異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第30話:試作品1号と監視の視線

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地下工房での開発作業に没頭すること、さらに数日。俺とリリアは、ついに「無限収納バッグ」の試作品第一号を完成させた。ベースとなったのは、市場で購入した中古の小型マジックポーチだ。これに、俺が【デバッガー】スキルで発見した複数の「容量関連バグ」と、リリアの天才的な魔道具技術が組み合わされている。

「できた……! ついに完成だよ、ユズルさん! 『次元拡張ポーチ・プロトタイプ』、名付けて『バグ・ストレージ Ver.0.1』!」
リリアは、額の汗を拭うのも忘れ、興奮した様子で手のひらサイズのポーチを掲げて見せた。見た目は、少し古びた普通のポーチにしか見えない。だが、その内側には、リリアが特殊な「空間歪曲糸」で複雑な刺繍を施し、俺が特定したバグポイントには「次元安定鉱の粉末」が慎重に塗布されている。さらに、内部の空間拡張魔法の術式にも、俺が発見した「魔力効率のバグ」を突くような微細な調整が加えられていた。

『対象:バグ・ストレージ Ver.0.1(試作品)
 分類:魔道具>収納具(改造品)
 状態:不安定(試作段階、容量限界付近で空間歪曲発生の可能性あり)
 容量:???(理論上は準無限、ただし安定性に問題あり)
 特性:超収納容量、軽量、魔力消費(中~高:容量依存)、取り出し時の座標ズレ(稀)
 備考:ユズルとリリアによる共同開発試作品第一号。【デバッガー】によるバグ発見と、リリアの魔道具技術の融合。容量オーバーフローバグ、空間拡張術式の効率バグなどを複合的に利用。安定性、魔力効率、取り出し精度に課題あり。』

(……容量???、理論上準無限!? 本当にできたのか……!)
【情報読取】で表示された結果に、俺は息を呑んだ。「不安定」「課題あり」という文字が気になるが、「超収納容量」という特性は本物らしい。

「さあ、早速性能テストだよ!」リリアは待ちきれない様子で、工房に散らばっているガラクタ――失敗した魔道具の残骸、余った素材、重そうな金属塊などを指差した。「あの辺のやつ、全部入れてみようよ!」

「ええ、やりましょう」
俺たちは、手分けして工房の不用品を次々と『バグ・ストレージ Ver.0.1』の口へと放り込んでいく。最初は恐る恐るだったが、ポーチはまるで底なし沼のように、投げ込まれた物を次々と飲み込んでいく。工具箱、予備の革鎧、果てはリリアが「重し代わりに使ってた」という鉄アレイ(どこから持ってきたんだ……)まで。明らかにポーチの物理的なサイズを超えた量の物品が、その内部へと吸い込まれていった。

「すごい……! 本当に入っていく!」
「まだまだいけるよ! あそこの壊れたゴーレムの腕も入れちゃえ!」

二人で興奮しながら、工房の不用品を片っ端からポーチに詰め込んでいく。それは、まるで引っ越し作業か、あるいは大掃除のようだった。工房の床が、みるみるうちに綺麗になっていく。

しかし、相当な量の物品を収納したあたりで、ポーチの表面が微かに歪み始め、不規則な魔力のスパークが散るようになった。

「……おっと、そろそろ限界かな?」リリアが、少し残念そうに呟く。
「【情報読取】で見てみます」俺はポーチにスキルを使う。

『対象:バグ・ストレージ Ver.0.1(容量限界付近)
 状態:極めて不安定(内部空間座標の歪みが許容量を超過寸前)
 警告:これ以上のアイテム格納、または強い衝撃を与えた場合、内部空間が崩壊し、収納物が破損・消失、または予期せぬ場所へ放出される危険性あり。』

「……まずいですね。内部空間が崩壊寸前です。これ以上は危険かと」
「むぅ……やっぱり、完全な『無限』ってわけにはいかないかぁ」リリアは肩を落とす。「容量オーバーフローは成功してるみたいだけど、それを支える空間の安定性が追いついてないんだね。魔力供給も不安定になってるみたいだし……」

彼女はすぐに技術的な問題点を分析し始める。さすがは天才技師だ。
「でも、試作品としては大成功だよ! 普通の小型ポーチじゃ、鉄アレイ一つだって入らないんだから! これだけの容量があれば、冒険には十分すぎるくらいでしょ?」

「ええ、間違いなく」俺も頷く。完全な無限ではないにせよ、この収納力は破格だ。「実用性は十分にあります。あとは、安定性と魔力効率、それに取り出し時の座標ズレ(備考にあった)を改善できれば……」

「そうだね! 改良版、Ver.0.2の開発だ!」リリアは、すぐに次の目標を見つけて目を輝かせる。「空間安定化の術式を追加して、魔力供給回路ももっと効率の良いものに組み替えて……そのためには、あの『浄化石』みたいな、安定した魔力源になる素材も欲しいなぁ……」

彼女の探求心は尽きることがない。この調子なら、いずれ本当に「無限」に近い収納バッグが完成するかもしれない。俺たちの共同開発は、まだ始まったばかりなのだ。



試作品の成功に満足し、俺たちはその日の作業を終えることにした。時刻は既に夕暮れ。工房の片付け(収納テストのおかげでかなり綺麗になったが)もそこそこに、俺はリリアに別れを告げ、外へと出た。

新鮮な空気を吸い込み、凝り固まった身体を伸ばす。数日間、地下工房に籠もりきりだったせいか、外の光と喧騒がやけに眩しく感じられた。

(さて、これからどうするか……)
開発は順調だが、資金はまだ潤沢にある。リリアが欲しがっていた素材を探しに行くか、あるいは、自分のレベル上げのために、別のダンジョンにでも挑戦してみるか。Eランクになったことだし、ゴブリンの洞穴よりも少し難易度の高いダンジョンに挑むのも良いかもしれない。

そんなことを考えながら、リューンの街を歩き始めた、その時だった。
再び、あの感覚が俺を襲った。
――誰かに見られている。

今回は、気のせいではない。明確な視線を感じる。しかも、一人ではない。複数……?

俺は、何気ないふりをして歩きながら、【デバッガー】スキルで周囲を探る。視線の主は、巧みに気配を消しており、通常の索敵では捉えられないだろう。だが、俺の【情報読取】は、僅かな違和感や、殺気とは違う、しかし強い「意図」を持った存在の気配を捉え始めていた。

(……いる。複数箇所に分散して、俺を監視している)

路地の角、建物の屋根の上、雑踏の中……まるで、網を張るように、俺の周囲に監視の目が光っている。

俺は、足を止めずに、人通りの少ない裏通りへと進路を変えた。相手が何者で、何の目的かを探るためだ。もし敵意があるなら、ここでケリをつける必要があるかもしれない。

裏通りに入ると、監視の気配も後を追ってくる。数は……三、いや四人か? 彼らはプロだ。足音も立てず、気配も巧みに消している。通常の冒険者やチンピラとは、レベルが違う。

(一体、誰なんだ……? ギルドの関係者か? それとも、貴族? あるいは……もっと裏の存在か?)

俺は、角を曲がった瞬間、【隠密】スキルを発動させて物陰に潜み、追跡者の姿を捉えようとした。

一瞬、黒い影が路地の向こうを横切ったのが見えた。素早い動き。軽装で、おそらく短剣か何かを武器にしている。もう一人、屋根の上を猫のように移動する気配も感じた。

【情報読取】を試みるが、相手の隠密スキルが高いのか、あるいは距離があるためか、詳細は掴めない。ただ、「所属不明」「敵意:低」「目的:監視・接触?」といった断片的な情報が読み取れるだけだ。

(敵意は低い……? 接触が目的……?)

だとすれば、下手に戦闘を仕掛けるのは得策ではないかもしれない。むしろ、相手の出方を待つべきか?

俺が物陰で逡巡していると、不意に、背後から声がかかった。

「――見つけたわよ、”デバッガー”さん」

その声は、女性のものだった。低く、落ち着いていて、どこか蠱惑的な響きを持つ。しかし、その声に含まれる確かな実力者の気配に、俺は背筋が凍るのを感じた。

振り返ると、そこには、闇に溶け込むような漆黒の革鎧に身を包んだ、一人の女性が立っていた。腰には二本の短剣。フードを目深に被っているため顔の大部分は隠れているが、覗く口元には、妖艶な笑みが浮かんでいる。そして何より、その尖った耳――彼女は、ダークエルフだった。

『対象:シャロン・ナイトウォーカー
 分類:ダークエルフ
 状態:冷静、強い興味、観察
 ステータス:Lv ???(表示限界超過:極めて高い)
 スキル:【隠密(達人級)】【短剣術(暗殺術)】【情報収集(Sランク級?)】【罠設置・解除(達人級)】【毒生成・耐性(マスター級)】(他、無数のスキル保有)
 備考:元暗殺組織”夜蛇(ナイトサーペント)”所属の凄腕暗殺者。現在は組織を抜け、フリーの情報屋兼”始末屋”として活動。裏社会に精通し、広範な情報網を持つ。極めて危険な人物。あなたのスキル【デバッガー】に強い関心を持っている。』

(……なんだ、この化け物じみたステータスとスキルは!?)
【情報読取】で表示された情報に、俺は愕然とした。レベルは表示限界超過、スキルはどれも高ランク、あるいは達人級、マスター級。そして、「元暗殺組織」「情報屋」「始末屋」という、危険すぎるキーワード。

間違いなく、これまで出会った誰よりも、危険な存在だ。ボルガンやクラウスですら、彼女の前では子供扱いにされてしまうかもしれない。

そして、備考欄にはっきりと書かれていた。「あなたのスキル【デバッガー】に強い関心を持っている」。
やはり、俺の能力は、水面下で注目を集めていたのだ。そして、ついに、裏社会のプロフェッショナルが、俺の前に姿を現した。

「……何の用ですかな? 人違いでは?」
俺は、内心の動揺を押し殺し、ポーカーフェイスで答える。

シャロンと名乗るダークエルフは、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「あら、しらばっくれるの? あなたが、ゴブリンの洞穴で奇妙な現象を引き起こし、規格外のボスを倒す手助けをした、噂のFランク(今はEランクだったかしら?)冒険者、ユズルさんでしょう? そして、あなたのそのユニークな能力……物事の『バグ』を見つけ、利用する力。私たちは、それを『デバッガー』と呼んでいるわ」

彼女は、俺のスキル名まで正確に把握していた。どこから情報を得たのか? ギルドか? それとも、独自の調査か?

「……それで、その『デバッガー』に、何の用だと?」
隠しても無駄だと悟り、俺は警戒心を露わにして問い返す。

シャロンは、妖艶な笑みを深めた。
「簡単なことよ。あなたのその『力』、少しばかり、私に貸してほしいの。もちろん、相応の『報酬』は用意するわ。悪い話ではないと思うけど?」

彼女の瞳が、フードの奥で怪しく光る。それは、魅力的な提案であると同時に、断ればどうなるか分からない、という無言の圧力を伴っていた。

元暗殺者にして、裏社会の情報屋。
彼女との出会いは、俺の異世界での運命を、さらに予測不能な方向へと導いていくことになるだろう。

監視の視線の正体は、想像以上に厄介で、そして興味深い相手だった。
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