元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第15話:初陣の洗礼、想定外の活躍、そして第一階層の完成

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『マスター! 侵入者、第一通路エリアに進入! 速度は中程度、極めて慎重に進行中です!』

コアの報告と共に、ダッシュボードのマップ上に、一つの赤い光点が表示された。Eランク上位、あるいはDランク下位と推定されるソロの冒険者。これまでの侵入者とは明らかに格が違う。ゴブリンたちの訓練成果を測るには、またとない相手だ。

「コア、対象の詳細情報を。装備、魔力反応、歩行パターンからクラスを推定しろ。」

『了解。対象は男性ヒューマン。装備は革鎧、両手に短剣(ダガー)、腰に複数のポーチ。魔力反応は微弱で、魔法を使うタイプではなさそうです。足音を極力消し、壁際を移動、頻繁に立ち止まって周囲を警戒…歩行パターンと装備から、クラスは「盗賊(シーフ)」または「斥候(スカウト)」系の可能性が高いと判断されます。』

盗賊か斥候…厄介な相手だ。罠の発見や解除に長けている可能性が高い。正面からの戦闘能力は戦士ほどではないかもしれないが、隠密行動や奇襲を得意とするだろう。ソロでダンジョンに潜るというのも、その手のクラスなら頷ける。おそらく、罠を解除し、隠し通路などを見つけ出し、深層の宝(あるいはコア)を狙うつもりなのだろう。

「罠ゾーンへの警戒は怠るな。ゴブジ、先行して対象の動きを監視。絶対に発見されるなよ。報告は逐一、コア経由で送れ。」

『ヒッ…! りょ、了解!』
斥候役のゴブジが、音もなく通路の影へと消えていく。彼の隠密スキルは、訓練によってかなり向上しているはずだ。

「ゴブキチ、ゴブゾウ、戦闘準備! 俺の合図があるまで動くな。ゴブキチ、今回は絶対に暴走するなよ。俺の指示を待て。いいな!」

『グ、グルル…分かってる!』
ゴブキチは、まだ不安げながらもリーダーとしての自覚が芽生え始めたのか、前回よりは落ち着いているように見える。一方、ゴブゾウは…なぜか棍棒を握りしめて、ゴブキチの後ろに隠れるようにして立っている。おい、お前は後方支援だろうが。

(まあ、いい。混乱しているのかもしれん。下手に動かさない方がマシか。)

「スラきち、スラに、粘液準備。対象が罠にかかるか、あるいはゴブリンと交戦状態に入ったら、即座に援護できるように待機。」

『了解。』『了解です、マスター。』

布陣は整った。あとは、盗賊がどう動くかだ。
赤い光点は、拡張されたダンジョンの最初の分岐路に差し掛かった。ここは、片方が罠ゾーン(潤滑床→スパイクピット)へと続き、もう片方がダミールーム(中には何もなし)へと繋がる通路だ。

『対象、分岐路で停止。床や壁を慎重に調べています。』
コアからの報告。盗賊は、いかにも怪しい分岐路に警戒しているようだ。

数分間の膠着。やがて、盗賊は罠ゾーンへと続く通路を選んだ。

(よし、かかった!)

だが、安心するのは早い。相手はプロの盗賊だ。
盗賊は、潤滑床が仕掛けられたカーブの手前で再び立ち止まった。そして、腰のポーチから小さな革袋を取り出し、中の白い粉のようなものを床に撒いた。

「…何だ、あれは?」

『解析中…おそらく、罠感知用の粉末です。魔力を帯びた罠や、物理的な仕掛けに反応して変色したり、付着したりすることで、罠を発見するのに用いられます。』

なるほど、そういうアイテムがあるのか。厄介な。
白い粉は、潤滑床の上で特に反応を示さなかったようだ。潤滑液は、魔力を含まず、物理的な仕掛けでもないからだろう。

(よし、潤滑床は突破されるか…?)

盗賊は、粉に反応がないことを確認し、慎重にカーブを曲がり始めた。まさに、潤滑床の真上を通過しようとした、その瞬間――

ツルッ!

『対象、足を滑らせました! しかし、驚異的なバランス感覚で転倒は回避! 即座に体勢を立て直します!』

さすが盗賊。だが、効果はあった。明らかに動揺し、足元への警戒がさらに強まっている。

そして、盗賊はスパイクピットの手前まで到達した。再び、感知用の粉を撒く。今度はどうだ?

(スパイクピット自体は物理的な罠だが、隠蔽は完璧なはず…)

粉は、落とし穴の偽装の上では特に反応を示さなかった。盗賊は、短剣の柄で床をコンコンと叩き、強度を確認している。

(頼む、気づくな…!)

俺は固唾を飲んで見守る。
盗賊は、しばらく床を調べていたが、やがて諦めたのか、一歩踏み出した。

その足が、偽装を踏み抜いた!

ザクンッ!

鈍い音と、短い苦悶の声。

『スパイクピット、作動! 対象、落とし穴に落下! 底面のスパイクにより、脚部に深手を負った模様!』

「やった!!」

思わず声が出た。最大の罠が、ついに機能した! 格上の盗賊相手に、してやったりだ!

『対象、穴の底で呻いています! スパイクが脚に刺さり、動けない様子! さらに、壁面の粘液が脱出を困難にしています!』

よし! これでほぼ無力化できたも同然だ!

「コア、対象の状態を判定。『存在消滅』は可能か?」

『判定中…対象は重傷を負い、抵抗不能状態と判断。『存在消滅』実行可能です。マスターの精神力消費は、ボルグと同程度です。』

「よし、実行しろ!」

貴重なDランク級のDP源だ。確実に回収する。

『了解! 「存在消滅」を実行し――』

コアがコマンドを実行しようとした、まさにその瞬間だった。

ヒュンッ!

落とし穴の中から、何かが高速で射出された! それは、一本のワイヤーが付いた小型のフック(鉤爪)だった。フックは、穴の縁の天井近くの壁に突き刺さり、固定される!

「なっ!?」

『マスター! 対象が、何らかの道具を使用! 落とし穴からの脱出を試みています!』

盗賊が、負傷した脚を引きずりながらも、ワイヤーを巧みに操り、壁面を登り始めた! 粘液が邪魔をしているが、ワイヤーを使えば関係ないらしい!

(くそっ! あんな道具を持っていたとは! さすが盗賊!)

「存在消滅」は中断された。まだ対象は抵抗の意思を見せていると判断されたのだ。

「ゴブキチ! ゴブジ! 出番だ! 落とし穴から出てくるところを叩け!」

『ウオオオオ!』『ギッ!』

ゴブキチとゴブジが、待機場所から飛び出し、落とし穴へと駆け寄る。

盗賊は、まさに穴から這い上がろうとしていた。脚からは血が流れ、顔は苦痛に歪んでいるが、その目はまだ死んでいない。

ゴブキチが、棍棒を振り上げ、這い上がってくる盗賊に殴りかかろうとする。だが、盗賊は這い上がりざまに、目にも止まらぬ速さで短剣を抜き放ち、ゴブキチの棍棒を弾いた!

キンッ! という甲高い音。

「なっ…!?」
ゴブキチが怯む。盗賊は、その隙を見逃さなかった。もう一本の短剣で、ゴブキチの脇腹を浅く切り裂いた!

『ギャアッ!』
ゴブキチが悲鳴を上げて後退る。

(強い! 深手を負っていても、ゴブキチを圧倒するだと!?)

これが、Dランク級の実力か!

「ゴブジ! 援護しろ!」

だが、ゴブジは盗賊の気迫に完全に怯え、動けなくなってしまっている。

「くそっ! スラきち、スラに! 粘液だ! あの盗賊の動きを止めろ!」

『了解!』『了解です!』

二体のスライムが、壁際から粘液を射出! 盗賊は、短剣で粘液を切り払おうとするが、その動きが一瞬鈍る。

その瞬間だった。

「グォッ!」

誰も予想していなかった声が、盗賊の背後から響いた。
後方支援に回っていたはずの、ゴブゾウだ!
ゴブゾウは、いつの間にか盗賊の背後に回り込み、持っていた棍棒(清掃用具と兼用だったらしい)で、盗賊の後頭部を思い切り殴りつけた!

ゴッ! という鈍い音。

盗賊は、白目を剥き、その場に崩れ落ちた。完全に意識を失っている。

「………………え?」

俺も、ゴブキチも、ゴブジも、そしてコアでさえも、一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
訓練では役立たずで、後方支援に回されたはずのゴブゾウが、格上の盗賊にとどめの一撃を食らわせた…?

ゴブゾウ本人は、自分が何をしたのか分かっていないような顔で、棍棒を握りしめたまま、呆然と立ち尽くしている。

『…対象(盗賊)、完全に意識を喪失。無力化を確認しました。』

コアの冷静な報告で、俺はようやく我に返った。

「…ゴブゾウ、お前…」

何かの間違いか? まぐれか? いや、確かにゴブゾウは、盗賊の背後から、的確に後頭部を殴打した。それは、戦闘の素人ではない、ある種の「慣れ」を感じさせる動きだった。

(まさか…こいつ、隠れた才能が…?)

俺は、混乱しながらも、コアに指示を出した。
「コア、盗賊を拘束。治療も最低限はしておけ。また情報を引き出す必要があるかもしれん。」

『了解しました。魔力枷で拘束し、簡易治療を施します。』

盗賊は、リナと同じようにコア安置室へと運ばれていった。

俺は、今回のMVP――信じがたいことにゴブゾウ――に視線を向けた。

「ゴブゾウ…よくやった。大手柄だ。」

俺が褒めると、ゴブゾウはビクッとしたが、少しだけ誇らしげな顔をした…ように見えた。

**【DP獲得:盗賊(D-) 無力化 +80DP】**
**【現在の所持DP:611DP】** (スパイクピット70DP, 治療・拘束15DP等消費後)

Dランク級だけあって、獲得DPも大きい。これで、スケルトン5体分(200DP)を召喚しても、まだ400DP以上残る計算だ。

「よし…」

俺は、今回の戦闘を振り返った。
罠は有効だったが、完全に無力化するには至らなかった。ゴブリンたちの連携は、まだまだ改善の余地がある。だが、ゴブジの成長と、そして何よりゴブゾウの予想外の活躍は大きな収穫だった。

(これで、第一階層の防衛ラインは、ある程度形になったと言えるだろう。)

複雑化した通路、強化された罠、そして成長(と未知の可能性)を見せるゴブリン部隊。これらを統括する、俺とコアの司令塔。

(そろそろ、この階層の「締め」を用意してもいいかもしれないな。)

俺の頭の中に、第一階層のボスモンスターの構想が浮かび上がってきた。
リーダーとして再教育中のゴブキチを「強化ゴブリーダー」とし、今回得たDPで召喚するスケルトン数体を従えた部隊。それが、第一階層の最後に待ち受ける存在となる。

「コア、今回の戦闘ログを分析し、ゴブリンたちのKPIを更新。特にゴブゾウは、再評価が必要だ。それと、スケルトン召喚の準備を。」

『承知いたしました。データ分析、及び召喚準備を開始します。』

俺は、コア安置室の壁に寄りかかり、満足げに息をついた。
初めての格上相手の撃退。多くの課題は見つかったが、それ以上に大きな手応えを感じていた。
この調子で、一歩ずつ、着実に。俺の理想とする、最強で、最高に効率的な「ホワイトダンジョン」を築き上げていくのだ。

最初の「防衛成功」と言える今回の勝利は、俺と、そしてダンジョンのモンスターたちにとって、大きな達成感と、次なるステップへの確かな自信を与えてくれた。第一階層の完成は、もう目前だった。
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