5 / 16
第二章:挫折と覚醒
第5話 天才策士の誤算と、時間という絶対の壁
しおりを挟む
六道珍皇寺の山門を出ると、夜気は冷たく、湿っていた。
先ほどまでの地獄の熱気とは裏腹に、現世の夜は静まり返っている。
西園寺響一郎や鹿鳴館アリスたちは、待たせていた自家用の馬車や人力車に乗り込み、泥一つ跳ね上げることなく去っていった。
鉄の車輪が石畳を鳴らす音が遠ざかり、後には静寂と、置き去りにされた京極朔夜と久我山六花だけが残った。
「……はは。言われ放題だな、俺たち」
朔夜は遠ざかる馬車の音を聞きながら、乾いた笑いを漏らした。
拳を強く握りしめる。爪が掌に食い込む痛みだけが、現実感を繋ぎ止めていた。
「……朔夜くん。私、悔しいわ」
隣で六花が呟く。その声は震えていた。
無理もない。金も、コネも、人脈も、彼らは全て持っている。
対して自分たちは、明日の米にも困る没落士族だ。
「西園寺さんたちに勝てるのかな……。現実のところ、私たちは……ゼロだよ?」
六花の不安げな瞳が、朔夜を映す。
朔夜は、ふっと息を吐き、口元をニヤリと歪めた。道化の仮面ではなく、策士の顔で。
「関係ない」
「え?」
「金がなけりゃ、知恵を使えばいい。コネがなけりゃ、ハッタリで作ればいい」
朔夜は六花の方を向き、その細い肩に手を置いた。
「俺のハッタリと、お前の……『観察眼』、そしてその『優しさ』があれば、勝てる」
「朔夜くん……」
「俺たちが力を合わせれば、絶対に何かできるはずだ。見返してやろうぜ、六花。……あの閻魔も、西園寺も、アリスも。全員だ!」
その言葉に、六花の瞳に光が宿る。
「うん。一緒に大きな挑戦ができる。……わくわくしてきたわ」
「安心しろ。金も権力もないが、俺には『話術』がある。愛もある…世界ごと騙してやるよ」
朔夜は強気に言い放ったが、内心では冷や汗が止まらなかった。
(言っちまった……。もう後戻りはできねえ)
そして、先ほど閻魔大王の前で切った啖呵を思い出す。
「こいつは俺の婚約者だ」
その嘘もまた、彼らの退路を断つ鎖となっていた。
(まあ、もともと、そうなればいいなとは思っていたが)
月明かりの下、二人の影が長く伸びる。
その背後、閉ざされた山門の奥で、井戸の底から赤い光が一瞬だけ漏れ、すぐに闇へと消えた。
それはまるで、地獄からの嘲笑のようだった。
†
それから一週間。
京都のメインストリート、四条通(しじょうどおり)。
多くの人々が行き交う大通りは、どこか殺伐とした空気に包まれていた。
近代化の槌音が響く一方で、取り残された人々の焦燥が渦巻いている。
「ええい! 嘆かわしい!」
怒号が響く。
上級生の烏丸玄五郎が、数名の取り巻き(風紀委員)を引き連れて練り歩いていた。
彼は洋装の町人を捕まえ、ステッキで地面を叩いて説教をしている。
「貴様、日本人なら袴(はかま)を履け!その西洋かぶれの格好は何だ!」
「ひ、ひぃ!勘弁してくださいよぉ」
「そんな軟弱な精神だから、京都は衰退したのだ!復興とは、古き良き日本の心を取り戻すこと! 洋装など言語道断!」
物陰からその様子を窺っていた朔夜は、げんなりと顔をしかめた。
「……うわ。烏丸先輩だ」
「何してるの?あの人たち」
「『風紀粛正』だとさ。……時代錯誤もいいとこだな」
朔夜は吐き捨てるように言った。
「あんな精神論で腹が膨れるなら、誰も苦労しねえよ」
その時、烏丸が二人を見つけた。
「おお、京極!久我山!ちょうどいいところに!」
「げっ」
「貴様らも手伝え!この街から西洋の毒を排除し、美しき封建の世を取り戻すのだ!」
朔夜は瞬時に「道化」の愛想笑いを張り付け、後ずさった。
「い、いえ……俺たちは俺たちのやり方があるんで……へへっ」
「フン。貧乏人のやり方など知れておる。……邪魔だけはするなよ?」
烏丸は鼻を鳴らし、再び通行人に怒鳴り散らしながら去っていった。
市民たちは「関わりたくない」という顔で、迷惑そうに道を空けている。
烏丸なりに「国を憂う正義」があるのだろうが、それは民衆の生活とはあまりに乖離していた。
気を取り直して路地裏へ入ると、今度は長屋の前で人だかりができていた。
「どきなさい! ここは私が買い上げましたのよ!」
白川紗代子だ。扇子で口元を隠し、貧しい住人たちを見下ろしている。
背後には、強面の地上げ屋たちが控えていた。
「そ、そんな殺生な……ここを追い出されたら、わしらはどこへ……」
「知りませんわ。手切れ金(小銭)は払いましたでしょう?」
白川はうっとりと、ボロボロの長屋を見上げた。
彼女の目には、目の前の貧困ではなく、脳内にある理想郷しか映っていない。
「ここを更地にして……富裕層限定の『会員制サロン』を作りますの。貧乏人は排除して、選ばれた人間だけが優雅に過ごせる、真の京都……素敵でしょう?」
そこへ通りがかった二人を見つけ、白川が冷ややかな視線を向ける。
「あら、京極さん。久我山さんも。ごきげんよう」
「……」
「まだ登用試験に参加するおつもり? 資金も人脈もないのに?」
六花は無言で白川を見つめ返した。
その儚げな表情の裏で、彼女の冷徹な観察眼が白川を解剖する。
(……かわいそうな人)
(お金で高い壁を作らないと、自分の価値も守れないの?)
(朔夜くんが見ている「未来」に比べたら……あんたのサロンなんて、ただの鳥籠よ)
「ここは『持てる者』が動かす世界ですの。……身の程を知りなさいな」
白川の高笑いを背に、二人は逃げるようにその場を離れた。
金と権力を持つ者の「正義」は、持たざる者にとっては暴力でしかなかった。
†
夕暮れの通りを、二人は重い足取りで歩いていた。
「……はぁ。どうしよう」
朔夜が道端の石ころを力なく蹴る。コロコロと転がる音が、虚しく響く。
「烏丸先輩も白川先輩も、やり方は最悪だけど……『力(金と権威)』は持ってる。実際に人を動かして、場所を確保して……着々と進んでる」
「でもあの二人、方向性は何だかズレてるわね」
「それに比べて、俺たちは……」
朔夜は立ち止まり、自分の空っぽの手のひらを見つめた。
「京都を復興させるって言ったけど……金もコネもない、ただの学生にそんなことできるのかな」 「西園寺さんたちも『鉄道』『疏水』とかスケールの違う話をしてるのに……私たちはまだスタートラインにも立ててないよね」
絶望感が、二人の肩に重くのしかかる。
自分たちの無力さを噛み締めていた、その時だった。
通りがかった神社の境内に一本だけ、季節外れの桜が咲いているのが見えた。
日当たりの関係か、あるいは品種の違いか。そこだけ春が来たように明るい。
「わあ、綺麗!」「咲いてるぞ!」「春やなぁ」
その木の下だけ、人々が立ち止まり、笑顔で花を見上げている。
着物の町人も、洋装の紳士も、ボロボロの服を着た子供も。
桜の下では、貧富の差もなく、誰もが平等に笑っていた。
「……あ」
朔夜が足を止める。
その光景に、雷に打たれたように動けなくなる。
「……これだ」
「え?」
「見ろよ六花。……みんな笑ってる」
朔夜の瞳に、生気が戻る。彼の脳内で、瞬時に計算式が組み上がっていく。
「金なんかなくても、立派な建物なんかなくても……『桜』が一本あるだけで、人は集まって、笑顔になるんだ」
朔夜の脳裏に、灰色の京都が鮮やかに塗り替えられていくビジョンが広がった。
黒い煙と煤(すす)に汚れた街が、薄紅色の花びらで埋め尽くされる光景。
それは単なる感傷ではない。巨大な経済効果を生むシステムだ。
「京都中を、桜の名所にするんだ」
「桜の……名所?」
「そうだ! そうすれば、日本中から観光客が来る。宿も潤う、土産も売れる。しかも桜は、一度植えれば毎年咲く。100年先、200年先も……この街の財産として残り続ける!」
朔夜は興奮して、六花の肩をガシッと掴んだ。
「これぞ、未来への投資だ! これ以上の復興案はねえ!」
「す、すごい…!それなら私にも手伝える!苗木を植えるだけなら……」
二人の顔が輝く。
勝てる。西園寺の疏水やアリスの鉄道なんかより、よっぽど人の心に届く。
人の心を動かせば、金は後からついてくる。
「勝てるぞ! 西園寺の疏水なんかより、よっぽど人の心を動かせる!」
「よし、すぐに苗木の手配を……」
言いかけた朔夜の表情が、急に凍りついた。
「……いや、待て」
「何? どうしたの?」
朔夜は指を折って数え始めた。顔色がみるみる青ざめていく。
「苗木を植えて……花が咲くまで、何年かかる?」
「えっと……桜の種類にもよるけど、早くて3年……普通は5年以上かな」
「…………」
ガクリ、と朔夜はその場に膝をついた。膝の泥汚れなど気にする余裕もない。
「……ダメだ」
「朔夜くん?」
「閻魔の期限は『1年』だ。…5年も待ってられない」
「あ……」
希望が大きかった分、絶望の落差は深かった。
植物の成長という、絶対的な「時間」の壁。
それは金や知恵ではどうしようもない自然の摂理だ。
「時間はどうしようもないわね。……このアイデアはボツ?」
「はは……。そうだよな、そんな上手い話あるわけないよな」
朔夜は地面に手をつき、乾いた笑いを漏らした。
「時間を飛び越える魔法でもなきゃ、無理だ……」
朔夜は空を見上げて深いため息をついた。
茜色の空を、カラスが鳴いて飛び去っていく。
それはまるで、二人の不吉な未来を暗示しているかのようだった。
「あーあ……閻魔大王様の言ってた『報酬』って、一体なんなんだろうな」
「『未来永劫の繁栄』……?」
「ああ。それさえあれば、俺たちの家も、借金も、全部解決するのに」
「……楽しみだね。どんなものなのかな」
「金塊の山か、魔法の杖か……」
朔夜は自嘲気味に笑い、泥だらけの手を払った。
「まあ、考えてもしょうがねえ。この疑問の答えは……登用試験に合格して確かめるしかねえよな」
「今の私たちは、合格どころかスタートラインにすら立ててないし……」
灰色の都に、夜が降りようとしていた。
起死回生のアイデアは、時間という壁の前に、脆くも崩れ去った。
先ほどまでの地獄の熱気とは裏腹に、現世の夜は静まり返っている。
西園寺響一郎や鹿鳴館アリスたちは、待たせていた自家用の馬車や人力車に乗り込み、泥一つ跳ね上げることなく去っていった。
鉄の車輪が石畳を鳴らす音が遠ざかり、後には静寂と、置き去りにされた京極朔夜と久我山六花だけが残った。
「……はは。言われ放題だな、俺たち」
朔夜は遠ざかる馬車の音を聞きながら、乾いた笑いを漏らした。
拳を強く握りしめる。爪が掌に食い込む痛みだけが、現実感を繋ぎ止めていた。
「……朔夜くん。私、悔しいわ」
隣で六花が呟く。その声は震えていた。
無理もない。金も、コネも、人脈も、彼らは全て持っている。
対して自分たちは、明日の米にも困る没落士族だ。
「西園寺さんたちに勝てるのかな……。現実のところ、私たちは……ゼロだよ?」
六花の不安げな瞳が、朔夜を映す。
朔夜は、ふっと息を吐き、口元をニヤリと歪めた。道化の仮面ではなく、策士の顔で。
「関係ない」
「え?」
「金がなけりゃ、知恵を使えばいい。コネがなけりゃ、ハッタリで作ればいい」
朔夜は六花の方を向き、その細い肩に手を置いた。
「俺のハッタリと、お前の……『観察眼』、そしてその『優しさ』があれば、勝てる」
「朔夜くん……」
「俺たちが力を合わせれば、絶対に何かできるはずだ。見返してやろうぜ、六花。……あの閻魔も、西園寺も、アリスも。全員だ!」
その言葉に、六花の瞳に光が宿る。
「うん。一緒に大きな挑戦ができる。……わくわくしてきたわ」
「安心しろ。金も権力もないが、俺には『話術』がある。愛もある…世界ごと騙してやるよ」
朔夜は強気に言い放ったが、内心では冷や汗が止まらなかった。
(言っちまった……。もう後戻りはできねえ)
そして、先ほど閻魔大王の前で切った啖呵を思い出す。
「こいつは俺の婚約者だ」
その嘘もまた、彼らの退路を断つ鎖となっていた。
(まあ、もともと、そうなればいいなとは思っていたが)
月明かりの下、二人の影が長く伸びる。
その背後、閉ざされた山門の奥で、井戸の底から赤い光が一瞬だけ漏れ、すぐに闇へと消えた。
それはまるで、地獄からの嘲笑のようだった。
†
それから一週間。
京都のメインストリート、四条通(しじょうどおり)。
多くの人々が行き交う大通りは、どこか殺伐とした空気に包まれていた。
近代化の槌音が響く一方で、取り残された人々の焦燥が渦巻いている。
「ええい! 嘆かわしい!」
怒号が響く。
上級生の烏丸玄五郎が、数名の取り巻き(風紀委員)を引き連れて練り歩いていた。
彼は洋装の町人を捕まえ、ステッキで地面を叩いて説教をしている。
「貴様、日本人なら袴(はかま)を履け!その西洋かぶれの格好は何だ!」
「ひ、ひぃ!勘弁してくださいよぉ」
「そんな軟弱な精神だから、京都は衰退したのだ!復興とは、古き良き日本の心を取り戻すこと! 洋装など言語道断!」
物陰からその様子を窺っていた朔夜は、げんなりと顔をしかめた。
「……うわ。烏丸先輩だ」
「何してるの?あの人たち」
「『風紀粛正』だとさ。……時代錯誤もいいとこだな」
朔夜は吐き捨てるように言った。
「あんな精神論で腹が膨れるなら、誰も苦労しねえよ」
その時、烏丸が二人を見つけた。
「おお、京極!久我山!ちょうどいいところに!」
「げっ」
「貴様らも手伝え!この街から西洋の毒を排除し、美しき封建の世を取り戻すのだ!」
朔夜は瞬時に「道化」の愛想笑いを張り付け、後ずさった。
「い、いえ……俺たちは俺たちのやり方があるんで……へへっ」
「フン。貧乏人のやり方など知れておる。……邪魔だけはするなよ?」
烏丸は鼻を鳴らし、再び通行人に怒鳴り散らしながら去っていった。
市民たちは「関わりたくない」という顔で、迷惑そうに道を空けている。
烏丸なりに「国を憂う正義」があるのだろうが、それは民衆の生活とはあまりに乖離していた。
気を取り直して路地裏へ入ると、今度は長屋の前で人だかりができていた。
「どきなさい! ここは私が買い上げましたのよ!」
白川紗代子だ。扇子で口元を隠し、貧しい住人たちを見下ろしている。
背後には、強面の地上げ屋たちが控えていた。
「そ、そんな殺生な……ここを追い出されたら、わしらはどこへ……」
「知りませんわ。手切れ金(小銭)は払いましたでしょう?」
白川はうっとりと、ボロボロの長屋を見上げた。
彼女の目には、目の前の貧困ではなく、脳内にある理想郷しか映っていない。
「ここを更地にして……富裕層限定の『会員制サロン』を作りますの。貧乏人は排除して、選ばれた人間だけが優雅に過ごせる、真の京都……素敵でしょう?」
そこへ通りがかった二人を見つけ、白川が冷ややかな視線を向ける。
「あら、京極さん。久我山さんも。ごきげんよう」
「……」
「まだ登用試験に参加するおつもり? 資金も人脈もないのに?」
六花は無言で白川を見つめ返した。
その儚げな表情の裏で、彼女の冷徹な観察眼が白川を解剖する。
(……かわいそうな人)
(お金で高い壁を作らないと、自分の価値も守れないの?)
(朔夜くんが見ている「未来」に比べたら……あんたのサロンなんて、ただの鳥籠よ)
「ここは『持てる者』が動かす世界ですの。……身の程を知りなさいな」
白川の高笑いを背に、二人は逃げるようにその場を離れた。
金と権力を持つ者の「正義」は、持たざる者にとっては暴力でしかなかった。
†
夕暮れの通りを、二人は重い足取りで歩いていた。
「……はぁ。どうしよう」
朔夜が道端の石ころを力なく蹴る。コロコロと転がる音が、虚しく響く。
「烏丸先輩も白川先輩も、やり方は最悪だけど……『力(金と権威)』は持ってる。実際に人を動かして、場所を確保して……着々と進んでる」
「でもあの二人、方向性は何だかズレてるわね」
「それに比べて、俺たちは……」
朔夜は立ち止まり、自分の空っぽの手のひらを見つめた。
「京都を復興させるって言ったけど……金もコネもない、ただの学生にそんなことできるのかな」 「西園寺さんたちも『鉄道』『疏水』とかスケールの違う話をしてるのに……私たちはまだスタートラインにも立ててないよね」
絶望感が、二人の肩に重くのしかかる。
自分たちの無力さを噛み締めていた、その時だった。
通りがかった神社の境内に一本だけ、季節外れの桜が咲いているのが見えた。
日当たりの関係か、あるいは品種の違いか。そこだけ春が来たように明るい。
「わあ、綺麗!」「咲いてるぞ!」「春やなぁ」
その木の下だけ、人々が立ち止まり、笑顔で花を見上げている。
着物の町人も、洋装の紳士も、ボロボロの服を着た子供も。
桜の下では、貧富の差もなく、誰もが平等に笑っていた。
「……あ」
朔夜が足を止める。
その光景に、雷に打たれたように動けなくなる。
「……これだ」
「え?」
「見ろよ六花。……みんな笑ってる」
朔夜の瞳に、生気が戻る。彼の脳内で、瞬時に計算式が組み上がっていく。
「金なんかなくても、立派な建物なんかなくても……『桜』が一本あるだけで、人は集まって、笑顔になるんだ」
朔夜の脳裏に、灰色の京都が鮮やかに塗り替えられていくビジョンが広がった。
黒い煙と煤(すす)に汚れた街が、薄紅色の花びらで埋め尽くされる光景。
それは単なる感傷ではない。巨大な経済効果を生むシステムだ。
「京都中を、桜の名所にするんだ」
「桜の……名所?」
「そうだ! そうすれば、日本中から観光客が来る。宿も潤う、土産も売れる。しかも桜は、一度植えれば毎年咲く。100年先、200年先も……この街の財産として残り続ける!」
朔夜は興奮して、六花の肩をガシッと掴んだ。
「これぞ、未来への投資だ! これ以上の復興案はねえ!」
「す、すごい…!それなら私にも手伝える!苗木を植えるだけなら……」
二人の顔が輝く。
勝てる。西園寺の疏水やアリスの鉄道なんかより、よっぽど人の心に届く。
人の心を動かせば、金は後からついてくる。
「勝てるぞ! 西園寺の疏水なんかより、よっぽど人の心を動かせる!」
「よし、すぐに苗木の手配を……」
言いかけた朔夜の表情が、急に凍りついた。
「……いや、待て」
「何? どうしたの?」
朔夜は指を折って数え始めた。顔色がみるみる青ざめていく。
「苗木を植えて……花が咲くまで、何年かかる?」
「えっと……桜の種類にもよるけど、早くて3年……普通は5年以上かな」
「…………」
ガクリ、と朔夜はその場に膝をついた。膝の泥汚れなど気にする余裕もない。
「……ダメだ」
「朔夜くん?」
「閻魔の期限は『1年』だ。…5年も待ってられない」
「あ……」
希望が大きかった分、絶望の落差は深かった。
植物の成長という、絶対的な「時間」の壁。
それは金や知恵ではどうしようもない自然の摂理だ。
「時間はどうしようもないわね。……このアイデアはボツ?」
「はは……。そうだよな、そんな上手い話あるわけないよな」
朔夜は地面に手をつき、乾いた笑いを漏らした。
「時間を飛び越える魔法でもなきゃ、無理だ……」
朔夜は空を見上げて深いため息をついた。
茜色の空を、カラスが鳴いて飛び去っていく。
それはまるで、二人の不吉な未来を暗示しているかのようだった。
「あーあ……閻魔大王様の言ってた『報酬』って、一体なんなんだろうな」
「『未来永劫の繁栄』……?」
「ああ。それさえあれば、俺たちの家も、借金も、全部解決するのに」
「……楽しみだね。どんなものなのかな」
「金塊の山か、魔法の杖か……」
朔夜は自嘲気味に笑い、泥だらけの手を払った。
「まあ、考えてもしょうがねえ。この疑問の答えは……登用試験に合格して確かめるしかねえよな」
「今の私たちは、合格どころかスタートラインにすら立ててないし……」
灰色の都に、夜が降りようとしていた。
起死回生のアイデアは、時間という壁の前に、脆くも崩れ去った。
0
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで
越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。
国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。
孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。
ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる