異世界デバッガー ~不遇スキル【デバッガー】でバグ利用してたら、世界を救うことになった元SEの話~

夏見ナイ

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第67話:宰相の失脚と王都の変革

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王都騎士団・第三部隊によるセーフハウス包囲事件は、予想外の結末を迎えた。クラウスによる騎士団内部への働きかけ、シャロンによる宰相派閥の不正証拠のリーク、そしてアルフレッドを中心とした王子派の王宮内での動きが功を奏し、突入命令は騎士団長代理によって差し止められたのだ。

現場の指揮官であった第三部隊隊長は、命令違反と独断専行の責任を問われ、その場で拘束された。他の兵士たちも、多くが今回の作戦の不当性を認識しており、大きな混乱もなく撤収していった。俺たちに対する「反逆者」の嫌疑も、証拠不十分として取り下げられる見込みとなった。

まさに、俺たちの「王宮デバッグ作戦」は、鮮やかな逆転劇と言える結果をもたらしたのだ。

「……見事だったな、ユズル殿」
事態が収拾した後、セーフハウスに戻ってきたクラウスは、興奮冷めやらぬ様子で俺の肩を叩いた。「君の策と、仲間たちの働きがなければ、こうはいかなかっただろう。騎士団内部でも、今回の件で宰相派閥への不信感が一気に高まっている。これを機に、騎士団の『浄化』を進めることができるかもしれん」
彼の目には、確かな希望の光が宿っていた。

「えへへ、私もちょっとだけ役に立てたかな?」リリアも、地下工房から戻ってきて、嬉しそうに笑う。彼女の機転の利いた防御システムの起動と、通信装置による情報伝達も、今回の成功に不可欠だった。

「まあ、上出来だったんじゃないかしら」シャロンも、いつの間にか戻ってきており、満足そうに頷いている。「監察官は、あの『証拠』を見て、すぐに動いてくれたわ。宰相の失脚も、もはや時間の問題でしょうね」

彼女の言う通り、数日後、王都には激震が走った。
監察官による調査の結果、宰相とその側近たちによる長年の不正蓄財、横領、そして今回の騎士団の不当な動員といった数々の悪事が白日の下に晒されたのだ。国王陛下(病床から一時的に回復した)の裁可により、宰相は全ての地位を剥奪され、逮捕・投獄された。彼に連なっていた貴族や官僚たちも、次々とその地位を追われ、長年王宮に蔓延っていた腐敗した派閥は、一気に瓦解することとなった。

この劇的な政変の中心には、第一王子エドワード殿下の存在があった。彼は、宰相失脚後の混乱を巧みに収拾し、公正さと実行力を示すことで、これまで彼を疎んじていた貴族や官僚たちからの支持をも集め始めた。病床の国王に代わり、彼が実質的な国の指導者として立つ日も、そう遠くないだろうと思われた。

そして、この政変の陰の立役者として、「奇跡の解決屋ユズル」とその仲間たちの名が、王都の様々な層の間で、さらに広く、そして深く囁かれるようになった。もちろん、俺たちの具体的な活動内容や、王子との繋がりが公になることはなかったが、「彼らが関わると、不可能が可能になる」「どんな難事件も解決してしまう」といった、半ば伝説のような噂が、まことしやかに語られるようになったのだ。

「……なんだか、すごいことになっちゃったね」
セーフハウスで、最近の王都の噂話を聞きながら、リリアが感嘆の声を漏らす。

「ふん、当然の結果だ」クラウスは、少し誇らしげに言う。「ユズル殿たちの力は、本物なのだからな」
彼も、騎士団内での立場を急速に回復しており、近々、重要な役職に就くことが内定しているらしい。

「まあ、有名になるのも、悪いことばかりではないわ」シャロンは、お茶を飲みながら言う。「おかげで、こちらから動かなくても、『面白い依頼』や『情報』が、向こうから転がり込んでくるようになったのだから」

彼女の言う通り、俺たちの元には、以前にも増して、様々な依頼や相談が舞い込むようになっていた。貴族からの個人的な悩み相談、商人からの厄介なトラブル解決依頼、学者からの古代遺跡の調査協力依頼、そして、時には王宮や騎士団からの、公にできない秘密任務の依頼まで。

俺たちは、それらの依頼を選別しながら、慎重に、しかし着実にこなしていった。それぞれの依頼は、俺たちのスキルアップ、資金獲得、そして情報収集に繋がり、パーティーとしての実力と影響力を、さらに高めていく結果となった。

特に、俺の【デバッガー】スキルは、その応用範囲の広さから、様々な場面で活躍した。
例えば、ある富豪から依頼された「呪われた絵画」の調査では、絵画に込められた怨念(一種の精神汚染バグ)の原因が、絵の具に混ぜられた特殊な鉱石にあることを突き止め、【コード・ライティング】で鉱石の魔力構造を書き換えることで、呪いを無力化した。
また、ある錬金術師から依頼された「失敗続きのポーション合成」の原因究明では、合成プロセスにおける触媒の配合比率に計算上の「バグ」があることを見抜き、最適な配合比率を導き出すことで、高品質なポーションの安定生産を可能にした。

これらの成功体験は、俺に大きな自信を与えると同時に、【デバッガー】スキルの可能性と、その責任の重さを、改めて認識させることにもなった。俺の力は、使い方次第で、人を助けることも、破滅させることもできる。その力を、どう使うべきなのか? 俺は、常に自問自答を繰り返していた。

そんな日々の中で、俺が最も力を入れていたのは、やはりカルト教団の研究日誌の解読だった。王宮の書庫の資料も活用し、ついにその内容の大部分を解き明かすことに成功したのだ。

日誌には、やはり、彼らが崇拝する「深淵の主」なる存在のこと、そして、世界の「浄化」と「進化」のために、「歪みの源流」の封印を解き放つ計画が詳細に記されていた。さらに、封印解除に必要な儀式の手順、そして「星読みの羅針盤」を使って特定した「座標」――おそらくは「忘れられた神殿」の制御装置の場所――に関する記述もあった。

そして、そこには、もう一つ、見過ごせない情報が記されていた。

『……封印解除の儀式を成功させるためには、膨大なエネルギーが必要となる。魔力供給網からの窃取だけでは不十分である。より強力なエネルギー源として、『竜脈』を利用する計画を検討中……』
『……王都近郊に存在する複数の『竜脈のノード』。これらを汚染・暴走させ、そのエネルギーを『歪みの源流』へと流し込むことができれば……あるいは……』

「竜脈……?」
俺は、その言葉に眉をひそめた。それは、大地の下を流れる巨大な魔力エネルギーの奔流であり、この世界の自然環境や生態系に大きな影響を与えているとされるものだ。

「竜脈を汚染・暴走させるだと……?」クラウスが、信じられないといった顔で呟く。「そんなことをすれば、王都だけでなく、周辺地域全体に壊滅的な被害が出るぞ! 地震、洪水、魔物の異常発生……まさに、天変地異だ!」

「……彼らは、本気で世界を破滅させるつもりなのかもしれないわね」シャロンが、冷ややかに言う。「あるいは、その混乱の先に、自分たちの理想とする『新世界』があると信じているのか……狂信者とは、そういうものよ」

カルト教団の計画は、俺たちが考えていた以上に、大規模で、そして危険なものだった。封印解除だけでなく、竜脈の暴走まで引き起こそうとしている。もはや、王都だけの問題ではない。世界全体の危機だ。

「……急がなければなりません」俺は、決意を固める。「彼らが竜脈に手を出す前に、その計画を阻止しなければ。そして、封印の問題も、根本的な解決策を見つけ出す必要がある」

俺たちの次なる目標は、より明確になった。
カルト教団の壊滅。竜脈の保護。そして、封印の安定化、あるいは「調律エネルギー」による強化。

それは、これまでのどの任務よりも困難で、壮大な挑戦となるだろう。

俺は、解読した研究日誌のページを閉じ、窓の外に広がる王都の景色を見つめた。宰相の失脚によって、一時的な平穏を取り戻したかのように見えるこの街も、その地下には、依然として巨大な「バグ」と「時限爆弾」を抱えている。

俺たち「王国のデバッガー」の、本当の戦いは、これから始まるのだ。
俺は、仲間たちの顔を見回し、静かに頷いた。どんな困難が待ち受けていようとも、俺たちは、共に立ち向かう。この世界の未来を、デバッグするために。
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