異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第2話:マイナスからの領地経営

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絶望に打ちひしがれていると、部屋の扉が控えめにノックされた。昼間と同じ侍女が「リオ様、夕食の準備が整いました」と告げる。
夕食。その言葉に、俺はわずかな期待を抱いた。
ここは貴族の屋敷だ。いくら辺境とはいえ、食事くらいはまともなものが出るだろう。昼間味わった文明レベルの低さは、衛生観念だけの問題かもしれない。美味しい食事にありつけさえすれば、この終わりのない絶望も少しは和らぐはずだ。
重い足取りで食堂へ向かう。
通されたのは、だだっ広いだけで装飾の一つもない殺風景な部屋だった。長い木のテーブルが中央に置かれ、すでに家族が席に着いている。
上座に座るのは、いかにも厳格そうな雰囲気の父。その隣には、心配そうに俺を見つめる優しげな母。そして、向かい側には二人の少年。おそらく俺の兄たちだろう。十代半ばに見える長兄と、少し年下の次兄。二人とも、品定めするような意地の悪い目つきで俺を見ていた。
そして、母の隣にちょこんと座る、小さな女の子。年は七、八歳だろうか。俺と同じプラチナブロンドの髪を揺らし、痩せた体で所在なげにしている。彼女が妹のリリアナらしい。
俺が自席に着くと、長兄が鼻で笑った。
「なんだリオ。ようやく起き上がれるようになったのか。相変わらずひ弱なことだ」
「ダリウス、やめなさい。リオは病み上がりなのですから」
母が咎めるが、ダリウスと呼ばれた長兄は聞く耳を持たない。隣の次兄ゲオルグも、兄に同調するようにニヤニヤと笑っている。どうやらこのリオという少年は、兄たちから見下されるような立場だったらしい。面倒なことこの上ない。
やがて、侍女が食事を運んできた。
俺の目の前に置かれたのは、木の皿に乗せられた黒いパンと、木の椀によそわれたスープ。
それだけだった。
パンは石のように硬く、ところどころ黒く焦げている。スープは茶色く濁った液体で、申し訳程度の野菜の切れ端が浮いているだけ。肉の姿などどこにも見当たらない。
これが、貴族の食事か。
俺は愕然とした。前世で食べていた会社の社食の方が、よほど豪華で栄養バランスが取れていた。
おそるおそるパンを手に取り、かじりつく。ガリッという鈍い音がして、歯が欠けるかと思った。酸味と苦みが口の中に広がり、とても食べられたものではない。
スープをすする。味がない。ただの野菜の煮汁だ。塩気すらほとんど感じない。うま味という概念が存在しないかのような、虚無の味がした。
俺が食事と格闘していると、兄たちがまたしても嘲笑を浴びせてくる。
「どうしたリオ、飯が食えないのか。そんなことだからいつまでも体が大きくならんのだ」
「本当ですね兄上。それでアシュフォード家の人間とは片腹痛い」
黙々と、だが辛そうに食事を進める両親。そして、小さな体で一生懸命に黒パンをかじっている妹のリリアナ。彼女は時折、俺の方を心配そうに見ていた。
食事の時間が、これほど苦痛だと感じたのは初めてだった。
なんとかパンの半分とスープを腹に収めたところで、父が口を開いた。
「リオ。食事が済んだら私の部屋に来なさい。話がある」
重々しい声だった。嫌な予感しかしない。

父の書斎は、本棚に革張りの本が並んでいることを除けば、質素なものだった。父は暖炉の前の椅子に深く腰掛け、疲れた顔で俺を見ていた。
「体調はもう良いのか」
「は、はい。おかげさまで」
ぎこちない返事をすると、父は一つため息をついた。
「そうか。お前が倒れている間に話すことでもないと思っていたが……いずれは伝えねばならん」
父、アルフォンス・アシュフォード子爵は、ゆっくりと語り始めた。それは、このアシュフォード領が置かれている絶望的な状況についての話だった。
「知っての通り、我が領地は痩せている。何年も同じ土地で麦を作り続けたせいで、年々収穫が落ち込んでいるのだ」
連作障害。農業の知識がわずかにある俺は、すぐにその単語を思い浮かべた。同じ作物を同じ土地で育て続けると、土壌の特定の養分だけが失われ、土地の生産力が著しく低下する現象だ。
「今年の収穫も、芳しくなかった。このままでは、冬を越すための備蓄が足りんかもしれん」
「……」
「近隣の村々では、すでに食い詰めた者たちがいる。税を納めるどころか、自分たちが生きるだけで精一杯。いや、それすらも怪しい状況だ」
つまり、この領地は破産寸前だった。収入源である農作物の収穫高は減り続け、領民は飢え、税収は見込めない。俺が転生したこのアシュフォード家とは、名ばかりの貧乏貴族。その実態は、沈みかけの泥船だった。
「何か、打つ手はないのですか」
俺が絞り出した声に、父は力なく首を振った。
「新たな土地を開墾するには金も人手も足りん。近隣の領地から食料を買い付けるにも、もはや我が家にそのような財力はない。王都に陳情したところで、このような辺境の小貴族に、まともな支援が来るとは思えん」
その目に宿るのは、諦観の色だった。領主として、父として、あらゆる手を尽くした末の、どうしようもない絶望。
「……リオよ。お前には酷なことを言うが、このアシュフォード家に未来はないかもしれん。いずれお前も、この家を出て己の力で生きる道を探さねばならなくなるだろう」
それは事実上の、勘当予告に近かった。
書斎を出た俺は、ふらふらと自室に戻った。
スローライフ。快適な暮らし。そんな甘っちょろい考えは、木っ端微塵に吹き飛んだ。
衛生観念の欠如だけではない。食料危機、財政破綻。ここは生きるか死ぬかの瀬戸際だ。ただ漫然と過ごしていれば、待っているのは飢え死にというあまりにも惨めな結末。
俺が転生したのは、安楽なファンタジー世界ではなかった。
マイナスからのスタートどころではない。地面をいくら掘っても、プラスの領域にたどり着けるかどうかも分からない。そんな、底なしのマイナス地点だった。
貴族に生まれた幸運を感謝するどころか、なぜこんな場所に転生してしまったのかと、天を呪いたい気分だった。
窓の外は、すでに漆黒の闇に包まれている。月明かりだけが、静まり返った領地をぼんやりと照らしていた。
その静けさが、まるで墓場のようだと俺は思った。
アシュフォード領という、ゆっくりと死に向かっている、巨大な墓場の。
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