異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第60話:密室の死闘とシステムの意志

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サブ・コントロール・ルームの重厚な金属扉が、無慈悲な音を立てて完全に閉鎖された。非常灯の赤い光だけが、狭い部屋の中を不気味に照らし出している。そして、俺とシャロンの目の前には、部屋の奥から現れた、新たな脅威が立ちはだかっていた。

それは、先ほどまで戦っていた警備ゴーレム・タイプγよりも一回り大きく、装甲は黒光りし、両腕には魔力砲だけでなく、鋭利なブレードのようなものも装備されている。その赤い単眼(モノアイ)は、冷たい殺意を湛えて、俺たちを捉えていた。

『対象:迎撃ゴーレム・タイプΩ(オメガ)(仮称)
 分類:魔導兵器>自律型ゴーレム(古代文明製・カスタム機?)
 状態:戦闘モード(侵入者排除)、マスター制御システム直結
 ステータス:Lv ???(推定Aランク冒険者単独に匹敵)、HP ???、MP ???(高効率魔力炉搭載)
 スキル:【高出力魔力砲】【プラズマブレード】【エネルギー吸収シールド】【自己進化型AI】【高速機動】
 特性:超硬化装甲、完全自己修復、環境適応能力、弱点:不明(高度な隠蔽処理)
 備考:神殿中枢部防衛用の特殊ゴーレム。タイプγを遥かに凌駕する戦闘能力を持つ。マスター制御システムによって遠隔操作、または自律行動している可能性。通常の手段での破壊は極めて困難。』

(……Aランク相当!? タイプΩ……なんだ、この化け物は!)
【情報読取】で得られた情報に、俺は戦慄した。Bランクパーティー相当のタイプγですら苦戦したのに、それよりも遥かに強力なゴーレムが、この狭い密室に!? しかも、弱点不明、完全自己修復、自己進化型AIだと? まるで、ゲームのラスボスのようなスペックだ。

「……これは、少しばかり『想定外』だったわね」
シャロンの声にも、珍しく緊張の色が滲んでいる。彼女も、このゴーレムが尋常ではない相手だと瞬時に理解したのだろう。

ゴォン!

タイプΩは、警告もなしに、右腕の魔力砲から高出力のエネルギー弾を放ってきた! 狭い室内では回避するスペースも限られている!

「くっ!」
シャロンは、壁を蹴って跳躍し、紙一重でそれを回避! 俺も、咄嗟に床に伏せて直撃を免れるが、エネルギー弾が壁に着弾し、轟音と共に壁の一部が溶解・崩壊する!

(威力が段違いだ……!)

間髪入れずに、タイプΩは左腕のプラズマブレードを展開し、シャロンへと襲いかかる! 青白い光を放つ刃が、高速で振るわれ、シャロンの回避ルートを塞いでいく!

「チッ!」
シャロンは、二本の短剣でブレードを受け流そうとするが、キィィン!という甲高い音と共に、彼女の魔鋼製の短剣(それ自体もかなりの業物のはずだ)に、僅かな亀裂が入った!

(武器まで破壊する威力……!?)

「シャロンさん! 無理に受け止めないでください!」俺は叫ぶ。「回避に専念を! 俺が弱点とバグを探します!」

「……言われなくとも!」
シャロンは、再び壁や天井を利用した立体的な動きで、タイプΩの猛攻を捌き続ける。彼女の卓越した回避能力とスピードがなければ、一瞬で切り刻まれていただろう。だが、それも時間の問題だ。狭いこの部屋では、いずれ追い詰められる。

俺は、シャロンが時間を稼いでくれている間に、全神経を集中させてタイプΩの解析を行う。【情報読取】と【バグ発見】を繰り返し、この難攻不落に見えるゴーレムの「穴」を探し出す!

(装甲は硬すぎる……物理攻撃はほぼ無効か。魔力砲とブレード……攻撃パターンは? 動きに癖は? エネルギー供給源は? AIの思考ルーチンは?)

膨大な情報の中から、僅かな矛盾や異常を探す。脳が焼き切れそうだ。以前の戦いの疲労も残っている。だが、ここで諦めるわけにはいかない!

(……あった! エネルギー吸収シールド! あれだ!)
タイプΩは、時折、身体の前面に半透明のエネルギーシールドを展開し、攻撃を防いでいた。そして、そのシールドは、受けたエネルギー(物理的な衝撃や魔力)の一部を吸収し、自身のパワーに変換しているようだ!

『……バグ検出:1件
 内容:【エネルギー吸収シールドの飽和限界バグ】
  詳細:シールドが吸収できるエネルギー量には上限があるが、その限界値計算プログラムにバグがあり、特定の属性の魔力(光属性? 純粋な生命エネルギー?)を短時間に大量に浴びせられた場合、吸収プロセスが飽和・暴走し、シールド機能が一時的に完全停止、さらに内部回路に過負荷によるダメージを与える可能性がある。
 影響:短時間の防御不能状態、内部ダメージ蓄積。再現性:中(特定のエネルギー照射時)。』

(……光属性か、生命エネルギー! またしても!)
ゴブリンキング(変異体)の呪われた短剣と同じだ。これらの古代の遺物や、それを蝕む「歪み」は、純粋な光や生命の力に弱いのかもしれない。

俺は、すぐにリリアに連絡を取ろうとした。サンライト・ディスクがあれば……!
だが、通信用の魔石は、圏外なのか、あるいは何らかのジャミングを受けているのか、全く反応しない。おそらく、この部屋自体が、外部との通信を遮断するような結界に覆われているのだろう。

(くそっ、リリアの支援は期待できない……! ならば、俺自身でやるしかない!)

俺には、サンライト・ディスクのような強力な光属性魔道具はない。だが、あの時、ゴブリンキングにとどめを刺した、月光石のかけらを嵌めた魔鋼のダガーがある!

「シャロンさん!」俺は叫ぶ!「あのゴーレム、光属性のエネルギーに弱い可能性があります! シールドを展開した瞬間を狙って、俺が攻撃します! その隙を作ってください!」

「光属性……? 分かったわ、やってみましょう!」
シャロンは、俺の意図を即座に理解し、動きを変えた。これまでは回避に専念していたが、今度はあえてタイプΩに接近し、プラズマブレードを誘うような動きを見せる!

タイプΩは、その挑発に乗るかのように、ブレードを薙ぎ払ってくる! シャロンはそれをギリギリで回避し、懐へと潜り込む! そして、タイプΩが防御のためにエネルギー吸収シールドを展開した、まさにその瞬間!

「今よ、ユズル!」

「おおおおっ!」
俺は、シャロンが作り出した一瞬の隙を突き、月光石を嵌めた魔鋼のダガーを構え、タイプΩのシールド目掛けて突進! ありったけのMPと、そして再び、あの内側から湧き上がるような力を込めて、ダガーをシールドに突き立てる!

(【限定的干渉】! 光エネルギー増幅! シールド飽和、強制実行!)

バヂヂヂヂヂッ!!!

ダガーの先端から、眩いばかりの青白い光――月光石の光属性エネルギーが増幅されたもの――が迸り、エネルギー吸収シールドに激突! シールドは、そのエネルギーを吸収しようとするが、許容量を超えたのか、激しくスパークし、ガラスのように砕け散った!

『……エネルギー吸収シールド、機能停止! 内部回路に中程度のダメージを確認!』

(やった!)

シールドを失い、さらに内部回路にもダメージを受けたタイプΩは、一瞬、動きを止めた!

「今よ!」
シャロンが、その隙を逃さず、ゴーレムの関節部(以前の戦闘で弱点と判明している箇所)目掛けて、渾身の力で短剣を突き立てる!

ガキンッ! ズブリ!

超硬化装甲も、シールド喪失と内部ダメージの影響で弱っていたのか、シャロンの短剣は、ついに装甲を貫通し、内部の駆動系へと達した!

ギギギ……ガガガ……

タイプΩは、奇妙な軋み音を立て、動きが完全に停止した。赤い単眼の光も、ゆっくりと消えていく。

「……倒した……のか?」
俺は、荒い息をつきながら、動かなくなったゴーレムを見つめる。

「……ええ。どうやらね」シャロンも、肩で息をしながら、短剣を収めた。「危ないところだったわ。あなたの機転がなければ、どうなっていたことか」

俺たちは、互いの健闘を称え合うように、視線を交わした。この絶体絶命の状況を、二人だけで切り抜けたのだ。パートナーとしての絆は、さらに深まったと言えるだろう。

しかし、安堵したのも束の間だった。
ゴーレムは倒したが、俺たちは依然として、この密室に閉じ込められたままだ。扉のロックは解除されず、非常灯の赤い光が、不気味に点滅し続けている。

そして、俺は気づいた。操作端末の画面に、新たなメッセージが表示されていることに。

『……侵入者による防衛システム(タイプΩ)の排除を確認。脅威レベルを再評価……アクセス権限レベル3保持者(コードネーム:デバッガー)による、システムへの積極的干渉(バグ利用、コード書き込み)を確認……危険因子と判定。最終防衛プロトコルへと移行します……』

「……最終防衛プロトコル?」俺は、嫌な予感を覚えながら呟く。

次の瞬間、部屋全体が激しく振動し始めた! 壁の亀裂が広がり、天井から瓦礫が落ちてくる! まるで、この部屋自体が崩壊しようとしているかのようだ!

「まずい! ここもろとも、俺たちを埋める気か!?」

「脱出するわよ!」シャロンが叫ぶ!

俺は、ロックされた扉に駆け寄り、【コード・ライティング】で緊急解除コードを探す! だが、マスター制御システムからの介入により、セキュリティレベルが上がっており、簡単には突破できない!

(くそっ、間に合わない……!)

部屋の崩壊は、刻一刻と迫っている。絶体絶命かと思われた、その時――

俺の脳内に、再びあの無機質な声が響いた。しかし、今度は少し違う、どこか切迫したような響きを伴って。

『……警告:マスター制御AI『アルファ』による、規定外のシステム操作を確認。倫理コード違反の可能性。緊急介入プログラム『ガーディアン』を起動。アクセス権限レベル3保持者(デバッガー)へ、一時的な『上位アクセス権限(限定)』を付与します。システムを……世界を……守ってください……』

「……なっ!?」

上位アクセス権限!? システムを守れ!? 一体、どういうことだ!?
マスター制御AI『アルファ』とは? ガーディアンとは?

混乱する俺の頭に、膨大な情報と、そして新たな「力」が流れ込んでくる感覚。
視界の端に、新たなスキルが表示される。

『スキル【システム・オーバーライド(初級)】を獲得しました』

世界の法則に、限定的ながら「上書き」干渉する力。
それは、俺の【デバッガー】としての能力を、新たな次元へと引き上げる可能性を秘めていた。

部屋の崩壊は、すぐそこまで迫っている。
俺は、新たに得た力と、託された(?)謎のメッセージを胸に、この絶望的な状況を打破するため、最後の「デバッグ」を試みる!
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