
巨大な鳥は畑に降り立つ寸前で翼を大きく羽ばたかせた。すると、突風が巻き起こり、葉に張り付いていた害虫たちが一斉に空中に舞い上げられる。
次の瞬間、鳥は信じられないほどの速さで、空中に放り出された虫たちを次々とついばみ始めた。その動きは正確無比で、まるで空中に静止した的を射抜くかのようだった。
風を起こし、虫を舞い上げ、食べる。その一連の動作に一切の無駄がない。あっという間に、畑の一区画を埋め尽くしていた害虫が綺麗にいなくなってしまった。
「虫だけを……狙っているのか?」
ギルバートが、驚きに目を見開いたまま呟く。
鳥は畑の上を優雅に旋回し、次々と害虫の群れを駆逐していく。その姿は、まるで畑を守るために現れた空の騎士のようだった。
一時間もしないうちに、あれほど私たちを悩ませていた害虫の大群は、一匹残らず巨大な鳥の胃袋に収まってしまった。
害虫を平らげ、満足したのか。巨大な鳥はゆっくりと私たちの前に降り立った。その巨体は、間近で見るとさらに迫力がある。
ギルバートは剣を構えたまま、じりりと間合いを詰める。
「何者だ。目的は何だ」
鳥はギルバートを一瞥したが、興味がないというようにそっぽを向いた。そして、その大きな琥珀色の瞳は、まっすぐに私を見つめていた。敵意は感じられない。むしろ、その瞳には親しみと、純粋な好奇の色が浮かんでいた。
私はギルバートの腕をそっと押し下げ、一歩前に出た。
「ありがとう。助けてくれて」
私が微笑みかけると、鳥は嬉しそうに首を傾げ、ピピ、と可愛らしい声で鳴いた。その巨体には似つかわしくない、鈴の音のような澄んだ鳴き声だった。
私はおそるおそる手を伸ばし、その美しい青緑色の首筋を撫でてあげた。羽毛は絹のようになめらかで、温かい。鳥は気持ちよさそうに目を細め、私の手に頭をすりつけてくる。すっかり私に懐いてしまったようだ。
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