異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第29話:容量バグと無限への挑戦

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天才魔道具技師リリア・クローバーとの協力関係を結び、俺たちの新たな目標――「バグ利用魔道具」の開発――が定まった。その第一歩として、俺たちは冒険者の永遠の夢とも言える「無限収納バッグ」の開発に挑戦することになった。

「まずは、開発資金と作業スペースの確保ですね」
翌日、再びリリアの工房(兼治療院)を訪れた俺は、現実的な問題から切り出した。ホログラフ・キューブの解析に夢中になっていたリリアも、さすがに開発となると、それだけでは進まないことを理解しているようだ。

「そうだねぇ……お金と場所かぁ。この工房、ちょっと散らかってるし、本格的な開発には狭いかも……」
リリアは、足元に転がっている金属片や工具を蹴飛ばしながら、困ったように頭を掻く。

「資金については、心配いりません」俺は、ギルドから受け取った報酬が入った革袋を取り出し、中身の一部――金貨数枚と銀貨多数――をテーブルの上に広げて見せた。「ゴブリンの洞穴の調査報酬で、かなりの額を手に入れました。これを元手に、必要な機材や素材を揃え、場合によっては、もっと広い工房を借りることも可能です」

「わぁ! すごい! 金貨がいっぱい!」
リリアの目が、再びキラキラと輝き始める。彼女にとって、金銭そのものよりも、それによって実現可能になる「魔道具開発」の可能性に興奮しているのだろう。
「これだけあれば、最新式の魔力炉も買えるかな? 高精度マニピュレーターも欲しいし、属性付与用の触媒も良いやつを揃えたいなぁ……」
早くも、彼女の頭の中は開発計画でいっぱいになっているようだ。

「まあまあ、落ち着いてください、リリアさん」俺は苦笑しながら彼女を制する。「まずは、無限収納バッグ開発に必要なものから揃えましょう。計画的に進めないと、予算がいくらあっても足りませんよ」
元SEとして、プロジェクト管理の重要性は身に染みている。予算管理、スケジュール管理、リソース配分。異世界でも、基本的な考え方は同じはずだ。

「むぅ……ユズルさんは真面目だなぁ。でも、分かったよ! まずは収納バッグの『容量バグ』を見つけるのが先決だね!」

「その通りです。市場に行って、いくつか普通の収納バッグを買ってきましょう。それを俺が解析して、バグを見つけ出します。リリアさんは、その間に、バグを突くための加工方法や、必要な道具・素材をリストアップしておいてください」

「了解! 任せて!」

こうして、俺たちの無限収納バッグ開発プロジェクトは、具体的なステップへと進み始めた。



俺とリリアは、早速リューンの市場へと繰り出した。目的は、開発のベースとなる「普通の収納バッグ」と、その他必要な素材や道具の購入だ。

市場には、様々な種類の収納バッグが売られていた。革製のもの、布製のもの、そして僅かながら魔力が付与され、少しだけ容量が大きいとされる「魔法の鞄(マジックバッグ)」の類も。

「どれがいいかなぁ? やっぱり、元々魔力が付与されてるマジックバッグの方が、バグが見つかりやすいとか、あるのかな?」リリアが尋ねる。

「可能性はありますが、一概には言えませんね」俺は【情報読取】でいくつかのバッグをスキャンしながら答える。「複雑な構造や術式の方が、バグが潜んでいる可能性は高いですが、同時に解析も難しくなります。まずは、シンプルな構造の普通のバッグから試してみるのが、リスク管理の観点からは妥当でしょう」

『対象:革製収納バッグ(中サイズ)
 分類:生活雑貨>鞄
 状態:新品(品質:並)
 容量:約20リットル(内部空間は僅かに拡張処理済み)
 特性:丈夫な革製
 備考:一般的な冒険者用バッグ。特別な機能はない。』

『対象:布製収納袋(大サイズ)
 分類:生活雑貨>袋
 状態:新品(品質:低)
 容量:約50リットル
 特性:軽量だが、耐久性に難あり
 備考:安価な量産品。』

『対象:小型マジックポーチ
 分類:魔道具>収納具
 状態:中古(品質:中)
 容量:約30リットル(外見以上の容量を持つ空間拡張魔法付与)
 特性:軽量、魔力消費(微)
 備考:低級の空間拡張魔法が施されている。市場価格:銀貨20枚程度。』

俺は、構造がシンプルで安価な革製バッグと布製袋を数種類、そして比較対象として中古の小型マジックポーチを一つ購入することにした。

次に、リリアがリストアップした素材や道具を見て回る。魔力を通しやすい特殊な糸、空間座標に干渉する性質を持つという希少な鉱石の粉末、魔力パターンを調整するための水晶レンズ、そして、リリアが使うための様々な精密工具など。彼女の専門知識は、素材選びにおいても大いに役立った。【鑑定眼】スキルと豊富な知識で、品質の良いものを効率よく見つけ出していく。

「この『空間歪曲糸』は、普通の店には置いてないんだよね。あそこの、ちょっと怪しい露天商のおじさんが、たまに掘り出し物を持ってるんだ」
「こっちの『次元安定鉱の粉末』は、純度が命だからね! 私の目でしっかり確かめないと!」

リリアは、まるで自分の庭のように市場を歩き回り、目当ての品物を次々と手に入れていく。その姿は、普段の少し間の抜けた様子とは違い、まさにプロの魔道具技師そのものだった。

買い物を終え、大量の荷物(主にリリアが購入した素材や工具)を抱えて工房に戻ると、リリアは早速、作業に取り掛かろうとした。
「よーし! まずは、ユズルさんが見つけたバグに合わせて、この『空間歪曲糸』で特殊な刺繍をバッグに施すための……えーっと、魔力針の準備からかな!」

「待ってください、リリアさん」俺は彼女を止める。「その前に、作業スペースの問題を解決しないと。この状態では、精密な作業は難しいでしょう?」
工房の中は、相変わらず物で溢れかえっており、新たに購入した荷物を置くスペースすら確保するのが難しい状況だった。

「あ……そ、そうだね……」リリアは、バツが悪そうに工房を見渡す。「うーん、どうしようか……。片付けるのは時間がかかるし……」

「いっそ、もっと広い場所に移転するか、あるいは、この工房を拡張することはできませんか?」俺は提案する。「幸い、資金には余裕があります」

「移転か拡張……うーん……」リリアは少し考え込む。「この場所、おじいちゃんの代からの工房で、愛着もあるんだよね……。それに、地下には結構広い倉庫スペースもあるんだけど、長年使ってなくて、ガラクタ置き場になっちゃってるんだ」

「地下倉庫があるんですか? それなら、そこを片付けて、新しい作業スペースにするというのはどうでしょう? 片付けなら、俺も手伝いますよ」

「え? 本当に!?」リリアの顔がパッと明るくなる。「助かるよー! 一人じゃ、いつ終わるか分からなかったから! よーし、決まり! 地下倉庫大改造計画、開始だ!」

こうして、俺たちの無限収納バッグ開発プロジェクトは、一時中断となり、代わりにリリアの工房の地下倉庫の大掃除と整理整頓が始まった。それはそれで、なかなかに骨の折れる作業だったが、二人で協力して進めるうちに、徐々にスペースが確保され、新しい開発拠点としての輪郭が見えてきた。

そして、数日後。
ようやく片付いた地下倉庫に、購入した機材や作業台を設置し、俺たちの新しい「秘密基地」とも言うべき開発スペースが完成した。地上階の治療院とは別に、ここなら周囲の目を気にせず、思う存分開発に没頭できるだろう。

「ふぅ……やっと片付いたね!」リリアは、汗を拭いながら満足そうに新しい工房を見渡す。「これで、思う存分、魔道具開発ができるよ!」

「ええ。では、いよいよ本題に入りましょうか」
俺は、購入してきた収納バッグの一つ(シンプルな革製のもの)を手に取り、意識を集中させる。
「まずは、こいつの『容量バグ』を探し出します」

俺は【デバッガー】スキルを発動させ、バッグの構造、特に内部空間を定義しているであろう「データ」あるいは「法則」を解析していく。通常のアイテムとは違い、「容量」という概念的なパラメータにアクセスするのは、少し勝手が違う。

(……内部空間の座標定義、拡張処理の限界値、アイテム格納時の判定ロジック……どこかに、矛盾やエラーはないか……?)

集中力を高め、情報の海を探る。そして――

『……バグ検出:1件
 内容:【格納アイテムのサイズ・形状判定ルーチンの丸め誤差バグ】
  詳細:アイテムを格納する際、そのサイズや形状を判定する計算処理において、特定の条件下で小数点以下の数値が切り捨てられる(丸め誤差が発生する)バグが存在する。この誤差が累積することで、本来の容量限界を超えて、僅かながら追加のアイテムを格納できてしまう可能性がある。
 影響:極めて軽微な容量増加(最大でも数パーセント程度)。悪用は困難。』

「……見つけました。容量に関するバグです」俺はリリアに報告する。「ですが……これは、ちょっと期待外れかもしれません」

俺が見つけたのは、計算処理の「丸め誤差」を利用した、ごく僅かな容量増加バグだった。これでは、「無限収納」には程遠い。

「丸め誤差……? ふーん、なるほどね」リリアは、俺の説明を聞いて頷く。「確かに、それだけじゃ大した効果はなさそうだね。でも、バグが見つかったのは大きな一歩だよ! 他のバッグも調べてみよう! きっと、もっと面白いバグが見つかるはず!」

彼女は全く落ち込んだ様子を見せず、むしろ楽しそうだ。失敗や試行錯誤も、彼女にとっては開発プロセスの一部なのだろう。その前向きな姿勢に、俺も励まされる。

俺たちは、他の収納バッグ(布製の袋、中古のマジックポーチ)も次々と解析していく。それぞれに、異なる種類の容量関連バグが見つかった。マジックポーチには、空間拡張魔法の持続時間に関するバグや、魔力消費量の計算ミスといった、より魔道具的なバグも含まれていた。

「面白いね! バッグの種類によって、全然違うバグがあるんだ!」リリアは、目を輝かせながら、俺の報告をメモしていく。「これらを組み合わせたり、あるいは、バグを意図的に増幅させるような加工をすれば……!」

彼女の頭の中では、既に新たなアイデアが次々と生まれているようだった。俺も、様々なバグのパターンを見ることで、【デバッガー】スキルの応用範囲や、この世界のシステム(法則)に対する理解が深まっていくのを感じていた。

開発作業に没頭していると、時間はあっという間に過ぎていく。食事もそこそこに、俺たちは地下工房に籠もりきりになった。まるで、ブラック企業時代のデスマーチを彷彿とさせるような集中ぶりだが、あの頃とは決定的に違う。そこには、強制された労働ではなく、自発的な探求心と、創造の喜びがあった。

しかし、そんな充実した日々の中で、俺は時折、奇妙な感覚に襲われることがあった。
工房で作業に集中している時、あるいは、材料の買い出しなどで街を歩いている時。ふと、誰かに見られているような……監視されているような視線を感じるのだ。

振り返っても、そこには誰もいない。気のせいかもしれない。ゴブリンキングとの戦いの後遺症か、あるいは、自分の持つ特異な能力への警戒心が生み出す幻覚か。

(……考えすぎか?)

だが、その感覚は、日に日に強くなっているような気もした。
俺たちの「バグ利用」という行為は、やはり、どこかで誰かの注意を引いているのだろうか?

一抹の不安を抱えながらも、俺はリリアとの共同開発に没頭していく。
無限収納バッグ(試作版)の完成は、もう目前に迫っていた。

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