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第五章:奇跡の桜
最終話 古都の嘘つき婚約、ここからが本当の始まり
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4月1日。六道珍皇寺、閻魔王宮。
朱塗りの広間は、張り詰めた沈黙に支配されていた。
玉座から見下ろす閻魔大王の瞳が、冷徹な光を放っている。
その視線の先で、京極朔夜は額を床に擦り付けたまま、動かない。
「さあ、選べ。どうする? 京極朔夜」
閻魔の声が、審判の鐘のように響く。
「一族の繁栄か。それとも……」
朔夜は顔を上げた。その瞳に、迷いは微塵もなかった。
かつて「嘘」と「ハッタリ」で武装していた少年の顔は、今はもうない。
あるのは、一人の愛する女性を救おうとする、剥き出しの男の顔だ。
「どうするも何もない。初めから決まっていたんだ」
朔夜の声が、広間に朗々と響いた。
「家も、金も、力も…何もいらない!」
「…ほう」
「六花を……あいつを助けてください!!」
朔夜の絶叫が、朱塗りの柱を震わせた。
その選択は、京極家の再興という悲願を、自らの手で捨てることを意味する。
父の無念も、母の苦労も、全てを裏切る行為だ。
だが、朔夜にとって、六花のいない「繁栄」など、地獄よりも寒々しい空虚でしかなかった。
広間が静まり返る。
西園寺も、アリスも、固唾を呑んで閻魔の反応を待った。
閻魔は、無表情のまま朔夜を見下ろしていた。
やがて、その美貌が歪み――口元がニヤリと吊り上がった。
「……ククッ。ハハハハハ!」
高笑いが爆発した。それは嘲笑ではない。
永きにわたる退屈が破られた、歓喜の笑いだった。
「やはり、歴史は繰り返すか」
「……え?」
「私はずっと待っていたのだ。久我山隆仁と同じように…『自分の利益(家)』よりも『他人の未来(愛)』を選べる人間が現れるのをな」
閻魔は、朔夜の目の前に浮かんでいた「報酬の光」を、無造作に鷲掴みにした。
パリンッ。
乾いた音がして、光がガラス細工のように弾け飛んだ。
永遠の繁栄が、霧散していく。
だが、朔夜はそれを惜しいとも思わなかった。
「契約成立だ、京極朔夜」
閻魔が告げる。
「貴様の願い通り、その『報酬(特殊能力)』は破棄する。さらに……久我山六花の体にある『能力(呪い)』を、私が没収する」
「没収……!?」
「能力が消えれば、生命力の減退も止まる。…そして」
閻魔が懐から、一株の草を取り出した。
それは、淡い黄金色の光を放っている。
かつて隆仁が、妻を救うために作り出し、そして妻に使わなかった幻の薬草だ。
「『奇跡の薬草』だ。これを久我山六花に飲ませろ」
閻魔が薬草を放る。朔夜は震える手でそれを受け止めた。
「彼女の失われた時間を埋め合わせる。すぐに生命力が元に戻るだろう」
「……っ!」
朔夜の手の中で、薬草が温かく脈打っている。それは、六花の命そのものだった。
「ありがとうございます…!ありがとうございます……!」
朔夜は何度も頭を下げた。涙が床を濡らす。
その様子を見て、紫門が満足げに煙を吐いた。
「へっ。……粋な真似しやがって」
「京極朔夜。おまえこそ、40代目の冥府特務官にふさわしい」
閻魔の言葉に、西園寺とアリスも、安堵したように肩の力を抜いた。
彼らの目にも、うっすらと光るものがあった。
†
その日の夜。病院の個室。
朔夜は震える手で薬草を煎じ、スプーンで六花の唇に含ませた。
液体が喉を通ると同時に、淡い光が六花の体を包み込んだ。
奇跡が起きた。
老婆のように白くなっていた髪の色が、根元から毛先へと、波打つように艶やかな黒へと戻っていく。
枯れ木のようにひび割れていた指先の皮膚が再生し、透き通るような白さと、瑞々しさを取り戻していく。
「……頼む。戻ってきてくれ……」
朔夜は、温かさが戻り始めた六花の手を両手で包み込み、祈り続けた。
(閻魔大王、あんたには感謝するよ)
(こいつの命は絶対に救う……こいつの痛みも、未来も、全部俺が引き受ける)
(六花は、俺だけのものだ)
朔夜の祈りが通じたのか、六花の頬に微かに赤みが差した。
規則正しい寝息が、静寂の部屋に響き始めた。
†
翌日、4月2日。快晴。
琵琶湖疏水の散歩道は、満開の桜のトンネルとなっていた。
花びらが舞い散る中を、二人が歩いている。
六花は奇跡のように回復していた。その足取りは軽く、黒髪が春風になびいている。
「すごい……! 本当に全部、咲いてる」
六花が桜を見上げて呟く。その瞳に、薄紅色の世界が映り込む。
「夢みたい……」
「夢じゃねえよ。お前が命がけで咲かせたんだ」
朔夜は立ち止まり、六花に向き直った。
言わなければならない。彼女が背負っていた十字架の真実を。
「六花。……話さなきゃいけないことがある」
朔夜は、閻魔から聞いた「過去の真実」を語り始めた。
六花の曾祖父・隆仁の苦渋の決断。彼が妻よりも見知らぬ妊婦を選んだこと。
そして、その妊婦こそが、朔夜の曾祖母であったこと。
「……そう、だったんだ」
聞き終えた六花の目から、大粒の涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなかった。
「私……ずっと、自分の家を恨んでた。曾祖父様は無能で、家を潰した愚かな人だって……一族の恥だって聞いていた」
六花は、自分の両手を見つめた。
もう、あの恐ろしくも不思議な力は感じない。
ただの温かい人間の手だ。
「この能力も……私を苦しめる『呪い』だとしか思えなかった。でも、違ったんだね」
六花が泣き笑いのような表情で、朔夜を見上げる。
「おじい様は無能じゃなかった。…誰よりも優しくて、強かったんだ」
「ああ。誰よりも気高い人だ」
「私の能力は、呪いなんかじゃなくて…『愛と誇りの証』だったんだね」
六花の声が震える。
「私の一族は、誇り高い選択をした。朔夜くんの命を繋ぐことができたなら……久我山家の没落も、私の苦しみも、全部が無駄じゃなかった!」
その言葉に、朔夜は胸が押し潰されそうになった。
彼女は、自分が犠牲になったことさえ「無駄じゃなかった」と言って笑うのだ。
「…ああ。俺は一生、お前と、お前のひいじいさんに、頭が上がらねえよ」
朔夜は優しく六花を抱き寄せた。
66年の時を超えて、二つの家の因縁が、愛へと昇華される。
桜吹雪が、祝福するように二人を包み込んだ。
†
4月4日、夕方。平安院学舎の校長室。
朔夜と六花、そして紫門、花山院、烏丸、白川が集まっていた。
合格祝いの場であるはずだが、朔夜と六花の表情は晴れやかではなかった。
「さて。……これで晴れて『冥府特務官』ってわけだが」
紫門が意地悪く笑う。
「お前ら、大丈夫か?『能力』はもうねえんだぞ?」
痛いところを突かれた。
(そうだ。俺は特殊能力を与えられず、六花は能力を失った)
武器は何もない。ただの貧乏学生に戻っただけだ。
これから待ち受ける難題に、丸腰で挑まなければならない。
「全くだ。凡人が二人で、これからの難題を解決できるとは思えんがな」
烏丸が腕組みをして鼻を鳴らす。
「ふふ。烏丸くん、少しは期待してあげなさい」
花山院がフォローするが、不安は拭えない。
「……まあ、正直不安ですけど」
朔夜が頭をかくと、六花がその手をギュッと握った。
「でも、私たちには『これ』がありますから」
「ケッ、アツアツだねえ。ま、二人の愛で乗り越えるってか?」
紫門が呆れたように言う。
その時だった。背後から、カツカツと規則正しい足音が近づいてくる。
校長室のドアが、ノックもなく開かれた。
「ノン、ノン。愛だけで飯は食えませんわ」
「…30秒。そこで油を売っている時間は無駄だぞ、京極」
振り返ると、そこには西園寺響一郎と鹿鳴館アリスが立っていた。
相変わらずの高慢な態度。
だが、その瞳には以前のような蔑みはなく、どこか穏やかな理性の光が宿っていた。
「西園寺…アリス…。お前ら、まだ俺たちに何か文句が……」
「文句? 違うな。……『投資』だ」
西園寺が、懐から分厚い書類の束を取り出し、朔夜に突きつけた。表紙には「新規事業計画書」とある。
「計算し直した。疏水事業も続けていくが、この『桜』もだ。これを観光資源にした方が、向こう100年の利益率は高い」
西園寺が眼鏡の位置を直す。
「京極、君のプランに僕の財閥が投資してやる。…感謝しろ」
「私もよ。……悔しいけれど、認めてあげるわ」
アリスが扇子で窓の外の桜並木を指した。
「その桜……パリの薔薇よりも、少しだけ綺麗よ。私のホテルや路面電車から見える『景色』に、採用してあげてもよろしくてよ」
朔夜と六花は顔を見合わせた。
「……は?」 「ええっ?」
西園寺とアリスは、顔を見合わせてフンと鼻を鳴らした。
「勘違いするな。君らのやり方(情熱)に感動したわけではない」
「そうよ。私たちの『美学』と『計算』において、あなたたちが必要だと判断しただけですわ」
どこまでも素直じゃない。
朔夜と六花は、呆気にとられた後、プッと吹き出した。
「…ははっ!相変わらずだね、君たち!」
「上等だ。…最強のスポンサーとして、こき使ってやるよ!」
4人が並び立つ姿を見て、花山院と紫門が満足げに微笑んだ。
「…揃いましたね」
「あん?」
「『財力・人脈・権力』を持つ、西園寺くんと鹿鳴館さん。そして、理屈を超えて『人から応援される魅力』を持つ、京極くんと久我山さん」
花山院は、ステッキを静かについた。
「剛と柔。…この4人が揃って初めて、『冥府特務官』というシステムは完成するのかもしれませんな」
「……へっ。違げえねえ」
紫門がニヤリと笑った。
「最強の布陣だ。……こりゃあ、俺も安心して隠居生活に入れるな」
†
夜の帳が下りる頃。円山公園。
公園の中央には、満開の「祇園しだれ桜」が闇に沈んでいた。
その周囲を、大勢の市民が取り囲んでいる。
「よし。……準備はいいか?」
朔夜が声を張り上げる。
「いつでもいいぞ。電力供給、安定している」
西園寺が発電機の前で頷く。
「アーク灯、スタンバイOKよ。……さあ、最高のショータイムを!」
アリスが合図を送る。 朔夜が手を振り下ろした。
「点灯!」
カッ!!!!
「桜のライトアップだ!」
朔夜が公園中に響き渡る声で叫ぶ。
強烈な光が、夜の闇を切り裂いた。
最新鋭のアーク灯が、しだれ桜を白く照らし出す。
闇夜に浮かび上がった桜は、妖艶で、神々しく、息を呑むほど美しかった。
それは、かつて六花が命を削って咲かせ、朔夜が守り抜き、そして西園寺とアリスの技術が輝かせた、奇跡の桜だ。
「おお……!」
「なんて綺麗なんや……!」
「極楽浄土みたいやわ」
集まった市民たちから、どよめきと歓声が上がる。
文明の光と、伝統の花。相反するはずの二つが融合し、新しい時代の美を作り出していた。
光の中で、朔夜と六花は手を繋いで立っていた。
(特殊能力はない。金もない。コネもない。権力もない)
朔夜は、自分の空っぽの手のひらを握りしめた。
(でも隣には、信頼できる最強の仲間(ライバル)と、愛する人がいる)
(この桜たちをきっかけに、必ず再び京都に人を呼び寄せる)
六花が朔夜の手を強く握り返す。
(朔夜くんと二人なら、できる!)
「……満開の夜桜……綺麗だね、朔夜くん」
「ああ。……本当に綺麗だ。言葉も出ないくらい」
朔夜は、光り輝く京都の街を見渡した。
かつて「死に体」と呼ばれた街に、今、新しい血液が脈打っている。
「さあ、明日から仕事ね」
「そうだ!俺たちの『冥府特務官』は、これから始まる!」
満開の桜と、文明の光。
二人の新しい未来が、今、明るく照らし出された。
その光は、もう二度と消えることはないだろう。
―完――
朱塗りの広間は、張り詰めた沈黙に支配されていた。
玉座から見下ろす閻魔大王の瞳が、冷徹な光を放っている。
その視線の先で、京極朔夜は額を床に擦り付けたまま、動かない。
「さあ、選べ。どうする? 京極朔夜」
閻魔の声が、審判の鐘のように響く。
「一族の繁栄か。それとも……」
朔夜は顔を上げた。その瞳に、迷いは微塵もなかった。
かつて「嘘」と「ハッタリ」で武装していた少年の顔は、今はもうない。
あるのは、一人の愛する女性を救おうとする、剥き出しの男の顔だ。
「どうするも何もない。初めから決まっていたんだ」
朔夜の声が、広間に朗々と響いた。
「家も、金も、力も…何もいらない!」
「…ほう」
「六花を……あいつを助けてください!!」
朔夜の絶叫が、朱塗りの柱を震わせた。
その選択は、京極家の再興という悲願を、自らの手で捨てることを意味する。
父の無念も、母の苦労も、全てを裏切る行為だ。
だが、朔夜にとって、六花のいない「繁栄」など、地獄よりも寒々しい空虚でしかなかった。
広間が静まり返る。
西園寺も、アリスも、固唾を呑んで閻魔の反応を待った。
閻魔は、無表情のまま朔夜を見下ろしていた。
やがて、その美貌が歪み――口元がニヤリと吊り上がった。
「……ククッ。ハハハハハ!」
高笑いが爆発した。それは嘲笑ではない。
永きにわたる退屈が破られた、歓喜の笑いだった。
「やはり、歴史は繰り返すか」
「……え?」
「私はずっと待っていたのだ。久我山隆仁と同じように…『自分の利益(家)』よりも『他人の未来(愛)』を選べる人間が現れるのをな」
閻魔は、朔夜の目の前に浮かんでいた「報酬の光」を、無造作に鷲掴みにした。
パリンッ。
乾いた音がして、光がガラス細工のように弾け飛んだ。
永遠の繁栄が、霧散していく。
だが、朔夜はそれを惜しいとも思わなかった。
「契約成立だ、京極朔夜」
閻魔が告げる。
「貴様の願い通り、その『報酬(特殊能力)』は破棄する。さらに……久我山六花の体にある『能力(呪い)』を、私が没収する」
「没収……!?」
「能力が消えれば、生命力の減退も止まる。…そして」
閻魔が懐から、一株の草を取り出した。
それは、淡い黄金色の光を放っている。
かつて隆仁が、妻を救うために作り出し、そして妻に使わなかった幻の薬草だ。
「『奇跡の薬草』だ。これを久我山六花に飲ませろ」
閻魔が薬草を放る。朔夜は震える手でそれを受け止めた。
「彼女の失われた時間を埋め合わせる。すぐに生命力が元に戻るだろう」
「……っ!」
朔夜の手の中で、薬草が温かく脈打っている。それは、六花の命そのものだった。
「ありがとうございます…!ありがとうございます……!」
朔夜は何度も頭を下げた。涙が床を濡らす。
その様子を見て、紫門が満足げに煙を吐いた。
「へっ。……粋な真似しやがって」
「京極朔夜。おまえこそ、40代目の冥府特務官にふさわしい」
閻魔の言葉に、西園寺とアリスも、安堵したように肩の力を抜いた。
彼らの目にも、うっすらと光るものがあった。
†
その日の夜。病院の個室。
朔夜は震える手で薬草を煎じ、スプーンで六花の唇に含ませた。
液体が喉を通ると同時に、淡い光が六花の体を包み込んだ。
奇跡が起きた。
老婆のように白くなっていた髪の色が、根元から毛先へと、波打つように艶やかな黒へと戻っていく。
枯れ木のようにひび割れていた指先の皮膚が再生し、透き通るような白さと、瑞々しさを取り戻していく。
「……頼む。戻ってきてくれ……」
朔夜は、温かさが戻り始めた六花の手を両手で包み込み、祈り続けた。
(閻魔大王、あんたには感謝するよ)
(こいつの命は絶対に救う……こいつの痛みも、未来も、全部俺が引き受ける)
(六花は、俺だけのものだ)
朔夜の祈りが通じたのか、六花の頬に微かに赤みが差した。
規則正しい寝息が、静寂の部屋に響き始めた。
†
翌日、4月2日。快晴。
琵琶湖疏水の散歩道は、満開の桜のトンネルとなっていた。
花びらが舞い散る中を、二人が歩いている。
六花は奇跡のように回復していた。その足取りは軽く、黒髪が春風になびいている。
「すごい……! 本当に全部、咲いてる」
六花が桜を見上げて呟く。その瞳に、薄紅色の世界が映り込む。
「夢みたい……」
「夢じゃねえよ。お前が命がけで咲かせたんだ」
朔夜は立ち止まり、六花に向き直った。
言わなければならない。彼女が背負っていた十字架の真実を。
「六花。……話さなきゃいけないことがある」
朔夜は、閻魔から聞いた「過去の真実」を語り始めた。
六花の曾祖父・隆仁の苦渋の決断。彼が妻よりも見知らぬ妊婦を選んだこと。
そして、その妊婦こそが、朔夜の曾祖母であったこと。
「……そう、だったんだ」
聞き終えた六花の目から、大粒の涙が溢れた。それは悲しみの涙ではなかった。
「私……ずっと、自分の家を恨んでた。曾祖父様は無能で、家を潰した愚かな人だって……一族の恥だって聞いていた」
六花は、自分の両手を見つめた。
もう、あの恐ろしくも不思議な力は感じない。
ただの温かい人間の手だ。
「この能力も……私を苦しめる『呪い』だとしか思えなかった。でも、違ったんだね」
六花が泣き笑いのような表情で、朔夜を見上げる。
「おじい様は無能じゃなかった。…誰よりも優しくて、強かったんだ」
「ああ。誰よりも気高い人だ」
「私の能力は、呪いなんかじゃなくて…『愛と誇りの証』だったんだね」
六花の声が震える。
「私の一族は、誇り高い選択をした。朔夜くんの命を繋ぐことができたなら……久我山家の没落も、私の苦しみも、全部が無駄じゃなかった!」
その言葉に、朔夜は胸が押し潰されそうになった。
彼女は、自分が犠牲になったことさえ「無駄じゃなかった」と言って笑うのだ。
「…ああ。俺は一生、お前と、お前のひいじいさんに、頭が上がらねえよ」
朔夜は優しく六花を抱き寄せた。
66年の時を超えて、二つの家の因縁が、愛へと昇華される。
桜吹雪が、祝福するように二人を包み込んだ。
†
4月4日、夕方。平安院学舎の校長室。
朔夜と六花、そして紫門、花山院、烏丸、白川が集まっていた。
合格祝いの場であるはずだが、朔夜と六花の表情は晴れやかではなかった。
「さて。……これで晴れて『冥府特務官』ってわけだが」
紫門が意地悪く笑う。
「お前ら、大丈夫か?『能力』はもうねえんだぞ?」
痛いところを突かれた。
(そうだ。俺は特殊能力を与えられず、六花は能力を失った)
武器は何もない。ただの貧乏学生に戻っただけだ。
これから待ち受ける難題に、丸腰で挑まなければならない。
「全くだ。凡人が二人で、これからの難題を解決できるとは思えんがな」
烏丸が腕組みをして鼻を鳴らす。
「ふふ。烏丸くん、少しは期待してあげなさい」
花山院がフォローするが、不安は拭えない。
「……まあ、正直不安ですけど」
朔夜が頭をかくと、六花がその手をギュッと握った。
「でも、私たちには『これ』がありますから」
「ケッ、アツアツだねえ。ま、二人の愛で乗り越えるってか?」
紫門が呆れたように言う。
その時だった。背後から、カツカツと規則正しい足音が近づいてくる。
校長室のドアが、ノックもなく開かれた。
「ノン、ノン。愛だけで飯は食えませんわ」
「…30秒。そこで油を売っている時間は無駄だぞ、京極」
振り返ると、そこには西園寺響一郎と鹿鳴館アリスが立っていた。
相変わらずの高慢な態度。
だが、その瞳には以前のような蔑みはなく、どこか穏やかな理性の光が宿っていた。
「西園寺…アリス…。お前ら、まだ俺たちに何か文句が……」
「文句? 違うな。……『投資』だ」
西園寺が、懐から分厚い書類の束を取り出し、朔夜に突きつけた。表紙には「新規事業計画書」とある。
「計算し直した。疏水事業も続けていくが、この『桜』もだ。これを観光資源にした方が、向こう100年の利益率は高い」
西園寺が眼鏡の位置を直す。
「京極、君のプランに僕の財閥が投資してやる。…感謝しろ」
「私もよ。……悔しいけれど、認めてあげるわ」
アリスが扇子で窓の外の桜並木を指した。
「その桜……パリの薔薇よりも、少しだけ綺麗よ。私のホテルや路面電車から見える『景色』に、採用してあげてもよろしくてよ」
朔夜と六花は顔を見合わせた。
「……は?」 「ええっ?」
西園寺とアリスは、顔を見合わせてフンと鼻を鳴らした。
「勘違いするな。君らのやり方(情熱)に感動したわけではない」
「そうよ。私たちの『美学』と『計算』において、あなたたちが必要だと判断しただけですわ」
どこまでも素直じゃない。
朔夜と六花は、呆気にとられた後、プッと吹き出した。
「…ははっ!相変わらずだね、君たち!」
「上等だ。…最強のスポンサーとして、こき使ってやるよ!」
4人が並び立つ姿を見て、花山院と紫門が満足げに微笑んだ。
「…揃いましたね」
「あん?」
「『財力・人脈・権力』を持つ、西園寺くんと鹿鳴館さん。そして、理屈を超えて『人から応援される魅力』を持つ、京極くんと久我山さん」
花山院は、ステッキを静かについた。
「剛と柔。…この4人が揃って初めて、『冥府特務官』というシステムは完成するのかもしれませんな」
「……へっ。違げえねえ」
紫門がニヤリと笑った。
「最強の布陣だ。……こりゃあ、俺も安心して隠居生活に入れるな」
†
夜の帳が下りる頃。円山公園。
公園の中央には、満開の「祇園しだれ桜」が闇に沈んでいた。
その周囲を、大勢の市民が取り囲んでいる。
「よし。……準備はいいか?」
朔夜が声を張り上げる。
「いつでもいいぞ。電力供給、安定している」
西園寺が発電機の前で頷く。
「アーク灯、スタンバイOKよ。……さあ、最高のショータイムを!」
アリスが合図を送る。 朔夜が手を振り下ろした。
「点灯!」
カッ!!!!
「桜のライトアップだ!」
朔夜が公園中に響き渡る声で叫ぶ。
強烈な光が、夜の闇を切り裂いた。
最新鋭のアーク灯が、しだれ桜を白く照らし出す。
闇夜に浮かび上がった桜は、妖艶で、神々しく、息を呑むほど美しかった。
それは、かつて六花が命を削って咲かせ、朔夜が守り抜き、そして西園寺とアリスの技術が輝かせた、奇跡の桜だ。
「おお……!」
「なんて綺麗なんや……!」
「極楽浄土みたいやわ」
集まった市民たちから、どよめきと歓声が上がる。
文明の光と、伝統の花。相反するはずの二つが融合し、新しい時代の美を作り出していた。
光の中で、朔夜と六花は手を繋いで立っていた。
(特殊能力はない。金もない。コネもない。権力もない)
朔夜は、自分の空っぽの手のひらを握りしめた。
(でも隣には、信頼できる最強の仲間(ライバル)と、愛する人がいる)
(この桜たちをきっかけに、必ず再び京都に人を呼び寄せる)
六花が朔夜の手を強く握り返す。
(朔夜くんと二人なら、できる!)
「……満開の夜桜……綺麗だね、朔夜くん」
「ああ。……本当に綺麗だ。言葉も出ないくらい」
朔夜は、光り輝く京都の街を見渡した。
かつて「死に体」と呼ばれた街に、今、新しい血液が脈打っている。
「さあ、明日から仕事ね」
「そうだ!俺たちの『冥府特務官』は、これから始まる!」
満開の桜と、文明の光。
二人の新しい未来が、今、明るく照らし出された。
その光は、もう二度と消えることはないだろう。
―完――
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ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――?
(……私の体が、勝手に動いている!?)
「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」
死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?
――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
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