この聖水、泥の味がする ~まずいと追放された俺の作るポーションが、実は神々も欲しがる奇跡の霊薬だった件~

夏見ナイ

文字の大きさ
29 / 99

第29話 素材集めの準備

しおりを挟む
「よし、じゃあ行こうか。私の研究小屋へ!」

作戦会議を終えたノエルは、背負っていた薬草籠を軽々と担ぎ上げると、森のさらに奥へと俺たちを案内し始めた。不思議なことに、彼女が先頭に立つと、あれほど俺たちを惑わせた森の道は、まるで意志を持っているかのように素直な一本道となった。彼女はこの森に愛されているのだと、直感的に理解した。

十分ほど歩くと、巨大な樹の根元に、木と蔦と苔が一体となったような小さな家が見えてきた。煙突からは細く白い煙が立ち上っており、周囲には様々な薬草が植えられた小さな畑が広がっている。ここが、彼女の拠点らしい。

「さあ、入って入って。散らかってるけど、気にしないでね」

ノエルに促され、俺とリゼットは小屋の中へと足を踏み入れた。中は、壁という壁が作り付けの棚になっており、そこには数え切れないほどのガラス瓶や壺、乾燥させた薬草の束がぎっしりと並べられている。部屋の中心には大きな作業台があり、その上には乳鉢や天秤、錬金術師が使うような奇妙なガラス器具が置かれていた。部屋全体が、様々な薬草の混じり合った、濃密で、しかし心地よい香りに満ちている。まさに、薬師の研究室だった。

「さて、決戦は三日後。それまでに、最高の準備を整えよう!」

ノエルはそう言うと、まるで宝探しでもするかのように、棚から次々と道具を取り出し始めた。

「まずはこれ。『蔓溶かしの液』だよ。あの番人の表皮はすごく硬いけど、これをかければ少しだけ柔らかくできる。リゼットの剣が通りやすくなるはずだ」

彼女が取り出したのは、刺激臭のする緑色の液体が入った小瓶だった。次に、紫色の粉末が入った革袋を手に取る。

「こっちは『痺れ花の鱗粉』。吸い込むと、体の自由が少しの間だけ奪われる。動きを止めるのに役立つよ」

さらに、乾燥したカサカサのキノコをいくつか取り出した。

「そして、これが『目くらまし茸の胞子』。地面に叩きつけると、強い光と煙を発生させる。いざという時の目くらましや、撤退の合図に使えるかな」

次々と出てくるユニークなアイテムに、俺とリゼットはただただ感心するばかりだった。これらは全て、ノエルがこの森の植物から作り出したものなのだ。彼女の知識と技術は、俺の想像を遥かに超えていた。

その間、リゼットは自分の役割に集中していた。彼女は小屋の外に出て、愛剣の手入れを始める。柔らかい布で剣身を丁寧に磨き、油を染み込ませた布で拭き上げる。その眼差しは真剣そのものだ。月光草を手に入れるという希望が、彼女の心を再び騎士として奮い立たせていた。

「はい、これ」

ノエルが、小屋から出てきたリゼットに小さな壺を差し出した。中には、緑色の軟膏が入っている。

「『早駆け草の軟膏』だよ。足に塗っておくと、筋肉の疲労を和らげて、反応速度を少しだけ上げてくれる。気休め程度だけどね」
「……感謝する」

リゼットは、少し訝しげにそれを受け取った。だが、試しに少量を取ってふくらはぎに塗り込んでみると、その表情が驚きに変わった。

「……!体が、軽い。本当に、効果があるのか」
「だから言ったでしょ?」

ノエルは、得意げに胸を張った。リゼットは、この底の知れないエルフの薬師に、畏敬の念を抱き始めているようだった。

そして、俺の準備。俺の役割は、仲間を癒す回復役と、最後の一撃を担う切り札だ。俺は小屋の隅を借り、持参した水瓶に清めの水を満たして、高濃度の創生水を作ることに集中した。いつもよりも多くの魔力を、時間をかけてゆっくりと練り上げていく。水は、普段よりもさらに濃い、泥炭のような黒みがかった茶色へと変化した。

「へえ、それが君のポーションか」

ノエルが、興味深そうに俺の手元を覗き込んでいる。

「ルーク。もしよかったら、これを使ってみて」

彼女はそう言うと、棚から銀色に輝く苔の塊を持ってきた。

「『月影の苔』だよ。月の魔力を蓄える性質があってね、生命エネルギーを安定させて、指向性を持たせやすくする効果があるんだ。君のポーションに混ぜれば、きっと狙った場所に力を届けやすくなるよ」
「本当ですか!?」

それは、とどめを刺すという大役を任された俺にとって、願ってもない情報だった。俺は礼を言うと、早速その苔を少量ちぎり、創生水の中に溶かし入れた。

すると、驚くべき変化が起きた。黒茶色の液体の中に、まるで天の川のように、無数の銀色の粒子がきらめき始めたのだ。水全体から発せられる生命エネルギーが、より凝縮され、研ぎ澄まされていくのが魔力の流れとして感じ取れる。

「すごい……!力が、一つにまとまっていくようです」
「でしょ?君の力と、この森の恵みの相性は、すごく良いみたいだね」

ノエルは満足げに頷いた。だが、彼女はすぐに悪戯っぽく片目をつむいでみせる。

「ただし、副作用として……多分、味はこれまで体験したことのない、異次元の領域に突入すると思うけど」

その言葉に、俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。遠くで剣の素振りをしていたリゼットが、こちらを振り返り、心底嫌そうな顔をしているのが見えた。

その夜、俺たちは焚き火を囲み、改めて連携の確認を行った。ノエルが描いた地面の図を前に、三人の役割と動きを具体的にシミュレーションしていく。

「私が正面から仕掛ける。目的は攻撃ではなく、相手の攻撃パターンと弱点の位置を正確に把握することだ」とリゼット。
「リゼットが隙を作ってくれたら、私が支援する。合図は決めず、戦いの流れを読んで、最適なアイテムを投げるよ」とノエル。
「俺は、お二人が少しでも傷を負ったら、すぐに回復させます。そして、核が露出した、その一瞬の好機は、絶対に逃しません」と俺。

言葉を交わすうちに、俺たちの間には、ただの寄せ集めではない、一つのチームとしての確かな信頼感が芽生え始めていた。

夕食は、俺が村からもらってきた保存食と、ノエルが森で採ったキノコや木の実を使って作った、温かいシチューだった。

リゼットは、一口それを口に運び、その温かい味にわずかに目を見張った。

「……美味い」

ただ一言、そう呟いた。呪いを受けてから、彼女はまともな食事の味すら、忘れていたのかもしれない。

一方のノエルは、スプーンでシチューをすくい上げ、具材を一つ一つ分析し始めた。

「この干し肉は、豚肉かな。高タンパク質で、戦闘前のエネルギー補給には最適だね。このキノコは『笑い茸』だけど、ちゃんと加熱すれば毒性は消えて、旨味成分だけが残る。うん、非常に合理的で美味しい組み合わせだ」

そんな対照的な二人の反応に、俺は思わず笑ってしまった。緊張感に満ちた準備期間の中の、束の間の穏やかな時間だった。

食事を終え、俺たちはそれぞれの場所で、決戦に向けて最後の準備を整える。

リゼットは、月明かりの下で静かに剣の型を繰り返し、精神を研ぎ澄ませていた。その姿は、まるで銀色の女神のように美しかった。

ノエルは、調合した薬を種類ごとにポーチに分け入れ、スムーズに取り出せるよう何度も確認していた。その横顔は、いつものマイペースな雰囲気とは違う、プロの薬師としての厳しさを帯びていた。

そして俺は、銀色の粒子がきらめく、決戦用の創生水が入った革袋を胸に抱き、静かに目を閉じた。エリアナからもらったお守りの、温かい感触が指に伝わる。

決戦の日は、刻一刻と近づいていた。

森の夜はどこまでも静かだったが、俺たち三人の胸の内には、これから始まる戦いへの熱い闘志の炎が、確かに燃え上がっていた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

「男のくせに料理なんて」と笑われたけど、今やギルドの胃袋を支えてます。

ファンタジー
「顔も頭も平凡で何の役にも立たない」とグリュメ家を追放されたボルダン。 辿り着いたのはギルド食堂。そこで今まで培った料理の腕を発揮し……。 ※複数のサイトに投稿しています。

兄がやらかしてくれました 何をやってくれてんの!?

志位斗 茂家波
ファンタジー
モッチ王国の第2王子であった僕は、将来の国王は兄になると思って、王弟となるための勉学に励んでいた。 そんなある日、兄の卒業式があり、祝うために家族の枠で出席したのだが‥‥‥婚約破棄? え、なにをやってんの兄よ!? …‥‥月に1度ぐらいでやりたくなる婚約破棄物。 今回は悪役令嬢でも、ヒロインでもない視点です。 ※ご指摘により、少々追加ですが、名前の呼び方などの決まりはゆるめです。そのあたりは稚拙な部分もあるので、どうかご理解いただけるようにお願いしマス。

デバフ専門の支援術師は勇者パーティを追放されたので、呪いのアイテム専門店を開きます

夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ノアは、敵を弱体化させる【呪物錬成】スキルで勇者パーティを支えていた。しかし、その力は地味で不吉だと疎まれ、ダンジョン攻略失敗の濡れ衣を着せられ追放されてしまう。 全てを失い、辺境の街に流れ着いたノア。生きるために作った「呪いの鍋」が、なぜか異常な性能を発揮し、街で評判となっていく。彼のスキルは、呪いという枷と引き換えに、物の潜在能力を限界突破させる超レアなものだったのだ。本人はその価値に全く気づいていないが……。 才能に悩む女剣士や没落貴族の令嬢など、彼の人柄と規格外のアイテムに惹かれた仲間が次第に集まり、小さな専門店はいつしか街の希望となる。一方、ノアを追放した勇者パーティは彼の不在で没落していく。これは、優しすぎる無自覚最強な主人公が、辺境から世界を救う物語。

「お前は無能だ」と追放した勇者パーティ、俺が抜けた3秒後に全滅したらしい

夏見ナイ
ファンタジー
【荷物持ち】のアッシュは、勇者パーティで「無能」と罵られ、ダンジョン攻略の直前に追放されてしまう。だが彼がいなくなった3秒後、勇者パーティは罠と奇襲で一瞬にして全滅した。 彼らは知らなかったのだ。アッシュのスキル【運命肩代わり】が、パーティに降りかかる全ての不運や即死攻撃を、彼の些細なドジに変換して無効化していたことを。 そんなこととは露知らず、念願の自由を手にしたアッシュは辺境の村で穏やかなスローライフを開始。心優しいエルフやドワーフの仲間にも恵まれ、幸せな日々を送る。 しかし、勇者を失った王国に魔族と内通する宰相の陰謀が迫る。大切な居場所を守るため、無能と蔑まれた男は、その規格外の“幸運”で理不尽な運命に立ち向かう!

【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした

夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。 しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。 やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。 一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。 これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!

無能扱いされた実は万能な武器職人、Sランクパーティーに招かれる~理不尽な理由でパーティーから追い出されましたが、恵まれた新天地で頑張ります~

詩葉 豊庸(旧名:堅茹でパスタ)
ファンタジー
鍛冶職人が武器を作り、提供する……なんてことはもう古い時代。 現代のパーティーには武具生成を役目とするクリエイターという存在があった。 アレンはそんなクリエイターの一人であり、彼もまたとある零細パーティーに属していた。 しかしアレンはパーティーリーダーのテリーに理不尽なまでの要望を突きつけられる日常を送っていた。 本当は彼の適性に合った武器を提供していたというのに…… そんな中、アレンの元に二人の少女が歩み寄ってくる。アレンは少女たちにパーティーへのスカウトを受けることになるが、後にその二人がとんでもない存在だったということを知る。 後日、アレンはテリーの裁量でパーティーから追い出されてしまう。 だが彼はクビを宣告されても何とも思わなかった。 むしろ、彼にとってはこの上なく嬉しいことだった。 これは万能クリエイター(本人は自覚無し)が最高の仲間たちと紡ぐ冒険の物語である。

勇者パーティーを追い出された大魔法導士、辺境の地でスローライフを満喫します ~特Aランクの最強魔法使い~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
クロード・ディスタンスは最強の魔法使い。しかしある日勇者パーティーを追放されてしまう。 勇者パーティーの一員として魔王退治をしてくると大口叩いて故郷を出てきた手前帰ることも出来ない俺は自分のことを誰も知らない辺境の地でひっそりと生きていくことを決めたのだった。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...