異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

文字の大きさ
31 / 80

第31話:影からの依頼

しおりを挟む
「……私の力が必要、ですか」
俺は、目の前に立つダークエルフ、シャロン・ナイトウォーカーを警戒しながら、慎重に言葉を返した。彼女から放たれるプレッシャーは、ゴブリンキング(変異体)とはまた違う、もっと底知れない、人間の(あるいはエルフの)暗部を凝縮したような、冷たい凄みがあった。

元暗殺者、情報屋、始末屋。そして、俺のスキル【デバッガー】の正体を知る人物。下手に刺激すれば、この場で消される可能性すらある。

「ええ、そうよ」シャロンは、フードの奥で妖艶な笑みを崩さない。「あなたのそのユニークな『眼』……物事の構造、法則、そしてその『欠陥(バグ)』を見抜く力。それは、ある特定の『問題』を解決するために、非常に有効だと判断したの」

「特定の『問題』、ですか」俺は聞き返す。「それは、具体的にどのような?」

「焦らないで、”デバッガー”さん」シャロンは、人差し指をそっと自分の唇に当てる仕草をする。「話をするには、ここは少々人目につきすぎるわね。場所を変えましょうか? 私の『隠れ家』が近くにあるのだけど」

彼女の提案は、罠である可能性も否定できない。だが、ここで断れば、彼女がどう出るか分からない。それに、彼女が何を知っていて、何を依頼しようとしているのか、知りたいという好奇心もある。俺のスキルが、一体どんな「問題」の解決に役立つというのか?

(……リスクはある。だが、情報を得るためには、多少のリスクは覚悟の上だ)
それに、彼女の【情報読取】結果では、「敵意:低」「目的:監視・接触?」とあった。少なくとも、現時点ですぐに俺を害するつもりはないのかもしれない。

「……分かりました。案内してください」俺は、覚悟を決めて答えた。

「話が早くて助かるわ」シャロンは満足そうに頷くと、音もなく踵を返し、闇に溶け込むように裏通りを進み始めた。俺は、警戒を怠らず、一定の距離を保ちながら、彼女の後に続いた。周囲にいた他の監視者たちの気配も、いつの間にか消えていた。おそらく、彼女の仲間か部下なのだろう。統率の取れた動きだ。

シャロンに案内されてたどり着いたのは、リューンの裏通りの中でも、特に寂れた一角にある、古びた小さな商店だった。看板は朽ち落ち、窓も板で塞がれており、一見すると廃屋にしか見えない。

「ここが、あなたの隠れ家?」

「ええ、表向きはね」シャロンは、慣れた手つきで店の扉の鍵を開け、中へと入っていく。「安心して。罠なんて仕掛けてないわよ。私だって、優秀な『ツール』候補を、そう簡単には壊したくないもの」

「……ツール、ですか」彼女の言い方に、少しカチンとくる。だが、彼女にとっては、俺も利用価値のある道具の一つに過ぎないのだろう。それは、俺が【デバッガー】スキルを「利用」するのと同じなのかもしれない。

店の中は、外観通り、埃っぽく、物が散乱していた。だが、シャロンは奥の壁の一部に手を触れ、何かを操作すると、壁が静かに横へスライドし、隠し通路が現れた。

「こちらへどうぞ」

隠し通路の先は、地下へと続く階段になっていた。階段を下りると、そこには外の廃屋からは想像もつかないような、清潔で機能的な空間が広がっていた。広さはリリアの工房と同じくらいだが、こちらは整理整頓が行き届いている。壁には詳細な地図や、人物相関図のようなものが貼られ、テーブルの上には、暗号化された通信機らしき魔道具や、様々な種類の薬品、そして見たこともない形状の武器や道具が置かれている。まさに、プロの情報屋兼始末屋の仕事場、といった雰囲気だ。

「さて、座って」シャロンは、部屋の中央にあるテーブルセットの一つを指し示す。「お茶でも出すわ。毒は入っていないから安心して」
彼女は、棚からティーセットを取り出し、手際よくお茶を淹れ始めた。その所作は、暗殺者というイメージとはかけ離れた、優雅さすら感じさせるものだった。

俺は勧められるままに椅子に腰掛け、改めてシャロンを見た。フードは取っており、その美しい顔立ちが露わになっている。ダークエルフ特有の褐色の肌、銀色の長い髪、そして血のように赤い瞳。妖艶でありながら、どこか影のある、ミステリアスな美貌だ。外見年齢は20代前半に見えるが、実年齢は100歳を超えているという。その長い年月の中で、彼女はどれほどの闇を見てきたのだろうか。

「それで、本題に入りましょうか」シャロンは、お茶を差し出しながら切り出した。「あなたに依頼したいのは、ある『遺物』の解析よ」

「遺物……? また、古代の遺物ですか?」俺は、リリアと解析したホログラフ・キューブを思い出す。

「ええ。ただし、今回のは少しばかり『曰く付き』でね」シャロンは、意味深な笑みを浮かべる。「それは、リューンのある貴族が密かに所有しているもので、強力な呪い、あるいは何らかの『バグ』を内包しているようなの」

「呪い……バグ……?」

「その貴族はね、最近になって奇妙な行動を取り始めたのよ。夜な夜な屋敷を徘徊したり、意味不明な言葉を呟いたり……まるで、何かに操られているかのようにね。原因を探るために、私の情報網で調査したのだけど、どうやら、彼が最近手に入れたという、その『遺物』が関係しているらしいのよ」

「その遺物が、貴族を操っていると?」

「断定はできないわ。でも、可能性は高い」シャロンはカップを置く。「問題は、その遺物が何なのか、どんな力を持っているのか、全く分からないこと。そして、下手に手を出せば、貴族だけでなく、周囲にも被害が及ぶかもしれない。そこで、あなたの出番よ、”デバッガー”さん」

彼女は、赤い瞳で俺を射抜くように見つめる。
「あなたに、その遺物の『情報』を読み取り、それが持つ『呪い』や『バグ』の正体を突き止めてほしいの。可能であれば、それを無力化、あるいは制御する方法も見つけ出してほしいわ」

(……貴族が持つ、呪われた遺物の解析、か)
危険な依頼であることは間違いない。貴族の屋敷に忍び込み、正体不明の遺物にアクセスする。失敗すれば、ただでは済まないだろう。

だが、同時に、強い興味も惹かれた。「呪い」や「精神操作」といった現象も、この世界のシステムにおける一種の「バグ」として解析できるのだろうか? もし可能なら、【デバッガー】スキルの応用範囲は、さらに大きく広がることになる。それに、シャロンが掴んでいる「裏の情報」も魅力的だ。

「……報酬は?」俺は、ビジネスライクに尋ねた。

「そうね……」シャロンは、楽しそうに口角を上げる。「まずは、金貨50枚。そして、もし遺物の無力化、あるいは制御方法まで見つけ出せたら、さらに金貨100枚。それに加えて、あなたに『特別な情報』を一つ提供しましょうか」

「特別な情報?」

「ええ。例えば……そうね。あなたが気にしている『魔力汚染』の、より詳しい情報とか。あるいは、あなたのような『転生者』に関する、ギルドも知らないような情報。それとも、あなたのスキル【デバッガー】の由来に関わる、古代文明の秘密……どれがいいかしら?」
彼女は、俺の心を的確に読み、最も興味を引くであろう情報をちらつかせてきた。

(……!)
魔力汚染、転生者、スキル【デバッガー】の由来。どれも、俺が喉から手が出るほど欲しい情報だ。金銭的な報酬以上に、その情報には価値がある。

(この女……俺のことを、どこまで知っているんだ?)
シャロンの情報網は、俺の想像以上に広範で、深いのかもしれない。

俺は、数秒間、考え込んだ。リスクは高い。だが、リターンも計り知れない。何より、この依頼は、俺のスキルを試し、成長させる絶好の機会になるだろう。

「……分かりました。その依頼、お受けします」俺は、決断した。「ただし、いくつか条件があります」

「ほう、条件とな?」シャロンは面白そうに眉を上げる。

「第一に、俺の安全は最大限確保してください。貴族の屋敷への侵入や、遺物へのアクセス方法は、あなたが責任を持って手配すること。俺は、あくまで『解析』に専念します」

「当然よ。優秀なツールは、丁重に扱わないとね」

「第二に、得られた情報(遺物に関する情報)は、俺もある程度共有させてもらうこと。ただし、俺のスキルに関する詳細や、俺自身のプライベートな情報については、あなたも不必要に探らないこと」

「ふふ、ギブアンドテイク、というわけね。いいでしょう。私も、あなたの秘密主義は尊重するわ」

「第三に、報酬の『特別な情報』は、依頼達成後に、俺が選択する権利を持つこと」

「ええ、構わないわ。あなたが満足する情報を提供しましょう」

「……以上です。この条件でよければ、契約成立としましょう」

俺は、シャロンと視線を交わす。彼女の赤い瞳の奥には、計算高さと、そして底知れない闇が揺らめいている。完全に信用できる相手ではない。だが、今は互いの利害が一致している。

「契約成立ね」シャロンは、満足そうに微笑んだ。「では、早速、作戦を立てましょうか。ターゲットの貴族は、マルクス子爵。彼の屋敷に、今夜、忍び込むわよ」

「……今夜、ですか? ずいぶん急ですね」

「善は急げ、と言うでしょう? それに、マルクス子爵の奇行は、日に日にエスカレートしているようなの。手遅れになる前に、原因を突き止めたいのよ」
彼女の表情から、笑みが消える。その声には、ビジネスライクな響きだけでなく、何か個人的な感情……あるいは、焦りのようなものも含まれている気がした。

マルクス子爵。呪われた遺物。そして、シャロンの真の目的とは?
新たな依頼は、俺をリューンの裏社会と、そこに渦巻く陰謀へと引きずり込んでいく。

俺は、差し出されたお茶を一口飲んだ。毒は入っていないようだが、どこか苦い後味がした。
これから始まる、影との共同作業。それは、俺の異世界デバッグに、新たな、そして危険な局面をもたらすことになるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~

サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。 ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。 木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。 そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。 もう一度言う。 手違いだったのだ。もしくは事故。 出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた! そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて―― ※本作は他サイトでも掲載しています

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

気づいたら美少女ゲーの悪役令息に転生していたのでサブヒロインを救うのに人生を賭けることにした

高坂ナツキ
ファンタジー
衝撃を受けた途端、俺は美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生していた!? これは、自分が制作にかかわっていた美少女ゲームの中ボス悪役令息に転生した主人公が、報われないサブヒロインを救うために人生を賭ける話。 日常あり、恋愛あり、ダンジョンあり、戦闘あり、料理ありの何でもありの話となっています。

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

異世界ほのぼの牧場生活〜女神の加護でスローライフ始めました〜』

チャチャ
ファンタジー
ブラック企業で心も体もすり減らしていた青年・悠翔(はると)。 日々の疲れを癒してくれていたのは、幼い頃から大好きだったゲーム『ほのぼの牧場ライフ』だけだった。 両親を早くに亡くし、年の離れた妹・ひなのを守りながら、限界寸前の生活を続けていたある日―― 「目を覚ますと、そこは……ゲームの中そっくりの世界だった!?」 女神様いわく、「疲れ果てたあなたに、癒しの世界を贈ります」とのこと。 目の前には、自分がかつて何百時間も遊んだ“あの牧場”が広がっていた。 作物を育て、動物たちと暮らし、時には村人の悩みを解決しながら、のんびりと過ごす毎日。 けれどもこの世界には、ゲームにはなかった“出会い”があった。 ――獣人の少女、恥ずかしがり屋の魔法使い、村の頼れるお姉さん。 誰かと心を通わせるたびに、はるとの日常は少しずつ色づいていく。 そして、残された妹・ひなのにも、ある“転機”が訪れようとしていた……。 ほっこり、のんびり、時々ドキドキ。 癒しと恋と成長の、異世界牧場スローライフ、始まります!

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

追放されたので田舎でスローライフするはずが、いつの間にか最強領主になっていた件

言諮 アイ
ファンタジー
「お前のような無能はいらない!」 ──そう言われ、レオンは王都から盛大に追放された。 だが彼は思った。 「やった!最高のスローライフの始まりだ!!」 そして辺境の村に移住し、畑を耕し、温泉を掘り当て、牧場を開き、ついでに商売を始めたら…… 気づけば村が巨大都市になっていた。 農業改革を進めたら周囲の貴族が土下座し、交易を始めたら王国経済をぶっ壊し、温泉を作ったら各国の王族が観光に押し寄せる。 「俺はただ、のんびり暮らしたいだけなんだが……?」 一方、レオンを追放した王国は、バカ王のせいで経済崩壊&敵国に占領寸前! 慌てて「レオン様、助けてください!!」と泣きついてくるが…… 「ん? ちょっと待て。俺に無能って言ったの、どこのどいつだっけ?」 もはや世界最強の領主となったレオンは、 「好き勝手やった報い? しらんな」と華麗にスルーし、 今日ものんびり温泉につかるのだった。 ついでに「真の愛」まで手に入れて、レオンの楽園ライフは続く──!

処理中です...