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第85話:夜がなくなる
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王都に灯った電気の光は、単なる一夜のイベントでは終わらなかった。
それは人々の生活スタイルそのものを、根底から、そして急速に変革していく、静かなる革命の始まりだった。
これまで、夜は闇と静寂と、そして危険が支配する時間だった。日が沈めば人々は家に閉じこもり、蝋燭の乏しい光の下で静かに時が過ぎるのを待つだけ。生産活動も娯楽も全てが停止する、死んだ時間。
だが、電灯は、その常識を完全に破壊した。
メインストリートに設置された街灯は、夜の王都を昼間と変わらぬほど安全な場所へと変えた。
これまでなら強盗やならず者たちが闊歩していたであろう裏路地まで、明るい光が届くようになったのだ。王都の治安は劇的に改善された。
そして、その安全な夜の街に新しい文化が次々と生まれ始めた。
「夜のカフェ」。
これまで日中しか営業していなかったカフェが、夜遅くまで店を開けるようになった。人々は仕事帰りに、明るい店内で友人たちと語らい、一日の疲れを癒すようになった。
「観劇」。
劇場もまた、夜の公演を始めた。明るい照明の下で演じられる芝居や音楽は人々にとって、新しい、そして極上の娯楽となった。
夜はもはや眠るだけの時間ではない。
それは人々が人生を楽しみ、文化を育むための新しい豊かな時間へと変わったのだ。
そして、その影響が最も顕著に現れたのが、産業の分野だった。
俺は国営のいくつかの大規模な工場に、電力供給を拡大した。
製鉄所、織物工場、そして兵器を生産する工廠。
これらの工場では、これまで日が暮れると同時に全ての作業が停止していた。
だが電灯が、その全てを変えた。
工場の内部は数千の電球によって、夜でも真昼のように明るく照らし出された。
「これより、当工場は二交代制による二十四時間稼働へと移行する!」
工場長たちの高らかな宣言と共に、工場の煙突は夜空に向かって休むことなく煙を吐き出し続けた。
機械は眠らない。
王国の生産力は、文字通り二倍になったのだ。
アシュフォード鋼も、兵士たちのための新しいライフルも、国民のための安価な布地も、これまでの倍のスピードで生み出されていく。
その圧倒的な生産力の差は、いずれ北の帝国との国力差となって明確に現れることになるだろう。
俺はそんな変わりゆく王都の姿を、高い場所から眺めるのが日課になっていた。
夜が、なくなった。
人々は闇の支配から解放されたのだ。
だが俺は、その輝かしい光景の中に同時に、新しい「影」が生まれていることにも気づいていた。
二十四時間稼働は確かに生産力を上げた。だが、それは同時に労働者たちに、これまでにはなかった新しい種類の過酷な労働を強いることにもなっていた。
夜勤という人間の生活リズムに反した働き方。
機械のスピードに合わせて、常に緊張を強いられる単調な作業。
俺は前世で過労死した自分自身の姿を、そこに重ねずにはいられなかった。
技術の進歩は、必ずしも全ての人々を幸せにするわけではない。
使い方を間違えれば、それは人々を豊かにするどころか、新しい形の不幸と搾取を生み出す怪物にもなり得るのだ。
「……リオ、また難しい顔をしてるわね」
いつの間にか隣に来ていたエリアーナが、俺の顔を覗き込んだ。
俺は彼女に、自分の懸念を打ち明けた。
「俺は本当に正しいことをしているのだろうか、とな。夜をなくしたことで、俺は人々から安らぎの時間まで奪ってしまったのかもしれない」
俺の言葉に、エリアーナは静かに首を振った。
「それは違うわ」
彼女はきっぱりと言った。「あなたは人々に、新しい『選択肢』を与えたのよ」
「選択肢?」
「そう。夜に働くという選択肢。夜に学ぶという選択肢。そして夜に楽しむという選択肢。どれを選ぶかは彼ら自身が決めること。あなたはただ、その可能性の扉を開いただけ」
彼女は俺の手を、そっと握った。
「もちろん、問題はあるわ。新しい働き方には新しいルールが必要になるでしょう。労働時間、休日、そして正当な賃金。これから私たちが、クラウスと協力して作っていかなければならない大切な法律よ」
彼女の言葉は、俺の心の中の靄(もや)を晴らしてくれた。
そうだ。
俺の仕事は技術を生み出すこと。
そして、その技術を人々が正しく、幸せになるために使えるような「社会の仕組み(システム)」を、エリアーナやクラウスと共に創り上げていくこと。
その両輪が揃って初めて、俺の革命は完成するのだ。
「……ありがとう、エリアーナ。あんたがいるといつも道が見えてくる」
「ふふん。私がいないと、あなたすぐに暴走してしまうから大変よ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
電力革命はまだ始まったばかりだ。
この光は、いずれ王都だけでなく、この国の全ての村、全ての家庭へと届けられることになるだろう。
そしてその時、この国は本当の意味で、中世の闇の時代と決別することになる。
俺たちの前には、まだやるべきことが山のようにあった。
だが、俺はもう迷わない。
この光の先に、人々が本当に笑える新しい時代の夜明けがあると、俺は固く信じていたからだ。
それは人々の生活スタイルそのものを、根底から、そして急速に変革していく、静かなる革命の始まりだった。
これまで、夜は闇と静寂と、そして危険が支配する時間だった。日が沈めば人々は家に閉じこもり、蝋燭の乏しい光の下で静かに時が過ぎるのを待つだけ。生産活動も娯楽も全てが停止する、死んだ時間。
だが、電灯は、その常識を完全に破壊した。
メインストリートに設置された街灯は、夜の王都を昼間と変わらぬほど安全な場所へと変えた。
これまでなら強盗やならず者たちが闊歩していたであろう裏路地まで、明るい光が届くようになったのだ。王都の治安は劇的に改善された。
そして、その安全な夜の街に新しい文化が次々と生まれ始めた。
「夜のカフェ」。
これまで日中しか営業していなかったカフェが、夜遅くまで店を開けるようになった。人々は仕事帰りに、明るい店内で友人たちと語らい、一日の疲れを癒すようになった。
「観劇」。
劇場もまた、夜の公演を始めた。明るい照明の下で演じられる芝居や音楽は人々にとって、新しい、そして極上の娯楽となった。
夜はもはや眠るだけの時間ではない。
それは人々が人生を楽しみ、文化を育むための新しい豊かな時間へと変わったのだ。
そして、その影響が最も顕著に現れたのが、産業の分野だった。
俺は国営のいくつかの大規模な工場に、電力供給を拡大した。
製鉄所、織物工場、そして兵器を生産する工廠。
これらの工場では、これまで日が暮れると同時に全ての作業が停止していた。
だが電灯が、その全てを変えた。
工場の内部は数千の電球によって、夜でも真昼のように明るく照らし出された。
「これより、当工場は二交代制による二十四時間稼働へと移行する!」
工場長たちの高らかな宣言と共に、工場の煙突は夜空に向かって休むことなく煙を吐き出し続けた。
機械は眠らない。
王国の生産力は、文字通り二倍になったのだ。
アシュフォード鋼も、兵士たちのための新しいライフルも、国民のための安価な布地も、これまでの倍のスピードで生み出されていく。
その圧倒的な生産力の差は、いずれ北の帝国との国力差となって明確に現れることになるだろう。
俺はそんな変わりゆく王都の姿を、高い場所から眺めるのが日課になっていた。
夜が、なくなった。
人々は闇の支配から解放されたのだ。
だが俺は、その輝かしい光景の中に同時に、新しい「影」が生まれていることにも気づいていた。
二十四時間稼働は確かに生産力を上げた。だが、それは同時に労働者たちに、これまでにはなかった新しい種類の過酷な労働を強いることにもなっていた。
夜勤という人間の生活リズムに反した働き方。
機械のスピードに合わせて、常に緊張を強いられる単調な作業。
俺は前世で過労死した自分自身の姿を、そこに重ねずにはいられなかった。
技術の進歩は、必ずしも全ての人々を幸せにするわけではない。
使い方を間違えれば、それは人々を豊かにするどころか、新しい形の不幸と搾取を生み出す怪物にもなり得るのだ。
「……リオ、また難しい顔をしてるわね」
いつの間にか隣に来ていたエリアーナが、俺の顔を覗き込んだ。
俺は彼女に、自分の懸念を打ち明けた。
「俺は本当に正しいことをしているのだろうか、とな。夜をなくしたことで、俺は人々から安らぎの時間まで奪ってしまったのかもしれない」
俺の言葉に、エリアーナは静かに首を振った。
「それは違うわ」
彼女はきっぱりと言った。「あなたは人々に、新しい『選択肢』を与えたのよ」
「選択肢?」
「そう。夜に働くという選択肢。夜に学ぶという選択肢。そして夜に楽しむという選択肢。どれを選ぶかは彼ら自身が決めること。あなたはただ、その可能性の扉を開いただけ」
彼女は俺の手を、そっと握った。
「もちろん、問題はあるわ。新しい働き方には新しいルールが必要になるでしょう。労働時間、休日、そして正当な賃金。これから私たちが、クラウスと協力して作っていかなければならない大切な法律よ」
彼女の言葉は、俺の心の中の靄(もや)を晴らしてくれた。
そうだ。
俺の仕事は技術を生み出すこと。
そして、その技術を人々が正しく、幸せになるために使えるような「社会の仕組み(システム)」を、エリアーナやクラウスと共に創り上げていくこと。
その両輪が揃って初めて、俺の革命は完成するのだ。
「……ありがとう、エリアーナ。あんたがいるといつも道が見えてくる」
「ふふん。私がいないと、あなたすぐに暴走してしまうから大変よ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
電力革命はまだ始まったばかりだ。
この光は、いずれ王都だけでなく、この国の全ての村、全ての家庭へと届けられることになるだろう。
そしてその時、この国は本当の意味で、中世の闇の時代と決別することになる。
俺たちの前には、まだやるべきことが山のようにあった。
だが、俺はもう迷わない。
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