涙と花

カイ異

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朽ち行く花の後悔

拒絶

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 月曜日、学校へと向かう雨車は最近の目まぐるしい出来事を頭の中で整理していた。赤点を取っているわけではないが、もともと頭はそれほど良くはない。
 先週の唯理との出来事など雨車のキャパシティを完全に超えていた。
 まずわかったことが、沢谷が変わったとされるきっかけは給食費の盗難事件ということだ。
 加えて沢谷の過去の性格から考えてこの事件は謎が多いということ。
 そしてもっと重要なのが桜家は恐らくこの給食費事件を知っているということだ。
 桜家は先週、沢谷とクラスメートになったのは四回と言っていた。そして自分と桜家がクラスメートの時、沢谷は同じクラスではなかった。
 それが意味するのは五年生の時桜家と沢谷はクラスメートだったということ。すなわち、桜家はその事件の当事者なのだ。知らないはずがない。
 だが、その事件がどのように二人を結び付けているのか、それだけは雨車には見当がつかなかった。
「特別なものが見える唯理さんはもうわかっているんだよね」
 雨車にとって唯理の花の話は自分の想像を超えるものだった。正直言って唯理以外がこの話をしていたらきっと自分は信じきれなかっただろう。
 だが、雨車は唯理と関わっていく中で彼のことを知っていった。今は彼が誠実な人であることも、本気で自分に協力してくれていることも知っている。
 そんな人の言葉を嘘だと決めつけることは雨車の心が許さなかった。
 そして唯理はすでにその力で桜家と沢谷さんの関係に仮説を立てているらしい。その仮説のことはまだ教えてくれなかったが教えない理由はわかる。
 きっとあいまいな情報で不用意に人を傷つけたくはないのだろう。唯理は心の問題になるといつも真剣だ。いつも間違えないようによく考えて行動している。
 そんな繊細で神経をすり減らすようなことは自分にはとてもできない。
「唯理さんを信じる」
 自分には唯理がどれほど考えを巡らせ、どれほど悩んでいるかなんて想像もつかない。
 だからこそ、信じる。それだけは貫こうと心に決めていた。
 
 教室につくと、雨車は時計を確認し桜家が来るのを待っていた。先週のカフェの一件以降、桜家には避けられていた。
 とはいってもこれは仕方ないことだとは思っていた。あの件について唯理さんとは仲直りできたといっても桜家とはちゃんと話をしていない。桜家はきっとあの日から傷ついたままなのだ。
 ガラガラと扉が開く音がする。雨車は反射的に視線を扉の方へ向けた。
 入ってきたのは思っていた通り桜家だった。扉の方を凝視していたため入ってきた桜家と目が合う。
 雨車は何か言おうと口を開いた。しかし、肝心な言葉は何も出てこない。まるで辺りの空気がなくなったみたいに口は乾き言葉を発せられなかった。
 こんな時何を言っていいのかわからなかった。
 時間は決して戻ってはこない。言葉を伝える絶好の機会を逃してしまった雨車をしり目に、桜家は視線をそらし自分の席へと進んでいった。
 それからはもどかしい時間が続いた。ずっと桜家に話しかけたかった。しかし、声を出そうとするたびに桜家との最後の会話が思い浮かぶ。
『私に関わらないでください』
 あの日雨車ははっきりと拒絶されたのだ。そんな自分がまた桜家に関わっていいのか、友達でいていいのか、雨車は自信が持てなかった。
 結局お昼になり、桜家が購買に行ってもなお雨車は動けないままだった。
 することもなく、持ってきた昼食を食べながら携帯をいじる。まだ唯理からの連絡は入っていなかった。何かをしたいが何をすればいいのかわからない。そんなもどかしさにせっかくの昼食の味さえあまり感じられなかった。

 それから昼休みが終わっても桜家は戻ってこなかった。雨車の中で嫌な予感が広がっていく。
 雨車はバレないように沢谷とその取り巻きたちへ視線を向けた。取り巻きたちは特におかしな様子もなくいつも通りだ。
 しかし、沢谷の様子は普段とは違っていた。良くも悪くも沢谷は常に堂々としており、些細なことでは動じない。そんな沢谷が何かを気にするようにそわそわしていた。
 もちろん誰にでもわかるような大きな変化ではない。授業で先生の話に耳を傾けていれば全く気付かないだろう。
 だが、落ち着いてみてみれば様子が少し変なのははっきりと分かった。
 雨車の中で何かが警鐘を鳴らしていた。桜家が戻ってこない事と沢谷の挙動はきっとつながっているはずだ。沢谷が桜家にまた何かをしたのだろう。
 だが、普段の沢谷ならばいじめをしていて取り乱すことなどありえない。ならば、今日はいつも以上にひどい仕打ちをしたのではないだろうか。
 そう考えるといてもたってもいられなくなった。
 雨車は授業が終わるとすぐに保健室に向かった。授業を休める場所と言ったら学校では保健室かトイレくらいだろう。どちらかといえば可能性が高そうなのは保健室だった。
 バタバタと階段を駆け下りて一階の保健室へと向かう。風でなびく髪が邪魔で仕方なかった。
 保健室につくと養護の先生が慌ててどうしたのかと尋ねてきた。息を切らして保健室に入ってきたから急用だと思ったらしい。
「芝蘭ちゃん来てませんか?」
 雨車の声に先生は安心したようににっこり笑った。
「なんだ。芝蘭ちゃんを心配してきてくれたんだ」
「はい、芝蘭ちゃん大丈夫ですか?」
「大丈夫、少しだるいから横になりたいだけらしいわ」
 雨車は安堵のあまり大きなため息をついた。階段を降りる最中はずっと、大きなけがをしていたらどうしようと考えていた。とりあえず、目に見えて大きなけががないだけで今は安心だった。
「ただ、何か悲しいことがあったらしくて泣いてたみたいなの。何か心当たりない?」
 先生の言葉に雨車は目を疑った。まさか桜家はいじめのことを先生たちに相談していなかったのだろうか? 
 桜家へのいじめは無視を中心にしたもので、おとなしい桜家のことを考えれば気づきにくいものだ。
 沢谷は悔しいが頭がすごくいい。バレないようにする工夫はきっちりしている。
 だから本人かクラスメートが言わない限り先生が知らないのも無理はない。
「実は……」
「家庭の事情です」
 突然かけられた声に二人はベッドの方を振り向く。そこには起き上がった桜家が暗い表情を浮かべていた。
「両親は仕事が忙しくてほとんど家に帰ってきません。それでいろいろごたごたがあるんです」
 とてもきっぱりとした有無を言わさぬ口調で桜家は告げる。雨車の開きかけた口はその圧力に負け閉ざされてしまった。
「雫ちゃん。来てくれてありがとう。でももういいから。これ以上は止めて」
 そういうと桜家はまた布団を被ってしまった。もう話すことはない。そう暗示しているようだった。
 雨車は詮索するなという言葉を噛みしめていた。これは間違いなく自分へのメッセージだった。自分が沢谷のことを調べていたことを知ったのだろう。
「ごめんなさい。もう授業も始まるし、そろそろ戻った方がいいと思うわ」
 そう言うと先生は扉の方へ雨車を促す。雨車は桜家の方へと手を伸ばした。しかし、その手は何もつかめないまま雨車は保健室を後にする。
 この日は、もう桜家に会うことはなかった。
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