捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

文字の大きさ
28 / 94

第二十八話 悪徳商人との対峙

しおりを挟む
ロックベルの市場は、活気があるように見えて、その実、深刻な物資不足に喘いでいた。野菜はどれも小さく萎びており、法外な値段がつけられている。塩や布を扱う店も品薄で、人々はわずかな商品を求めて言い争いをしていた。

「ひどい有様だな。これでは、まともな取引などできんかもしれん」
バルトが、顔をしかめて呟いた。

私たちは、市場の中でもひときわ大きな店構えを持つ、一軒の商店に目星をつけた。店先には『ガルシア商会』と書かれた立派な看板が掲げられている。町の商人たちの元締めのような存在なのだろう。ここで取引を成功させれば、今後の販路も確保しやすくなるはずだ。

店の前に荷車を止めると、番頭らしき痩せた男が、値踏みするような視線で私たちを上から下まで眺めた。
「なんだい、お前さんたちは。見たところ、ただの旅人じゃなさそうだが」

バルトが前に出て、愛想笑いを浮かべながら応じる。
「へい、あっしたちは北の荒野で細々と農業をやってる者でしてね。ちいとばかし珍しい作物が採れたもんで、旦那の店で買い取ってもらえねえかと思いまして」
そう言うと、彼は荷車を覆っていた布を一枚めくり、荷台に積まれた見事なカブを一つ見せた。

番頭の目が、そのカブに釘付けになった。彼の商人の勘が、目の前にあるものがただの野菜ではないと告げている。
「……ほう。こりゃあ、見事なカブだ。辺境でこんなものが採れるとはな」
彼は驚きを隠しきれない様子だったが、すぐに表情を抜け目のない商人のものへと変えた。
「まあ、中に入りな。主人が話を聞いてくれるだろう」

私たちは、店の奥にある応接室へと通された。部屋の中は、高価そうな調度品で飾られている。やがて、絹の服をだらしなく着こなし、指にいくつも金の指輪をはめた、肥え太った男が姿を現した。彼が、このガルシア商会の主人のようだ。

「お前さんたちが、珍しい作物を持ってきたという連中か」
ガルシアは、鷹のような鋭い目で私たちを品定めすると、尊大にソファへと腰を下ろした。

私たちは、持ってきた作物をテーブルの上に並べてみせた。真珠のようなカブ、甘い香りを放つニンジン、そして宝石のように輝くトマト。それらを見た瞬間、ガルシアの目の色が変わった。長年の経験を持つ彼には、これらの作物が規格外の価値を持つことが一目で分かったのだ。

しかし、彼はその内心を巧みに隠し、わざとらしくため息をついてみせた。
「ふん。見た目は立派だがな。所詮は野菜だ。こんなもの、今の町じゃ大して売れやしない。何せ、皆が欲しいのは腹にたまる穀物だからな」

バルトが、すかさず反論する。
「旦那、そう言わずに。味見だけでもしてみてくだせえ。こいつらの美味さは、本物でさあ」
「味見だと?面倒な」
ガルシアはそう言いながらも、メイドに命じてトマトを一つ、薄く切らせた。そして、それを侮蔑するように口に放り込む。

次の瞬間、彼の動きが完全に止まった。
口の中に広がるのは、衝撃的な甘みと、凝縮された太陽のような濃厚な旨味。それは、彼が今まで口にしたどんな果物よりも、甘く、美味かった。
「ば、馬鹿な……!?こ、これは本当に野菜なのか!?」

彼の反応を見て、私たちは勝利を確信した。
しかし、ガルシアはすぐに我に返ると、咳払いを一つしてポーカーフェイスを取り繕った。
「まあ、悪くはない。悪くはないが……所詮は田舎者の作った作物だ。価値をつけるとしても、銅貨数枚といったところだろう」

足元を見てきた。彼は、私たちが世間知らずの農民だと思い込み、この奇跡の作物をただ同然で買い叩こうとしているのだ。

バルトの顔に、怒りの色が浮かぶ。
「旦那、そりゃあねえぜ!この作物の価値が、銅貨数枚だなんて……!」
「嫌なら、他を当たるがいい。だが、この町でこれだけの量を一度に買い取れるのは、このワシだけだということを忘れるなよ?」
ガルシアは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。彼の言う通り、他の小さな店では、私たちの荷を捌ききることはできないだろう。完全に、私たちの弱みにつけ込まれた形だ。

交渉は、行き詰まった。
バルトとガルフが悔しそうに唇を噛む。このままでは、彼の言い値で売るしかないのか。

その時だった。
今までフードを深く被り、一言も発さなかった私が、静かに立ち上がった。

「ガルシア殿、でしたか」
凛とした声が、部屋に響く。フードの奥から覗く私の翠色の瞳が、まっすぐにガルシアを射抜いた。
「その交渉、少し待ったをかけてもよろしいでしょうか」

私の突然の発言に、ガルシアは面食らったように目を瞬かせた。
「なんだ、お前は。女は黙ってろ」

私は、彼の無礼な言葉を意に介さず、テーブルの上のトマトを一つ手に取った。
「この作物の本当の価値が、あなたにはお分かりでないようだ。これはただ美味しいだけの野菜ではありません。この中には、生命力を活性化させる、清浄な魔力が満ちています」
私はそう言うと、手にしたトマトに意識を集中させた。すると、トマトは私の力に呼応するように、内側から淡い翠色の光を放ち始めた。

その神秘的な光景に、ガルシアは息を呑んだ。
「なっ……!?」

「これを定期的に食せば、病にかかりにくくなり、怪我の治りも早くなる。老いた者には活力を、子供には健やかな成長を約束するでしょう。これはもはや、食料ではなく、高価なポーションにも匹敵する『薬品』なのです。その価値が、本当に銅貨数枚だとお思いですか?」
私の言葉は、静かだったが、有無を言わせぬほどの説得力を持っていた。

ガルシアの額に、脂汗が滲み始める。彼は、目の前の女がただ者ではないと、ようやく悟ったのだ。

それでも、彼は最後の抵抗を試みた。
「そ、それがどうした!この町では、ワシの言うことが法だ!ワシが銅貨数枚だと言ったら、そうなのだ!」

彼がそう叫んだ瞬間、私の背後に影のように控えていたギルバートが、静かに一歩前に出た。
彼は、ただそこに立っただけだった。しかし、その身から放たれる圧倒的な威圧感は、部屋の空気を氷のように凍てつかせた。それは、幾多の死線を乗り越えてきた王国最強の騎士だけが放つことのできる、純粋な『力』のオーラだった。

「……ひっ」
ガルシアが、椅子に座ったまま、カエルが潰れたような悲鳴を上げた。彼の目には、ギルバートの姿が死神か何かのように映っているのだろう。

ギルバートは、表情一つ変えずに、低い声で言った。
「我が主人は、対等な取引を望んでおられる。……それで、お答えは?」

それは、質問の形をした、最後通牒だった。
ガルシアは、がちがちと歯を鳴らし、脂汗を滝のように流しながら、かろうじて声を絞り出した。

「わ、分かりました……!こちらの負けです!ど、どうかご提示の価格で……いや、それ以上の価格で、買い取らせていただきます!」

こうして、私たちの最初の交渉は、完全な勝利で幕を閉じた。
悪徳商人は、アリシアの持つ不思議な力と、ギルバートの圧倒的な威圧の前に、屈するしかなかったのだ。

私たちは、持ってきた作物を金貨数十枚という、当初の予想を遥かに超える価格で売り払うことに成功した。
その帰り道、バルトとガルフは、私の交渉術とギルバートの迫力に、心からの賞賛と畏敬の念を送っていた。

「いやはや、女王陛下には敵いませぬな!」
「ギルバート様のあの眼光は、魔獣ですら逃げ出しますぞ!」

私は、彼らの言葉に小さく微笑みながら、町の門へと向かった。
手にした金貨の重みが、エデンの未来の可能性をずっしりと感じさせていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です。

秋月一花
恋愛
「すまないね、レディ。僕には愛しい婚約者がいるんだ。そんなに見つめられても、君とデートすることすら出来ないんだ」 「え? 私、あなたのことを見つめていませんけれど……?」 「なにを言っているんだい、さっきから熱い視線をむけていたじゃないかっ」 「あ、すみません。私が見ていたのはあなたではなく、別の方です」  あなたの護衛を見つめていました。だって好きなのだもの。見つめるくらいは許して欲しい。恋人になりたいなんて身分違いのことを考えないから、それだけはどうか。 「……やっぱり今日も格好いいわ、ライナルト様」  うっとりと呟く私に、ライナルト様はぎょっとしたような表情を浮かべて――それから、 「――俺のことが怖くないのか?」  と話し掛けられちゃった! これはライナルト様とお話しするチャンスなのでは?  よーし、せめてお友達になれるようにがんばろう!

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします

葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。 しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。 ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。 ユフィリアは決意するのであった。 ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。 だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。気長に待っててください。月2くらいで更新したいとは思ってます。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

覚えてないけど婚約者に嫌われて首を吊ってたみたいです。

kieiku
恋愛
いやいやいやいや、死ぬ前に婚約破棄! 婚約破棄しよう!

「何の取り柄もない姉より、妹をよこせ」と婚約破棄されましたが、妹を守るためなら私は「国一番の淑女」にでも這い上がってみせます

放浪人
恋愛
「何の取り柄もない姉はいらない。代わりに美しい妹をよこせ」 没落伯爵令嬢のアリアは、婚約者からそう告げられ、借金のカタに最愛の妹を奪われそうになる。 絶望の中、彼女が頼ったのは『氷の公爵』と恐れられる冷徹な男、クラウスだった。 「私の命、能力、生涯すべてを差し上げます。だから金を貸してください!」 妹を守るため、悪魔のような公爵と契約を結んだアリア。 彼女に課せられたのは、地獄のような淑女教育と、危険な陰謀が渦巻く社交界への潜入だった。 しかし、アリアは持ち前の『瞬間記憶能力』と『度胸』を武器に覚醒する。 自分を捨てた元婚約者を論破して地獄へ叩き落とし、意地悪なライバル令嬢を返り討ちにし、やがては国の危機さえも救う『国一番の淑女』へと駆け上がっていく! 一方、冷酷だと思われていた公爵は、泥の中でも強く咲くアリアの姿に心を奪われ――? 「お前がいない世界など不要だ」 契約から始まった関係が、やがて国中を巻き込む極上の溺愛へと変わる。 地味で無能と呼ばれた令嬢が、最強の旦那様と幸せを掴み取る、痛快・大逆転シンデレラストーリー!

処理中です...