初めての、そのあとは…

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隠した気持ちが向かう先

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「んっ…」

「…」

「テメ…そんなと、こ、な、なめんなぁ!」

「…」

「ん、んぁぁっ!」

「…」

「あっ、あぁ、んっ!」

「…先輩。僕を、見てください」

「ん」

「八代先輩…!」



ーーーー




  んっ…
  ん…誰、だ?


  自分以外には誰もいないはずの生徒会室。扉が開く音が聞こえなかったのは、気を失っていたからだろう。
  僅かな息づかいと衣擦れの音、それが、目の前に人がいることを確信させる。


  しかし。
  考える間もなく頭を埋め尽くすのは、素肌に当たる細い繊維のような感触。


  シャツ一枚で、頭の上で縛られた両手と、視界を奪われた中で。それに気づいた途端、肌の感覚が鋭くなっていく。


「!?」


  脇腹を走っていくサワサワとしたものに、八代の身体がビクッと跳ねる。


ん…、な、なんだ!?


  机の足にくくりつけられた両手を軸に、動かせる自身の足だけで抵抗を試みるが、物置のように散らかる部屋の何かに当たるだけだ。どんなに身体をよじろうとも、それはしつこくしつこく追いかけてくる。
  自分の意思関係なしに神経を直接ザワつかせるような感覚に、堪らず八代は声を上げた。


「ん、んひゃっひゃっ!ん!はっ、な、なっにす、るっ」


  八代はそれとは逆方向に身体を振る。けれどもどんなに逃げようと、くすぐったいものは相変わらず身体を走っていく。脇腹から始まり、次第に太ももへと。


「んひゃっ、ふははっ………ッ!」


  八代の身体が突然固まった。
くすぐったさだけが頭を埋め尽くす中で、ある男の顔が鋭く過ったからだ。


  もしかして…あのクソヤローが帰ってきた…の、か…?


  気を失う前、ここであったこと…
親友に手を出すなと、その代わりに差し出した自分の身体。遊ぶだけ遊んでそのまま俺を床に転がし、そのクソヤローはここを出ていった。ネクタイで視界を奪い、ビニール紐で両手の自由を奪ったまま…






「んっ、ぁ、ぁっ、や、約束、し…」

「ヌルヌル絡み付いてよく締まるし、とんでもない穴、持ってんなぁ。痛い痛いしか言わないどっかの誰かも見習えって、なぁ?八代」

「…?…っん、んぁぁっ!聞い、てんの…」

「なかなかノってきたじゃねぇか」

「っ!!……テメ、この手のやつ、外せ…!カスが」

「…そのお綺麗な顔で?先輩お願いします、くらい言えねぇのか?」

「ハッ。アタマ沸いてんのかクッッソが!!誰がンなこと言…、んぁぁっ!」

「…ネクタイ貸せ。余計なこと考えるより、セックス楽しめよ」

「んっ…離せこのド変態…!」

「あーあー、そんなクチ聞いて…お前、何しにここに来たかわかってんのか?」

「ッ…」

「いいのか?オレが」

「あいつには手を出すんじゃねぇ!!!」

「ふっ…ふははははははははっ」

「な!何笑って…」

「バッッッカだよなぁ、お前!!」

「ハァ!?」

「なーに、正義のヒーロー気取ってやがんの?」

「………?」

「お前、昨日の放課後、部活あるからって急いでここ出てったよな?」

「それがなんだ!」

「まだわかんねぇのか?」

「………、!」

「…どっかの誰かは、痛いしか言わねぇし。可愛い鳴き声の一つでも出せば、もっと優しくしてやったのに…な?」

「ァ…」

「自分が代わりになるからってカッコつけといて、ケツに突っ込まれてアンアンよがってたらザマァねぇな、八代」

「クソ…、が…」

「ま、少しは楽しめよ」

「…」




「じゃあな。また気が向いたら遊んでやるよ。あ、そこ綺麗に片付けとけよ」






  突然動かなくなった俺に、くすぐりを仕掛けてきた人物の動きも止まった。


「んっ…はぁ、はぁ…」


  俺は吸って吐いてを短く繰り返した。どうやら少しの間、呼吸が止まっていたらしい。心臓が耳元でうるさい。


クソ…


  耳に残る声、憎たらしい顔、思い出させるような下半身にまとわりつくダルさ……
気を失う前の最悪な記憶が、頭の中を殴り続ける。


  クソ……クソ、クッッソが!!!


「テメ、何しに戻ってきた!!」


  またオレをオモチャにしに来たのか?笑いに来たのか?


  絞り出したガサガサの声が、自分の無力さをオレに教える。






「おい、何とか言っ……!ァ、ぁあぁあああぁぁ…」


  力んだ瞬間、身体から出ていくドロリとしたもの。あのクソヤローが心底愉快だと笑いながら注ぎ込んだ、快楽の塊。
  塞がろうとしていた傷に、忘れるなと言わんばかりにしみる。


…っ


  生暖かいものが太股を伝っていく。


「ア…ぅア……」


  僅かな痒みが、粘度のあったものが乾いてパリパリになって身体中に張り付いていることを教える。



  気持ち、わる、い…


  あのヤローが笑いながら全身に張り付いているような感覚。


  俺、ホントになにやってんだ…


  親友とあのクソが付き合っているのは知っていた。しかし、ウワサを聞けば聞くほど、そんな奴と親友が恋人だなんて堪えられなかった。
  本当はいい人なんだ、って、少し哀しそうに笑う親友の顔が忘れられない。

  なによりも、誰よりも大切な親友。その親友に、絶対に絶対に絶対に傷付いてほしくなかった。だから…代わりに自分の身体を差し出した。

  しかし、そんな思いも虚しく。
  あのクソと親友は、昨日ここでセックスをしていた。


  そう言えば今朝会ったときは、何かスッキリしたような顔をしてたな…


  全てを振り切ったような親友の顔を思い出す。昨日ここであのクソとまじわった後、親友は何かを決心したのだろう。今更になって思い出した親友の顔が、胸に刺さる。


  嘘で隠されたアイツの快楽のためだけの行為、そしてなにより空回った正義感。


  ホント、なにやってんだ…


  親友が悲しんでなかったこと、それだけが救いだ。






  再び動かなくなった俺に、目の前の人物は本格的にくすぐることを止めたらしい。先程まで感じていた気配は、いつの間にか遠くなっていた。

  オレはそれに更に苛立つ。


「テメェ、さっきから何なんだよ!」

「八代先輩!」


  聞き覚えの無い声。それが自分の名前を呼んだ。


「は?………誰だ!!」


  オレは呆気に取られるも…
  ひょっとしてあのクソが他人を使って何かけしかけたんじゃ…過ったそんな予感が苛立ちに火力を注ぐ。


「何しに来た!!」


  オレは手当たり次第に蹴りつけた。しかし、いとも簡単に捕まえられてしまう。


「ッは、離せっ!」


  オレの足をつかむのは、神経質そうなあの男とは違い、どっしりとした大きな手だ。どんなに引っ張ろうともびくともしない。






  足の方から、手からは想像もしないか細い声がした。


「く、くすぐっているつもりはなかったんです…ごめんなさ…い…」


  しかし、そんな声でオレの苛立ちは収まる訳はない。行き場の無いそれは、捕まえられている足を上下左右に暴れさせる。


「だったら何のつもりだ!?あ!?」

「あ、あの……身体を、き、綺麗、に、しようと、思っ…」

「へ?」


  全身に満ちる怒りをぶつけたい一心でがなるオレは、思わぬ返事に間抜けな声をもらした。しかし相手は、そのまま続ける。


「生徒会室に用事があったから、来てみたら、会長が出ていくのが見えて…その…」

「…」

「うっ…グスッ…や、八代先輩が、こんなことになって…る、なんて…」


  涙が混じる、本気で心配している声に、オレの怒りは徐々に小さくなっていく。






「これ、外してくれないか?」


  これ、を示すように、オレは縛られている両手と首を動かした。


「わかり…まし、た」

「ん」


  素直な返事に、やっと解放される安心感で身体から力が抜ける。しかし、相手の言葉にはまだ続きがあった。


「でも…八代先輩は、僕のこと、知らないから………手だけは、外しますから」


大きく鼻を啜る音がした後。


「僕のことは…見てほしくないんです」


  疑問を浮かべながらも、疲れきったオレは解放されたい一心で返事をした。






「っ!」

  手首の辺りで作業する気配を感じていたが、突然顔を撫でられオレは小さく悲鳴を上げる。

「もしかして、八代先輩…顔、殴られたんですか?」

「…」

  一瞬だって思い出したくないあの顔がチラついて、オレは口を閉ざした。


「先輩の、綺麗な顔が…」


  こいつもか。あのクソもこいつも、結局同じとこ見てんだな。


「八代先輩が、…」



「綺麗な顔も…いつも親友さんを助けようと一生懸命なとこも、ずっと、ずっと好きでした」


「僕が、八代先輩の、初めてに、なりたかった…」



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