捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第二十話 ドワーフの心を開く酒

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猛吹雪の中を駆け抜け、私たちは凍ったドワーフをログハウスへと運び込んだ。暖炉のそばに急いで寝かせると、リーナが手早く濡れた衣服を脱がせ、温かい毛布でその屈強な体を包み込んでくれた。
「ひどい凍傷だわ…」
リーナが心配そうに呟く。彼の肌は血の気を失い、まるで石像のように冷たかった。

私は彼のそばに膝をつき、ごつごつとして大きな手にそっと触れた。そして、自分の内なる力を集中させる。私の手のひらから放たれた翠色の光が、ドワーフの体へと静かに流れ込んでいった。冷え切った血管に温かい生命力が巡り、石のように硬かった筋肉がゆっくりとほぐれていく。彼の顔に、わずかながら血の気が戻り始めた。

「う……んん……」
しばらくして、ドワーフは低い唸り声を上げ、ゆっくりと目を開けた。その瞳は、長い年月を生き抜いてきた岩のように、硬質で鋭い光を宿していた。彼は見慣れない天井と、周りを囲む私たちの顔を見回し、瞬時に状況を理解したようだった。

「ここはどこだ!貴様ら、何者だ!」
彼は敵意むき出しの声で叫び、勢いよく体を起こそうとした。しかし、長時間の消耗と凍傷で体はまだ自由にならず、再び毛布の上へと倒れ込む。

「騒ぐな。貴様はそこで行き倒れていたところを、我々に助けられたのだ」
ギルバートが、冷ややかな声で事実を告げた。彼の声には、恩人に対する無礼な態度への不快感が滲んでいる。

「人間の…施しだと?」
ドワーフは忌々しげに吐き捨てた。その瞳には、人間に対する根深い不信と侮蔑の色が浮かんでいる。
「ふん、余計なことを。そんなもの、頼んだ覚えはないわい」

そのあまりに頑固な態度に、ガルフも呆れたように肩をすくめた。
しかし、私は彼の無礼な言葉にも動じなかった。この厳しい辺境で、たった一人で吹雪に立ち向かってきたのだ。これくらい気性が荒いのも無理はないのかもしれない。

私はリーナが用意してくれた、野菜たっぷりの温かいシチューを木の器によそい、彼の前にそっと差し出した。
「お腹が空いているでしょう。まずはこれを食べて、体を温めてください」
私の優しい声かけにも、ドワーフはぷいと顔を背ける。
「いらん!人間の食い物など、喉を通るか!」

彼の徹底した拒絶に、さすがにリーナも困った顔で私を見た。どうしたものかと思案していた私の脳裏に、ふと王宮の書物の一節が蘇った。『ドワーフ族は誇り高く頑固な種族だが、極上の酒と優れた仕事には、何よりも敬意を払う』という記述だ。

酒。そういえば、温室で試しに育てていた大麦があった。私はその麦を使い、自分の力で発酵を促して、少量のエールを試作していたのだ。

「でしたら、こちらはいかがでしょう」
私は一度席を立つと、小さな樽から木の杯に琥珀色の液体を注ぎ、再び彼の元へと戻った。杯を差し出すと、ドワーフは鼻で笑った。
「酒か?どうせ人間の作る水みたいな酒だろう。そんなもので、このワシの心が動くとでも…」
彼の言葉が、途中でぴたりと止まった。
杯から立ち上る、豊潤な香りが彼の鼻腔をくすぐったのだ。それは、ただの麦の香りではなかった。私の力が凝縮された麦が生み出す、蜜のように甘く、森のように深く、そして大地のように力強い、複雑で芳醇な香りだった。

ドワーフの喉が、ごくりと鳴った。彼の視線は、琥珀色の液体に釘付けになっている。その瞳の中で、頑固なプライドと、抗いがたい職人としての本能が激しくせめぎ合っているのが見て取れた。

「……一口だけだぞ。一口だけ、味見をしてやる」
彼はぶっきらぼうにそう言うと、私の手からひったくるようにして杯を受け取った。そして、疑わしげに匂いを嗅いだ後、ぐいっと一気にそれを呷った。

次の瞬間、ドワーフの時間が止まった。
彼の目は、これ以上ないというほど大きく見開かれ、その立派な髭は驚きにわなないている。
口の中に広がるのは、衝撃的な美味さだった。濃厚な麦の旨味と、フルーティーな香り。そして、喉を通り過ぎた後に体を芯から燃え上がらせるような、温かく力強い魔力。彼が生まれてこの方、何百年と生きてきて飲んだ、どんな名工の酒よりも、圧倒的に美味かった。

「ば、馬鹿な……」
彼は空になった杯を呆然と見つめ、震える声で呟いた。
「な、なんだ、この酒は……!?こんな酒が、この世にあっていいものか……!」

彼の劇的な変化に、私たちはあっけにとられていた。
私はくすりと微笑み、静かに尋ねた。
「お口に合いましたか?」

ドワーフは、はっとしたように顔を上げた。そして、初めて敵意の宿っていない、純粋な驚きと畏敬の念に満ちた目で、私のことを見つめ返した。彼の頑なな心の殻が、たった一杯の酒によって、音を立てて砕け散った瞬間だった。

「……お前さん」
彼は、まだ信じられないといった様子で、かすれた声で尋ねた。
「一体、何者なんだ?」
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