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第92話 絶望的な力
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邪神の復活。その事実は言葉を失わせるほどの絶望となって、俺たちの眼前に君臨していた。
天蓋に届くほどの巨躯。闇そのものを固めたかのような漆黒の鱗。憎悪と虚無だけを映す燃えるような赤い双眸。その口から漏れる息は周囲の空気を凍てつかせ、石畳を黒い氷で覆っていく。
「……嘘だろ」
ギムリが震える声で呟いた。ドワーフの伝承にのみ語られる終末の獣。それが今、現実の存在として目の前にいる。
神殿騎士たちはその圧倒的な存在感を前に腰を抜かし、戦意を完全に喪失していた。彼らにとって神話とは信じるものであり、戦うものではなかったのだ。
邪神は俺たち人間など、取るに足らない虫けらとしか見ていないようだった。その赤い双眸がゆっくりとドーム状の広間を見回す。そして、自分を数千年もの間縛り付けていたこの『檻』が気に食わないとでも言うかのように、その巨大な顎をわずかに開いた。
次の瞬間。
「グルオオオオオオオオッ!」
咆哮。
それはただの音の塊ではなかった。純粋な破壊の意志そのものが衝撃波となって広間を薙ぎ払った。
ドゴオオオオオオオン!!!
大神殿全体が根こそぎ揺れた。俺たちが死闘を繰り広げたこの広間の壁や天井が、まるで砂の城のようにいとも簡単に崩れ落ちていく。ステンドグラスが粉々に砕け散り、太い大理石の柱が次々とへし折れていった。
「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」
崩れ落ちる瓦礫の雨に神殿騎士たちが悲鳴を上げる。
「みんな、伏せろ!」
リゼットが叫び、倒れていた騎士たちを庇うようにその身を投げ出した。ギムリも巨大な盾となって、俺とノエルを守る。
数秒後、破壊の嵐が過ぎ去った時、そこにもはや美しいドーム状の広間はなかった。
天井は完全に崩落し、代わりに邪神の巨躯の向こうに、王都の星一つない不吉な夜空が広がっていた。俺たちは今や大神殿の残骸の中に立っているのだ。
邪神は自らを閉じ込めていた檻を破壊し、満足したかのようにゆっくりと外の世界へとその一歩を踏み出した。
大神殿の壁を紙を破るように突き破り、その巨体が王都の民衆の前に初めてその姿を現す。
街中から阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。突如として現れた神話の中の悪魔。誰もが世界の終わりを悟った。
「……まずい」
瓦礫の中から身を起こしたリゼットが、絶望的な顔で呟いた。
「このまま奴を街に出させれば、王都は一夜にして焦土と化すぞ」
だが、どうすればいい。
教主マハトですら赤子扱いだった俺たちに、本物の神であるこの怪物をどうやって止めろというのか。
俺の体から黄金のオーラは消え失せていた。『超・気合一発泥水』の効果はマハトとの戦いで完全に燃え尽きてしまった。残っているのは全身を苛む激痛と深い無力感だけだった。
「……ルーク!」
ノエルが俺のそばに駆け寄ってきた。
「何か手はないの!? 君のあの力で!」
俺は力なく首を振った。
「もう無理です。俺の力では……」
創生の力は生命を生み出す力。だが、目の前の存在は生命の理を超えている。あれは生命の対極にある『無』そのものだ。俺の力が通用するとは思えなかった。
絶望。
完全な、抗いようのない絶話。
仲間たちの顔にも初めて諦めの色が浮かんでいた。
邪神は俺たちになど目もくれず王都の街並みを見下ろし、再びその顎を開こうとしていた。次の一撃でこの王都の数万の命が消し飛ぶだろう。
もう、終わりだ。
俺が全てを諦め、膝から崩れ落ちそうになったその時。
『―――聞こえますか』
頭の中に声が響いた。
それは聖女セシリアの声だった。
『諦めないで、ルーク』
彼女の声は穏やかで、しかし揺るぎない力強さを持っていた。
(……セシリア様。ですが、もう……)
『いいえ。まだ希望はあります。あなたと、あなたの故郷に』
故郷? ミストラル村のことか?
セシリアの言葉に応えるように、俺の心の奥底で何か温かいものが灯るのを感じた。
それは遠い、遠い場所からの祈りの光だった。
ミストラル村。
村の広場で村人たちが皆で一つの輪になり、夜空を見上げ祈りを捧げている光景が俺の脳裏に浮かんだ。
村長が、ギムリの父が、マルタさんが、そして……。
エリアナがその輪の中心で、小さな手を固く握りしめていた。
彼女は泣いていなかった。その瞳には恐怖も絶望もない。ただまっすぐに俺の無事を信じる、純粋で力強い祈りの光だけが宿っていた。
彼女の巫女としての力が覚醒しようとしていた。
その祈りが数多の村人たちの想いと一つになり、光の帯となって次元を超え、今この王都にいる俺の魂へと届いていたのだ。
天蓋に届くほどの巨躯。闇そのものを固めたかのような漆黒の鱗。憎悪と虚無だけを映す燃えるような赤い双眸。その口から漏れる息は周囲の空気を凍てつかせ、石畳を黒い氷で覆っていく。
「……嘘だろ」
ギムリが震える声で呟いた。ドワーフの伝承にのみ語られる終末の獣。それが今、現実の存在として目の前にいる。
神殿騎士たちはその圧倒的な存在感を前に腰を抜かし、戦意を完全に喪失していた。彼らにとって神話とは信じるものであり、戦うものではなかったのだ。
邪神は俺たち人間など、取るに足らない虫けらとしか見ていないようだった。その赤い双眸がゆっくりとドーム状の広間を見回す。そして、自分を数千年もの間縛り付けていたこの『檻』が気に食わないとでも言うかのように、その巨大な顎をわずかに開いた。
次の瞬間。
「グルオオオオオオオオッ!」
咆哮。
それはただの音の塊ではなかった。純粋な破壊の意志そのものが衝撃波となって広間を薙ぎ払った。
ドゴオオオオオオオン!!!
大神殿全体が根こそぎ揺れた。俺たちが死闘を繰り広げたこの広間の壁や天井が、まるで砂の城のようにいとも簡単に崩れ落ちていく。ステンドグラスが粉々に砕け散り、太い大理石の柱が次々とへし折れていった。
「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」
崩れ落ちる瓦礫の雨に神殿騎士たちが悲鳴を上げる。
「みんな、伏せろ!」
リゼットが叫び、倒れていた騎士たちを庇うようにその身を投げ出した。ギムリも巨大な盾となって、俺とノエルを守る。
数秒後、破壊の嵐が過ぎ去った時、そこにもはや美しいドーム状の広間はなかった。
天井は完全に崩落し、代わりに邪神の巨躯の向こうに、王都の星一つない不吉な夜空が広がっていた。俺たちは今や大神殿の残骸の中に立っているのだ。
邪神は自らを閉じ込めていた檻を破壊し、満足したかのようにゆっくりと外の世界へとその一歩を踏み出した。
大神殿の壁を紙を破るように突き破り、その巨体が王都の民衆の前に初めてその姿を現す。
街中から阿鼻叫喚の悲鳴が上がった。突如として現れた神話の中の悪魔。誰もが世界の終わりを悟った。
「……まずい」
瓦礫の中から身を起こしたリゼットが、絶望的な顔で呟いた。
「このまま奴を街に出させれば、王都は一夜にして焦土と化すぞ」
だが、どうすればいい。
教主マハトですら赤子扱いだった俺たちに、本物の神であるこの怪物をどうやって止めろというのか。
俺の体から黄金のオーラは消え失せていた。『超・気合一発泥水』の効果はマハトとの戦いで完全に燃え尽きてしまった。残っているのは全身を苛む激痛と深い無力感だけだった。
「……ルーク!」
ノエルが俺のそばに駆け寄ってきた。
「何か手はないの!? 君のあの力で!」
俺は力なく首を振った。
「もう無理です。俺の力では……」
創生の力は生命を生み出す力。だが、目の前の存在は生命の理を超えている。あれは生命の対極にある『無』そのものだ。俺の力が通用するとは思えなかった。
絶望。
完全な、抗いようのない絶話。
仲間たちの顔にも初めて諦めの色が浮かんでいた。
邪神は俺たちになど目もくれず王都の街並みを見下ろし、再びその顎を開こうとしていた。次の一撃でこの王都の数万の命が消し飛ぶだろう。
もう、終わりだ。
俺が全てを諦め、膝から崩れ落ちそうになったその時。
『―――聞こえますか』
頭の中に声が響いた。
それは聖女セシリアの声だった。
『諦めないで、ルーク』
彼女の声は穏やかで、しかし揺るぎない力強さを持っていた。
(……セシリア様。ですが、もう……)
『いいえ。まだ希望はあります。あなたと、あなたの故郷に』
故郷? ミストラル村のことか?
セシリアの言葉に応えるように、俺の心の奥底で何か温かいものが灯るのを感じた。
それは遠い、遠い場所からの祈りの光だった。
ミストラル村。
村の広場で村人たちが皆で一つの輪になり、夜空を見上げ祈りを捧げている光景が俺の脳裏に浮かんだ。
村長が、ギムリの父が、マルタさんが、そして……。
エリアナがその輪の中心で、小さな手を固く握りしめていた。
彼女は泣いていなかった。その瞳には恐怖も絶望もない。ただまっすぐに俺の無事を信じる、純粋で力強い祈りの光だけが宿っていた。
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その祈りが数多の村人たちの想いと一つになり、光の帯となって次元を超え、今この王都にいる俺の魂へと届いていたのだ。
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