捨てられ王女ですが、もふもふ達と力を合わせて最強の農業国家を作ってしまいました

夏見ナイ

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第四十二話 クローデル王国の徴税官

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エデンは、かつてないほどの成長期を迎えていた。元黒牙団という屈強な労働力が加わったことで、町の発展は驚くべき速さで進んでいた。ボルガたちは、過去の罪を償うかのように、誰よりも熱心に働いた。彼らの持つ荒々しいエネルギーは、開拓という建設的な目的へと向けられ、見事なまでに昇華されていた。

西側の荒れ地は、彼らの手によって瞬く間に広大な農地へと姿を変えた。南側には、将来の牧畜を見据えた広大な牧草地が整備され始めた。ガンツの鍛冶場は昼夜を問わず火が灯り、バルトが組織した警備隊は、元盗賊たちの戦闘経験を活かして、エデンの防衛網を鉄壁のものへと築き上げていく。

私は女王として、その全ての計画を監督し、皆が働きやすい環境を整えることに心を砕いた。私の役割は、もはや畑に力を注ぐだけではない。法を定め、仕事を割り振り、民の声に耳を傾ける。それは、目まぐるしくも充実した日々だった。

そんな平和なエデンの日常が、遠く離れたクローデル王国によって静かに脅かされようとしていることを、私たちはまだ知らなかった。

全ての始まりは、辺境伯の町ロックベルからだった。
悪徳商人ガルシアは、私たちが売った作物を独占し、莫大な利益を上げていた。彼はその一部を、この地を治めるロックベル辺境伯への貢物として献上した。もちろん、自分の手柄として。

「ほう、これが辺境で採れたという作物か」
辺境伯は、目の前に並べられた宝石のようなトマトを手に取り、感心したように呟いた。彼は一口食べると、その常識を超えた美味さに目を見開いた。
「なんだこれは!王都の献上品にも、これほどの美味はなかったぞ!」

「へへっ、お気に召しましたようで」
ガルシアは、卑屈な笑みを浮かべて頭を下げた。
「なんでも、北の荒野にいつの間にかできていた開拓村で採れたものだとか。腕利きの農民でも集まっているのでしょうな」

辺境伯の頭の中で、そろばんが弾かれた。辺境に、これほどの作物を産出する未申告の村がある。これは、王国にとって、そして何より自分にとって計り知れない利益を生む金のなる木だ。彼はすぐさま国王に使者を送り、この事実を報告した。

報告は、クローデル王国の王宮を騒がせた。
「辺境に、豊かな開拓村だと?」
国王は、玉座から身を乗り出した。彼の頭の中にある辺境は、追放した娘が朽ち果てるはずの、不毛の大地でしかない。
「なぜ今まで報告がなかったのだ!」
「はっ。おそらくは、ごく最近になって形成されたものかと。いずれにせよ、王国の法に従い、これまでの税を徴収する必要がございます」
側近の大臣が、進言した。

国王は、満足げに頷いた。不作と失政で傾きかけた国の財政にとって、それはまさに天の恵みのように思えた。
「うむ。早速、徴税官を派遣せよ。辺境担当のバッカス子爵に命じ、護衛の兵士を付けて向かわせろ。未納分の税を、一銅貨残らず取り立ててくるのだ」
彼らが話している村が、かつて自分たちが捨てた娘によって築かれた楽園だとは、誰も想像すらしなかった。

バッカス子爵は、典型的な貴族の小役人だった。痩せて神経質そうな顔つきに、狐のような細い目。彼は、この辺境への派遣という楽な仕事に、内心ほくそ笑んでいた。田舎者相手に威張り散らし、懐を肥やす絶好の機会だと。

数週間後。
エデンの物見やぐらに立っていたバルトが、遠眼鏡を覗き込みながら顔をしかめた。
「……ん?なんだ、ありゃ」
南の地平線に、十数人の騎馬の一団が見えた。先頭に立つ馬は、クローデル王国の紋章が刺繍された旗を掲げている。盗賊団とは明らかに違う、統率の取れた動き。

「ギルバート様!女王陛下!王国の兵隊です!」
彼の鋭い声が、村中に響き渡った。
畑仕事に精を出していた農民たちが、不安げに顔を上げる。鍛冶場から、ガンツが顔を覗かせた。村の空気が、一瞬で張り詰める。

私は、ギルバートと共にすぐに広場へと向かった。
「王国軍……なぜ、今になって」
私の声には、隠しきれない戸惑いが滲んでいた。捨てた土地に、何の用があるというのだろう。

ギルバートの表情は、鋼のように硬い。
「おそらく、我々の存在を嗅ぎつけたのでしょう。目的は、十中八九、税の徴収です」
彼の言葉に、周囲に集まってきた元難民たちの顔が恐怖に歪んだ。彼らにとって、王国の役人とは、全てを奪っていく略奪者と同義だった。
「税だと!?俺たちは、王国から見捨てられた身だぞ!」
「また、全てを奪われるのか……」

不穏な空気が広がる中、私は皆に向かって毅然と告げた。
「皆さん、落ち着いてください。無用な争いは避けましょう。まずは、彼らの話を聞きます」
私はもう、怯えるだけの王女ではない。このエデンを治める女王だ。堂々と、彼らと対峙しなければならない。

私は、女王として正装と呼べる、リーナが縫ってくれた清潔で威厳のあるドレスに着替えた。ギルバートとバルトを両脇に従え、私たちは村の入り口で、王国の一団を待ち構えた。

やがて、バッカス子爵率いる一団がエデンの入り口に到着した。
彼らは馬を止め、目の前に広がる光景に、言葉を失って立ち尽くしていた。
噂には聞いていた。しかし、これほどまでとは。整然と区画整理された町並み。豊かな緑が広がる広大な畑。そして、そこで暮らす人々の顔には、辺境の民にあるはずのない、活力と自信が満ち溢れている。

バッカス子爵は、馬上から私たちを見下ろし、驚きを隠すためにことさらに尊大な声を張り上げた。
「私が、クローデル王国辺境担当徴税官、バッカス子爵である!この村の責任者は誰か!前に出ろ!」

私は、静かに一歩前に出た。フードは被っていない。銀色の髪が、春の陽光を浴びてきらきらと輝く。
「私です。私が、このエデンの女王、アリシアです」

私の顔と名前を聞いて、バッカス子爵の細い目が、わずかに見開かれた。追放された第一王女の名。彼も、聞き覚えがあったのだろう。しかし、彼はすぐにその驚きを侮蔑の笑みに変えた。
「ほう、これはこれは。落ちぶれた元王女殿下が、こんな場所でままごと遊びとはな。面白い」
彼は、私を女王として認めるつもりなど毛頭ないようだった。

彼は馬から降りると、護衛の兵士たちを引き連れて、私たちの前に傲然と立ちはだかった。
「アリシア、だったか。貴様らがこの土地を不法に占拠し、王国への納税を怠っていることは、すでに王の知るところとなっている」

彼は、懐から取り出した羊皮紙を広げ、芝居がかった声で読み上げた。
「よって、国王陛下の名において、命ずる!このエデンの全資産を調査し、過去に遡って、正当な税を徴収する!分かったな!」

その高圧的な宣言が、エデンの青い空に、不吉な響きとなってこだました。
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