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第四十三話 理不尽な要求
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バッカス子爵の尊大な宣言は、エデンの民の心に静かな怒りの火を灯した。彼らは、王国の圧政から逃れてこの地にたどり着いた者たちだ。再び理不尽な搾取の手に落ちることなど、断じて受け入れられるはずがなかった。しかし、女王である私の判断を待って、皆、固く口を閉ざして成り行きを見守っていた。
私は、バッカス子爵の芝居がかった態度にも動じず、静かに問い返した。
「徴税、ですか。しかし、この土地はかつて、クローデル王国が『不毛の地』として放棄した場所のはずです。捨てられた土地から、税を取る権利が王国にあるとでも?」
私の冷静な反論に、バッカス子爵は一瞬言葉に詰まった。しかし、彼はすぐに鼻で笑ってみせた。
「詭弁を弄するな、元王女。王国の土地は、永遠に王国の土地だ。貴様らが勝手に耕し、利益を上げたのなら、その一部を国に納めるのは当然の義務であろう」
彼はそう言うと、まるで査定でもするかのように、いやらしい視線でエデンの町並みを見回した。
「ふむ。なかなか見事な町ではないか。これだけの規模の村を築き上げたのだ。さぞかし、蓄えもあるのだろうな」
彼は、護衛の兵士たちに命じた。
「お前たち、手分けしてこの村の資産を調査しろ!食料庫、家畜、畑の面積、そして住民一人一人が持つ財産まで、洗いざらいだ!隠し立てする者がいれば、容赦なく捕らえろ!」
「はっ!」
兵士たちが、命令を受けて動き出そうとした、その時だった。
「お待ちいただきたい」
ギルバートが、静かに一歩前に出た。彼の声は低く、地を這うような響きを持っていた。
「女王陛下の許可なく、エデンの民に指一本触れることは許さん」
その一言が、その場にいた兵士たちの足をぴたりと止めた。ギルバートの身から放たれる、尋常ではない威圧感。それは、ただの村の護衛が持つ雰囲気ではなかった。
バッカス子爵は、ギルバートを睨みつけた。
「貴様は確か……アークライト家の。王家を裏切り、追放された王女に付き従った愚か者か。まだ生きていたとはな」
「私のことはどうでもいい。だが、このエデンに、そしてアリシア様に無礼を働くというのなら、話は別だ」
ギルバートの黄金の瞳が、危険な光を宿して細められる。
緊張が、両者の間に火花のように散った。
私は、争いを避けるため、二人の間に割って入った。
「ギルバート、下がってください」
そして、バッカス子爵に向き直る。
「子爵。あなたの言い分にも、一理あるのかもしれません。ですが、法外な要求を呑むつもりはありません。まず、あなたがたが算定する税率をお聞かせ願えますか」
私の言葉に、バッカス子爵は自分が優位に立ったと勘違いしたのだろう、下卑た笑みを浮かべた。
「ほう、話が分かるではないか。よろしい。国王陛下の寛大なる思し召しだ。今回は特別に、お前たちの収穫物の『七割』を、税として納めることを許可しよう」
七割。
その言葉が、エデンの民の間に衝撃となって走った。
「な、七割だと!?」
「そんな馬鹿な!それでは我々は生きていけない!」
「悪魔だ!こいつは悪魔だ!」
怒号と罵声が、あちこちから飛び交う。それは、クローデル王国が最も財政難だった時期に課していた税率よりも、さらに過酷なものだった。
バッカス子爵は、民の怒りをせせら笑うかのように続けた。
「何を騒いでいる。七割で済ませてやると言っているのだ。本来なら、これまでの未納分も加算されるところをな。ありがたく思え」
彼は、私たちをただの無知な農民だと完全に見くびっていた。いくらでも搾り取れる、都合の良い財布だと。
私は、深く、深く息を吸い込んだ。そして、今まで抑えていた女王としての威厳を、その身に纏った。
「バッカス子爵」
私の声は、先ほどまでの穏やかさを完全に消し去り、冬の湖面のように冷たく、静かだった。
「その要求は、到底受け入れられません」
私は、きっぱりと拒絶した。
私の毅然とした態度に、バッカス子爵の顔色が変わった。
「な、なんだと?元王女の分際で、国王陛下の命令に逆らうというのか!」
「逆らうのではありません。理不尽な搾取を、拒絶しているのです。私たちは、クローデル王国から見捨てられた民。ならば、私たちには自分たちの生き方を選ぶ権利があるはずです。あなた方に、私たちの汗と努力の結晶を、不当に奪う権利など微塵もありません」
私の言葉は、エデンの民の心を代弁していた。彼らは、そうだ、その通りだと力強く頷き、私を後押しするように徴税官たちを睨みつけた。
バッカス子爵の顔が、屈辱に赤く染まっていく。
「……面白い。面白いことを言ってくれる。どうやら、言葉で言っても分からぬ愚か者ばかりのようだな」
彼は、腰に差した剣の柄に手をかけた。
「ならば、力で思い知らせてやるまでだ!いいか、お前たち!この村の者どもは、王国への反逆者だ!抵抗する者は、一人残らず斬り捨てよ!」
彼の狂気に満ちた号令が、エデンの平和な空気を切り裂いた。
護衛の兵士たちが、ためらいながらも剣を抜き放ち、じりじりと私たちににじり寄ってくる。
エデンの民の顔にも、覚悟の色が浮かんだ。バルトやガルフが、隠し持っていた武器を手に取る。
一触即発。血の匂いが、春の風に混じり始めた。
「皆さんは、手を出さないでください」
その張り詰めた空気の中、ギルバートの声だけが、どこまでも冷静に響いた。
彼は、ゆっくりと前に出た。そして、私の前に立ちはだかるようにして、抜身の剣を静かに構えた。
たった一人で、十数人の武装した兵士と対峙する。
その背中は、しかし、どんな城壁よりも雄大で、頼もしく見えた。
「――ここから先は、一歩も通さん」
私は、バッカス子爵の芝居がかった態度にも動じず、静かに問い返した。
「徴税、ですか。しかし、この土地はかつて、クローデル王国が『不毛の地』として放棄した場所のはずです。捨てられた土地から、税を取る権利が王国にあるとでも?」
私の冷静な反論に、バッカス子爵は一瞬言葉に詰まった。しかし、彼はすぐに鼻で笑ってみせた。
「詭弁を弄するな、元王女。王国の土地は、永遠に王国の土地だ。貴様らが勝手に耕し、利益を上げたのなら、その一部を国に納めるのは当然の義務であろう」
彼はそう言うと、まるで査定でもするかのように、いやらしい視線でエデンの町並みを見回した。
「ふむ。なかなか見事な町ではないか。これだけの規模の村を築き上げたのだ。さぞかし、蓄えもあるのだろうな」
彼は、護衛の兵士たちに命じた。
「お前たち、手分けしてこの村の資産を調査しろ!食料庫、家畜、畑の面積、そして住民一人一人が持つ財産まで、洗いざらいだ!隠し立てする者がいれば、容赦なく捕らえろ!」
「はっ!」
兵士たちが、命令を受けて動き出そうとした、その時だった。
「お待ちいただきたい」
ギルバートが、静かに一歩前に出た。彼の声は低く、地を這うような響きを持っていた。
「女王陛下の許可なく、エデンの民に指一本触れることは許さん」
その一言が、その場にいた兵士たちの足をぴたりと止めた。ギルバートの身から放たれる、尋常ではない威圧感。それは、ただの村の護衛が持つ雰囲気ではなかった。
バッカス子爵は、ギルバートを睨みつけた。
「貴様は確か……アークライト家の。王家を裏切り、追放された王女に付き従った愚か者か。まだ生きていたとはな」
「私のことはどうでもいい。だが、このエデンに、そしてアリシア様に無礼を働くというのなら、話は別だ」
ギルバートの黄金の瞳が、危険な光を宿して細められる。
緊張が、両者の間に火花のように散った。
私は、争いを避けるため、二人の間に割って入った。
「ギルバート、下がってください」
そして、バッカス子爵に向き直る。
「子爵。あなたの言い分にも、一理あるのかもしれません。ですが、法外な要求を呑むつもりはありません。まず、あなたがたが算定する税率をお聞かせ願えますか」
私の言葉に、バッカス子爵は自分が優位に立ったと勘違いしたのだろう、下卑た笑みを浮かべた。
「ほう、話が分かるではないか。よろしい。国王陛下の寛大なる思し召しだ。今回は特別に、お前たちの収穫物の『七割』を、税として納めることを許可しよう」
七割。
その言葉が、エデンの民の間に衝撃となって走った。
「な、七割だと!?」
「そんな馬鹿な!それでは我々は生きていけない!」
「悪魔だ!こいつは悪魔だ!」
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バッカス子爵は、民の怒りをせせら笑うかのように続けた。
「何を騒いでいる。七割で済ませてやると言っているのだ。本来なら、これまでの未納分も加算されるところをな。ありがたく思え」
彼は、私たちをただの無知な農民だと完全に見くびっていた。いくらでも搾り取れる、都合の良い財布だと。
私は、深く、深く息を吸い込んだ。そして、今まで抑えていた女王としての威厳を、その身に纏った。
「バッカス子爵」
私の声は、先ほどまでの穏やかさを完全に消し去り、冬の湖面のように冷たく、静かだった。
「その要求は、到底受け入れられません」
私は、きっぱりと拒絶した。
私の毅然とした態度に、バッカス子爵の顔色が変わった。
「な、なんだと?元王女の分際で、国王陛下の命令に逆らうというのか!」
「逆らうのではありません。理不尽な搾取を、拒絶しているのです。私たちは、クローデル王国から見捨てられた民。ならば、私たちには自分たちの生き方を選ぶ権利があるはずです。あなた方に、私たちの汗と努力の結晶を、不当に奪う権利など微塵もありません」
私の言葉は、エデンの民の心を代弁していた。彼らは、そうだ、その通りだと力強く頷き、私を後押しするように徴税官たちを睨みつけた。
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「……面白い。面白いことを言ってくれる。どうやら、言葉で言っても分からぬ愚か者ばかりのようだな」
彼は、腰に差した剣の柄に手をかけた。
「ならば、力で思い知らせてやるまでだ!いいか、お前たち!この村の者どもは、王国への反逆者だ!抵抗する者は、一人残らず斬り捨てよ!」
彼の狂気に満ちた号令が、エデンの平和な空気を切り裂いた。
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一触即発。血の匂いが、春の風に混じり始めた。
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