元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第20話:予期せぬ来訪者と、リスクテイクという名の投資

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ゴブジからの緊急報告は、ダンジョン内に新たな緊張感をもたらした。北東の森、ダンジョンの索敵範囲ギリギリの場所で発見された、襲撃されたらしき馬車の痕跡、そして隠れているという獣人の存在。

『マスター、対象(獣人)はまだ同じ場所に隠れています。見た目は子供…女の子のようです。酷く怯えています。周辺には、他に動く者の気配はありません。馬車は破壊され、荷物が散乱。馬の死骸も確認できます。おそらく、盗賊か何かに襲われたのでしょう。』

コアを通じて送られてくるゴブジの視覚情報(粗いが状況は把握できる)と、冷静な分析報告。悲惨な状況が伝わってくる。

「…襲撃者はもういない、と見ていいのか?」

『断定はできませんが、ゴブジの索敵範囲(隠密行動中のため限定的)および、コアの広域魔力探知(精度は低い)のいずれにも、敵対的な反応はありません。襲撃後、時間は経過しているものと思われます。』

俺は腕を組み、思考を巡らせた。この状況にどう介入すべきか。
合理的に考えれば、関わるべきではない。ダンジョン外のトラブルに首を突っ込むのは、余計なリスクを招くだけだ。正体不明の獣人の子供一人を助けたところで、直接的なメリットは少ない。むしろ、保護責任や情報漏洩のリスクを抱え込むことになる。

(非効率的だ…無視するのが最適解か?)

だが、心のどこかで、何かが引っかかっていた。
もし、襲われたのが商人だったら? プロットにあった「商人との邂逅」の可能性は? あの獣人の少女が、その生き残りだとしたら?

(外部との交易ルート確立は、今後のダンジョン運営にとって非常に重要だ。鉱石や魔石を換金し、DPや必要な物資を得る。そのチャンスを、ここで見逃すのは…)

リスクとリターンを天秤にかける。
リスク:
*   介入することで、襲撃者(もし戻ってきた場合)や、他の外部勢力にダンジョンの存在や能力を知られる可能性。
*   獣人の少女を保護することによるコスト(食料、安全確保)と、将来的なリスク(裏切り、情報漏洩)。
*   ダンジョンマスターとしてのリソース(時間、DP、精神力)の浪費。

リターン:
*   獣人の少女が商人の関係者だった場合、将来的な交易ルート確立への足掛かりになる可能性。
*   外部世界の情報を得る新たな情報源となる可能性(リナやジンとは異なる視点)。
*   (考慮すべきではないが)人道的な満足感…いや、これは非効率的な感情だ。

(…リスクの方が大きいか? いや、待てよ。)

俺は、別の角度から考え始めた。
これは、リスクテイクという名の「投資」ではないか?
将来的な大きなリターン(交易ルート確立)を得るために、現時点で計算可能なリスク(限定的な介入、厳重な監視下での保護)を取る。これは、十分に合理的な判断と言えるのではないか?

(それに、あの少女を放置すれば、いずれ死ぬか、あるいは別の危険な存在に捕まるだろう。それはそれで、後味が悪い…いや、これも非効率な感傷か。)

だが、無視できない。ブラック企業で、助けを求めていた同僚を見捨ててしまった(あるいは、そうせざるを得なかった)過去の記憶が、微かに蘇る。もう、あんな思いはしたくない。

「…よし、決めた。」

俺は、合理性と、わずかな感傷(あるいは打算)の末に、結論を出した。

「コア、ゴブジ。獣人の少女を保護する。ただし、我々の存在を直接知らせるわけにはいかない。あくまで、偶然、安全な場所(ダンジョン)にたどり着くように誘導する。」

『…承知いたしました、マスター。リスクを伴いますが、マスターの判断を尊重します。具体的な誘導プランは?』

「まず、ゴブジは監視を続けろ。少女に危険が迫らないか、常に注意を払え。もし、野生動物などが近づいたら、石を投げるなどして、姿を見られずに追い払え。」
「コア、お前は遠隔で、少女の近くに、わずかな食料(木の実や、清潔な水など)を転移させろ。あくまで、偶然見つけたように見える形でだ。衰弱させないように、最低限のサポートをする。」
「そして、少女が移動を始めたら、ダンジョン入口の方向へ、微かな光や音で、無意識に誘導する。やりすぎると怪しまれる。あくまで自然に、だ。」

『了解しました。ステルス誘導オペレーションを開始します。ゴブジ、コア、連携して実行せよ。』

ダンジョン外での、秘密裏の救助・誘導作戦が始まった。
ゴブジは、木の陰から少女の様子を窺い続ける。少女は、まだ馬車の残骸の近くで、膝を抱えて震えている。年齢は、見た目では10歳前後だろうか。犬のような耳と、ふさふさした尻尾を持つ、愛らしい外見だ。だが、その表情は恐怖と絶望に彩られている。

コアが、少女の少し離れた場所に、木の実と水を入れた簡素な木の器を転移させる。しばらくして、空腹と喉の渇きに耐えかねたのか、少女はおずおずとそれに気づき、警戒しながらも口にした。

その後、日が傾き始め、森に夜の帳が下りようとする頃、少女は意を決したように立ち上がり、歩き始めた。当てもなく、ただ、この恐ろしい場所から離れたい一心で。

コアは、少女が進む先に、ほんのわずかな魔力の光(蛍の光程度)を点滅させたり、風に乗せて微かな鈴の音のようなものを響かせたりして、無意識のうちにダンジョン入口の方向へと誘導していく。

『対象、順調に誘導ルートに乗っています。ダンジョン入口まで、あと約500メートル。』

俺は、ダッシュボードのマップ上で、少女を示す小さな光点が、ゆっくりと、しかし確実にこちらへ近づいてくるのを固唾を飲んで見守っていた。

(頼む、誰にも見つかるなよ…)

襲撃者が戻ってくる可能性、他のモンスターに遭遇する可能性。リスクは依然として存在した。

そして、数十分後。

『対象、ダンジョン入口(不可視化設定中)の直前まで到達しました。入口の存在には気づいていません。』

「よし…最終段階だ。コア、入口の不可視化を一時的に解除。ただし、内部は暗いままだ。そして、入口の奥から、安心させるような、温かい光をわずかに漏らせ。」

『了解。入口の不可視化を解除。誘導用の光を発します。』

森の茂みの中に、突如として現れた洞窟の入口。そして、その奥から漏れ出す、淡く温かい光。
暗闇と寒さ、そして恐怖に怯えていた少女にとって、それはまさに希望の光に見えただろう。

少女は、一瞬ためらったが、他に頼るものもない状況で、吸い寄せられるように、ゆっくりと洞窟の中へと足を踏み入れた。

『対象、ダンジョン内に進入しました。第一通路エリアです。』

「よし! すぐに入口を再不可視化! 罠は全て一時停止! ゴブリン、スケルトンは全員、待機所及びコア安置室から出るな! ゴブジはダンジョン外周の警戒を継続!」

俺は矢継ぎ早に指示を出す。少女を怯えさせないように、細心の注意を払う。

少女は、暗い通路を、奥から漏れる光だけを頼りに、おそるおそる進んでくる。その小さな背中は、不安で震えている。

俺は、コアに命じて、拡張工事で作ったものの、まだ使っていなかった小さな空き部屋(コア安置室からは離れている)に、最低限の家具(簡素なベッドと毛布、小さなテーブル)と、温かいスープ(これもDPで生成)を用意させた。そして、その部屋の入口だけが、優しく光るように設定した。

やがて、少女はその部屋の前にたどり着いた。温かい光と、スープの良い匂いに誘われて、警戒しながらも部屋の中へと入っていく。

俺は、その部屋の入口を、外からは開けられないように(ただし、中からは開けられるように)ロックし、コアに監視カメラ(これも小型ゴーレム)を設置させた。

「ふぅ………」

第一段階は、成功だ。獣人の少女を、誰にも気づかれずに、安全な場所へと保護することができた。

部屋の中で、少女は用意されたスープを夢中で飲み干し、毛布にくるまってベッドの上で小さくなっていた。警戒心はまだ解けていないが、ひとまず飢えと寒さからは解放されたようだ。

俺は、コア安置室から、監視カメラの映像を静かに見守っていた。

「コア、彼女のステータスをスキャンできるか? 名前や種族、特別な能力など。」

『試みます…スキャン中…完了しました。
    *   名前:ミリア
    *   種族:獣人族(犬耳族)
    *   年齢:推定10歳
    *   状態:軽度の衰弱、精神的ショック(大)
    *   スキル:『嗅覚鋭敏』『従順』…ん? これは…『鑑定眼(未覚醒)』?
    *   備考:父親は、フロンティアの町で名の知れた大商人『ガルバス商会』の会長、ガルバス・ロウ。ミリアは、その一人娘のようです。』

ガルバス商会の…一人娘!?
これは…予想以上の大物(?)を引き当ててしまったかもしれない!

フロンティアの大商人の娘。彼女を無事に保護し、父親の元へ送り届けることができれば、ガルバス商会との間に、極めて強固なコネクションを築ける可能性がある。それは、今後の交易ルート確立において、計り知れないアドバンテージとなるだろう。

(リスクを取った甲斐があった…! いや、まだ油断はできないが。)

そして、気になるのは『鑑定眼(未覚醒)』というスキルだ。鑑定眼…もし覚醒すれば、物の価値や効果を見抜くことができる、商人にとって垂涎のスキルではないか?

(この子は、ただの商人の娘ではないのかもしれないな…)

様々な情報と可能性が、頭の中を駆け巡る。
この出会いは、俺のダンジョン運営に、大きな転機をもたらすかもしれない。

だが、同時に、新たな悩みも生まれた。
ミリアをどうやって父親の元へ送り届けるか? その過程で、ダンジョンの秘密を守り通せるか? そして、彼女の持つ『鑑定眼』という才能は、将来的にどんな影響をもたらすのか?

俺は、監視カメラの映像の中で、毛布にくるまって眠り始めたミリアの姿を見つめながら、この予期せぬ来訪者が投げかけた、新たな課題と可能性について、深く思いを馳せるのだった。
ダンジョンマスターとしての俺の決断が、また一つ、未来への扉を開いたのかもしれない。それが、幸運の扉か、あるいは災厄の扉かは、まだ誰にも分からなかった。
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