元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第6話:「戦力」の定義と、ゴブリン育成計画の萌芽

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通路の奥から迫る二体のゴブリン。一体は落とし穴の縁を警戒し、もう一体は壁を叩いて迂回路を探していたが、スラきちの粘液射出によって足止めされた。だが、状況は依然として不利だ。落とし穴の中の一体を含め、合計三体の敵が健在。そして俺には、直接的な攻撃手段がない。

(万策尽きた、か…? いや、諦めるのはまだ早い。)

SEはデッドラインまで足掻く生き物だ。残されたリソースを最大限に活用する。俺の視線は、足元で待機させていたもう一体のスライム――予備として召喚しておいた個体、便宜上「スラに」と呼ぼう――に向けられた。

こいつもスラきち同様、コスト10DPの最弱スライムだ。だが、今は藁にもすがりたい。

(スラきちが足元への粘液射出に成功した。ならば、もっと効果的な部位…顔面を狙えば、一時的にでも戦闘能力を奪えるのではないか?)

視界を奪われれば、ゴブリンとてまともに動けなくなるはずだ。リスクはある。命中する保証はないし、逆上させる可能性もある。だが、このまま二体に同時に来られるよりはマシだ。

「コア! スラにに指示! 通路を進んでくるゴブリン、壁を叩いていた方だ! あのゴブリンの顔面めがけて、粘液を発射させろ! DPコストは?」

『了解! スライム個体識別名「スラに」に、「粘液射出(顔面狙撃)」を指示します! スラきちの例から推定し、コストは2DPです!』

コアが即座に指示を中継する。足元にいたスラにが、にゅるりと動き出し、通路の方へ進んでいく。そして、壁を叩くのをやめてこちらに向かってこようとしていたゴブリン――棍棒を握り直し、警戒心を露わにしていた個体――が射程に入るのを待った。

ゴブリンは、粘液で足を取られた仲間の方を一瞬気にしたが、すぐにこちらへ向き直り、威嚇するように棍棒を振り上げた。まさにその瞬間だった。

ピュッ!

スラにが、体を小刻みに震わせ、その口と思わしき部分から、一直線に粘液を射出した! 狙いは、ゴブリンの顔面!

「ギャッ!?」

短い悲鳴。粘液は見事にゴブリンの顔、特に目元あたりに命中したようだ。ゴブリンは棍棒を取り落とし、両手で顔を押さえてのたうち回った。視界を奪われただけでなく、粘液の不快感と弱酸性の刺激が相当なものらしい。

「よし!」

思わず声が出た。賭けは成功した!
これで、健在な敵は、最初にスラきちが足止めした一体だけになった。そいつも粘液で足を取られ、すぐには動けないはずだ。

だが、油断はできない。落とし穴の中の一体が、まだもがいている。いつ脱出してくるか分からない。

「コア! 落とし穴の中のゴブリンの状況は!?」

『依然として粘液に阻まれ、脱出できていません! しかし、もがき続けており、体力は消耗しているものの、まだ活動可能です!』

「よし、今のうちに処理する! 穴の中のゴブリンに『存在消滅』! 準備はできているな!」

『はい、マスター! いつでも実行可能です!』

「実行しろ!」

『了解! 「存在消滅」を実行します!』

落とし穴の底から聞こえていた、壁を掻く音と苦悶の声が、完全に消え去った。

**【DP獲得:15DP】**
**【現在の所持DP:850DP】** (索敵範囲拡大50DP、粘液3DP、粘液射出2DPを消費後)

まず一体処理! DPも確保した。
残るは通路にいる二体のゴブリン。

一方は顔面粘液で視界を奪われ、混乱状態。壁や床に体を打ち付けながら、意味のないうめき声を上げている。
もう一方は、スラきちの粘液で足元を滑らせ、体勢を崩したまま、必死に立ち上がろうとしている。

(チャンスだ!)

だが、どうやって仕留める?
「存在消滅」は無力化された対象にしか使えない。まだ暴れているゴブリンには無効だろう。

(待てよ…無力化の定義とはなんだ? 罠にかかっている状態、瀕死状態…では、視界を奪われ、まともに抵抗できない状態は?)

「コア! 粘液で視界を奪われているゴブリンは、『存在消滅』の対象になるか?」

『…判定します…対象は現在、著しい混乱状態にあり、外部への有効な抵抗が不可能な状態と判断されます。マスターの精神力消費は若干増加しますが、『存在消滅』の実行は可能です。』

「いけるか! よし、実行しろ!」

『了解! 顔面に粘液を受けたゴブリンに対し、「存在消滅」を実行します!』

コアの言葉と共に、のたうち回っていたゴブリンの動きがぴたりと止まり、その姿がかき消えた。

**【DP獲得:15DP】**
**【現在の所持DP:865DP】**

あと一体!
残るは、足元を滑らせて体勢を崩しているゴブリンだけだ。そいつは、なんとか立ち上がろうと必死にもがいているが、粘つく床に足を取られてうまくいかないようだ。

「コア、あのゴブリンは?」

『同様に、有効な抵抗が不可能な状態と判断できます。「存在消滅」実行可能です。』

「よし、やれ!」

『了解! 「存在消滅」を実行します!』

最後のゴブリンも、抵抗虚しくその場で消滅した。

**【DP獲得:15DP】**
**【現在の所持DP:880DP】**

「………ふぅーーーっ。」

俺は、張り詰めていた息を、大きく、長く吐き出した。
全身から力が抜けていくのを感じる。コア安置室の壁に、ずるずると寄りかかった。

勝った…。
ゴブリン三体同時襲来という、想定外のインシデントを、なんとか乗り切った。

スラきちとスラにが、通路からゆっくりと戻ってくる。特にスラには、顔面狙撃というファインプレーを見せてくれた。

「お前たち、よくやった。本当に助かった。」

俺は、二体のスライムに心からの感謝を伝えた。ぷるぷると震えるその体は、どことなく誇らしげに見えた。

(しかし…危なかった。)

今回は、スラきちとスラにの粘液攻撃が上手く決まったから良かったものの、一つ間違えれば突破されていた可能性が高い。特に、壁を破壊されそうになった時は肝が冷えた。

(やはり、根本的な戦力不足は否めない。スライムの搦め手だけでは、限界がある。)

今回の戦いで得られた教訓は大きい。

1.  **スライムの有用性:** 清掃、運搬、センサー、そして粘液(潤滑・粘着・射出)による妨害工作。工夫次第で、最弱モンスターも大きな戦力になり得る。コストパフォーマンスは抜群だ。まさにユーティリティプレイヤー。
2.  **罠の連携と多重化の重要性:** 潤滑床+落とし穴+粘液というコンボは有効だった。単一の罠だけでなく、複数の要素を組み合わせることで、効果は飛躍的に高まる。
3.  **壁の強化の必要性:** ゴブリン程度の攻撃でも破壊される可能性があるなら、早急に対策が必要だ。材質を変えるか、厚みを増すか…いずれにせよDPが必要になる。
4.  **能動的な攻撃手段の欠如:** これが最大の問題だ。現状、侵入者を直接攻撃する手段がない。罠にかけるか、スライムで妨害して「存在消滅」に持ち込むしかない。これはあまりにも受動的で、効率が悪い。

(やはり…ゴブリンを召喚するしかない。)

一体15DPの価値があるゴブリン。あれを、こちらの戦力として使役できれば、状況は大きく変わるはずだ。棍棒による直接攻撃、ある程度の知性、そして何より「戦う」という明確な役割。

「コア、ゴブリンを召喚するための条件、もう一度整理してくれ。ダンジョンレベルアップが最有力だったな?」

『はい、マスター。DPの蓄積によるダンジョンレベルアップが、現時点で最も可能性の高いルートと考えられます。』

「目標DPはどれくらいなんだろうな…見当もつかないが、とにかく貯めるしかないか。」

現在のDPは880。あと120DP貯めれば、ちょうど1000DPになる。キリの良い数字だし、あるいはそれが最初のレベルアップ条件かもしれない。ゴブリン基準で言えば、あと8体倒せば到達できる計算だ。

(だが、ただゴブリンを召喚できるようになるだけでは不十分だ。)

俺の脳裏に、前世でのプロジェクトマネジメント経験が蘇る。優秀なエンジニアを集めただけでは、良いシステムは作れない。重要なのは、彼らをどう組織し、どう動かすかだ。

(そうだ。ゴブリンを召喚したら、次は育成だ。)

ただ野放しにするのではなく、訓練し、組織化する。
斥候役、近接戦闘役、もしかしたら罠との連携役も?
そして何より、俺の指示を的確に理解し、実行させる必要がある。

(報連相…報告・連絡・相談。これをゴブリンに叩き込む? 無茶か? いや、やってみる価値はある。)

リーダーを選抜し、小隊を編成する。シフト制を導入し、疲弊を防ぐ。効率的な訓練メニューを考案し、スキルアップを図る。まるで、新人研修だ。

(目指すは、そこらの野生ゴブリンとは一線を画す、精鋭ゴブリン部隊。俺の指示通りに動き、罠と連携し、侵入者を効率的に排除する、ダンジョン運営の尖兵だ。)

妄想が広がっていく。それは、かつてブラック企業で疲弊していた頃には考えられなかった、能動的で、創造的な思考だった。

「よし…決めた。」

俺は立ち上がり、コアに向き直った。

「コア、当面の目標は二つだ。第一に、DPを最低1000まで貯める。第二に、ゴブリン召喚が可能になった後の、育成・運用計画を策定する。」

『承知いたしました、マスター。目標達成に向け、全力でサポートします。』

「まずは、スラきちとスラにのメンテナンスだ。粘液生成で消耗しただろう。回復と休息を。それから、落とし穴と通路の清掃も頼む。」

『了解しました。スライムたちのメンテナンスと清掃タスクを実行します。』

二体のスライムが、再び健気に働き始める。
俺は、その様子を見ながら、ゴブリン育成計画――名付けて「プロジェクトG」の骨子を練り始めた。

ホワイトダンジョンへの道は、単なる防衛だけではない。優秀な「社員」(モンスター)を育成し、組織を強化していくことも、重要な要素なのだ。元社畜SEのマネジメント手腕が、今、異世界で試されようとしていた。
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