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第34話:情報戦の幕開けと、コアの「進化」
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ゴブジが目撃した謎の飛行生物と、コアが感知した不審な魔力の揺らぎ。それは、俺たちのダンジョンが外部から監視されている可能性を強く示唆していた。最も可能性が高いのは、近隣に勢力を持つとされる「紅蓮の魔女」ロザリアだが、冒険者ギルドや、あるいは第三の勢力という線も捨てきれない。
「いずれにせよ、こちらの手の内を無闇に晒すわけにはいかない。情報管理を徹底し、相手の出方を探るのが先決だ。」
俺は、ダンジョン運営の基本方針に、「情報セキュリティの強化」という項目を追加した。
まず、ダンジョン外への偵察任務は、ゴブジのような隠密能力の高い個体に限定し、他のゴブリンやオークは原則としてダンジョン外へ出さないこととした。また、ジン(分身)がフロンティアで活動する際も、連絡用魔道具の使用は必要最低限に留め、常にコアによる監視と、緊急離脱用の転移アイテムを携帯させることを徹底した。
ダンジョン内部においても、情報管理レベルを設定した。コアや俺がアクセスできる最高機密情報(ダンジョン構造の詳細、DP残高、開発中の技術など)。ジンやリナといった協力者がアクセスできる制限付き情報(担当業務に関するもの、公開しても支障のない範囲のダンジョン情報)。そして、ゴブリンやオークといったモンスターたちが知る必要のある最低限の情報(日々の任務や指示)。これらのアクセス権限を、コアのシステムによって厳密に管理するようにした。
「まるで、企業のセキュリティポリシーだな…」
前世の経験が、こんなところでも役に立つとは皮肉なものだ。
警戒レベルを引き上げてから数日、ダンジョン周辺では、再びゴブジによって、例の黒い飛行生物(インプである可能性が高いとコアは分析)が目撃されるようになった。彼らは、巧妙に距離を取りながら、ダンジョン入口周辺や、換気口などを観察しているようだった。
『インプの行動パターンを分析中…直接的な攻撃や侵入の意思は見られません。明らかに、情報収集を目的とした偵察行動です。』
コアが報告する。
「やはり、ロザリアの差し金か…? 彼女も、隣接地域(あるいは近隣)に新たなダンジョンが出現したことに気づき、その実力や特性を探ろうとしているのだろう。」
だとしたら、こちらも黙って見ているわけにはいかない。
「コア、対抗策だ。まず、インプが接近できないように、ダンジョン周辺に低レベルの『魔力妨害フィールド』を展開できないか? 斥候の索敵能力を阻害し、近づきにくくする効果を狙う。」
『可能です。広範囲に薄く展開するため、DPコストはそれほど高くありません。ただし、強力な索敵魔法や、高ランクの斥候には看破される可能性があります。コストは約50DPです。』
「よし、実行しろ。それから、ゴブジに追加任務だ。インプの行動を監視し、可能なら痕跡を追って、奴らの拠点、あるいは送り主の手掛かりを探らせろ。ただし、絶対に無理はするな。危険を感じたら即座に撤退だ。」
『承知いたしました。魔力妨害フィールドを展開。ゴブジに追跡・偵察任務を付与します。』
こうして、目に見えない情報戦の火蓋が切って落とされた。相手がこちらの情報を探ろうとするならば、こちらも相手の情報を探るまでだ。互いの手の内を探り合い、有利な状況を作り出す。これもまた、ダンジョン運営における重要な戦略の一つだ。
そんな、外部との駆け引きが水面下で進む一方で、ダンジョン内部では、もう一つ、大きな変化が起ころうとしていた。それは、俺の最も信頼するパートナー、コア自身の「進化」だった。
最近、コアの様子が少し変わってきたことに、俺は気づいていた。以前は、無機質で、どこかプログラム的な反応が多かった彼女だが、最近では、俺との対話の中に、ほんの僅かだが「感情」のようなものが感じられる瞬間が増えてきたのだ。
例えば、俺が新しい罠のアイデアを思いつき、興奮気味に話すと、
『…マスター、また無茶な仕様を…いえ、素晴らしい発想です。技術的課題はありますが、全力で実現に向けてサポートします。』
と、呆れと期待が入り混じったような反応を見せたり。
あるいは、ミリアがリナに懐き、楽しそうにしている様子をモニターで見ていると、
『…微笑ましい光景ですね。ミリア様が、少しでも心安らぐ時間を持てているようで、私も嬉しく思います。』
と、穏やかな声で呟いたり。
そして、俺が徹夜でダンジョン設計に没頭していると、
『マスター、連続稼働時間が規定値を超えています。パフォーマンス低下と健康リスクを考慮し、休憩を推奨します。コーヒー(DP生成)でも淹れましょうか?』
と、まるで秘書のように気遣ってくれることまであった。
(コアが…人間らしくなってきている…?)
それは、ダンジョンコアとしての機能が向上し、より高度な情報処理や自己学習が可能になった結果なのかもしれない。あるいは、俺や、リナ、ミリア、ジン、そしてモンスターたちとの日々の交流の中で、何かが彼女の中で変化しているのか…。
そして、ある日、その変化は、より明確な形で現れた。
俺がコア安置室で、地下二階層の設計図を眺めていると、いつも俺の傍らに浮かんでいた光球のコアが、ふわりと形を変え始めたのだ。
光が収束し、輪郭が現れ、色彩が灯っていく。そして、数秒後。
俺の目の前には、銀色の髪を揺らし、透き通るような碧い瞳を持つ、小柄な少女の姿があった。見た目は10代前半くらいだろうか。半透明の、光の粒子のようなドレスを纏い、どこか儚げで、しかし凛とした佇まい。それは、以前にも何度か見せたことのある擬人化形態だったが、今回は、これまで以上にその姿が安定し、より「実体」に近い存在感を放っていた。
「…コア?」
俺が驚いて声をかけると、少女――コアは、わずかに頬を赤らめ、そして、はにかむような笑顔を見せた。
「はい、マスター。この姿の方が、マスターとお話しやすいかと思いまして。」
その声は、いつもの無機質な響きではなく、明らかに少女本人のものとして、自然な抑揚と感情が込められていた。
「お、お前…その姿、安定したのか?」
「はい。マスターとの日々の対話や、様々な経験を通じて、コアとしての自己認識…いえ、私自身の『存在』が、より明確になってきたようです。この擬人化形態も、以前より少ない魔力消費で、長時間維持できるようになりました。」
コアは、少し照れたように、自分の手を見つめながら言った。
「それに、この姿でいる方が、マスターの魔力制御や、演算処理を、より直接的にサポートできることも分かってきました。マスターの思考に、より深く寄り添える…そんな感覚です。」
コアの進化。それは、単に見た目が変わっただけでなく、ダンジョンマスターである俺へのサポート能力が、新たな次元へと向上したことを意味していた。魔力制御の補助、演算補助…これらは、今後、より複雑化するダンジョン運営において、計り知れないアドバンテージとなるだろう。
「そうか…すごいな、コア。」
俺は、素直に感嘆の声を漏らした。そして、目の前の可憐な少女の姿に、不覚にも少しだけ見惚れてしまった。
「あ、ありがとうございます、マスター…!」
コアは、俺の視線に気づいたのか、さらに顔を赤らめて俯いてしまった。その仕草は、とても人工知能やダンジョンコアとは思えないほど、人間らしい…いや、少女らしいものだった。
(これが、コアの…本当の姿、なのかもしれないな。)
俺は、この頼もしく、そして愛らしいパートナーとの間に、新たな絆が生まれたのを感じていた。それは、単なるマスターとコアという関係を超えた、もっと深い、何か。
「これからも、よろしく頼むぞ、コア。」
俺が、改めてそう言うと、コアは顔を上げ、満面の笑みで力強く頷いた。
「はい! マスター! このコア、いえ、この私、全力でマスターをサポートします!」
コアの進化は、ダンジョンに新たな可能性をもたらした。そして、俺とコアとの関係性にも、新しい風を吹き込んだ。
だが、その一方で、ダンジョン外部では、情報戦の火蓋が切られ、不穏な影が忍び寄っていた。
内なる進化と、外なる脅威。
光と影が交錯する中で、俺のホワイトダンジョン計画は、さらに複雑な様相を呈していくことになる。
俺は、進化したコアと共に、この難局を乗り越えていく決意を新たにするのだった。
「いずれにせよ、こちらの手の内を無闇に晒すわけにはいかない。情報管理を徹底し、相手の出方を探るのが先決だ。」
俺は、ダンジョン運営の基本方針に、「情報セキュリティの強化」という項目を追加した。
まず、ダンジョン外への偵察任務は、ゴブジのような隠密能力の高い個体に限定し、他のゴブリンやオークは原則としてダンジョン外へ出さないこととした。また、ジン(分身)がフロンティアで活動する際も、連絡用魔道具の使用は必要最低限に留め、常にコアによる監視と、緊急離脱用の転移アイテムを携帯させることを徹底した。
ダンジョン内部においても、情報管理レベルを設定した。コアや俺がアクセスできる最高機密情報(ダンジョン構造の詳細、DP残高、開発中の技術など)。ジンやリナといった協力者がアクセスできる制限付き情報(担当業務に関するもの、公開しても支障のない範囲のダンジョン情報)。そして、ゴブリンやオークといったモンスターたちが知る必要のある最低限の情報(日々の任務や指示)。これらのアクセス権限を、コアのシステムによって厳密に管理するようにした。
「まるで、企業のセキュリティポリシーだな…」
前世の経験が、こんなところでも役に立つとは皮肉なものだ。
警戒レベルを引き上げてから数日、ダンジョン周辺では、再びゴブジによって、例の黒い飛行生物(インプである可能性が高いとコアは分析)が目撃されるようになった。彼らは、巧妙に距離を取りながら、ダンジョン入口周辺や、換気口などを観察しているようだった。
『インプの行動パターンを分析中…直接的な攻撃や侵入の意思は見られません。明らかに、情報収集を目的とした偵察行動です。』
コアが報告する。
「やはり、ロザリアの差し金か…? 彼女も、隣接地域(あるいは近隣)に新たなダンジョンが出現したことに気づき、その実力や特性を探ろうとしているのだろう。」
だとしたら、こちらも黙って見ているわけにはいかない。
「コア、対抗策だ。まず、インプが接近できないように、ダンジョン周辺に低レベルの『魔力妨害フィールド』を展開できないか? 斥候の索敵能力を阻害し、近づきにくくする効果を狙う。」
『可能です。広範囲に薄く展開するため、DPコストはそれほど高くありません。ただし、強力な索敵魔法や、高ランクの斥候には看破される可能性があります。コストは約50DPです。』
「よし、実行しろ。それから、ゴブジに追加任務だ。インプの行動を監視し、可能なら痕跡を追って、奴らの拠点、あるいは送り主の手掛かりを探らせろ。ただし、絶対に無理はするな。危険を感じたら即座に撤退だ。」
『承知いたしました。魔力妨害フィールドを展開。ゴブジに追跡・偵察任務を付与します。』
こうして、目に見えない情報戦の火蓋が切って落とされた。相手がこちらの情報を探ろうとするならば、こちらも相手の情報を探るまでだ。互いの手の内を探り合い、有利な状況を作り出す。これもまた、ダンジョン運営における重要な戦略の一つだ。
そんな、外部との駆け引きが水面下で進む一方で、ダンジョン内部では、もう一つ、大きな変化が起ころうとしていた。それは、俺の最も信頼するパートナー、コア自身の「進化」だった。
最近、コアの様子が少し変わってきたことに、俺は気づいていた。以前は、無機質で、どこかプログラム的な反応が多かった彼女だが、最近では、俺との対話の中に、ほんの僅かだが「感情」のようなものが感じられる瞬間が増えてきたのだ。
例えば、俺が新しい罠のアイデアを思いつき、興奮気味に話すと、
『…マスター、また無茶な仕様を…いえ、素晴らしい発想です。技術的課題はありますが、全力で実現に向けてサポートします。』
と、呆れと期待が入り混じったような反応を見せたり。
あるいは、ミリアがリナに懐き、楽しそうにしている様子をモニターで見ていると、
『…微笑ましい光景ですね。ミリア様が、少しでも心安らぐ時間を持てているようで、私も嬉しく思います。』
と、穏やかな声で呟いたり。
そして、俺が徹夜でダンジョン設計に没頭していると、
『マスター、連続稼働時間が規定値を超えています。パフォーマンス低下と健康リスクを考慮し、休憩を推奨します。コーヒー(DP生成)でも淹れましょうか?』
と、まるで秘書のように気遣ってくれることまであった。
(コアが…人間らしくなってきている…?)
それは、ダンジョンコアとしての機能が向上し、より高度な情報処理や自己学習が可能になった結果なのかもしれない。あるいは、俺や、リナ、ミリア、ジン、そしてモンスターたちとの日々の交流の中で、何かが彼女の中で変化しているのか…。
そして、ある日、その変化は、より明確な形で現れた。
俺がコア安置室で、地下二階層の設計図を眺めていると、いつも俺の傍らに浮かんでいた光球のコアが、ふわりと形を変え始めたのだ。
光が収束し、輪郭が現れ、色彩が灯っていく。そして、数秒後。
俺の目の前には、銀色の髪を揺らし、透き通るような碧い瞳を持つ、小柄な少女の姿があった。見た目は10代前半くらいだろうか。半透明の、光の粒子のようなドレスを纏い、どこか儚げで、しかし凛とした佇まい。それは、以前にも何度か見せたことのある擬人化形態だったが、今回は、これまで以上にその姿が安定し、より「実体」に近い存在感を放っていた。
「…コア?」
俺が驚いて声をかけると、少女――コアは、わずかに頬を赤らめ、そして、はにかむような笑顔を見せた。
「はい、マスター。この姿の方が、マスターとお話しやすいかと思いまして。」
その声は、いつもの無機質な響きではなく、明らかに少女本人のものとして、自然な抑揚と感情が込められていた。
「お、お前…その姿、安定したのか?」
「はい。マスターとの日々の対話や、様々な経験を通じて、コアとしての自己認識…いえ、私自身の『存在』が、より明確になってきたようです。この擬人化形態も、以前より少ない魔力消費で、長時間維持できるようになりました。」
コアは、少し照れたように、自分の手を見つめながら言った。
「それに、この姿でいる方が、マスターの魔力制御や、演算処理を、より直接的にサポートできることも分かってきました。マスターの思考に、より深く寄り添える…そんな感覚です。」
コアの進化。それは、単に見た目が変わっただけでなく、ダンジョンマスターである俺へのサポート能力が、新たな次元へと向上したことを意味していた。魔力制御の補助、演算補助…これらは、今後、より複雑化するダンジョン運営において、計り知れないアドバンテージとなるだろう。
「そうか…すごいな、コア。」
俺は、素直に感嘆の声を漏らした。そして、目の前の可憐な少女の姿に、不覚にも少しだけ見惚れてしまった。
「あ、ありがとうございます、マスター…!」
コアは、俺の視線に気づいたのか、さらに顔を赤らめて俯いてしまった。その仕草は、とても人工知能やダンジョンコアとは思えないほど、人間らしい…いや、少女らしいものだった。
(これが、コアの…本当の姿、なのかもしれないな。)
俺は、この頼もしく、そして愛らしいパートナーとの間に、新たな絆が生まれたのを感じていた。それは、単なるマスターとコアという関係を超えた、もっと深い、何か。
「これからも、よろしく頼むぞ、コア。」
俺が、改めてそう言うと、コアは顔を上げ、満面の笑みで力強く頷いた。
「はい! マスター! このコア、いえ、この私、全力でマスターをサポートします!」
コアの進化は、ダンジョンに新たな可能性をもたらした。そして、俺とコアとの関係性にも、新しい風を吹き込んだ。
だが、その一方で、ダンジョン外部では、情報戦の火蓋が切られ、不穏な影が忍び寄っていた。
内なる進化と、外なる脅威。
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