元社畜、異世界でダンジョン経営始めます~ブラック企業式効率化による、最強ダンジョン構築計画~

夏見ナイ

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第33話:束の間の平穏と、忍び寄る紅蓮の影

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ガルバス会長との会談成功は、ダンジョン内に大きな安堵と、そして確かな高揚感をもたらした。コア安置室に戻ってきたジン、リナ、ゴブジの三名は、緊張から解放され、疲労困憊ながらも達成感に満ちた表情をしていた。

「ジン、リナ、ゴブジ。本当によくやってくれた。見事な交渉だった。」
俺は、彼らの労をねぎらい、事前に約束していた報酬(ジンには高品質ポーションと短剣、リナには研究用の簡単な魔法素材、ゴブジには特製の高性能つるはし)を与えた。

「へっ、まあな。だが、これで終わりじゃねえ。これからが本当の駆け引きだぜ。」
ジンは、報酬を受け取りながらも、気を引き締めているようだった。

「で、でも、ミリアちゃんが無事だって伝えられて、会長さんも安心したみたいで…良かったです。」
リナは、まだ少し緊張が残っているものの、安堵の表情で微笑んだ。

「ギギッ!(役に立てて嬉しい!)」
ゴブジは、新しいつるはしを嬉しそうに抱きしめている。

今回の成功は、彼らにとっても大きな自信となっただろう。特にリナは、交渉という慣れない大役を果たしたことで、以前よりも少しだけ積極的になったように見えた。ゴブジも、工房での成果と今回の活躍で、目に見えて自信をつけている。良い傾向だ。

俺は、ミリアにも結果を報告した。
「ミリア、君のパパとの話はうまくいったよ。一月後には、パパの元へ帰れることになりそうだ。」

「ほんと!? やったー! パパに会えるんだ!」
ミリアは、満面の笑みで飛び跳ねて喜んだ。その純粋な喜びように、俺もリナも自然と笑みがこぼれた。
「ただし、それまでは、まだここで安全に過ごしてもらうことになる。パパもそれを望んでいる。いいかい?」
「うん! わかった! ワタルさん、リナお姉ちゃん、ありがとう!」
ミリアは、素直に頷いてくれた。これで、彼女の精神的な安定も保たれるだろう。

こうして、ダンジョンは「第一回納品」という明確な目標に向けて、新たなフェーズへと移行した。一月後の納品日に向けて、ミスリルインゴットの生産体制を強化し、同時にミリアの安全な護送計画を具体化していく必要がある。

工房は、文字通りフル稼働状態となった。ゴブジは、もはや熟練の職人の域に達しつつあり、溶解炉の火を絶やすことなく、次々と中品質のミスリルインゴットを生産していく。スケルトン採掘チームとゴブゾウ(彼は後方支援に徹することで、精神的に安定しているようだ)が運び込む原石を、効率的にインゴットへと変えていく。その生産量は、当初の予測を上回り、月に15本程度は見込めるペースになっていた。

「これなら、会長との約束(月10本)は十分に果たせるな。余剰分は、こちらの戦力強化や、今後の交渉材料に使える。」

俺は、ダッシュボードの生産管理グラフを確認し、満足気に頷いた。内部リソース循環システムが、確実に機能している証拠だ。

モンスターたちの訓練も継続されていた。
ゴブキチ率いるスケルトン部隊は、対魔法戦闘訓練と連携戦術訓練によって、以前よりも格段に手強くなっていた。コアがシミュレートするCランク相当の仮想敵パーティに対しても、損害を抑えつつ、互角以上に渡り合える場面が増えてきた。ゴブキチ自身の指揮能力も向上し、冷静な判断を下せる瞬間が増えている。

オークのオーキチとオーゾウは、相変わらず食欲旺盛で凶暴だったが、「条件反射と食欲制御」訓練によって、最低限のコントロールは可能になっていた。特定の合図で突撃させたり、待機させたりすることはできる。ただし、少しでも気を抜くと暴走しかねない危うさは残っており、実戦投入にはまだ不安が残る。彼らのパワーを安全に活用する方法…例えば、ゴーレムのような遠隔操作可能な兵器と組み合わせる、などの工夫が必要かもしれない。

そんな、比較的順調に進むダンジョン運営の中で、俺は地下二階層の具体的な設計にも着手していた。
「コア、地下二階層の第一エリアの設計案だ。テーマは『水没した遺跡』。高低差のある通路と、水深の異なる水場を組み合わせ、視界を遮る霧を発生させる。罠は、水中からの奇襲を想定したものを中心に配置したい。」

『承知いたしました。設計案に基づき、必要なDPと資材を試算します。地形効果(水、霧)と罠コンボを組み合わせることで、侵入者の戦力を大幅に削ぐことが期待できますね。特に、重装備の戦士タイプには効果的でしょう。』

コアとの設計議論は、まさにシステム開発そのものだ。要求定義、基本設計、詳細設計、そして実装とテスト。このプロセスが、俺にとってはたまらなく面白い。

DPも、ミスリル生産の見通しが立ったことで、精神的な余裕を持って使えるようになった。現在のDPは1120DP。目標の1500DPにはまだ少し足りないが、地下二階層の基礎工事くらいなら、そろそろ着手してもいいかもしれない。

全てが順調に進んでいるように見えた。
だが、俺は一抹の不安を拭えずにいた。外部世界との接触は、予期せぬリスクを呼び込む可能性がある。ガルバス商会との取引が、他の誰かの注意を引いていないだろうか? 特に、あの「紅蓮の魔女」ロザリアの動向が気になっていた。彼女のダンジョンは、この近くにあるという。

俺は、ダンジョン外周の偵察任務を強化するよう、ゴブジに命じていた。彼は、ジンの指導で身につけた高度な隠密スキルを駆使し、以前よりも広範囲を、より深く偵察できるようになっていた。

そして、ジンからの最終報告から数日後。
ゴブジから、奇妙な報告が入った。

『マスター…北西の森の中で、何か…変なものを見た。小さくて、黒くて、羽が生えてて…すぐに消えたから、よく見えなかったけど…あれは、ただの動物じゃない気がする。』

小さくて、黒くて、羽が生えている?
俺の脳裏に、プロットにあった「ロザリアの斥候(インプなど)」という記述がよぎった。

「インプ…か? コア、ゴブジが見た生物の特徴から、データベースを検索しろ。」

『検索中…特徴に合致する可能性のあるモンスターとして、「インプ」「ピクシー(闇属性)」「小型ガーゴイル」などが候補に挙がります。いずれも、偵察や使い魔として使役されることが多い種族です。』

「やはり、斥候か…誰が放った?」

考えられるのは、やはりロザリアだろう。あるいは、撤退した「鉄の拳」がギルドに報告し、ギルドが調査のために送り込んだ可能性も否定できない。

『マスター、追加情報です。同時刻、ダンジョン周辺の魔力流に、極めて微弱ですが、不自然な揺らぎを感知しました。外部からの魔術的な干渉…あるいは、索敵魔法の痕跡である可能性も考えられます。』

コアからの報告が、俺の疑念をさらに強めた。
誰かが、このダンジョンを探っている。間違いなさそうだ。

「…ついに来たか。」

俺は、気を引き締め直した。ガルバス商会との接触が、やはり外部の注意を引いてしまったのかもしれない。あるいは、単にダンジョンの存在そのものが、時間経過と共に露見し始めたのか。

いずれにせよ、この平穏が長くは続かないことを覚悟しなければならない。

「コア、ダンジョン全体の警戒レベルを一段階引き上げろ。特に、外部からの侵入経路となりうる場所の監視を強化。ゴブジには、引き続き周辺偵察を続行させ、不審な動きがあれば即座に報告するように。ジン、お前もだ。ラットを使って、フロンティアの町の噂話や、ギルドの動向を探らせろ。何か掴めるかもしれん。」

『了解しました。警戒レベルを移行。各員に指示を伝達します。』

「へっ、ようやく退屈しなくて済みそうだぜ。」
ジンは、好戦的な笑みを浮かべた。

俺は、ダッシュボードに表示された周辺マップと、そこに点滅する「未確認の魔力反応」の警告アイコンを睨みつけた。

紅蓮の魔女ロザリアか、あるいは別の勢力か。どちらにせよ、相手はこちらの存在を嗅ぎつけ始めている。情報戦、そして場合によっては直接的な妨害工作が始まるかもしれない。

束の間の平穏は終わりを告げ、ダンジョンは新たな局面――外部勢力との接触と対立――へと突入しようとしていた。

俺は、一月後の納品とミリアの引き渡しを成功させつつ、この忍び寄る脅威にどう対処していくべきか、思考を巡らせ始めた。ホワイトダンジョン計画は、内部の最適化だけでなく、外部環境への適応という、より複雑な課題に直面することになるのだ。

静かに、しかし確実に、新たな戦いの火蓋が切られようとしていた。
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