90 / 100
第九十話:祭壇の間
しおりを挟む
絶望の番人を打ち破った代償は大きかった。一行は満身創痍となり、歩を進める足取りは鉛のように重い。だが、彼らの瞳から闘志の火は消えていなかった。互いの肩を貸し、傷を庇い合いながら、彼らは最後の試練へと続く道を一歩、また一歩と進んでいった。
道は緩やかな下り坂となっていた。壁には不気味な蛇の紋様がいくつも刻まれ、その奥から流れ出してくる負のエネルギーの奔流は、肌を刺すように濃密になっていく。
やがて、一行は巨大な鍾乳洞のような広大な空間へとたどり着いた。
その光景に、誰もが息を呑んだ。
空間の中央には黒曜石を切り出して作られた巨大な円形の祭壇が鎮座していた。祭壇の表面には無数の溝が複雑な紋様を描いており、その溝の中を血のように赤い光が脈打つように流れている。
そして、祭壇の上空には巨大な黒い水晶が鎖によって吊り下げられていた。帝都中から集められた負の感情が黒い霧となってその水晶へと吸い込まれ、水晶は不気味な輝きを放っている。
「……これが、『触媒』」
セレスティアがかすれた声で呟いた。
そして、その祭壇の中心に一人の男が立っていた。
背を向け、ただ静かに黒い水晶を見上げている。その全身は星のない夜空のような漆黒のローブに包まれていた。フードを深く被っており、その顔を窺い知ることはできない。
だが、その男から放たれる気配は、アッシュがこれまで感じてきたどんな存在とも異質だった。そこには怒りも憎しみも嫉妬さえもなかった。ただ全てを飲み込む、宇宙空間のような絶対的な『虚無』が広がっているだけだった。
「……よくぞここまでたどり着いた、招かれざる客人たちよ」
男は振り返ることなく、静かな声で言った。その声は年齢も感情も感じさせない不思議な響きを持っていた。
「貴様が、『奈落の蛇』の指導者か」
ガイウスが剣を構えながら問い詰めた。
「いかにも」
男はゆっくりとこちらに振り返った。
フードの奥から現れたのは仮面だった。それはどんな特徴もない、のっぺりとした白い仮面。ただ、そこには見る者の心を吸い込むような二つの空虚な穴が開いているだけだった。
「私は『虚無の導師』。この古き世界に終わりを告げる者だ」
『虚無の導師』。
七人の幹部を束ねる結社の頂点に立つ存在。彼こそが最後の試練。
「儀式はすでに最終段階に入っている」
導師は上空の黒い水晶を指差した。
「あと数分で新月の刻が訪れる。その瞬間、この触媒に溜め込まれた帝都百万の民の絶望と憎悪は臨界点を迎え、奈落への扉をこじ開けるだろう。もはや貴様らにできることは何もない」
その言葉には絶対的な自信が満ちていた。
「なぜ、こんなことをする!」
セレスティアが怒りを込めて叫んだ。
「世界を破滅させて、あなたたちに何の得があるというの!」
「得、だと?」
導師は初めて感情らしきものを見せた。それは心からの嘲笑だった。
「我らは何も求めぬ。富も名誉も権力も。我らが望むはただ一つ。この矛盾と苦痛に満ちた不完全な世界を、完全なる『無』へと還すこと。それこそが究極の救済なのだ」
その狂気に満ちた思想に一行は戦慄した。
こいつはこれまでの敵とは違う。欲望も憎しみもない。ただ純粋な、世界そのものへの『虚無』に突き動かされている。
「戯言を」
アッシュは一歩前に出た。
「お前が何を語ろうと、俺は俺の安楽な生活を脅かすものを見過ごすつもりはない。お前のその下らない儀式、今ここで完全に破壊させてもらう」
「……面白い」
導師はアッシュの赤い瞳を見つめた。
「お前か。イザベラとアウグストを屠り、我らの計画を乱し続けた異分子は。お前の魂は他の者たちとは違う色をしている。興味深い……」
導師は仮面の下で静かに呟いた。
「よかろう。ならば最後の試練を与えてやろう。お前のその異質な魂が、真の『虚無』に耐えられるかどうか試させてもらう」
彼がそう言った瞬間、祭壇の間に満ちていた負のエネルギーの奔流がその流れを変えた。
その全てが、ただ一点――アッシュを目掛けて殺到し始めたのだ。
それは物理的な攻撃ではなかった。
より直接的で、そして防ぎようのない精神への攻撃だった。
「アッシュ様!」
「アッシュ!」
仲間たちの悲鳴が遠ざかっていく。
アッシュの視界がぐにゃりと歪み、意識が急速に現実から乖離していくのを感じていた。
彼はもはや祭壇の間にはいなかった。
最後の試練、『虚無』の精神攻撃が始まろうとしていた。
道は緩やかな下り坂となっていた。壁には不気味な蛇の紋様がいくつも刻まれ、その奥から流れ出してくる負のエネルギーの奔流は、肌を刺すように濃密になっていく。
やがて、一行は巨大な鍾乳洞のような広大な空間へとたどり着いた。
その光景に、誰もが息を呑んだ。
空間の中央には黒曜石を切り出して作られた巨大な円形の祭壇が鎮座していた。祭壇の表面には無数の溝が複雑な紋様を描いており、その溝の中を血のように赤い光が脈打つように流れている。
そして、祭壇の上空には巨大な黒い水晶が鎖によって吊り下げられていた。帝都中から集められた負の感情が黒い霧となってその水晶へと吸い込まれ、水晶は不気味な輝きを放っている。
「……これが、『触媒』」
セレスティアがかすれた声で呟いた。
そして、その祭壇の中心に一人の男が立っていた。
背を向け、ただ静かに黒い水晶を見上げている。その全身は星のない夜空のような漆黒のローブに包まれていた。フードを深く被っており、その顔を窺い知ることはできない。
だが、その男から放たれる気配は、アッシュがこれまで感じてきたどんな存在とも異質だった。そこには怒りも憎しみも嫉妬さえもなかった。ただ全てを飲み込む、宇宙空間のような絶対的な『虚無』が広がっているだけだった。
「……よくぞここまでたどり着いた、招かれざる客人たちよ」
男は振り返ることなく、静かな声で言った。その声は年齢も感情も感じさせない不思議な響きを持っていた。
「貴様が、『奈落の蛇』の指導者か」
ガイウスが剣を構えながら問い詰めた。
「いかにも」
男はゆっくりとこちらに振り返った。
フードの奥から現れたのは仮面だった。それはどんな特徴もない、のっぺりとした白い仮面。ただ、そこには見る者の心を吸い込むような二つの空虚な穴が開いているだけだった。
「私は『虚無の導師』。この古き世界に終わりを告げる者だ」
『虚無の導師』。
七人の幹部を束ねる結社の頂点に立つ存在。彼こそが最後の試練。
「儀式はすでに最終段階に入っている」
導師は上空の黒い水晶を指差した。
「あと数分で新月の刻が訪れる。その瞬間、この触媒に溜め込まれた帝都百万の民の絶望と憎悪は臨界点を迎え、奈落への扉をこじ開けるだろう。もはや貴様らにできることは何もない」
その言葉には絶対的な自信が満ちていた。
「なぜ、こんなことをする!」
セレスティアが怒りを込めて叫んだ。
「世界を破滅させて、あなたたちに何の得があるというの!」
「得、だと?」
導師は初めて感情らしきものを見せた。それは心からの嘲笑だった。
「我らは何も求めぬ。富も名誉も権力も。我らが望むはただ一つ。この矛盾と苦痛に満ちた不完全な世界を、完全なる『無』へと還すこと。それこそが究極の救済なのだ」
その狂気に満ちた思想に一行は戦慄した。
こいつはこれまでの敵とは違う。欲望も憎しみもない。ただ純粋な、世界そのものへの『虚無』に突き動かされている。
「戯言を」
アッシュは一歩前に出た。
「お前が何を語ろうと、俺は俺の安楽な生活を脅かすものを見過ごすつもりはない。お前のその下らない儀式、今ここで完全に破壊させてもらう」
「……面白い」
導師はアッシュの赤い瞳を見つめた。
「お前か。イザベラとアウグストを屠り、我らの計画を乱し続けた異分子は。お前の魂は他の者たちとは違う色をしている。興味深い……」
導師は仮面の下で静かに呟いた。
「よかろう。ならば最後の試練を与えてやろう。お前のその異質な魂が、真の『虚無』に耐えられるかどうか試させてもらう」
彼がそう言った瞬間、祭壇の間に満ちていた負のエネルギーの奔流がその流れを変えた。
その全てが、ただ一点――アッシュを目掛けて殺到し始めたのだ。
それは物理的な攻撃ではなかった。
より直接的で、そして防ぎようのない精神への攻撃だった。
「アッシュ様!」
「アッシュ!」
仲間たちの悲鳴が遠ざかっていく。
アッシュの視界がぐにゃりと歪み、意識が急速に現実から乖離していくのを感じていた。
彼はもはや祭壇の間にはいなかった。
最後の試練、『虚無』の精神攻撃が始まろうとしていた。
1
あなたにおすすめの小説
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
最強のアラサー魔導師はかつての弟子達に迫られる~ただ冒険者を始めようとしただけなのに弟子達がそれを許してくれない~
おやっつ
ファンタジー
王国魔導師団指南役をしていたシューファはある日突然、王様に追放されてしまう。王様曰く、シューファみたいなアラサーが教えていたら魔導師団が衰えるとのことだった。
突然の追放で行く場所を失ったシューファは貴族社会の王国では卑下されていた冒険者での強さが全ての帝都に行くことにした。
シューファが帝都に行ったと報告を受けたかつての弟子達はガクに会いに自分の仕事を放棄して帝都に向かう。
そう、彼女らの仕事は国の重鎮だというのに───
小説家になろうにも投稿中です!
毎日投稿していこうと思うので、ブクマなどをしていただけると励みになります。
貴族に無茶苦茶なことを言われたのでやけくそな行動をしたら、戦争賠償として引き抜かれました。
詰んだ
ファンタジー
エルクス王国の魔法剣士で重鎮のキースは、うんざりしていた。
王国とは名ばかりで、元老院の貴族が好き勝手なこと言っている。
そしてついに国力、戦力、人材全てにおいて圧倒的な戦力を持つヴォルクス皇国に、戦争を仕掛けるという暴挙に出た。
勝てるわけのない戦争に、「何とか勝て!」と言われたが、何もできるはずもなく、あっという間に劣勢になった。
日を追うごとに悪くなる戦況に、キースへのあたりがひどくなった。
むしゃくしゃしたキースは、一つの案を思いついた。
その案を実行したことによって、あんなことになるなんて、誰も想像しなかった。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました
かにくくり
ファンタジー
魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。
しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。
しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。
勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。
そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。
相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。
※小説家になろうにも掲載しています。
(完結)魔王討伐後にパーティー追放されたFランク魔法剣士は、超レア能力【全スキル】を覚えてゲスすぎる勇者達をザマアしつつ世界を救います
しまうま弁当
ファンタジー
魔王討伐直後にクリードは勇者ライオスからパーティーから出て行けといわれるのだった。クリードはパーティー内ではつねにFランクと呼ばれ戦闘にも参加させてもらえず場美雑言は当たり前でクリードはもう勇者パーティーから出て行きたいと常々考えていたので、いい機会だと思って出て行く事にした。だがラストダンジョンから脱出に必要なリアーの羽はライオス達は分けてくれなかったので、仕方なく一階層づつ上っていく事を決めたのだった。だがなぜか後ろから勇者パーティー内で唯一のヒロインであるミリーが追いかけてきて一緒に脱出しようと言ってくれたのだった。切羽詰まっていると感じたクリードはミリーと一緒に脱出を図ろうとするが、後ろから追いかけてきたメンバーに石にされてしまったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる