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第19話:砂の王と星の巫女
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地響きと共に崩れ落ちた記録の間の奥の壁。その向こうは、巨大な空洞になっていた。ピラミッドの最深部、王家の墓所だ。しかし、そこに満ちていたのは神聖な静寂ではなく、息が詰まるほど濃密な『歪み』のオーラだった。
「来るわ……!」
メイプルが盾を構え、総毛立つ。
闇の奥から、ゆっくりと一つの人影が姿を現した。それは、古代エジプトのファラオを思わせる、豪奢な黄金の装飾を身に纏った巨躯の王。だが、その姿は禍々しさに満ちていた。全身のあちこちが黒いノイズに蝕まれ、虚ろな両目からは紫色の妖しい光が漏れ出している。
【歪みのファラオ・アクナートン Lv.40】
「アクナートン……! 壁画に描かれていた、あの太陽の王!?」
ケンが、驚愕の声を上げる。
「歪みを封印したはずの王様自身が、歪みに取り込まれちゃったってこと……?」
歪みのファラオは、生ける者を憎むかのように、ゆっくりと腕を上げた。すると、周囲の砂が意志を持ったかのように集まり、無数の兵士の形を成していく。サンドソルジャーだ。
「まずは、あの雑魚から片付けるわよ!」
メイプルが突撃し、サンドソルジャーの群れに斬り込む。しかし、兵士は斬られてもすぐに砂から再生し、キリがない。
「本体を叩くしかない!」
ケンが、歪みのファラオに向かって魔法を放つが、王の周囲には強力な魔力障壁が展開されており、攻撃が届かない。
「グ……オ……」
歪みのファラオが、意味をなさない呻き声を上げると、墓所の壁や床から、黒い瘴気のようなものが噴き出し始めた。
「まずい! フィールド全体が歪みに汚染されていく!」
カナデの『フィールド・クラフト』で創り出した迷宮も、瘴気に蝕まれて徐々に崩壊し始めていた。岩の檻に閉じ込められていたゼノも、壁が崩れたことで自由の身となる。
「……フン。漁夫の利、というわけか」
ゼノは、忌々しげに呟くと、消耗した仲間たちに回復薬を配り、体勢を立て直させた。
「リーダー、どうしますか? あのボスは、我々だけで相手にするには危険すぎます!」
「分かっている。だが、ここで引くわけにはいかん」
ゼノは、苦渋の決断を下した。
「……一時休戦だ、カナデ。今は、あのボスを倒すことを優先する」
プライドの高い彼が、自分から共闘を持ちかけてきた。それは、この状況がいかに絶望的であるかを物語っていた。
「……分かりました」
カナデも、異論はなかった。今は、内輪で争っている場合ではない。
こうして、ついさっきまで殺し合っていた二つのパーティが、背中合わせに並び立つという、奇妙な共闘戦線が結成された。
「アヴァロンの前衛は、俺とメイプルで雑魚の壁になる! 後衛は、全力でボスの障壁を削れ!」
メイプルが、的確な指示を飛ばす。彼女の指揮能力は、アヴァロンのメンバーですら舌を巻くほどだった。
ゼノとメイプルが、鉄壁の守りでサンドソルジャーの猛攻を食い止める。その間に、ケンとアヴァロンの魔術師たちが、集中砲火で歪みのファラオの魔力障壁を攻撃する。
カナデは、戦況を見ながら、汚染されていくフィールドを『フィールド・クラフト:聖域創造』で浄化し、味方の足場を確保していく。
創造と破壊。二つの対極的な力が、初めて同じ目的のために機能し始めた。
やがて、後衛の猛攻によって、ついにファラオの魔力障壁が砕け散った。
「今だ! 総攻撃をかけろ!」
ゼノが、誰よりも早くファラオに肉薄し、渾身の一撃を叩き込む。
「《ノヴァ・ブレイド》!」
彼の剣が、太陽のような輝きを放ち、ファラオの胸を貫いた。
「グオオオオオオオ!」
歪みのファラオが、初めて明確な苦悶の声を上げた。
だが、ファラオは倒れない。胸を貫かれたまま、虚ろな目でゼノを見つめ、その口元が、わずかに動いた。
『……ネフェル……ティ……』
その声は、憎悪ではなく、悲痛な響きを帯びていた。
次の瞬間、ファラオの身体から、凄まじい量の歪みのオーラが爆発した。墓所全体が激しく揺れ、天井が崩落し始める。
「まずい! 暴走した!」
「全員、退避!」
だが、もはや逃げ場はなかった。歪みの嵐が、全てを飲み込もうとした、その時。
カナデの懐で、リリアから貰った『リリアの涙』が、ひときわ強い光を放った。
そして、カナデの脳内に、リリアの切実な声が響く。
『カナデさん……! 私の力を、使って……! 王の魂を、歪みから解放してあげて……!』
カナデは、直感した。
「ケンさん! 壁画にあった、王妃の名前は!?」
「月の女王、ネフェルティだ!」
カナデは、暴走する歪みのファラオの前に飛び出した。
「アクナートン王! 聞こえますか! 女王は、あなたを待っています!」
その言葉に、ファラオの動きが、ほんの一瞬、止まった。その虚ろな瞳に、一瞬だけ、正気の光が宿ったように見えた。
カナデは、その一瞬を見逃さなかった。
彼は、つるはしを構え、スキルを叫んだ。それは、攻撃でも防御でもない。
ただ、一つの想いを伝えるための、創造だった。
「『フィールド・クラフト:記憶再生(メモリー・スケープ)』!」
カナデの力が、アクナートン王の汚染された魂の奥底に眠る、『記憶』そのものに干渉する。
彼の周囲の空間が、歪み始める。しかし、それは破壊的な歪みではない。過去の光景を再現する、追憶の歪みだった。
砂に覆われた墓所が、みるみるうちに緑豊かな王宮の庭園へと変わっていく。
崩れた天井は、星々が輝く夜空へ。
禍々しい瘴気は、月下草の甘い香りへ。
そして、カナデの隣に、光の粒子が集まり、一人の女性の姿を形作った。
銀色の髪を風になびかせ、慈愛に満ちた瞳で王を見つめる、月の女王ネフェルティ。それは、カナデの記憶の中にあるリリアの姿を借りて、スキルが生み出した幻影だった。
『あなた……アクナートン……』
幻の女王が、優しく王の名を呼ぶ。
「……ネフェル……ティ……?」
歪みのファラオの動きが、完全に止まった。その瞳から、紫色の妖しい光が消え、かつての太陽の王としての、理知的な光が戻ってくる。
「ああ……そうか……。余は、お前を、民を、この世界を守るために……」
アクナートン王は、自分の身体が歪みに蝕まれていることを自覚し、悲しげに微笑んだ。
「……異界の若者よ。そして、星の巫女の面影を持つ者よ。感謝する。おかげで、最後に己を取り戻すことができた」
王は、胸に突き刺さったゼノの剣を、自らの手でさらに深く押し込んだ。
「だが、余の魂は、もはやこの歪みと分かちがたく結びついてしまった。余ごと、この歪みを滅するのだ」
「……分かった」
ゼノは、静かに頷くと、剣に最後の力を込めた。
「さらばだ、我が愛しき王国よ。そして――」
アクナートン王は、幻のネフェルティに手を伸ばし、その姿が光の粒子となって消えていくのを見届けた。
「――我が愛しき妻よ」
ゼノの剣が、最後の光を放つ。
歪みのファラオ・アクナートンは、満足げな、安らかな表情を浮かべ、光の中に消滅した。
後に残されたのは、静寂と、王が遺した数々の煌びやかな財宝、そして、ひときわ大きく輝く一つの宝珠だけだった。
《メインクエスト『砂漠に眠る王の記憶』をクリアしました!》
《世界の歪みの一部が修復されました》
《称号『王を鎮めし者』を獲得しました》
《ユニークアイテム『太陽の王の魂晶』を獲得しました》
激しい戦いが、終わった。
誰もが、その場に立ち尽くし、言葉を失っていた。
特にゼノは、自分の剣で、敵でありながらも、一人の王の尊厳ある最期を見届けたという事実に、複雑な表情を浮かべていた。
カナデは、崩れかけた墓所を見回した。
「帰りましょう。ここも、もう長くはもちません」
カナデの言葉に、アヴァロンのメンバーたちも、ジオ・フロンティアのメンバーたちも、黙って頷いた。
帰り道、ゼノは、初めてカナデに自分から話しかけた。
「……貴様の力、あれは一体、何だ」
その声には、もはや敵意や侮蔑の色はなかった。ただ、純粋な問いかけだった。
「さあ。俺にも、よく分かりません」カナデは、空を見上げて答えた。「ただ、何かを創り出す力、としか」
ゼノは、それ以上何も言わなかった。
ピラミッドから脱出した時、朝日が砂漠を黄金色に染めていた。
まるで、太陽の王の魂が、再びこの地に光を取り戻したかのように。
この日を境に、二人の関係は、単なる敵対者ではなくなった。
互いの力を認め、しかし決して交わることのない、宿命のライバルとして。
カナデは、世界の歪みを『調律』する者。ゼノは、世界の理を『支配』しようとする者。
彼らの道が、再び交わる時。それは、この世界の運命そのものを決する戦いの始まりを意味していた。
「来るわ……!」
メイプルが盾を構え、総毛立つ。
闇の奥から、ゆっくりと一つの人影が姿を現した。それは、古代エジプトのファラオを思わせる、豪奢な黄金の装飾を身に纏った巨躯の王。だが、その姿は禍々しさに満ちていた。全身のあちこちが黒いノイズに蝕まれ、虚ろな両目からは紫色の妖しい光が漏れ出している。
【歪みのファラオ・アクナートン Lv.40】
「アクナートン……! 壁画に描かれていた、あの太陽の王!?」
ケンが、驚愕の声を上げる。
「歪みを封印したはずの王様自身が、歪みに取り込まれちゃったってこと……?」
歪みのファラオは、生ける者を憎むかのように、ゆっくりと腕を上げた。すると、周囲の砂が意志を持ったかのように集まり、無数の兵士の形を成していく。サンドソルジャーだ。
「まずは、あの雑魚から片付けるわよ!」
メイプルが突撃し、サンドソルジャーの群れに斬り込む。しかし、兵士は斬られてもすぐに砂から再生し、キリがない。
「本体を叩くしかない!」
ケンが、歪みのファラオに向かって魔法を放つが、王の周囲には強力な魔力障壁が展開されており、攻撃が届かない。
「グ……オ……」
歪みのファラオが、意味をなさない呻き声を上げると、墓所の壁や床から、黒い瘴気のようなものが噴き出し始めた。
「まずい! フィールド全体が歪みに汚染されていく!」
カナデの『フィールド・クラフト』で創り出した迷宮も、瘴気に蝕まれて徐々に崩壊し始めていた。岩の檻に閉じ込められていたゼノも、壁が崩れたことで自由の身となる。
「……フン。漁夫の利、というわけか」
ゼノは、忌々しげに呟くと、消耗した仲間たちに回復薬を配り、体勢を立て直させた。
「リーダー、どうしますか? あのボスは、我々だけで相手にするには危険すぎます!」
「分かっている。だが、ここで引くわけにはいかん」
ゼノは、苦渋の決断を下した。
「……一時休戦だ、カナデ。今は、あのボスを倒すことを優先する」
プライドの高い彼が、自分から共闘を持ちかけてきた。それは、この状況がいかに絶望的であるかを物語っていた。
「……分かりました」
カナデも、異論はなかった。今は、内輪で争っている場合ではない。
こうして、ついさっきまで殺し合っていた二つのパーティが、背中合わせに並び立つという、奇妙な共闘戦線が結成された。
「アヴァロンの前衛は、俺とメイプルで雑魚の壁になる! 後衛は、全力でボスの障壁を削れ!」
メイプルが、的確な指示を飛ばす。彼女の指揮能力は、アヴァロンのメンバーですら舌を巻くほどだった。
ゼノとメイプルが、鉄壁の守りでサンドソルジャーの猛攻を食い止める。その間に、ケンとアヴァロンの魔術師たちが、集中砲火で歪みのファラオの魔力障壁を攻撃する。
カナデは、戦況を見ながら、汚染されていくフィールドを『フィールド・クラフト:聖域創造』で浄化し、味方の足場を確保していく。
創造と破壊。二つの対極的な力が、初めて同じ目的のために機能し始めた。
やがて、後衛の猛攻によって、ついにファラオの魔力障壁が砕け散った。
「今だ! 総攻撃をかけろ!」
ゼノが、誰よりも早くファラオに肉薄し、渾身の一撃を叩き込む。
「《ノヴァ・ブレイド》!」
彼の剣が、太陽のような輝きを放ち、ファラオの胸を貫いた。
「グオオオオオオオ!」
歪みのファラオが、初めて明確な苦悶の声を上げた。
だが、ファラオは倒れない。胸を貫かれたまま、虚ろな目でゼノを見つめ、その口元が、わずかに動いた。
『……ネフェル……ティ……』
その声は、憎悪ではなく、悲痛な響きを帯びていた。
次の瞬間、ファラオの身体から、凄まじい量の歪みのオーラが爆発した。墓所全体が激しく揺れ、天井が崩落し始める。
「まずい! 暴走した!」
「全員、退避!」
だが、もはや逃げ場はなかった。歪みの嵐が、全てを飲み込もうとした、その時。
カナデの懐で、リリアから貰った『リリアの涙』が、ひときわ強い光を放った。
そして、カナデの脳内に、リリアの切実な声が響く。
『カナデさん……! 私の力を、使って……! 王の魂を、歪みから解放してあげて……!』
カナデは、直感した。
「ケンさん! 壁画にあった、王妃の名前は!?」
「月の女王、ネフェルティだ!」
カナデは、暴走する歪みのファラオの前に飛び出した。
「アクナートン王! 聞こえますか! 女王は、あなたを待っています!」
その言葉に、ファラオの動きが、ほんの一瞬、止まった。その虚ろな瞳に、一瞬だけ、正気の光が宿ったように見えた。
カナデは、その一瞬を見逃さなかった。
彼は、つるはしを構え、スキルを叫んだ。それは、攻撃でも防御でもない。
ただ、一つの想いを伝えるための、創造だった。
「『フィールド・クラフト:記憶再生(メモリー・スケープ)』!」
カナデの力が、アクナートン王の汚染された魂の奥底に眠る、『記憶』そのものに干渉する。
彼の周囲の空間が、歪み始める。しかし、それは破壊的な歪みではない。過去の光景を再現する、追憶の歪みだった。
砂に覆われた墓所が、みるみるうちに緑豊かな王宮の庭園へと変わっていく。
崩れた天井は、星々が輝く夜空へ。
禍々しい瘴気は、月下草の甘い香りへ。
そして、カナデの隣に、光の粒子が集まり、一人の女性の姿を形作った。
銀色の髪を風になびかせ、慈愛に満ちた瞳で王を見つめる、月の女王ネフェルティ。それは、カナデの記憶の中にあるリリアの姿を借りて、スキルが生み出した幻影だった。
『あなた……アクナートン……』
幻の女王が、優しく王の名を呼ぶ。
「……ネフェル……ティ……?」
歪みのファラオの動きが、完全に止まった。その瞳から、紫色の妖しい光が消え、かつての太陽の王としての、理知的な光が戻ってくる。
「ああ……そうか……。余は、お前を、民を、この世界を守るために……」
アクナートン王は、自分の身体が歪みに蝕まれていることを自覚し、悲しげに微笑んだ。
「……異界の若者よ。そして、星の巫女の面影を持つ者よ。感謝する。おかげで、最後に己を取り戻すことができた」
王は、胸に突き刺さったゼノの剣を、自らの手でさらに深く押し込んだ。
「だが、余の魂は、もはやこの歪みと分かちがたく結びついてしまった。余ごと、この歪みを滅するのだ」
「……分かった」
ゼノは、静かに頷くと、剣に最後の力を込めた。
「さらばだ、我が愛しき王国よ。そして――」
アクナートン王は、幻のネフェルティに手を伸ばし、その姿が光の粒子となって消えていくのを見届けた。
「――我が愛しき妻よ」
ゼノの剣が、最後の光を放つ。
歪みのファラオ・アクナートンは、満足げな、安らかな表情を浮かべ、光の中に消滅した。
後に残されたのは、静寂と、王が遺した数々の煌びやかな財宝、そして、ひときわ大きく輝く一つの宝珠だけだった。
《メインクエスト『砂漠に眠る王の記憶』をクリアしました!》
《世界の歪みの一部が修復されました》
《称号『王を鎮めし者』を獲得しました》
《ユニークアイテム『太陽の王の魂晶』を獲得しました》
激しい戦いが、終わった。
誰もが、その場に立ち尽くし、言葉を失っていた。
特にゼノは、自分の剣で、敵でありながらも、一人の王の尊厳ある最期を見届けたという事実に、複雑な表情を浮かべていた。
カナデは、崩れかけた墓所を見回した。
「帰りましょう。ここも、もう長くはもちません」
カナデの言葉に、アヴァロンのメンバーたちも、ジオ・フロンティアのメンバーたちも、黙って頷いた。
帰り道、ゼノは、初めてカナデに自分から話しかけた。
「……貴様の力、あれは一体、何だ」
その声には、もはや敵意や侮蔑の色はなかった。ただ、純粋な問いかけだった。
「さあ。俺にも、よく分かりません」カナデは、空を見上げて答えた。「ただ、何かを創り出す力、としか」
ゼノは、それ以上何も言わなかった。
ピラミッドから脱出した時、朝日が砂漠を黄金色に染めていた。
まるで、太陽の王の魂が、再びこの地に光を取り戻したかのように。
この日を境に、二人の関係は、単なる敵対者ではなくなった。
互いの力を認め、しかし決して交わることのない、宿命のライバルとして。
カナデは、世界の歪みを『調律』する者。ゼノは、世界の理を『支配』しようとする者。
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