異世界転生したので、文明レベルを21世紀まで引き上げてみた ~前世の膨大な知識を元手に、貧乏貴族から世界を変える“近代化の父”になります~

夏見ナイ

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第29話:決戦の地へ

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夜明け前の薄闇の中、アシュフォード軍は決戦の地となる平原に到着した。
冷たい朝霧が立ち込める中、兵士たちの吐く息は白く、緊張が肌を刺す。
「布陣を開始する!」
俺の命令が、静かな平原に響き渡った。
バルガスが、訓練通りに兵士たちを動かしていく。その動きには、一分の乱れもなかった。
街道を正面に見据える形で、まず二百名のパイク兵が横に広く展開する。彼らは五列の密集方陣を組み、その前面には拒馬(きょば)と呼ばれる簡易的な木の柵が、敵の騎馬突撃をわずかでも阻害するために何重にも設置された。
「槍を構えろ!」
号令と共に、パイク兵たちが一斉に五メートルの長槍を地面に突き立て、斜め前に突き出す。朝日を浴びて鈍く輝く穂先が、無数に敵の方角を向く、巨大な鉄のハリネズミが完成した。
その方陣の後方、少しだけ小高くなった丘の上に、百五十名のクロスボウ部隊が三列の横隊で陣取る。彼らの位置からは、眼下に広がるパイク方陣と、その向こうからやってくるであろう敵軍の全てを見渡すことができた。
そして、俺が本陣を構えたのは、クロスボウ部隊のさらに後ろ。全軍を見渡せる、最高の司令塔だ。俺の隣には、顔を青くしたエリアーナと、固唾をのんで戦場を見つめるシルフィがいた。
投石器(カタパルト)も数台設置され、その横には焼夷手榴弾と煙幕弾の壺が、出番を待って静かに並べられている。
布陣は、完璧だった。
だが、その光景は、この世界の軍事常識から見れば、あまりにも異様だった。
「リオ様、本当にこれで……」
バルガスが、不安を隠しきれない声で尋ねてきた。
「敵は千五百。我々はその半分以下の兵力で、平地に陣取っている。敵から見れば、我々はただの自殺志願者の集まりにしか見えないでしょう」
「それでいいんだ、バルガス」
俺は、静かに答えた。「敵が我々を侮り、油断し、何の策も弄さずに正面から突撃してきてくれれば、それこそが俺たちの思う壺だ」
俺たちの戦術は、防御に特化している。敵が動いてくれなければ、その真価は発揮されない。相手の傲慢さと短慮を、最大限に利用する。それこそが、この布陣の最大の狙いだった。
「良いか、兵士たちに徹底させろ。何があっても、決して持ち場を離れるな。恐怖に駆られて逃げ出した者が出れば、その一人のせいで陣形は崩れ、全滅する。だが、持ち場を守り、仲間を信じ、命令に従い続ければ、我々は必ず勝てる、と」
「……はっ! 必ずや!」
バルガスは、俺の揺るぎない確信に満ちた目に、自らの不安を振り払うように力強く頷き、前線へと戻っていった。

やがて、東の地平線が赤く染まり、太陽がその姿を現し始めた頃。
遠くの地平線に、黒い線が浮かび上がった。
それは徐々に太く、濃くなり、やがて無数の人影と、揺らめく旗指物の群れであることが分かった。
グライフ軍だ。
地響きのような足音と、馬のいななきが、次第に大きくなってくる。その数、まさに報告通り千五百。先頭には、黒い鎧で身を固めた傭兵団「鉄の爪」の騎士たちが、威圧的に隊列を組んでいた。
アシュフォード軍の兵士たちの間に、緊張が走る。
三百五十対千五百。その圧倒的な兵力差を目の当たりにし、ゴクリと喉を鳴らす音が、あちこちから聞こえてきた。
「怯むな! 訓練を思い出せ!」
バルガスが、前線で大声を張り上げる。兵士たちは、恐怖を押し殺すように、槍を握る手に力を込めた。

グライフ軍は、平原の向こう側に布陣を完了した。
その中央、馬上にふんぞり返るグライフ子爵の姿が見える。彼は、こちらの貧弱な陣形を遠目に眺め、明らかに侮りきった表情を浮かべていた。
彼の目には、我々の軍は風前の灯火、一捻りで蹴散らせる雑魚の集まりにしか映っていないのだろう。
案の定、グライフ軍に、何の策を弄するような動きはなかった。
しばらくの睨み合いの後、ついにグライフ軍の陣太鼓が鳴り響いた。
ドォン、ドォン、ドォン!
それは、総攻撃の合図だった。
「来たか」
俺は静かに呟いた。
敵陣の最前列にいた、二百騎の重装騎兵。傭兵団「鉄の爪」が、一斉に動き出す。
彼らは馬の腹を蹴り、雄叫びを上げながら、アシュフォード軍のパイク方陣へと、一直線に突撃を開始した。
地が揺れる。
二百頭の軍馬が巻き上げる土煙が、津波のようにこちらへ迫ってくる。その威圧感と突進力は、普通の歩兵部隊なら、戦う前に戦意を喪失して逃げ出してしまうほどのものだった。
俺たちの兵士たちも、例外ではなかった。
恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりしようとする者もいる。
「持ち場を離れるなーっ!」
バルガスの絶叫が響き渡る。
「リオ様を信じろ! 俺たちを信じろ! この壁は、絶対に破られん!」
その声に、兵士たちはハッと我に返った。彼らは、隣にいる仲間を見た。同じように恐怖に震えながらも、必死に槍を構え、持ち場を守ろうとしている仲間たちの姿を。
そうだ、俺は一人じゃない。
恐怖が、仲間を信じる勇気へと変わっていく。
兵士たちの足が、地面に根を張ったように踏みとどまった。
突撃してくる騎士団との距離が、みるみるうちに縮まっていく。
五百メートル、三百メートル、百メートル。
もはや、騎士たちの鎧の模様や、彼らの獰猛な表情まではっきりと見える距離だ。
「クロスボウ部隊、構え!」
俺の声が、後方の丘に響く。
百五十のクロスボウが一斉に持ち上げられ、その矢先が、迫り来る騎士団へと向けられた。
だが、俺はまだ発射の命令は出さない。
まだだ。まだ、引きつける。
騎士団の先頭が、ついに拒馬のラインに到達した。
誰もが、次の瞬間には、我々の陣形が粉々に砕け散る光景を想像した。
だが、その予想は、壮絶な形で裏切られることになる。
俺は、勝利を確信しながら、静かに次の命令を下した。
「撃て」
歴史の歯車が、大きく、そして決定的に動き出す、その合図だった。
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