異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第66話:王宮デバッグ作戦

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宰相派閥による排除の動き――それは、俺たちが予想していたよりも早く、そして強硬な形で始まった。エドワード王子との密会からわずか数日後の早朝、俺たちの拠点であるセーフハウスが、武装した騎士団の一隊によって完全に包囲されたのだ。

「開門せよ! 国王陛下の名において、反逆の嫌疑ある者どもを拘束する!」

重々しい鎧に身を包んだ騎士隊長らしき男が、尊大な態度で叫ぶ。彼の背後には、数十名の騎士たちが整然と隊列を組み、その槍先と剣先を、セーフハウスへと向けている。明らかに、尋常ではない状況だ。

「……来ましたね」
リビングで状況を確認していた俺の隣で、シャロンが静かに呟いた。彼女の表情は冷静だが、その赤い瞳の奥には、鋭い警戒の色が宿っている。

「反逆の嫌疑だと!? 我々が何をしたというのだ!」
クラウスは、窓から騎士団の姿を認め、怒りに声を震わせる。彼らにとって、騎士団はかつての仲間であり、誇りでもあるはずだ。その騎士団が、このような不当な形で牙を剥いてきたことに、彼は深い憤りを感じているのだろう。

「落ち着いてください、クラウスさん」俺は彼を制する。「これは、宰相派閥による、明らかな口実作りのための行動です。ここで感情的になっても、相手の思う壺ですよ」

俺は【デバッガー】スキルで、包囲している騎士団の情報を素早くスキャンする。
(……隊長は、宰相派閥に連なる貴族家の出身か。兵士たちのレベルは平均的だが、数が多い。それに、いくつか見慣れない装備を身に着けている……魔道具か? 対魔法、あるいは対隠密用の?)

『対象:王都騎士団・第三部隊(宰相派閥影響下)
 状態:命令遂行中(一部兵士に困惑・疑念あり)、特殊装備(対魔力結界発生装置、索敵センサー)配備
 備考:宰相の命令により、ユズルたちの拘束を目的として派遣された部隊。隊長は宰相派閥の息がかかっているが、兵士の中には命令に疑問を持つ者もいる模様。装備された魔道具は、魔法や隠密スキルによる抵抗を想定したもの。』

(……なるほど。準備は周到というわけか。だが、兵士たちの士気が一枚岩ではない、というのは利用できるかもしれないな)

「どうするの、ユズルさん!? このままじゃ、捕まっちゃうよ!」
リリアが、不安そうな顔で俺を見る。彼女は、地下工房の防御システム(これも彼女が急遽設置したものだ)を起動させ、いつでも応戦(あるいは脱出)できる準備を整えている。

「逃げるのは簡単よ」シャロンが言う。「私のスキルを使えば、この程度の包囲網、突破するのは容易い。でも……それでいいの?」

彼女の言う通りだ。逃げることはできるだろう。だが、それでは「反逆者」の汚名を着せられ、王都での活動は不可能になる。エドワード王子との協力関係も、水泡に帰すかもしれない。

「……いいえ、逃げません」俺は、きっぱりと答えた。「むしろ、これはチャンスです。彼らが表立って動いてきたのなら、こちらも正々堂々と迎え撃ち、彼らの不正を白日の下に晒しましょう」

俺は、仲間たちに、事前に練っていた反撃計画――「王宮デバッグ作戦」――の実行を告げた。

「まず、クラウスさん」俺は、クラウスに向き直る。「あなたは、騎士団内部の、信頼できる人物……特に、王子派や中立派の騎士たちに、この状況を伝えてください。宰相派閥の暴挙であり、不当な弾圧であることを訴え、彼らの動きを牽制するのです。あなたが騎士団で築きつつある信用が、ここで活きるはずです」

「……分かった」クラウスは、覚悟を決めた表情で頷く。「私の名誉にかけて、必ずや真実を伝え、不当な命令を覆してみせる」
彼は、セーフハウスの裏口から、シャロンが用意した秘密の通路を使って、騎士団本部へと向かった。

「次に、リリアさん」俺は、リリアに指示を出す。「地下工房の防御システムを最大レベルに。ただし、攻撃は最小限に留めてください。目的は、時間稼ぎと、こちらの『抵抗』を外部に示すことです。それと……例の『通信装置』の準備をお願いします」

「うん、任せて!」リリアは、不安そうな表情ながらも、力強く頷き、地下工房へと駆け下りていった。彼女が開発した通信装置は、特殊な暗号化と妨害電波(魔力波?)対策が施されており、王宮内部の特定の協力者(アルフレッド経由で確保した王子派の者)へ、安全に情報を送信できるはずだ。

「そして、シャロンさん」俺は、シャロンに視線を送る。「あなたには、最も危険な役割をお願いすることになります。宰相派閥の不正の『決定的証拠』……俺が解析した会計記録のデータや、裏取引のログなどを、王宮内の『適切な人物』……例えば、公正な立場にある監察官や、あるいは宰相と敵対する有力貴族などに、直接届けてほしいのです」

「……なるほど。証拠の『リーク』というわけね」シャロンは、不敵な笑みを浮かべる。「面白そうだわ。誰に、どのタイミングで、どうやって届けるか……腕の見せ所ね。任せてちょうだい」
彼女もまた、秘密の通路から、音もなく闇の中へと消えていった。彼女なら、王都の厳重な警備網すら掻い潜り、目的を達成してくれるだろう。

そして、俺、ユズルは……。
「俺は、ここで、彼らを引きつけます」
俺は、セーフハウスの扉の前に立ち、包囲する騎士団と対峙する覚悟を決めた。「時間稼ぎをしつつ、彼らの『バグ』……指揮系統の乱れや、兵士たちの士気の低さを利用して、状況をこちらに有利に導きます」

俺一人で、数十人の騎士団を相手にする。無謀に聞こえるかもしれない。だが、俺には【デバッガー】スキルがある。そして、仲間たちが、それぞれの場所で、確実に計画を進めてくれているはずだ。

「開門しろ! 最後の警告だ!」
騎士隊長が、苛立ったように再び叫ぶ。

俺は、ゆっくりとセーフハウスの扉を開け、彼らの前に姿を現した。
「……お探しの、ユズルというのは、俺のことですか?」
俺は、あくまで平静を装い、相手の出方を探る。

俺の登場に、騎士たちは一瞬、動揺したようだった。彼らが想像していた「反逆者」のイメージとは、かけ離れていたのかもしれない。
隊長は、すぐに威厳を取り繕い、俺を睨みつけた。
「貴様がユズルか! 反逆及び、王都の秩序を乱した容疑で拘束する! 大人しく投降しろ!」

「反逆? 秩序を乱した? 具体的に、俺が何をしたというのですか?」俺は、冷静に問い返す。

「……貴様は、危険な魔道具を開発し、カルト教団と通じ、王国の転覆を企んでいる、との密告があったのだ!」隊長は、明らかに動揺しながらも、用意されたであろう罪状を読み上げる。

「密告、ですか。その証拠は?」

「証拠など、これから貴様の拠点を捜索し、見つけ出すまでだ! 問答無用!」
隊長は、部下たちに突入を命じようとした。

(……やはり、証拠などない、ただの言いがかりか。しかも、兵士たちの一部は、この強引なやり方に疑問を感じているようだ……)
俺は、【情報読取】で彼らの状態を探りながら、確信する。

(ならば……!)
俺は、あえて挑発するような口調で言った。
「ほう、捜索ですか。どうぞ、ご自由に。ただし、もし何も出てこなかった場合……この不当な捜査と、俺への侮辱に対する責任は、きっちり取っていただきますよ? 隊長殿、そして、あなたに命令を下した方にもね」

俺の言葉に、隊長は顔を赤くして激昂した。だが、周囲の兵士たちの間には、さらに動揺が広がっているのが分かった。「本当に証拠はあるのか?」「俺たちは、ただの私怨に利用されているのではないか?」そんな疑念の声が、彼らの心の中で渦巻いている。

(よし、揺さぶりは効いている……!)

俺は、さらに畳み掛ける。
「そもそも、あなた方は本当に『国王陛下』の命令で動いているのですか? それとも、宰相閣下か、あるいは、その取り巻きの、私腹を肥やすことしか考えていない貴族たちの、私的な命令で?」

俺の言葉は、兵士たちの疑念を、確信へと変えつつあった。隊長の指揮系統が、明らかに乱れ始めている。

「……貴様! 黙れ! 全員、突入せよ!!」
追い詰められた隊長は、ついに強硬手段へと打って出た!

騎士たちが、一斉にセーフハウスへと殺到する!
その瞬間、リリアが起動させた防御システムが作動! 地面から光の壁が出現し、突入してきた騎士たちを弾き飛ばす! さらに、屋根からは目眩まし用の煙幕弾が投下され、周囲の視界を奪う!

「うわあっ!」
「な、なんだこれは!?」
騎士たちは混乱に陥る。

(時間稼ぎは成功……! あとは、クラウスさんとシャロンさんの動き次第……!)

俺は、混乱する騎士団の様子を冷静に観察しながら、反撃の機会を窺う。
一方、その頃……。

クラウスは、騎士団本部で、信頼できる同僚や上官たちに、今回の事態の異常性を訴えていた。彼の必死の説得と、彼がこれまでに見せてきた実直さ、そして俺が提供した「宰相派閥の不正の可能性」を示唆する情報(確証はないが、疑念を抱かせるには十分だった)によって、騎士団内部でも、宰相派閥の強引なやり方に対する疑問の声が上がり始めていた。

シャロンは、王都の裏道を駆け抜け、目的の人物――公正さで知られる老齢の監察官――の私邸へと忍び込んでいた。彼女は、俺が解析した宰相派閥の不正会計のデータ(リリアが開発した特殊な記憶媒体に記録されていた)を、その監察官の机の上に、誰にも気づかれずにそっと置いた。あとは、彼がその「爆弾」をどう使うか、だ。

そして、王宮では、アルフレッドが王子派の貴族たちと連携し、今回の騎士団の動きが宰相の独断であることを訴え、国王陛下(病床ではあるが、まだ判断能力はある)への直訴を準備していた。

全ての駒が、同時に動き出した。
王都を舞台にした、情報戦、政治戦、そして物理的な衝突。
俺たちの「王宮デバッグ作戦」は、クライマックスへと向かいつつあった。

セーフハウスの前で、俺は依然として、混乱する騎士団と対峙していた。煙幕が晴れ、隊長は再び突撃を命じようとする。だが、その時、騎士団の後方から、新たな一団が現れた。それは、クラウスと共に、今回の事態に疑問を抱いた、王子派及び中立派の騎士たちだった!

「待て! 第三部隊隊長! その突入命令、一旦保留せよ!」
現れたのは、クラウスの上官にあたる、威厳のある騎士団長代理だった。「この件には、不審な点が多いとの報告を受けている! 事実関係が明らかになるまで、一切の行動を禁ずる!」

「なっ……団長代理!? なぜ、あなたがここに……!?」
隊長は、愕然とした表情で叫ぶ。

騎士団内部での対立が、ついに表面化した瞬間だった。
そして、ほぼ同時に、王宮からもたらされたであろう情報が、騎士たちの間に急速に広まっていく。「宰相閣下に、横領の疑い!?」「監察官が調査を開始した!?」

包囲していた騎士たちの動揺は、ピークに達した。もはや、隊長の命令に従う者はいない。隊長自身も、自らの立場が危うくなったことを悟り、顔面蒼白になっている。

(……チェックメイト、ですかね)

俺は、静かに勝利を確信した。
物理的な戦闘は最小限に抑え、情報と心理的な揺さぶり、そして仲間たちとの連携によって、俺たちは、この窮地を脱したのだ。

「王宮デバッグ作戦」、第一段階、成功。
だが、これで終わりではない。失脚寸前の宰相派閥が、最後の悪あがきをしてくる可能性もある。そして、この混乱の裏で、カルト教団が何を企んでいるのか……。

俺は、崩れ落ちるようにその場に座り込む隊長と、動揺する騎士たちを見つめながら、次なる「バグ」へと、意識を向けるのだった。
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