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第17話:帰還、報告、そして広がる波紋
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リューンの町の喧騒が、今の俺にはやけに遠く感じられた。捻挫した足を引きずり、全身の痛みに耐えながら、俺はどうにか冒険者ギルドの扉を押し開けた。時間は既に夕刻を過ぎ、ギルド内は一日の依頼を終えた冒険者たちで賑わっていた。酒を酌み交わす者、依頼の報告をする者、仲間と談笑する者。その活気ある雰囲気の中で、俺のボロボロの姿は異様なくらいに浮いていた。
「おい、見ろよ、あのルーキー……」
「ひでぇ格好だな。死にかけてるんじゃないか?」
「ゴブリンの洞穴にでも行ってきたのか? あそこも油断するとこうなるってことか……」
周囲からの囁き声と、好奇と憐憫が入り混じった視線が突き刺さる。しかし、今の俺にはそれに構っている余裕はない。目的は一つ、カウンターでの報告だ。
ふらつく足取りでカウンターへ向かうと、幸か不幸か、前回と同じ眼鏡の女性職員が対応してくれた。彼女は俺の姿を一瞥すると、僅かに目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻り、事務的な口調で尋ねてきた。
「……ユズルさん、ですね。ご無事で何よりですが、随分とお疲れのようですね。依頼の報告ですか?」
「いえ……報告は報告ですが、依頼達成ではありません。緊急の報告です」
俺はカウンターに手をつき、息を整えながら答えた。声が掠れてうまく出ない。
「緊急報告、ですか?」女性職員の表情が少しだけ引き締まる。「詳しくお聞かせください」
「ゴブリンの洞穴……その、おそらく最深部と思われる場所で……」俺は言葉を選びながら、慎重に話し始めた。「異常に強い……ゴブリンか、ホブゴブリンか分かりませんが、とにかく規格外の個体に遭遇しました」
「規格外、ですか? 具体的には?」
「大きさは通常のホブゴブリンの倍以上、力も速度も桁違いでした。おまけに、傷を負わせてもすぐに再生するようで……」俺はわざと顔を顰め、負傷した腕(ゴブリンキングの拳を受け流した箇所)を押さえる。「装備もかなり損傷し、命からがら逃げ出してきました。あれは、通常のゴブリンキングなどとは、明らかに違う存在です」
俺は、ゴブリンキング(変異体)や魔力汚染という言葉は避け、「異常個体」「規格外の再生能力」という表現に留めた。装備の損傷も、実際にはそれほどでもないが、必死の戦闘を演出するために付け加えた。
女性職員は、俺の話を黙って聞きながら、手元の羊皮紙に素早くメモを取っている。その表情は冷静沈着そのものだが、時折見せる僅かな眉の動きから、内心では驚いているのかもしれない、と俺は推測した。
「……なるほど。ゴブリンの洞穴最深部での、異常個体の目撃情報ですね。再生能力を持つ、と……」彼女はペンを置き、俺に向き直った。「ユズルさん、あなたはFランク登録ですが、単独で最深部まで到達されたのですか?」
「ええ、まあ……運が良かっただけです。それに、この通り、深手を負ってしまいましたが」俺は自嘲気味に笑ってみせる。
「……分かりました。貴重な情報ありがとうございます。最近、他の冒険者からも、ゴブリンの洞穴に関する不穏な報告がいくつか上がっていました。あなたの情報と合わせ、上層部に報告し、調査の必要性を検討します」女性職員は淡々と告げる。「それと、そのお怪我……かなり酷いようですが、治療は受けられましたか? もし必要であれば、ギルド推薦の治療院を紹介しますが」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」渡りに船だ。自力で探す手間が省けた。
女性職員は、近くの地図を広げ、治療院の場所を丁寧に教えてくれた。そして、最後にこう付け加えた。
「ユズルさん、今回は大変な経験をされましたね。Fランクで単独での深部探索は、いくら運が良くても無謀です。今後は、ご自身のランクに見合った依頼を受けるか、信頼できるパーティーを組むことを強くお勧めします」
「……肝に銘じます」俺は素直に頷いた。彼女の言うことは、もっともだ。今回の件で、仲間の必要性は痛いほど理解した。
報告を終え、カウンターを離れる。ギルド内は依然として騒がしかったが、俺がカウンターで話している間、聞き耳を立てていた者も少なくないようだった。俺が立ち去ると、早速ひそひそ話が始まっているのが聞こえてくる。
「おい、今の聞いたか? ゴブリンの洞穴の奥に、ヤバいのがいるらしいぜ」
「再生能力持ちのデカいゴブリン? まるでオーガだな」
「しかも、あのFランクのルーキーが単独で遭遇して生還したって? 信じられねえ」
「あいつ、一体何者なんだ? 見た目も普通じゃないし……」
(……少し、目立ちすぎたか?)
想定内ではあるが、あまり注目を集めるのは本意ではない。しかし、異常個体の情報を広めるためには、ある程度は仕方ないのかもしれない。
俺は、周囲の視線と言葉を背中で受け流しながら、足早に(と言っても痛みのせいで遅いが)ギルドを後にした。まずは治療院へ向かい、このボロボロの身体をなんとかしなければならない。
◆
ギルド職員に教えてもらった治療院は、町の中心部から少し離れた、静かな通りにあった。「クローバー治療院」という小さな看板が掲げられている。
中に入ると、薬草の匂いがふわりと漂ってきた。待合室には数人の患者が静かに座っている。俺は受付の女性にギルドの紹介状(職員が書いてくれた)を渡し、順番を待った。
しばらくして名前を呼ばれ、診察室へと通される。そこにいたのは、意外にも、まだ若く見える少女だった。歳は15~16歳くらいだろうか。そばかすの散った顔に、大きな丸眼鏡。白衣を着ているが、その下は動きやすそうな作業着のような服装だ。手先が妙に器用そうで、机の上には分解された魔道具の部品のようなものが散らばっている。
「どーぞ、そこの椅子に座って。ギルドからの紹介? えっちらおっちら、大変だったねぇ」
少女は、年の割に妙に落ち着いた、少し間延びした口調で話しかけてきた。
『対象:リリア・クローバー
分類:人間(ドワーフの血を引くクォーター?)
状態:平常、好奇心旺盛
ステータス:Lv ??(戦闘能力は低い)
スキル:【治療魔法(中級)】【薬草学(Aランク級)】【魔道具作成(Sランク級?)】【鑑定眼】【精密作業】Lv ?? (他、複数スキル保有の可能性)
備考:この治療院の主。若いが、治療師および魔道具技師として高い技術を持つ天才肌。魔道具の解析・改造が趣味。ドワーフの血筋か、手先が異常に器用。』
(……なんだ、この子!?)
【情報読取】で表示された情報に、俺は内心、度肝を抜かれた。治療魔法に薬草学、そして魔道具作成スキルまで持っている? しかも、ランクが異常に高い。Sランク級の魔道具作成スキルなんて、国家レベルの技術者でも持っているかどうか……。
「あの……あなたが、治療師の方ですか?」
思わず、確認してしまう。
「ん? そだよー。リリア・クローバー。しがない治療師兼、魔道具いじりが好きなだけだけどね。で、患者さんはユズルさん? どこが悪いのかな? 見るからにボロボロだけど」
リリアと名乗る少女は、悪びれもせずに俺の全身をジロジロと観察する。その目は、まるで珍しい機械でも見るかのように、好奇心に満ち溢れていた。
俺は、ゴブリンの洞穴での戦闘(詳細は伏せる)で負った打撲や捻挫について説明した。リリアはふむふむと頷きながら、手際よく俺の身体を診察していく。その手つきは確かで、知識も豊富なようだ。
「ふーん、打撲と捻挫ね。あと、ちょっと魔力の流れが乱れてるかな? 無茶したでしょ」
彼女は、こともなげに俺の状態を言い当てる。
「ええ、まあ……少し」
「よし、じゃあ治療しよっか。治療魔法で大まかに治して、あとは特製の塗り薬を塗っとけば、数日で良くなると思うよ」
リリアはそう言うと、俺の患部に手をかざし、柔らかな光を放つ治療魔法を発動させた。温かいエネルギーが流れ込み、痛みが和らいでいくのが分かる。中級とはいえ、かなりの腕前だ。
治療を受けながら、俺はリリアにいくつか質問してみた。
「この辺りで、最近、原因不明の体調不良を訴える人とか、増えていませんか?」
リリアは少し首を傾げ、「うーん、どうだろ? 普通の風邪とか、怪我の患者さんが多いけど……言われてみれば、ここ最近、なんとなく『調子が悪い』って来る人が、少し増えたような気もするかなぁ? でも、はっきりした原因は分からないんだよね」と答えた。
(やはり、魔力汚染の影響が、少しずつ街にも出始めているのかもしれない)
確証はないが、嫌な予感がする。
治療が終わり、リリアから特製の塗り薬(薬草の良い香りがする)を受け取る。
「はい、これ。一日二回塗ってね。お代は……ギルド紹介だから、今回はサービスしとこっかな。その代わり、今度、何か面白い魔道具とか、壊れた機械とかあったら、持ってきて見せてよ!」
リリアは、悪戯っぽく笑って言った。どうやら、治療よりも魔道具いじりの方が本業(あるいは趣味)らしい。
「……分かりました。何かあれば」
俺は礼を言い、治療院を後にした。リリア・クローバー。風変わりだが、腕は確かな治療師、そして天才的な魔道具技師。彼女との出会いは、今後、何か重要な意味を持つことになるかもしれない。そんな予感がした。
◆
治療院を出て、俺はようやく安宿へと戻った。相部屋のベッドに倒れ込むと、溜まっていた疲労が一気に噴き出し、意識が急速に遠のいていく。
(……今日は、もう限界だ)
深い眠りの中で、俺は断片的な夢を見た。
狂乱したゴブリンキングの咆哮。空間が歪む感覚。そして、路地裏で出会った騎士クラウスの、厳しいながらも真っ直ぐな瞳。
どれも、俺がこの異世界で経験した、強烈な記憶の断片だ。
翌朝。遅い時間に目を覚ますと、身体の痛みはかなり引いていた。リリアの治療魔法と薬のおかげだろう。MPも回復し、魔力循環の乱れも収まっているようだ。
ベッドの上で身体を起こし、窓から差し込む光を浴びながら、俺はこれからのことを考える。
ゴブリンキングの討伐。それは、今の俺一人では不可能だ。仲間が必要だ。
スキルレベルの向上。異常な成長速度はアドバンテージだが、それに甘えず、スキルの精度や応用力を高めなければならない。【限定的干渉】のリスク管理も、今後の重要な課題だ。
資金稼ぎと装備強化。より強力な装備、あるいは特殊な効果を持つ魔道具があれば、戦いを有利に進められるだろう。
そして、情報収集。魔力汚染の実態、古代文明の痕跡、そして「管理者」の存在。この世界の謎を解き明かすことも、いずれ必要になるかもしれない。
(やるべきことは多い。だが、一つずつ、確実に進めていくしかない)
まずは、体調を万全に戻すこと。そして、再びダンジョンに潜り、レベルアップと資金稼ぎを再開する。同時に、仲間探しも視野に入れなければならない。
リューンの街には、多くの冒険者や、あるいはリリアのような特殊な技能を持つ者がいる。彼らの中に、俺の「デバッグ」思考と連携できるような、信頼できるパートナーが見つかるだろうか?
俺はベッドから起き上がり、軽く身体を動かして調子を確かめる。痛みはまだ少し残るが、動けないほどではない。
(よし、今日も一日、始めるとするか)
窓の外では、リューンの街が活気づき始めている。
俺の異世界での日々は、まだ始まったばかりだ。そして、俺の行動が起こした小さな波紋は、確実に広がり始めている。それを、俺はまだ完全には認識していなかった。
同じ頃、リューンの一角にある、古びた貴族の屋敷で。
騎士クラウス・フォン・リンドバーグは、部下から上がってきた報告書に目を通していた。そこには、冒険者ギルドに寄せられた、ゴブリンの洞穴に関する緊急報告の詳細と、報告者である「ユズル」というFランク冒険者の情報が記されていた。
「……ユズル。やはり、ただの冒険者ではないな」
クラウスは、報告書を読みながら呟いた。路地裏での出会い、街道での不可解な援護、そして今回の異常な魔物の報告。点と点が繋がり、ユズルという存在への疑念と興味が、彼の心の中でますます大きくなっていくのだった。
「おい、見ろよ、あのルーキー……」
「ひでぇ格好だな。死にかけてるんじゃないか?」
「ゴブリンの洞穴にでも行ってきたのか? あそこも油断するとこうなるってことか……」
周囲からの囁き声と、好奇と憐憫が入り混じった視線が突き刺さる。しかし、今の俺にはそれに構っている余裕はない。目的は一つ、カウンターでの報告だ。
ふらつく足取りでカウンターへ向かうと、幸か不幸か、前回と同じ眼鏡の女性職員が対応してくれた。彼女は俺の姿を一瞥すると、僅かに目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻り、事務的な口調で尋ねてきた。
「……ユズルさん、ですね。ご無事で何よりですが、随分とお疲れのようですね。依頼の報告ですか?」
「いえ……報告は報告ですが、依頼達成ではありません。緊急の報告です」
俺はカウンターに手をつき、息を整えながら答えた。声が掠れてうまく出ない。
「緊急報告、ですか?」女性職員の表情が少しだけ引き締まる。「詳しくお聞かせください」
「ゴブリンの洞穴……その、おそらく最深部と思われる場所で……」俺は言葉を選びながら、慎重に話し始めた。「異常に強い……ゴブリンか、ホブゴブリンか分かりませんが、とにかく規格外の個体に遭遇しました」
「規格外、ですか? 具体的には?」
「大きさは通常のホブゴブリンの倍以上、力も速度も桁違いでした。おまけに、傷を負わせてもすぐに再生するようで……」俺はわざと顔を顰め、負傷した腕(ゴブリンキングの拳を受け流した箇所)を押さえる。「装備もかなり損傷し、命からがら逃げ出してきました。あれは、通常のゴブリンキングなどとは、明らかに違う存在です」
俺は、ゴブリンキング(変異体)や魔力汚染という言葉は避け、「異常個体」「規格外の再生能力」という表現に留めた。装備の損傷も、実際にはそれほどでもないが、必死の戦闘を演出するために付け加えた。
女性職員は、俺の話を黙って聞きながら、手元の羊皮紙に素早くメモを取っている。その表情は冷静沈着そのものだが、時折見せる僅かな眉の動きから、内心では驚いているのかもしれない、と俺は推測した。
「……なるほど。ゴブリンの洞穴最深部での、異常個体の目撃情報ですね。再生能力を持つ、と……」彼女はペンを置き、俺に向き直った。「ユズルさん、あなたはFランク登録ですが、単独で最深部まで到達されたのですか?」
「ええ、まあ……運が良かっただけです。それに、この通り、深手を負ってしまいましたが」俺は自嘲気味に笑ってみせる。
「……分かりました。貴重な情報ありがとうございます。最近、他の冒険者からも、ゴブリンの洞穴に関する不穏な報告がいくつか上がっていました。あなたの情報と合わせ、上層部に報告し、調査の必要性を検討します」女性職員は淡々と告げる。「それと、そのお怪我……かなり酷いようですが、治療は受けられましたか? もし必要であれば、ギルド推薦の治療院を紹介しますが」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします」渡りに船だ。自力で探す手間が省けた。
女性職員は、近くの地図を広げ、治療院の場所を丁寧に教えてくれた。そして、最後にこう付け加えた。
「ユズルさん、今回は大変な経験をされましたね。Fランクで単独での深部探索は、いくら運が良くても無謀です。今後は、ご自身のランクに見合った依頼を受けるか、信頼できるパーティーを組むことを強くお勧めします」
「……肝に銘じます」俺は素直に頷いた。彼女の言うことは、もっともだ。今回の件で、仲間の必要性は痛いほど理解した。
報告を終え、カウンターを離れる。ギルド内は依然として騒がしかったが、俺がカウンターで話している間、聞き耳を立てていた者も少なくないようだった。俺が立ち去ると、早速ひそひそ話が始まっているのが聞こえてくる。
「おい、今の聞いたか? ゴブリンの洞穴の奥に、ヤバいのがいるらしいぜ」
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「あいつ、一体何者なんだ? 見た目も普通じゃないし……」
(……少し、目立ちすぎたか?)
想定内ではあるが、あまり注目を集めるのは本意ではない。しかし、異常個体の情報を広めるためには、ある程度は仕方ないのかもしれない。
俺は、周囲の視線と言葉を背中で受け流しながら、足早に(と言っても痛みのせいで遅いが)ギルドを後にした。まずは治療院へ向かい、このボロボロの身体をなんとかしなければならない。
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しばらくして名前を呼ばれ、診察室へと通される。そこにいたのは、意外にも、まだ若く見える少女だった。歳は15~16歳くらいだろうか。そばかすの散った顔に、大きな丸眼鏡。白衣を着ているが、その下は動きやすそうな作業着のような服装だ。手先が妙に器用そうで、机の上には分解された魔道具の部品のようなものが散らばっている。
「どーぞ、そこの椅子に座って。ギルドからの紹介? えっちらおっちら、大変だったねぇ」
少女は、年の割に妙に落ち着いた、少し間延びした口調で話しかけてきた。
『対象:リリア・クローバー
分類:人間(ドワーフの血を引くクォーター?)
状態:平常、好奇心旺盛
ステータス:Lv ??(戦闘能力は低い)
スキル:【治療魔法(中級)】【薬草学(Aランク級)】【魔道具作成(Sランク級?)】【鑑定眼】【精密作業】Lv ?? (他、複数スキル保有の可能性)
備考:この治療院の主。若いが、治療師および魔道具技師として高い技術を持つ天才肌。魔道具の解析・改造が趣味。ドワーフの血筋か、手先が異常に器用。』
(……なんだ、この子!?)
【情報読取】で表示された情報に、俺は内心、度肝を抜かれた。治療魔法に薬草学、そして魔道具作成スキルまで持っている? しかも、ランクが異常に高い。Sランク級の魔道具作成スキルなんて、国家レベルの技術者でも持っているかどうか……。
「あの……あなたが、治療師の方ですか?」
思わず、確認してしまう。
「ん? そだよー。リリア・クローバー。しがない治療師兼、魔道具いじりが好きなだけだけどね。で、患者さんはユズルさん? どこが悪いのかな? 見るからにボロボロだけど」
リリアと名乗る少女は、悪びれもせずに俺の全身をジロジロと観察する。その目は、まるで珍しい機械でも見るかのように、好奇心に満ち溢れていた。
俺は、ゴブリンの洞穴での戦闘(詳細は伏せる)で負った打撲や捻挫について説明した。リリアはふむふむと頷きながら、手際よく俺の身体を診察していく。その手つきは確かで、知識も豊富なようだ。
「ふーん、打撲と捻挫ね。あと、ちょっと魔力の流れが乱れてるかな? 無茶したでしょ」
彼女は、こともなげに俺の状態を言い当てる。
「ええ、まあ……少し」
「よし、じゃあ治療しよっか。治療魔法で大まかに治して、あとは特製の塗り薬を塗っとけば、数日で良くなると思うよ」
リリアはそう言うと、俺の患部に手をかざし、柔らかな光を放つ治療魔法を発動させた。温かいエネルギーが流れ込み、痛みが和らいでいくのが分かる。中級とはいえ、かなりの腕前だ。
治療を受けながら、俺はリリアにいくつか質問してみた。
「この辺りで、最近、原因不明の体調不良を訴える人とか、増えていませんか?」
リリアは少し首を傾げ、「うーん、どうだろ? 普通の風邪とか、怪我の患者さんが多いけど……言われてみれば、ここ最近、なんとなく『調子が悪い』って来る人が、少し増えたような気もするかなぁ? でも、はっきりした原因は分からないんだよね」と答えた。
(やはり、魔力汚染の影響が、少しずつ街にも出始めているのかもしれない)
確証はないが、嫌な予感がする。
治療が終わり、リリアから特製の塗り薬(薬草の良い香りがする)を受け取る。
「はい、これ。一日二回塗ってね。お代は……ギルド紹介だから、今回はサービスしとこっかな。その代わり、今度、何か面白い魔道具とか、壊れた機械とかあったら、持ってきて見せてよ!」
リリアは、悪戯っぽく笑って言った。どうやら、治療よりも魔道具いじりの方が本業(あるいは趣味)らしい。
「……分かりました。何かあれば」
俺は礼を言い、治療院を後にした。リリア・クローバー。風変わりだが、腕は確かな治療師、そして天才的な魔道具技師。彼女との出会いは、今後、何か重要な意味を持つことになるかもしれない。そんな予感がした。
◆
治療院を出て、俺はようやく安宿へと戻った。相部屋のベッドに倒れ込むと、溜まっていた疲労が一気に噴き出し、意識が急速に遠のいていく。
(……今日は、もう限界だ)
深い眠りの中で、俺は断片的な夢を見た。
狂乱したゴブリンキングの咆哮。空間が歪む感覚。そして、路地裏で出会った騎士クラウスの、厳しいながらも真っ直ぐな瞳。
どれも、俺がこの異世界で経験した、強烈な記憶の断片だ。
翌朝。遅い時間に目を覚ますと、身体の痛みはかなり引いていた。リリアの治療魔法と薬のおかげだろう。MPも回復し、魔力循環の乱れも収まっているようだ。
ベッドの上で身体を起こし、窓から差し込む光を浴びながら、俺はこれからのことを考える。
ゴブリンキングの討伐。それは、今の俺一人では不可能だ。仲間が必要だ。
スキルレベルの向上。異常な成長速度はアドバンテージだが、それに甘えず、スキルの精度や応用力を高めなければならない。【限定的干渉】のリスク管理も、今後の重要な課題だ。
資金稼ぎと装備強化。より強力な装備、あるいは特殊な効果を持つ魔道具があれば、戦いを有利に進められるだろう。
そして、情報収集。魔力汚染の実態、古代文明の痕跡、そして「管理者」の存在。この世界の謎を解き明かすことも、いずれ必要になるかもしれない。
(やるべきことは多い。だが、一つずつ、確実に進めていくしかない)
まずは、体調を万全に戻すこと。そして、再びダンジョンに潜り、レベルアップと資金稼ぎを再開する。同時に、仲間探しも視野に入れなければならない。
リューンの街には、多くの冒険者や、あるいはリリアのような特殊な技能を持つ者がいる。彼らの中に、俺の「デバッグ」思考と連携できるような、信頼できるパートナーが見つかるだろうか?
俺はベッドから起き上がり、軽く身体を動かして調子を確かめる。痛みはまだ少し残るが、動けないほどではない。
(よし、今日も一日、始めるとするか)
窓の外では、リューンの街が活気づき始めている。
俺の異世界での日々は、まだ始まったばかりだ。そして、俺の行動が起こした小さな波紋は、確実に広がり始めている。それを、俺はまだ完全には認識していなかった。
同じ頃、リューンの一角にある、古びた貴族の屋敷で。
騎士クラウス・フォン・リンドバーグは、部下から上がってきた報告書に目を通していた。そこには、冒険者ギルドに寄せられた、ゴブリンの洞穴に関する緊急報告の詳細と、報告者である「ユズル」というFランク冒険者の情報が記されていた。
「……ユズル。やはり、ただの冒険者ではないな」
クラウスは、報告書を読みながら呟いた。路地裏での出会い、街道での不可解な援護、そして今回の異常な魔物の報告。点と点が繋がり、ユズルという存在への疑念と興味が、彼の心の中でますます大きくなっていくのだった。
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