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第五十二話:偽りの歓迎
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王宮での謁見は後日正式に執り行われることとなり、アッシュ一行はひとまずの宿として、皮肉にもヴェルヘイム公爵家の邸宅へと案内された。栄光の門から続く大通りを外れ、貴族街の一角にそびえる白亜の屋敷。アッシュが罪人として追放された、因縁の場所だった。
馬車が屋敷の正門前に到着すると、ジョセフが感慨深げにその光景を見上げた。
「……まさか、このような形でこの門を再びくぐることになるとは」
彼の感情には、故郷へ戻ってきた「安堵」と、主の栄光に対する「誇り」が浮かんでいた。
だが、アッシュの心は凪いでいた。彼にとって、ここは温かい我が家ではない。これから始まる復讐劇の、最初の舞台に過ぎなかった。
重厚な樫の扉が、内側からゆっくりと開かれる。
そこに立っていたのは、アッシュが予想した通りの人物たちだった。
当主である父グレイグ。そして、その両脇を固める長兄アルフォンスと次兄ベルナルド。彼らは、まるで凱旋した英雄を心から歓迎するかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「おお、アッシュ!よくぞ戻った、我が息子よ!」
一番に声を上げたのは、父グレイグだった。彼は大股で歩み寄ると、アッシュの両肩を力強く掴んだ。その瞳は潤み、声は感動に打ち震えているように見えた。完璧な演技だった。
「お前の活躍は、帝都中に鳴り響いておる!グランツの蛮族を退け、売国奴の伯爵を捕らえたその手腕、まさしくヴェルヘイム家の血筋よ!お前は、我が家の誇りだ!」
かつて「我が家の汚点」と吐き捨てた男と、同じ人物とは思えないほどの変わり身だった。
アッシュは、スキルを発動させた。その歓迎の言葉の裏に隠された、醜い本心を暴くために。
グレイグ・フォン・ヴェルヘイム。
「利用価値:95」「警戒:80」「満足感:70」「侮蔑:30」
侮蔑の感情は、まだ消えてはいない。だがそれ以上に、英雄となった息子を利用して公爵家の権威を高めようという、強欲な計算が彼の心を支配していた。
次に、長兄アルフォンスが優雅な仕草でアッシュの前に進み出た。
「アッシュ、見違えたな。辺境での苦労が、お前をこれほど逞しく、立派な男にしたのだな。兄として、これほど嬉しいことはない」
その美しい顔には、弟の成長を喜ぶ兄の愛情が満ち溢れていた。もちろん、それもまた偽りの仮面だった。
アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。
「敵意:90」「計算:95」「嫉妬:85」「殺意:20」
嫉妬と敵意の炎が、彼の心の奥で燃え盛っていた。自分を出し抜いた弟への、どす黒い憎悪。そして、アッシュの力を自分の派閥に取り込み、利用し尽くした後は消し去ろうという、冷酷な殺意さえもが微かに灯っていた。
最後に、次兄ベルナルドが、どこか居心地悪そうに口を開いた。
「……ああ。まあ、その……よくやった、のかもな」
彼の言葉は歯切れが悪く、視線はアッシュと合わずに彷徨っている。
ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。
「罪悪感:60」「恐怖:70」「困惑:80」
兄や父とは違い、彼の心は嘘で塗り固められてはいなかった。自分たちが陥れた弟が、英雄となって帰ってきた。その事実に、彼は罪の意識と、アッシュからの報復を恐れる恐怖で混乱していた。三人の中では、最も人間らしい感情だった。
(なるほど。敵の布陣はよく見えた)
アッシュは、一瞬で彼らの力関係と本心を見抜くと、自らも完璧な仮面を被った。彼は、感動に打ち震える殊勝な弟を演じることにした。
「父上……兄上……」
アッシュは、目に涙を浮かべ、声を震わせた。
「ただいま、戻りました。この私を……この家の汚点であった私を、再び家族として、受け入れてくださるのですか……?」
その姿は、過去の仕打ちを水に流し、家族の愛に飢える、哀れで健気な少年にしか見えなかった。
その演技は、グレイグとアルフォンスの警戒心をわずかに解いた。彼らの感情に、「侮蔑」と「優越感」が再び強まる。やはりこいつは、まだ自分たちのコントロール下に置ける、単純な若造だと。
「当たり前ではないか!」
グレイグは、アッシュの背中を強く叩いた。
「お前はもはや汚点ではない。帝国の英雄だ!さあ、入れ。歓迎の宴の準備をさせてある」
一行が屋敷の中に招き入れられた時、アルフォンスの目が、アッシュの背後に控える者たちに向けられた。隻腕の元騎士ガイウス、そして、獣人の少女リリア。
アルフォンスの完璧な笑みが、一瞬、侮蔑の色に歪んだ。
「アッシュ。そちらの者たちは?」
「私の仲間たちです。ヴァイスラントで、私と共に戦ってくれた、かけがえのない恩人です」
「ほう。恩人、か」
アルフォンスは、特にリリアの姿を値踏みするように見つめた。
「このような品性のない獣人を侍らせているとはな。英雄として帝都に戻ったのだ。その立場にふさわしい従者を選ぶべきではないか?家の評判に関わる」
その言葉には、明確な棘があった。リリアを貶めることで、間接的にアッシュの価値を下げようという、陰湿な意図。
リリアの猫の耳が、侮辱の言葉にぴくりと伏せられ、彼女の感情に「怒り」と「悲しみ」が浮かんだ。
アッシュは、表情を変えなかった。だが、彼の心の奥底で、静かな怒りの炎が燃え上がったのを、彼自身だけが感じていた。
「アルフォンス兄上。彼女は、私の命を救ってくれた、忠実な護衛です。そして、何よりも私の大切な家族です。私の家族を侮辱する言葉は、この私自身への侮辱と受け取りますが、よろしいか?」
その声は静かだったが、有無を言わさぬ圧力が込められていた。アルフォンスの顔が、一瞬引きつった。まさか、あの無気力だった弟から、これほど鋭い反撃が返ってくるとは思っていなかったのだ。彼の感情に、「警戒」が再び強まる。
「……すまない。悪気はなかったのだ。長旅で疲れているのだろう。さあ、宴の席へ」
アルフォンスは、巧みに話題を逸らし、一行を豪華な食堂へと案内した。
そこに用意されていたのは、アッシュがこの家で経験したことのないほど、贅を尽くした料理の数々だった。
だが、その食卓を囲む空気は、かつて彼が味わったどの食事よりも冷たく、偽りに満ちていた。
父はアッシュの手柄話を上機嫌に語り、兄は弟の武勇伝を褒めそやす。だが、その言葉の全てが、空虚に響くだけだった。
アッシュは、完璧な笑顔でその茶番に付き合いながら、内心で静かに誓っていた。
(この偽りの食卓も、もうすぐ終わりだ)
ここは、我が家ではない。敵の城だ。そして、そこにいるのは家族ではない。俺がこれから、一人ずつ、その喉元に牙を突き立てるべき、復讐の相手だ。
アッシュは、ワイングラスを静かに傾けた。その赤い液体が、まるでこれから流れるであろう血の色のように、彼の瞳に映り込んでいた。偽りの歓迎は、静かな復讐の決意を、より一層燃え上がらせるだけの、最高の燃料となった。
馬車が屋敷の正門前に到着すると、ジョセフが感慨深げにその光景を見上げた。
「……まさか、このような形でこの門を再びくぐることになるとは」
彼の感情には、故郷へ戻ってきた「安堵」と、主の栄光に対する「誇り」が浮かんでいた。
だが、アッシュの心は凪いでいた。彼にとって、ここは温かい我が家ではない。これから始まる復讐劇の、最初の舞台に過ぎなかった。
重厚な樫の扉が、内側からゆっくりと開かれる。
そこに立っていたのは、アッシュが予想した通りの人物たちだった。
当主である父グレイグ。そして、その両脇を固める長兄アルフォンスと次兄ベルナルド。彼らは、まるで凱旋した英雄を心から歓迎するかのように、満面の笑みを浮かべていた。
「おお、アッシュ!よくぞ戻った、我が息子よ!」
一番に声を上げたのは、父グレイグだった。彼は大股で歩み寄ると、アッシュの両肩を力強く掴んだ。その瞳は潤み、声は感動に打ち震えているように見えた。完璧な演技だった。
「お前の活躍は、帝都中に鳴り響いておる!グランツの蛮族を退け、売国奴の伯爵を捕らえたその手腕、まさしくヴェルヘイム家の血筋よ!お前は、我が家の誇りだ!」
かつて「我が家の汚点」と吐き捨てた男と、同じ人物とは思えないほどの変わり身だった。
アッシュは、スキルを発動させた。その歓迎の言葉の裏に隠された、醜い本心を暴くために。
グレイグ・フォン・ヴェルヘイム。
「利用価値:95」「警戒:80」「満足感:70」「侮蔑:30」
侮蔑の感情は、まだ消えてはいない。だがそれ以上に、英雄となった息子を利用して公爵家の権威を高めようという、強欲な計算が彼の心を支配していた。
次に、長兄アルフォンスが優雅な仕草でアッシュの前に進み出た。
「アッシュ、見違えたな。辺境での苦労が、お前をこれほど逞しく、立派な男にしたのだな。兄として、これほど嬉しいことはない」
その美しい顔には、弟の成長を喜ぶ兄の愛情が満ち溢れていた。もちろん、それもまた偽りの仮面だった。
アルフォンス・フォン・ヴェルヘイム。
「敵意:90」「計算:95」「嫉妬:85」「殺意:20」
嫉妬と敵意の炎が、彼の心の奥で燃え盛っていた。自分を出し抜いた弟への、どす黒い憎悪。そして、アッシュの力を自分の派閥に取り込み、利用し尽くした後は消し去ろうという、冷酷な殺意さえもが微かに灯っていた。
最後に、次兄ベルナルドが、どこか居心地悪そうに口を開いた。
「……ああ。まあ、その……よくやった、のかもな」
彼の言葉は歯切れが悪く、視線はアッシュと合わずに彷徨っている。
ベルナルド・フォン・ヴェルヘイム。
「罪悪感:60」「恐怖:70」「困惑:80」
兄や父とは違い、彼の心は嘘で塗り固められてはいなかった。自分たちが陥れた弟が、英雄となって帰ってきた。その事実に、彼は罪の意識と、アッシュからの報復を恐れる恐怖で混乱していた。三人の中では、最も人間らしい感情だった。
(なるほど。敵の布陣はよく見えた)
アッシュは、一瞬で彼らの力関係と本心を見抜くと、自らも完璧な仮面を被った。彼は、感動に打ち震える殊勝な弟を演じることにした。
「父上……兄上……」
アッシュは、目に涙を浮かべ、声を震わせた。
「ただいま、戻りました。この私を……この家の汚点であった私を、再び家族として、受け入れてくださるのですか……?」
その姿は、過去の仕打ちを水に流し、家族の愛に飢える、哀れで健気な少年にしか見えなかった。
その演技は、グレイグとアルフォンスの警戒心をわずかに解いた。彼らの感情に、「侮蔑」と「優越感」が再び強まる。やはりこいつは、まだ自分たちのコントロール下に置ける、単純な若造だと。
「当たり前ではないか!」
グレイグは、アッシュの背中を強く叩いた。
「お前はもはや汚点ではない。帝国の英雄だ!さあ、入れ。歓迎の宴の準備をさせてある」
一行が屋敷の中に招き入れられた時、アルフォンスの目が、アッシュの背後に控える者たちに向けられた。隻腕の元騎士ガイウス、そして、獣人の少女リリア。
アルフォンスの完璧な笑みが、一瞬、侮蔑の色に歪んだ。
「アッシュ。そちらの者たちは?」
「私の仲間たちです。ヴァイスラントで、私と共に戦ってくれた、かけがえのない恩人です」
「ほう。恩人、か」
アルフォンスは、特にリリアの姿を値踏みするように見つめた。
「このような品性のない獣人を侍らせているとはな。英雄として帝都に戻ったのだ。その立場にふさわしい従者を選ぶべきではないか?家の評判に関わる」
その言葉には、明確な棘があった。リリアを貶めることで、間接的にアッシュの価値を下げようという、陰湿な意図。
リリアの猫の耳が、侮辱の言葉にぴくりと伏せられ、彼女の感情に「怒り」と「悲しみ」が浮かんだ。
アッシュは、表情を変えなかった。だが、彼の心の奥底で、静かな怒りの炎が燃え上がったのを、彼自身だけが感じていた。
「アルフォンス兄上。彼女は、私の命を救ってくれた、忠実な護衛です。そして、何よりも私の大切な家族です。私の家族を侮辱する言葉は、この私自身への侮辱と受け取りますが、よろしいか?」
その声は静かだったが、有無を言わさぬ圧力が込められていた。アルフォンスの顔が、一瞬引きつった。まさか、あの無気力だった弟から、これほど鋭い反撃が返ってくるとは思っていなかったのだ。彼の感情に、「警戒」が再び強まる。
「……すまない。悪気はなかったのだ。長旅で疲れているのだろう。さあ、宴の席へ」
アルフォンスは、巧みに話題を逸らし、一行を豪華な食堂へと案内した。
そこに用意されていたのは、アッシュがこの家で経験したことのないほど、贅を尽くした料理の数々だった。
だが、その食卓を囲む空気は、かつて彼が味わったどの食事よりも冷たく、偽りに満ちていた。
父はアッシュの手柄話を上機嫌に語り、兄は弟の武勇伝を褒めそやす。だが、その言葉の全てが、空虚に響くだけだった。
アッシュは、完璧な笑顔でその茶番に付き合いながら、内心で静かに誓っていた。
(この偽りの食卓も、もうすぐ終わりだ)
ここは、我が家ではない。敵の城だ。そして、そこにいるのは家族ではない。俺がこれから、一人ずつ、その喉元に牙を突き立てるべき、復讐の相手だ。
アッシュは、ワイングラスを静かに傾けた。その赤い液体が、まるでこれから流れるであろう血の色のように、彼の瞳に映り込んでいた。偽りの歓迎は、静かな復讐の決意を、より一層燃え上がらせるだけの、最高の燃料となった。
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