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第十三話 最初の来訪者
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私たちの生活は、驚くほどの速さで安定していった。広大な畑には常に何かしらの作物が実り、食料に困ることはなくなった。奇跡の泉からは清らかな水が尽きることなく湧き出し、私たちの喉と大地を潤してくれる。モグ族は頼もしい隣人として時折顔を出しては開墾を手伝ってくれ、ピピは空から畑を見守り続けていた。
その日の午後も、辺境は穏やかな時間が流れていた。私は新しく作ったハーブ園の手入れをしていた。王宮の書物でしか見たことのなかった珍しい薬草が、私の力とこの土地の魔力のおかげで、見事に根付いてくれている。ギルバートは少し離れた場所で剣の素振りを行い、フェンは私の足元で気持ちよさそうに昼寝をしていた。
それは、絵に描いたような平和な光景だった。私がこの地に追放されたことなど、遠い昔の出来事のように感じられるほどに。
しかし、その静寂は唐突に破られた。
ピィィィッ!
空高くから、ピピの鋭い警戒音が響き渡った。それは、いつもの穏やかな鳴き声とは全く違う、緊張をはらんだ叫び声だった。
その声に、今まで眠っていたフェンが弾かれたように跳ね起き、低い唸り声を上げる。ギルバートは一瞬で鍛錬を中断し、音もなく私のそばへと駆け寄ると、抜き身の剣を構えて私を背後へ庇った。
「アリシア様、私の後ろへ!」
私もハーブをいじる手を止め、緊張した面持ちで空を見上げた。ピピが、一点を見つめて旋回している。その視線の先、遥か地平線の向こうに、いくつかの小さな影が揺らめいているのが見えた。
それは、こちらに向かってきているようだった。
「何者でしょう……」
「分かりません。しかし、この地に人が近づくこと自体が異例です。油断はできません」
ギルバートの黄金の瞳が、狩人のように鋭く光る。
影はゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。その足取りはひどくおぼつかず、まるで幽鬼のようだった。数が増えているわけではない。ただ、疲労困憊しているせいで、まっすぐに歩けていないのだ。
やがて、その姿がはっきりと視界に捉えられる距離まで来た時、私たちは息を呑んだ。
それは、四人家族と思しき獣人たちだった。狼のような耳とふさふさの尻尾を持つ、狼の獣人族。父親らしき男性と母親、そして、その両親に必死にしがみつくように歩く、二人の幼い子供たち。
彼らの姿は、あまりにも痛々しかった。着ているものはぼろぼろの넝褸と化し、顔や手足は傷と泥で汚れている。皆一様に痩せこけ、その目には深い絶望の色が浮かんでいた。
ギルバートは剣を構えたまま、彼らの前に立ちはだかった。その威圧感に、獣人の家族はびくりと肩を震わせ、怯えたように立ち止まる。
「何者だ。この地に何の用だ」
彼の声は低く、警戒を隠そうともしない。
父親らしき獣人が、震える足で一歩前に出た。彼は今にも倒れそうな体を必死で支えながら、かすれた声で言った。
「お、お待ちください……我々は、敵意など……」
彼は私たちと、私たちの背後に広がる青々とした畑を信じられないといった目で見つめている。
「噂を……噂を聞いたのです。この不毛の辺境に、緑豊かな楽園があると。そして、そこには……慈悲深き、魔女様がおられると……」
魔女。その言葉に、ギルバートの眉がぴくりと動いた。しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。私の目は、父親の足元で怯えて震える幼い子供たちに釘付けになっていた。
その姿は、王宮で常に怯え、孤独だったかつての自分と重なって見えた。彼らは、ただ助けを求めて、必死の思いでここまで歩いてきたのだ。
私はギルバートの腕にそっと触れ、彼の前に進み出た。
「ギルバート、もう大丈夫です」
そして、獣人の家族に向かって、できる限り優しい声で微笑みかけた。
「ようこそ。大変でしたね。私はアリシア。魔女ではありませんよ」
私の穏やかな声に、獣人の父親は驚いたように目を見開いた。
「あなたは……」
「お腹が空いているでしょう。そして、喉も渇いているはずです。さあ、こちらへ。温かい食事と、綺麗な水がありますから」
私は彼らに手招きをした。私の背後では、ギルバートが静かに剣を鞘に収める気配がした。彼は、私の判断を信じてくれたのだ。
その言葉が、彼らの張り詰めていた糸をぷつりと切ったようだった。母親の膝から力が抜け、その場にへたり込む。父親も、安堵からか、その目に涙を浮かべていた。
私は彼らを洞窟へと案内した。そして、泉から汲んだばかりの綺麗な水と、畑で採れた野菜をたっぷり使った温かいスープを振る舞った。
獣人の家族は、まるで生まれて初めてご馳走を口にしたかのように、夢中でスープを啜った。その美味しさに、彼らは声を上げて泣き始めた。それは、苦しみから解放された、心からの涙だった。
食事を終え、少し落ち着きを取り戻した父親が、ぽつりぽつりと自分たちの身の上を語り始めた。彼らは、クローデル王国の厳しい税の取り立てと、激化する獣人族への迫害から逃げてきたのだという。全てを奪われ、故郷を追われ、死を覚悟してこの不毛の地へと逃げ込んできたのだと。
その話を聞き、私の胸は締め付けられるように痛んだ。父の、そしてセレスティアの治める国が、民をここまで苦しめている。
私は決意した。この優しい人たちを、見捨てるわけにはいかない。
「もし、よろしければ……」
私は、少し緊張しながら切り出した。
「ここに、住みませんか?まだ何もない場所ですが、皆で力を合わせれば、きっと素晴らしい場所にできるはずです」
私の申し出に、獣人の家族は顔を上げた。その目には、信じられないという驚きと、そして再生への確かな希望の光が灯っていた。
父親は、言葉なく深く、深く頭を下げた。
こうして、この地に最初の住民が誕生した。それは、私たちが築く楽園が、ただ私たちだけのものではない、新たな共同体へと姿を変えていく、始まりの瞬間だった。
その日の午後も、辺境は穏やかな時間が流れていた。私は新しく作ったハーブ園の手入れをしていた。王宮の書物でしか見たことのなかった珍しい薬草が、私の力とこの土地の魔力のおかげで、見事に根付いてくれている。ギルバートは少し離れた場所で剣の素振りを行い、フェンは私の足元で気持ちよさそうに昼寝をしていた。
それは、絵に描いたような平和な光景だった。私がこの地に追放されたことなど、遠い昔の出来事のように感じられるほどに。
しかし、その静寂は唐突に破られた。
ピィィィッ!
空高くから、ピピの鋭い警戒音が響き渡った。それは、いつもの穏やかな鳴き声とは全く違う、緊張をはらんだ叫び声だった。
その声に、今まで眠っていたフェンが弾かれたように跳ね起き、低い唸り声を上げる。ギルバートは一瞬で鍛錬を中断し、音もなく私のそばへと駆け寄ると、抜き身の剣を構えて私を背後へ庇った。
「アリシア様、私の後ろへ!」
私もハーブをいじる手を止め、緊張した面持ちで空を見上げた。ピピが、一点を見つめて旋回している。その視線の先、遥か地平線の向こうに、いくつかの小さな影が揺らめいているのが見えた。
それは、こちらに向かってきているようだった。
「何者でしょう……」
「分かりません。しかし、この地に人が近づくこと自体が異例です。油断はできません」
ギルバートの黄金の瞳が、狩人のように鋭く光る。
影はゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくる。その足取りはひどくおぼつかず、まるで幽鬼のようだった。数が増えているわけではない。ただ、疲労困憊しているせいで、まっすぐに歩けていないのだ。
やがて、その姿がはっきりと視界に捉えられる距離まで来た時、私たちは息を呑んだ。
それは、四人家族と思しき獣人たちだった。狼のような耳とふさふさの尻尾を持つ、狼の獣人族。父親らしき男性と母親、そして、その両親に必死にしがみつくように歩く、二人の幼い子供たち。
彼らの姿は、あまりにも痛々しかった。着ているものはぼろぼろの넝褸と化し、顔や手足は傷と泥で汚れている。皆一様に痩せこけ、その目には深い絶望の色が浮かんでいた。
ギルバートは剣を構えたまま、彼らの前に立ちはだかった。その威圧感に、獣人の家族はびくりと肩を震わせ、怯えたように立ち止まる。
「何者だ。この地に何の用だ」
彼の声は低く、警戒を隠そうともしない。
父親らしき獣人が、震える足で一歩前に出た。彼は今にも倒れそうな体を必死で支えながら、かすれた声で言った。
「お、お待ちください……我々は、敵意など……」
彼は私たちと、私たちの背後に広がる青々とした畑を信じられないといった目で見つめている。
「噂を……噂を聞いたのです。この不毛の辺境に、緑豊かな楽園があると。そして、そこには……慈悲深き、魔女様がおられると……」
魔女。その言葉に、ギルバートの眉がぴくりと動いた。しかし、私にはそんなことはどうでもよかった。私の目は、父親の足元で怯えて震える幼い子供たちに釘付けになっていた。
その姿は、王宮で常に怯え、孤独だったかつての自分と重なって見えた。彼らは、ただ助けを求めて、必死の思いでここまで歩いてきたのだ。
私はギルバートの腕にそっと触れ、彼の前に進み出た。
「ギルバート、もう大丈夫です」
そして、獣人の家族に向かって、できる限り優しい声で微笑みかけた。
「ようこそ。大変でしたね。私はアリシア。魔女ではありませんよ」
私の穏やかな声に、獣人の父親は驚いたように目を見開いた。
「あなたは……」
「お腹が空いているでしょう。そして、喉も渇いているはずです。さあ、こちらへ。温かい食事と、綺麗な水がありますから」
私は彼らに手招きをした。私の背後では、ギルバートが静かに剣を鞘に収める気配がした。彼は、私の判断を信じてくれたのだ。
その言葉が、彼らの張り詰めていた糸をぷつりと切ったようだった。母親の膝から力が抜け、その場にへたり込む。父親も、安堵からか、その目に涙を浮かべていた。
私は彼らを洞窟へと案内した。そして、泉から汲んだばかりの綺麗な水と、畑で採れた野菜をたっぷり使った温かいスープを振る舞った。
獣人の家族は、まるで生まれて初めてご馳走を口にしたかのように、夢中でスープを啜った。その美味しさに、彼らは声を上げて泣き始めた。それは、苦しみから解放された、心からの涙だった。
食事を終え、少し落ち着きを取り戻した父親が、ぽつりぽつりと自分たちの身の上を語り始めた。彼らは、クローデル王国の厳しい税の取り立てと、激化する獣人族への迫害から逃げてきたのだという。全てを奪われ、故郷を追われ、死を覚悟してこの不毛の地へと逃げ込んできたのだと。
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私は決意した。この優しい人たちを、見捨てるわけにはいかない。
「もし、よろしければ……」
私は、少し緊張しながら切り出した。
「ここに、住みませんか?まだ何もない場所ですが、皆で力を合わせれば、きっと素晴らしい場所にできるはずです」
私の申し出に、獣人の家族は顔を上げた。その目には、信じられないという驚きと、そして再生への確かな希望の光が灯っていた。
父親は、言葉なく深く、深く頭を下げた。
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