無能と蔑まれた悪役貴族、実は人の心を数値化できる最強の傀儡師でした ~感情を支配するスキルで、腐敗した帝国を裏から作り変えます~

夏見ナイ

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第十四話:凍える大地との戦い

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アッシュの領地経営、その初日。集まった十数人の領民を前に、彼は一枚の羊皮紙を広げた。そこに描かれているのは、昨日サイモンたちに見せた『温室』の簡単な図面だった。

「これを作る」

アッシュの簡潔な言葉に、領民たちは怪訝な顔で顔を見合わせた。
「なんだ、そりゃあ?」
一人の老人が、枯れ枝のような指で図面を指差した。

「太陽の光を集め、この中で空気を温めるための建物だ。そうすれば、凍てつく冬の間でも作物の種を蒔き、育てることができる」

アッシュの説明が終わると、広場はしんと静まり返った。そして数秒後、誰からともなく乾いた笑いが漏れた。それはすぐに、侮蔑を含んだ嘲笑の渦へと変わっていった。

「馬鹿なことを。太陽だけで土が温まるものか」
「作物が育つ前に、建物ごと凍っちまうに決まってる」
「やっぱり、帝都のボンボンが考えることは違うぜ」

彼らの感情は、アッシュのスキルにはっきりと映し出されていた。「不信:85」「嘲笑:70」「懐疑:90」。昨日生まれたばかりの僅かな「期待」は、この突拍子もない計画の前にはかなく掻き消えかけていた。

無理もない。彼らにとって、作物は春に種を蒔き、秋に収穫するもの。自然の摂理に逆らおうなどという発想自体が、理解の範疇を超えていた。

「どうせ、俺たちをからかっているだけだろ」
集まった若者の一人が吐き捨てるように言った。彼はボルグと名乗り、この村の数少ない若者たちの中心人物らしかった。体格が良く、その目には猜疑心と荒々しい光が宿っている。

「そんな遊びに付き合わされるのはごめんだぜ。俺たちは狩りに行かせてもらう」
ボルグがそう言うと、他の若者たちも同調するように頷いた。彼にとって、アッシュはまだ信用できないよそ者でしかなかった。彼の感情は「敵意:70」「不信:90」、そして仲間を守ろうとする「責任感:50」で構成されていた。

アッシュは、彼らの反応を冷静に受け止めていた。反論はしない。言葉で彼らの固定観念を覆すのは不可能だ。必要なのは、圧倒的な結果だけ。

「分かった。無理強いはしない」
アッシュはあっさりと引き下がった。
「狩りに行きたい者は行けばいい。だが、この計画を手伝ってくれる者も必要だ。手伝ってくれた者には、今日の分の食料を約束しよう」

食料という言葉に、数人の老人と女性たちの心が揺れた。確実にもらえる今日の食料と、成功するか分からない狩りの成果。天秤にかければ、答えは明らかだった。ボルグは苦々しい顔でアッシュを睨んだが、結局何も言わずに仲間を連れて森へと消えていった。

残ったのは、老人と女性、そして子供たちを合わせて十人ほど。戦力としては、あまりにも心許なかった。

「アッシュ殿、本当にこれで……」
サイモンが不安げに尋ねる。
「問題ない。まずは骨組みからだ。サイモン殿には、森から真っ直ぐで丈夫な木を切り出してきてもらいたい。ジョセフは老人たちに、木の皮を剥いで縄を作るよう指示を。女性たちには、別の仕事を頼む」

アッシュは次々と的確な指示を飛ばした。その淀みない姿に、サイモンは戸惑いながらも剣を手に森へと向かった。

アッシュが女性たちに頼んだのは、温室の壁となる「膜」の作成だった。ビニールなど存在しないこの世界で、アッシュが目をつけたのは動物の内臓だった。

「これからサイモン殿が狩ってきた獣の、腸や膀胱を綺麗に洗い、薄く引き伸ばして乾かす。そうすれば、光を通す半透明の膜になる」

その説明に、女性たちは顔をしかめた。血生臭く、根気のいる作業だ。しかし、食料のためだと割り切り、彼女たちは黙々と作業に取り掛かった。

計画は遅々として進まなかった。サイモンが運び出す木材の量には限界があり、老人たちの作る縄は不格好だった。女性たちの作業も、慣れないうちは悪臭と格闘するばかりで、まともな膜はなかなか出来上がらない。

遠巻きに作業を眺めていた他の領民たちの「嘲笑」の数値は、時間が経つにつれて高まっていった。
「見たかよ、あいつらのやってること。まるでままごとだな」
「すぐに飽きてやめるさ」

夕暮れ時、狩りから戻ったボルグたちが、勝ち誇ったような顔で広場に現れた。彼らの手には、一匹の痩せた鹿がぶら下がっていた。
「見たか、領主様よ。これが現実的なやり方ってもんだ。あんたの遊びとは違う」

ボルグはアッシュの目の前に、獲物をこれ見よがしに投げ出した。彼の「優越感:80」が、焚き火の光に照らされて揺らめいている。

作業を手伝っていた者たちの間に、動揺が走った。やはり、自分たちのやっていることは無駄だったのではないか。そんな「不安」の感情が伝染していく。

その時、アッシュは静かに口を開いた。
「見事な腕だ、ボルグ。その鹿は、お前たちだけで食べるのか?」

「当たり前だ。俺たちが命懸けで獲ってきたもんだ」

「そうか」
アッシュは頷くと、作業を手伝ってくれた者たちに向き直った。
「約束通り、今日の分の食料を配給する。ボルグたちの獲物よりは少ないが、飢えることはないはずだ」

ジョセフが、備蓄の中から人数分のパンと干し肉を配り始める。ボルグは眉をひそめた。獲物を分け合うのが当たり前のこの村で、アッシュは明確な線引きをしたのだ。働いた者と、働かなかった者。その差を示した。

ボルグの仲間たちが、羨ましそうにパンを齧る老人たちを見ている。彼らが仕留めた鹿は大きいが、十数人で分ければ一人当たりの量は大したことはない。飢えはしないが、満腹には程遠いだろう。

アッシュは、ボルグに歩み寄った。
「ボルグ。お前と賭けをしよう」

「賭けだと?」

「そうだ。この温室が、一月以内に作物を芽吹かせることができたら、お前たちも俺の指示に従ってもらう。もし失敗したら、俺が持つ残りの食料と、この俺の命すらお前にやろう」

その言葉に、広場にいた全員が息を呑んだ。サイモンが「アッシュ殿!」と叫ぶが、アッシュは手でそれを制した。

ボルグは、アッシュの赤い瞳を睨みつけた。その瞳は、狂人のそれか、あるいは絶対的な自信を持つ者のそれか、彼には判断がつかなかった。しかし、この賭けは自分たちに損はない。失敗すれば食料が手に入り、成功すれば……あり得ないが、もし成功すれば、この村は変わるのかもしれない。

ボルグの感情が激しく揺れ動く。「懐疑」と「好奇心」、そして「闘争心」。

やがて、彼はニヤリと笑った。
「面白い。その賭け、乗ってやる。だが、覚えとけよ。あんたの甘い夢が覚めた時が、あんたの最期だ」

「ああ。覚えておこう」

アッシュは静かに頷いた。
ボルグは仲間たちと共に、鹿を引きずって自分たちの住処へと帰っていった。彼の「敵意」の数値は少し下がっていた。代わりに、「好奇心:50」という新しい感情が、彼の心を支配し始めていた。

その夜、アッシュは不格好に組み上がった温室の骨組みの前に一人立っていた。領民たちの心に巣食う「不信」という名の凍土は、まだ厚く、固い。

だが、アッシュは知っていた。どんなに固い氷でも、ほんの小さな亀裂から崩壊は始まる。今日、彼はその亀裂を確かに穿ったのだ。

明日からは、この戦いがさらに面白くなるだろう。アッシュは、夜空に浮かぶ無数の星を見上げながら、静かに笑みを浮かべた。
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