元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第8話:レベルアップ通知と、プロジェクトG始動のベル

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森猪という、ゴブリンよりも一回り大きな獲物を仕留め、DPは910まで増加した。目標の1000DPまで、あとわずか90DP。ゴールは目前に見えてきている。

「ゴブリンならあと6体、森猪ならあと3頭か…あるいは、もっと別の獲物が来る可能性もあるな。」

俺はコアが表示する周辺マップを眺めながら、次なる侵入者を待っていた。索敵範囲が半径2kmに広がったことで、以前よりも広範囲の生物の動きを把握できるようになった。相変わらず、ゴブリンの小規模な群れが周辺をうろついており、森の中には猪以外の獣の気配もある。今のところ、冒険者や騎士団といった、明らかに高レベルな脅威の反応はない。

(焦りは禁物だ。下手にこちらから仕掛けて、想定外の反撃を食らうのは避けたい。今は、確立した防衛システムを信じて、受動的に待つのが最善手だろう。)

システム開発においても、焦って未検証の機能をリリースするのはバグの元だ。まずは安定稼働。それが鉄則だ。

スラきちとスラには、相変わらず健気に働いている。落とし穴の清掃と粘液補充を終え、今はコア安置室の隅で待機中だ。命令があれば、いつでも出動できる体勢を整えてくれている。本当に優秀な「社員」だ。

時間はゆっくりと流れていく。ダンジョン内の魔力吸収により、DPは1時間あたり0.5ずつ、着実に増えていく。910… 911… 912…

(この自然増加分だけでも、あと…えーっと、90DP ÷ 0.5DP/時 = 180時間か。日数にすると7日半。結構かかるな。やはり侵入者によるブーストが欲しいところだ。)

まるで、基本給だけでは生活が苦しいから、残業代やボーナスを当てにするような心境だ。いや、前世のトラウマが…。

そんなことを考えていると、コアが新たな侵入者の接近を告げた。

『マスター、侵入者を探知。ゴブリン2体です。ダンジョン入口を突破し、通路を進行中。』

来たか! ゴブリン2体。前回は3体だったから、少し楽かもしれない。しかも、今回は対処法も確立している。

「よし、コア。通常迎撃プロトコルを実行。潤滑床、落とし穴、粘液コンボで対処する。スラきちは粘液射出準備、スラには予備待機だ。」

『了解しました。迎撃プロトコル・パターンB(対ゴブリン・複数)を実行します。』

俺は落ち着いて、コアが表示するマップを監視する。2つの緑色の光点が、通路を進んでくる。動きは前回同様、ややバラバラだ。連携というほどの統率は取れていない。

先頭のゴブリンが、潤滑床のあるカーブ(ポイントα)に差し掛かる。

ズベッ!

予想通りの反応。ゴブリンは足を滑らせ、体勢を崩しながらも、なんとか転倒は免れたようだ。だが、明らかに動揺している。

後続のゴブリンも、仲間の異変に気づき、警戒して足を止めた。

(よし、ここで畳み掛ける!)

「コア! スラきち、粘液射出! 足止めされている先頭ゴブリンの足元を狙え!」

『了解! スラきち、粘液射出実行!』

ピチャッ! スラきちが放った粘液が、体勢を崩していたゴブリンの足元に命中。これで、さらに動きが鈍るはずだ。

その隙に、後続のゴブリンが状況を把握しようと、慎重にカーブの先を覗き込もうとした。そこには、巧妙に隠された落とし穴(ポイントβ)がある。

(かかるか…?)

後続のゴブリンは、一度足を止めた。何かを感じ取ったのかもしれない。だが、先頭の仲間が粘液で足止めされている状況を見て、焦りが出たのか、あるいは罠はないと判断したのか、再び歩き出した。

そして…

ザンッ!

短い悲鳴と共に、後続のゴブリンが落とし穴に吸い込まれていった。

『後続ゴブリン、落とし穴に落下! 粘液により拘束中!』

「よし! まず一体!」

残るは、通路で粘液に足止めされている先頭のゴブリンだ。そいつは、仲間が消えたことに驚き、さらに粘つく足元に苛立ちながら、棍棒を振り回して威嚇している。

「コア、あのゴブリンは『存在消滅』の対象になるか?」

『判定…対象は混乱し、有効な抵抗が困難な状態と判断。「存在消滅」実行可能です。』

「よし、実行!」

『了解! 「存在消滅」実行!』

ピタッ。通路で暴れていたゴブリンの動きが止まり、消滅した。

**【DP獲得:15DP】**
**【現在の所持DP:925DP】** (粘液射出2DP消費後)

残るは、落とし穴の中の一体。これも、もはや時間の問題だ。

「コア、落とし穴の中のゴブリンも処理しろ。」

『了解! 「存在消滅」実行!』

**【DP獲得:15DP】**
**【現在の所持DP:940DP】**

「ふぅ…順調だな。」

ゴブリン2体を、危なげなく処理できた。罠とスライムの連携が、確実に機能している証拠だ。DPも着実に増えている。あと60DP。

「コア、後処理を頼む。」

『承知いたしました。ログ記録、清掃、粘液補充を実行します。』

再び静寂が訪れたダンジョン内で、俺は次の侵入者を待った。今度はどれくらいで来てくれるだろうか?

意外にも、次の「顧客」はすぐやってきた。先ほどの戦闘から、体感で1時間も経っていない頃だ。

『マスター、侵入者です! ゴブリン、今度は4体です!』

4体! さすがに少し多いな。だが、やることは同じだ。

「コア! 迎撃プロトコル実行! 各個撃破を狙う!」

『了解! パターンB改(対ゴブリン・多数)を実行! スラににも粘液射出準備を指示します!』

4つの緑点が、通路を進んでくる。先頭の1体が潤滑床で足を滑らせる。後続は警戒するが、状況が分からないまま、不用意に落とし穴に近づき、1体が落下。残る2体が通路で立ち往生しているところを、スラきちとスラにの連携粘液射出で足止め。視界を奪われた1体をまず「存在消滅」。残る1体も、粘液で動きが鈍ったところを「存在消滅」。最後に、落とし穴の1体を処理。

**【DP獲得:15DP x 4 = 60DP】**
**【現在の所持DP:1000DP】** (粘液射出 2DP x 2 = 4DP 消費後)

「………やった!!」

ついに、所持DPが1000の大台に乗った!
思わず立ち上がり、拳を握りしめる。目標達成だ!

その瞬間だった。
ダンジョン全体が、わずかに、しかし確かに振動した。コアの輝きが、これまでになく増していく。

『……! マスター!!』

コアが、珍しく感情的な、驚きと喜びに満ちたような声を発した。

『ダンジョンレベルが上昇しました! Lv.1 から Lv.2 に到達です!』

**【ダンジョンレベルアップ!】**
*   **ダンジョンレベル:Lv.2**
*   **召喚可能モンスターリスト更新:** ゴブリン(コスト30DP)が追加されました。
*   **設置可能罠リスト更新:** スパイクピットLv.1(落とし穴+底面スパイク、コスト70DP)、トリップワイヤーLv.1(侵入者が躓くワイヤー、コスト15DP)が追加されました。
*   **ダンジョン拡張可能範囲:** 半径20メートルに拡大。
*   **コア機能拡張:** 簡易ダッシュボード機能(DP収支、モンスター稼働状況、罠作動ログの簡易表示)が利用可能になりました。マスターの思考に基づき、UIを最適化します。

俺の目の前に表示されたインターフェースが、目まぐるしく変化していく。
ゴブリン! ついに召喚可能になった! コストは30DPか。ゴブリン一体を倒して得られるDPが15だから、一体召喚するには二体分の働きが必要になる計算だ。まあ、妥当なところだろう。

新しい罠も追加された。スパイクピットは、落とし穴の殺傷能力を高める待望の機能だ。トリップワイヤーはコストが安く、他の罠との連携に使えそうだ。

ダンジョン拡張範囲も倍になった。これで、より複雑な通路設計や、モンスターの待機スペース確保などが可能になる。

そして、簡易ダッシュボード機能! これは嬉しい。まるで、プロジェクト管理ツールが導入されたようなものだ。DP収支やモンスターの稼働状況が一目で分かれば、より効率的な運営判断ができる。

「すごいな…レベルアップって、こんなに色々解放されるものなのか。」

『はい、マスター! ダンジョンの成長は、マスターの能力向上にも繋がります!』

コアは、興奮冷めやらぬ様子で、その光球をキラキラと輝かせている。普段の無機質な口調からは想像もできないほどの喜びようだ。

「よし…ついに、この時が来たか。」

俺は深呼吸し、決意を固めた。
プロジェクトG、始動だ。

「コア、ゴブリンを召喚する。まずは…そうだな、3体ほど頼む。」

『承知いたしました! ゴブリンを3体召喚します! コスト90DP!』

コアの輝きが一段と強まり、コア安置室の中央付近の空間が歪む。そして、緑色の肌をした、小柄で醜悪な人型の生物が、一体、また一体と姿を現した。

身長は1メートルちょっと。ぼろ布を纏い、手には粗末な棍棒を持っている。目は小さく、狡猾そうな光を宿している。互いに警戒し合いながら、キョロキョロと周囲を見回している。これが、ゴブリンか。

「グルル…」「ギャ?」「キシャア!」

ゴブリンたちは、威嚇するような、あるいは戸惑うような、意味不明な声を発している。そして、俺と、俺の傍に浮かぶコアの存在に気づくと、明らかに敵意を剥き出しにしてきた。

(なるほど…召喚したからといって、すぐに従順になるわけではない、と。)

これは、ある意味予想通りだ。新入社員だって、最初から会社の理念を理解し、忠誠を誓っているわけではない。教育と、動機付けが必要なのだ。

俺は、コアに合図を送る。

「コア、翻訳と威圧、頼む。」

『了解しました、マスター。』

コアの輝きが変わり、ゴブリンたちに向けられる。ゴブリンたちは、コアから放たれるプレッシャーに怯えたように身をすくませた。同時に、俺の言葉が、彼らにも理解できる形で伝わるようになるはずだ。

俺は、ゆっくりと立ち上がり、三体のゴブリンを見据えた。そして、できるだけ威厳のある声で、第一声を発した。

「貴様ら、よく聞け。今日から、俺が貴様らのマスター、ワタルだ。」

ゴブリンたちは、ビクッと体を震わせ、驚いたように俺を見た。俺の言葉が理解できている証拠だ。

「貴様らは、今日から俺のダンジョンで働くことになる。仕事の内容は、侵入者の撃退、ダンジョンの防衛だ。これは、命令だ。」

ゴブリンたちは、互いに顔を見合わせ、何やらブツブツと呟き合っている。反抗的な目つきの個体もいる。

「もちろん、ただ働かせるだけではない。働きに応じて、報酬を与える。安全な寝床、美味い食事、そして…力だ。」

報酬、という言葉に、ゴブリンたちの目の色が変わった。特に、食事と力、という部分に強い反応を示している。

「だが、そのためには、ルールを守ってもらう必要がある。」

俺は、コアに指示して、先ほど作成した「ゴブリン向け報連相 基本マニュアル Ver.0.1」を、彼らにも理解できるような、もっと単純な絵や記号を交えた形で表示させた。

「これが、貴様らが最初に覚えるべきルールだ。『ホウ・レン・ソウ』。見たこと、やったことは、すぐに俺かリーダーに『ホウコク』しろ。決まったことは、仲間に『レンラク』しろ。困ったら、勝手に動かず、俺かリーダーに『ソウダン』しろ。これができれば、報酬が増える。できなければ…罰がある。」

俺は、言葉の最後に、少しだけ威圧を込めた。ゴブリンたちは、ゴクリと喉を鳴らすのが見えた。

「まずは、この『ホウ・レン・ソウ』を徹底的に叩き込む。それから、貴様らの中からリーダーを選抜し、チームとして動いてもらう。良いな?」

ゴブリンたちは、まだ戸惑いと警戒心を隠せない様子だったが、ひとまず、力でねじ伏せようという気は失せたようだ。コアの威圧と、報酬への期待、そして罰への恐れが、彼らを縛り付けている。

「返事は!」

俺が強く言うと、ゴブリンたちは慌てて、不明瞭ながらも何事か叫んだ。肯定の意思表示、と受け取っておこう。

「よし。では、プロジェクトG、これより開始する!」

俺は高らかに宣言した。
目の前には、まだ頼りなく、そして油断ならない三体のゴブリン。彼らを、いかにして効率的な「戦力」へと育て上げていくか。元社畜SEの、異世界における人材育成プロジェクトが、今、静かに幕を開けた。前途は多難だろうが、やりがいはありそうだ。
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