異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第46話:忘れられた地下道への第一歩

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王都グランフォールでの生活が始まり、数日が経過した。俺たちの新たな拠点となったセーフハウスも、リリアによる若干の「快適化改造」と、クラウスによる(半ば強制的な)整理整頓によって、かなり住み心地の良い場所へと変化していた。地下工房ではリリアが新たな魔道具開発に没頭し、地上階ではクラウスが剣の手入れや書物(主に騎士道に関するものだが)の研究に励み、シャロンはどこからともなく情報を仕入れてきては、今後の作戦を練っている。俺はといえば、彼らの活動をサポートしつつ、舞い込んでくる依頼をこなし、そして次なる大きな目標――「忘れられた地下道(ロスト・アンダーパス)」への潜入準備を進めていた。

依頼主アルフレッドからもたらされた情報によれば、「星読みの羅針盤」は、カルト教団「深淵を覗く者たち」によって、この広大な地下遺跡のどこかに持ち込まれた可能性が高いという。危険な任務であることは間違いないが、羅針盤の回収、カルト教団の目的調査、そして古代遺跡そのものの探索は、俺たちにとって大きな意味を持つ。

「よし、準備は整ったな」
出発の朝。俺は最終的な装備のチェックを終え、仲間たちに向き直った。クラウスは修復された騎士鎧を纏い、その表情には決意がみなぎっている。リリアは、防御機能付きのエプロンに身を包み、腰には様々な効果を持つ小型魔道具が満載されたベルトを着けている。シャロンは、いつものように音もなく、しかし万全の準備を整えている気配を漂わせている。

「今回の任務は、これまでのどれよりも危険になる可能性があります」俺は改めて注意を促す。「忘れられた地下道は、未解明な部分が多く、どんな罠や魔物が待ち受けているか分かりません。そして、カルト教団も確実に我々を警戒しているはずです。常に連携を意識し、決して油断しないようにしましょう」

「うむ。ユズル殿の指示に従おう。皆の力を合わせれば、必ず道は開けるはずだ」クラウスが力強く頷く。
「私も、みんなの役に立てるように、頑張るからね!」リリアが元気よく答える。
「ふふ、せいぜい足を引っ張らないようにしないとね」シャロンは、余裕の笑みを見せるが、その瞳の奥には鋭い光が宿っている。

俺たちは、シャロンが用意した地下道の古地図と、俺が【デバッガー】スキルで補足した情報を元に、侵入計画を最終確認した。正規の入り口はギルドによって管理されており、立ち入りが制限されている。そのため、俺たちは、王都の旧市街地区にある、打ち捨てられた古い下水道の奥から、地下道へと繋がる「秘密のルート」を使うことにした。もちろん、そのルートもシャロンの情報網によって見つけ出されたものだ。

「このルートは、記録にも残っていないはずよ。おそらく、古代の補修用通路か、あるいは密輸業者が使っていた抜け道でしょうね」シャロンは説明する。「ただし、途中にいくつかの崩落箇所や、古い罠が残っている可能性があるわ。そこは、ユズルさんの『目』と、私のスキルで対処しましょう」

「了解しました」

俺たちは、人目を忍んで旧市街地区へと移動し、目的の下水道へと侵入した。鼻をつく悪臭と、湿った空気。決して快適な場所ではないが、今は我慢するしかない。シャロンの先導で、迷路のような下水道を進んでいく。時折、巨大な鼠や、汚泥から生まれたようなスライム系の魔物に遭遇したが、クラウスとシャロンが瞬時に片付けてくれた。

やがて、俺たちは下水道の行き止まり、古びて崩れかけた壁の前にたどり着いた。
「ここよ」シャロンが壁の一部を指差す。「この奥に、地下道へと繋がる空間があるはず。ただし、壁自体がかなり脆くなっているし、もしかしたら構造的な罠が仕掛けられているかもしれないわ」

俺は【デバッガー】スキルで壁とその周辺をスキャンする。
(……確かに、壁の向こうに空洞がある。壁の強度は……かなり低いな。特定の箇所を叩けば、簡単に崩せそうだ。罠の反応は……ない。ただし、崩落の衝撃で、上の天井が落ちてくる可能性が僅かにあるか……)

「壁は、ここを狙えば簡単に崩せそうです」俺は、最も脆い箇所を指し示す。「罠はありませんが、崩落時に天井に注意してください」

「了解」クラウスが頷き、剣の柄で指定された箇所を軽く突く。すると、思った以上に簡単に壁が崩れ落ち、その向こうに下へと続く、石造りの階段が現れた。

「……ビンゴね」シャロンが満足そうに言う。「さあ、いよいよ本番よ」

俺たちは、懐中用の魔道具(リリアが用意してくれた、明るく長時間持続するものだ)の明かりを頼りに、その階段を下りていった。ひんやりとした、そしてどこか淀んだ空気が漂ってくる。それは、下水道の悪臭とは違う、もっと古い、土と埃と、そして微かな魔力の匂いが混じり合った、独特の空気だった。

階段を下りきると、そこには広大な地下空間が広がっていた。忘れられた地下道(ロスト・アンダーパス)。その名の通り、かつては王都の地下を支えたであろう、古代の建造物の残骸だ。天井は高く、巨大な石柱が林立し、壁には風化したレリーフや、意味不明な配管のようなものが走っている。空気は重く、静寂が支配しているが、その静寂がかえって不気味さを際立たせている。

「……これが、忘れられた地下道……」リリアが、息を呑んで呟く。「すごい……まるで、別の世界みたい……」
彼女の目は、未知の古代技術への好奇心で輝いている。

「油断するな」クラウスが、周囲を警戒しながら言う。「ここには、どんな危険が潜んでいるか分からない」

俺は、【情報読取】を広範囲に展開し、周囲の情報を探る。
(……魔物の気配は、今のところ近くにはない。だが、空気中の魔素濃度は、地上よりも明らかに高い。それに、微弱ながら、魔力汚染に近い『ノイズ』も感じる……ゴブリンの洞穴ほどではないが、油断はできない)

(構造は……複雑だな。通路が網の目のように広がっている。地図がなければ、確実に迷うだろう。エネルギーラインのようなものも壁の中に走っているが、ほとんどが機能停止しているか、不安定な状態だ)

「シャロンさん、地図と照らし合わせて、まずは目標地点――羅針盤が隠されている可能性のあるエリア――への最短ルートを探りましょう。道中、罠や構造的な危険箇所があれば、俺が指摘します」

「了解したわ」

俺たちは、シャロンの持つ古地図と、俺のリアルタイムな情報を頼りに、迷宮のような地下道を進み始めた。道は、崩落していたり、瓦礫で塞がっていたりする箇所も多く、その度に迂回ルートを探さなければならない。

しばらく進むと、前方の通路に、奇妙な光沢を放つ床があるのを俺が発見した。
「待ってください。あの床、材質が他と違います。それに、微弱な魔力反応が……」

ジンから教わった斥候の知識も活かし、慎重に周囲を観察する。壁には、巧妙に隠された小さな穴が開いている。
(……圧力感知式の床と、壁からの飛礫(つぶて)罠か。古典的だが、気づかなければ厄介だ)

さらに【バグ発見】で探ると、罠の解除スイッチらしきものが、近くの壁のレリーフの一部に偽装されていること、そして、圧力センサーの感度に僅かな「遊び」があること(つまり、極めて軽い体重の者なら、あるいは特定の歩き方をすれば、踏んでも作動しない可能性があること)を発見した。

「罠です。圧力感知式の床で、踏むと壁から飛礫が。解除スイッチは、あそこの壁のレリーフの一部です。あるいは、シャロンさんなら、あのセンサーの『遊び』を利用して、作動させずに通り抜けられるかもしれません」

「ふふ、私の出番というわけね」シャロンは、自信ありげに微笑むと、まるで猫のようにしなやかな動きで、罠の床の上を、特定のステップを踏みながら、音もなく通り抜けてみせた。そして、対岸から解除スイッチを操作し、罠を完全に無効化した。

「……見事なものだな」クラウスが、感嘆の声を漏らす。
「シャロンさん、すごい!」リリアも目を輝かせている。

俺も、彼女のスキルには改めて驚かされた。俺が「バグ」を見つけ、彼女がそれを「利用」する。この連携は、罠の解除においても非常に有効だ。

罠を突破し、さらに奥へと進む。すると、開けた広場のような場所に出た。その広場の中央には、明らかに最近作られたような、粗末な祭壇が設置されていた。祭壇の上には、黒い蝋燭の燃えカスや、奇妙な紋様が描かれた布切れなどが散乱している。そして、祭壇の周囲の壁には、血のようなもので、あのカルト教団「深淵を覗く者たち」の紋章が描かれていた。

「……間違いないわね。ここが、彼らのアジトの一つ、あるいは儀式場だった場所よ」シャロンが、苦々しい表情で言う。
「こんな地下深くにまで……彼らは、一体何を企んでいるんだ」クラウスが、怒りを滲ませる。

俺は、祭壇とその周辺を【デバッガー】で調査する。
(……残留魔力から、強い負のエネルギーを感じる。ここで、何らかの邪悪な儀式が行われていたのは間違いない。召喚? 精神汚染の拡散? それとも……)

(祭壇の下に、隠された収納スペースがあるな。中には……古い羊皮紙の束? 何かの研究記録か?)

「シャロンさん、祭壇の下に何か隠されています。調べてみましょう」

シャロンが祭壇の下を探ると、隠し扉があり、その中から古びた羊皮紙の束が見つかった。それは、カルト教団のメンバーが書いたと思われる研究日誌のようなものだった。内容は、古代文字や暗号が多用されており、すぐには解読できない。

「これは……持ち帰って、解読する必要がありそうね」シャロンは、慎重に羊皮紙をバグ・ストレージへと仕舞う。「彼らの目的や、『星読みの羅針盤』の行方に関する、重要な手がかりになるかもしれないわ」

カルト教団の痕跡を発見したことで、俺たちの任務は新たな段階へと進んだ。彼らは、この地下遺跡を利用し、何かを企んでいる。そして、俺たちが探す「星読みの羅針盤」も、その計画に関わっている可能性が高い。

俺は、羊皮紙が隠されていた場所のさらに奥、遺跡の深部へと続く通路に目を向けた。【情報読取】で探ると、その先からは、これまで以上に強い魔力反応と、そして複数の「動く影」の気配が感じられた。

(この先に、羅針盤が……そして、おそらくは、カルト教団の主力、あるいは彼らが使役する何かが待ち受けている)

俺は、仲間たちに視線を送る。全員の表情に、緊張と決意が浮かんでいる。
忘れられた地下道への第一歩は、無事に踏み出すことができた。だが、本当の戦いは、これからだ。

俺たちは、互いに頷き合うと、古代遺跡のさらに深い闇へと、足を踏み入れていった。
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