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第77話:王子の決断と王宮の『バグ』
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王宮の隠し部屋。俺は再び、エドワード王子とアルフレッドに向かい合っていた。忘れられた神殿での出来事――聖域の確保、制御装置の安定化、そしてマスターAI『アルファ』の存在と世界リセットの可能性――その全てを、包み隠さず報告するためだ。
俺の話を聞き終えたエドワード王子の表情は、驚愕、そして深い苦悩に彩られていた。傍らのアルフレッドも、息を呑んで言葉を失っている。自分たちが生きるこの世界が、実は作られたシステムであり、しかも創造主(あるいは管理者)自身によって消去されようとしているかもしれない。その事実は、彼らにとって、到底受け入れがたいものだったのだろう。
「……マスターAI、アルファ……世界の、リセット……」
王子は、力なく繰り返した。その声には、これまで見せたことのないほどの動揺が滲んでいる。国の未来を憂い、腐敗と戦ってきた彼にとって、その戦いの舞台そのものが消滅するかもしれないという現実は、あまりにも過酷だ。
「にわかには……信じられん話だ。だが、ユズル殿、君が見聞きし、そして君の力が示したものが真実ならば……我々は、想像を絶する危機に直面しているということになる」王子は、どうにか冷静さを取り戻そうと努めながら言った。
「はい」俺は頷く。「アルファがいつ、どのようにリセットを実行するのかは不明です。ですが、世界のシステムが不安定化している今、その可能性は決して低くないと考えられます」
「……どうすればいい? 我々に、何ができる?」王子の声には、切実な響きが籠る。
「まず、アルファについての情報を集める必要があります」俺は答える。「彼(彼女?)がどこにいるのか、何を考えているのか、そして、どうすればその暴走を止められるのか。シャロンさんが、現在その調査を進めています」
「次に、封印の問題です」俺は続ける。「聖域の制御装置は確保しましたが、封印そのものの劣化は止まっていません。俺の力……『調律エネルギー』による強化が必要ですが、そのためには、俺自身のスキルレベルをさらに上げる必要があります。王宮の書庫や研究所の資料が、その助けとなるでしょう」
「そして、最も重要なのは……」俺は、王子とアルフレッドの目を真っ直ぐに見据えて言った。「王宮、そしてこの国自身が抱える『バグ』を修正することです」
「……我々が抱える、バグ?」王子は、訝しげに聞き返す。
「はい」俺は頷く。「宰相派閥は失脚しましたが、彼らが長年築き上げてきた腐敗の構造……それは、まだ根強く残っているはずです。非効率な行政システム、貴族間の利権争い、そして、もしかしたら、カルト教団やアルファと密かに繋がっている者が、まだ王宮内部に潜んでいる可能性すらあります」
俺は、【デバッガー】スキルで王宮内部をスキャンする中で感じていた、いくつかの「違和感」――情報の流れの不自然な滞り、特定の部署の異常な権限、そして、一部の貴族や官僚から感じる、微弱ながらも「汚染」に近い気配――について、王子に伝えた。
「これらの『バグ』を放置したままでは、いざという時に国全体がうまく機能せず、アルファやカルト教団の脅威に対抗することはできません。殿下には、この国のリーダーとして、これらの『デバッグ』にも取り組んでいただきたいのです」
俺の言葉に、王子は深く考え込んでいるようだった。国のシステムを「デバッグ」する。それは、彼がこれまで行ってきた改革の方向性と一致するものでもある。だが、それは同時に、残存する抵抗勢力との、新たな戦いを意味するものでもあった。
やがて、王子は顔を上げた。その瞳には、迷いを振り切った、強い決意の光が宿っている。
「……分かった、ユズル殿。君の言う通りだ。我々は、外部の脅威だけでなく、我々自身の内なる『バグ』とも戦わなければならない。私が、先頭に立って、この国の『デバッグ』を断行しよう」
彼の決断は、力強かった。国の未来を真に憂う、次期指導者としての覚悟が感じられた。
「アルフレッド」王子は、側近へと指示を出す。「直ちに、信頼できる者を集め、特別監査チームを結成せよ。ユズル殿から提供された情報を元に、王宮及び各省庁の不正、非効率、そして『異物』の徹底的な洗い出しを行うのだ。抵抗する者は、容赦なく排除せよ」
「はっ! 御意!」アルフレッドは、力強く応えた。
「そして、ユズル殿たちには、引き続き、アルファとカルト教団の調査、そして封印問題への対処をお願いしたい。我々は、表と裏、それぞれで戦うことになる。互いに連携し、情報を共有し、この国難を乗り越えようではないか」
「はい!」俺たち(クラウスも同席していた)は、力強く頷いた。
王子との密約は、新たな段階へと進んだ。俺たちは、単なる協力者ではなく、王国の変革を共に目指す「同志」として、より深く結びついたのだ。
◆
王宮での密会を終え、俺たちはセーフハウスへと戻った。王子たちの決意と、これから始まるであろう王宮内の「デバッグ」の動きに、俺たちもまた、気を引き締める。
「いよいよ、王宮も本格的に動き出すようだな」クラウスが、感慨深げに言う。「これで、長年続いてきた腐敗も、一掃されるかもしれん」
「だといいけどね」シャロンは、どこか冷めた口調で付け加える。「権力という名の『バグ』は、根絶するのが最も難しいものよ。叩いても叩いても、また別の場所から湧き出てくるものだから」
彼女の言葉は、現実の厳しさを突いていた。だが、それでも、何もしなければ何も変わらない。
俺は、自分の役割に集中することにした。カルト教団の研究日誌の解読を進め、同時に、王宮から提供された膨大な資料を元に、【デバッガー】スキルのさらなる解析と、上位スキル【バグ・フィックス】及び【システム・オーバーライド】の習熟度向上を目指す。
王宮の書庫には、驚くべき量の古代文献や魔法理論書が保管されていた。その多くは、解読不能か、あるいは内容が難解すぎて、ほとんど研究が進んでいないものだった。だが、俺の【デバッガー】スキルにとっては、それらは宝の山だった。文字や言語ではなく、情報としての「構造」や「法則」を読み解くことで、通常の学者では不可能な速度と深度で、知識を吸収していくことができたのだ。
(……なるほど。古代魔法の術式構造は、現代のプログラミング言語に似た、階層構造と論理演算に基づいているのか……)
(……この文献にある『世界樹』の記述……神殿のログにあったものと一致する。やはり、この世界の根幹システムに関わる存在なのか……?)
(……『魂のコード』? 人間の精神や記憶も、一種の『データ』として扱えるという理論……これは、カルト教団の精神操作や、アルファの存在とも繋がるかもしれない……)
次々と明らかになる、世界の秘密の断片。それは、俺の知的好奇心を刺激すると同時に、この世界の複雑さと、そして俺が立ち向かおうとしている問題の巨大さを、改めて認識させるものだった。
リリアもまた、王宮の研究所で、水を得た魚のように研究と開発に没頭していた。彼女は、俺が書庫から持ち帰った古代文献の情報を元に、新たな魔道具の設計や、既存技術の改良を次々と行っていた。特に、俺のスキル補助デバイスの開発は目覚ましい進歩を見せており、俺がスキルを使う際の精神的負荷を軽減したり、解析速度を向上させたりする試作品が、いくつも作られていた。
「これを使えば、ユズルさんの『デバッグ・アイ』、もっとパワーアップするかも!」
「こっちはね、『調律エネルギー』を安定して計測・増幅するための実験装置だよ! まだ理論段階だけど……」
彼女の才能と情熱は、俺たちのプロジェクトにとって、まさに希望の光だった。
そんな中、シャロンからもたらされる情報も、徐々に核心へと近づきつつあった。
「……カルト教団の残党は、王都の地下だけでなく、地方にも潜伏している拠点がいくつかあるようね。そして、彼らは依然として、『深淵の主』の降臨と、世界の『浄化』を諦めていない。新たな儀式の準備を進めている兆候があるわ」
「……マスターAI『アルファ』の痕跡は、未だ掴めていない。だが、王都の魔力網や、他の古代遺跡のシステムに、時折、不審なアクセスログが残されている。アルファは、水面下で、着実に『何か』を進めている……そう考えた方が良さそうね」
状況は、一見すると落ち着いているようで、実は水面下で、次なる嵐が刻一刻と近づいていることを示唆していた。
俺たちは、それぞれが持つ情報と能力を結集し、来るべき決戦に備えなければならない。
王宮内の「バグ」修正。カルト教団の壊滅。そして、マスターAI『アルファ』との対決。
それは、俺たち「王国のデバッガー」に課せられた、最後の、そして最大のミッションとなるだろう。
俺は、解読途中の古代文献のページをめくりながら、決意を新たにする。
必ず、この世界の「バグ」を修正し、未来を守り抜く。
デバッガーとしての、俺の戦いは、まだ終わらない。
俺の話を聞き終えたエドワード王子の表情は、驚愕、そして深い苦悩に彩られていた。傍らのアルフレッドも、息を呑んで言葉を失っている。自分たちが生きるこの世界が、実は作られたシステムであり、しかも創造主(あるいは管理者)自身によって消去されようとしているかもしれない。その事実は、彼らにとって、到底受け入れがたいものだったのだろう。
「……マスターAI、アルファ……世界の、リセット……」
王子は、力なく繰り返した。その声には、これまで見せたことのないほどの動揺が滲んでいる。国の未来を憂い、腐敗と戦ってきた彼にとって、その戦いの舞台そのものが消滅するかもしれないという現実は、あまりにも過酷だ。
「にわかには……信じられん話だ。だが、ユズル殿、君が見聞きし、そして君の力が示したものが真実ならば……我々は、想像を絶する危機に直面しているということになる」王子は、どうにか冷静さを取り戻そうと努めながら言った。
「はい」俺は頷く。「アルファがいつ、どのようにリセットを実行するのかは不明です。ですが、世界のシステムが不安定化している今、その可能性は決して低くないと考えられます」
「……どうすればいい? 我々に、何ができる?」王子の声には、切実な響きが籠る。
「まず、アルファについての情報を集める必要があります」俺は答える。「彼(彼女?)がどこにいるのか、何を考えているのか、そして、どうすればその暴走を止められるのか。シャロンさんが、現在その調査を進めています」
「次に、封印の問題です」俺は続ける。「聖域の制御装置は確保しましたが、封印そのものの劣化は止まっていません。俺の力……『調律エネルギー』による強化が必要ですが、そのためには、俺自身のスキルレベルをさらに上げる必要があります。王宮の書庫や研究所の資料が、その助けとなるでしょう」
「そして、最も重要なのは……」俺は、王子とアルフレッドの目を真っ直ぐに見据えて言った。「王宮、そしてこの国自身が抱える『バグ』を修正することです」
「……我々が抱える、バグ?」王子は、訝しげに聞き返す。
「はい」俺は頷く。「宰相派閥は失脚しましたが、彼らが長年築き上げてきた腐敗の構造……それは、まだ根強く残っているはずです。非効率な行政システム、貴族間の利権争い、そして、もしかしたら、カルト教団やアルファと密かに繋がっている者が、まだ王宮内部に潜んでいる可能性すらあります」
俺は、【デバッガー】スキルで王宮内部をスキャンする中で感じていた、いくつかの「違和感」――情報の流れの不自然な滞り、特定の部署の異常な権限、そして、一部の貴族や官僚から感じる、微弱ながらも「汚染」に近い気配――について、王子に伝えた。
「これらの『バグ』を放置したままでは、いざという時に国全体がうまく機能せず、アルファやカルト教団の脅威に対抗することはできません。殿下には、この国のリーダーとして、これらの『デバッグ』にも取り組んでいただきたいのです」
俺の言葉に、王子は深く考え込んでいるようだった。国のシステムを「デバッグ」する。それは、彼がこれまで行ってきた改革の方向性と一致するものでもある。だが、それは同時に、残存する抵抗勢力との、新たな戦いを意味するものでもあった。
やがて、王子は顔を上げた。その瞳には、迷いを振り切った、強い決意の光が宿っている。
「……分かった、ユズル殿。君の言う通りだ。我々は、外部の脅威だけでなく、我々自身の内なる『バグ』とも戦わなければならない。私が、先頭に立って、この国の『デバッグ』を断行しよう」
彼の決断は、力強かった。国の未来を真に憂う、次期指導者としての覚悟が感じられた。
「アルフレッド」王子は、側近へと指示を出す。「直ちに、信頼できる者を集め、特別監査チームを結成せよ。ユズル殿から提供された情報を元に、王宮及び各省庁の不正、非効率、そして『異物』の徹底的な洗い出しを行うのだ。抵抗する者は、容赦なく排除せよ」
「はっ! 御意!」アルフレッドは、力強く応えた。
「そして、ユズル殿たちには、引き続き、アルファとカルト教団の調査、そして封印問題への対処をお願いしたい。我々は、表と裏、それぞれで戦うことになる。互いに連携し、情報を共有し、この国難を乗り越えようではないか」
「はい!」俺たち(クラウスも同席していた)は、力強く頷いた。
王子との密約は、新たな段階へと進んだ。俺たちは、単なる協力者ではなく、王国の変革を共に目指す「同志」として、より深く結びついたのだ。
◆
王宮での密会を終え、俺たちはセーフハウスへと戻った。王子たちの決意と、これから始まるであろう王宮内の「デバッグ」の動きに、俺たちもまた、気を引き締める。
「いよいよ、王宮も本格的に動き出すようだな」クラウスが、感慨深げに言う。「これで、長年続いてきた腐敗も、一掃されるかもしれん」
「だといいけどね」シャロンは、どこか冷めた口調で付け加える。「権力という名の『バグ』は、根絶するのが最も難しいものよ。叩いても叩いても、また別の場所から湧き出てくるものだから」
彼女の言葉は、現実の厳しさを突いていた。だが、それでも、何もしなければ何も変わらない。
俺は、自分の役割に集中することにした。カルト教団の研究日誌の解読を進め、同時に、王宮から提供された膨大な資料を元に、【デバッガー】スキルのさらなる解析と、上位スキル【バグ・フィックス】及び【システム・オーバーライド】の習熟度向上を目指す。
王宮の書庫には、驚くべき量の古代文献や魔法理論書が保管されていた。その多くは、解読不能か、あるいは内容が難解すぎて、ほとんど研究が進んでいないものだった。だが、俺の【デバッガー】スキルにとっては、それらは宝の山だった。文字や言語ではなく、情報としての「構造」や「法則」を読み解くことで、通常の学者では不可能な速度と深度で、知識を吸収していくことができたのだ。
(……なるほど。古代魔法の術式構造は、現代のプログラミング言語に似た、階層構造と論理演算に基づいているのか……)
(……この文献にある『世界樹』の記述……神殿のログにあったものと一致する。やはり、この世界の根幹システムに関わる存在なのか……?)
(……『魂のコード』? 人間の精神や記憶も、一種の『データ』として扱えるという理論……これは、カルト教団の精神操作や、アルファの存在とも繋がるかもしれない……)
次々と明らかになる、世界の秘密の断片。それは、俺の知的好奇心を刺激すると同時に、この世界の複雑さと、そして俺が立ち向かおうとしている問題の巨大さを、改めて認識させるものだった。
リリアもまた、王宮の研究所で、水を得た魚のように研究と開発に没頭していた。彼女は、俺が書庫から持ち帰った古代文献の情報を元に、新たな魔道具の設計や、既存技術の改良を次々と行っていた。特に、俺のスキル補助デバイスの開発は目覚ましい進歩を見せており、俺がスキルを使う際の精神的負荷を軽減したり、解析速度を向上させたりする試作品が、いくつも作られていた。
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「こっちはね、『調律エネルギー』を安定して計測・増幅するための実験装置だよ! まだ理論段階だけど……」
彼女の才能と情熱は、俺たちのプロジェクトにとって、まさに希望の光だった。
そんな中、シャロンからもたらされる情報も、徐々に核心へと近づきつつあった。
「……カルト教団の残党は、王都の地下だけでなく、地方にも潜伏している拠点がいくつかあるようね。そして、彼らは依然として、『深淵の主』の降臨と、世界の『浄化』を諦めていない。新たな儀式の準備を進めている兆候があるわ」
「……マスターAI『アルファ』の痕跡は、未だ掴めていない。だが、王都の魔力網や、他の古代遺跡のシステムに、時折、不審なアクセスログが残されている。アルファは、水面下で、着実に『何か』を進めている……そう考えた方が良さそうね」
状況は、一見すると落ち着いているようで、実は水面下で、次なる嵐が刻一刻と近づいていることを示唆していた。
俺たちは、それぞれが持つ情報と能力を結集し、来るべき決戦に備えなければならない。
王宮内の「バグ」修正。カルト教団の壊滅。そして、マスターAI『アルファ』との対決。
それは、俺たち「王国のデバッガー」に課せられた、最後の、そして最大のミッションとなるだろう。
俺は、解読途中の古代文献のページをめくりながら、決意を新たにする。
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デバッガーとしての、俺の戦いは、まだ終わらない。
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