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狂い咲く愛と軽蔑
友達という救い
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「唯理さん……」
石人が家を出ていった後、取り残された雨車はただその場に立ち尽くしていた。
雨車は俯くことしかできない。それほどまでに今の唯理からは近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
それから数十分経った頃だろうか。雨車はメッセージが来ているのに気づき携帯を確認する。
メッセージは母からのもので、石人が家に帰っては来たが部屋に閉じこもってしまったというものだった。
ひとまず石人が家に帰ってくれた事実に、雨車は少しほっとする。同時に、事態の急速な悪化に憔悴し、その場に垂れ込んだ。
「石人くん、自分の部屋に閉じこもっているそうです」
雨車は迷いながら唯理に伝えた。今日ほど感情を露わにしている唯理は見たことがない。そして、そこまで唯理が追い詰められる原因を作ったのは自分なのだ。
自分が唯理を頼りすぎたから、唯理の気持ちをちゃんと考えていなかったから、石人も唯理も今こんなに苦しんでいる。それなのにまた唯理に情報を伝えてよかったのだろうか?
「そうか……」
唯理は頷くだけで、それ以上の反応を示さなかった。しかしその数秒後、急に動き出し、石人の母親がよく使っていた化粧台へと近づいて行った。
「どうしたんですか?」
雨車は恐る恐る尋ねる。しかし、唯理は一切答えず台の中を漁り始めた。最初はゆっくりとした動作だったが次第に手の動きは荒くなっていく。
「唯理さん!」
予想を超えた唯理の行動に、雨車は慌てて唯理のもとに走り寄る。そして混乱しながらも唯理の手を掴んだ。
「落ち着いてください!」
感情がぐちゃぐちゃになり、雨車は声を荒げる。だが、それが功をそうしたのか、電源を切られた機械のように唯理は動きを止めた。
「あるはずなんだ……」
唯理の小さな呟きが聞こえた。まるで祈るような、すがるような声だった。
「あるはずなんだ。石人が母親から愛されていた証拠が……きっとどこかに……」
「急にどうしたんですか? それにあったとしても、こんな適当に調べたところで出てくるわけないじゃないですか!」
雨車の言葉を聞いて、唯理は額に手をついて項垂れた。
「あいつを俺みたいにするわけにはいかない。あいつにはまだいろんな可能性がある。いろんな考え方を知って、いろんな人の思いに触れて、前を向ける可能性がまだあるんだ。ここで、石人が愛されてなかったっていう結論にするわけにはいかないんだ」
「……」
唯理の言葉に雨車は何も答えられなかった。改めて悔しさが湧き上がる。自分は何もできない。
唯理の過去がどんなものか詳しい話は知らないし、仮に知っていたとしても自分では慰める言葉なんて全く浮かばない。石人に対してもどう接すればいいのかわからない。
「今日はもう帰りましょう。石人くんの様子は私がちゃんと見ます。だから、もう楽になってください。全部なかったことにしちゃってください。私たちのことでもう唯理さんに苦しんでほしくないです」
雨車の言葉に唯理は微かに頷いたように見えた。
「立てますか?」
唯理は答えずに立ち上がると玄関の方へと進んでいった。よろよろと歩くその様子が雨車の心を抉っていく。
家の外に出ると、空はもう一面真っ黒であった。見上げても星を見つけることはできず、月も雲で隠れている。
街路樹がざわざわと嫌な音を立てて、秋の夜の冷たい風が首を撫でた。
学校が終わってからまだ数時間しかたっていないのに、半日過ぎたような疲れが全身を襲う。
決戦の一日は虚しさと投げ出すこともできない重荷だけを残し、無情にも過ぎていった。
辛いことがあったとしても世界はまるで何事もなかったように進んでいく。感傷に浸る暇をくれるほど世の中は優しくない。
雨車は寝不足の目をこすりながら通学路を歩いていた。夜は全く眠れず、精神的な疲れも残っているため、ここ最近で一番の不調と言えた。
結局朝になっても石人は部屋を出てこなかった。それどころか誰が読んでも一切の返事をしない。あまりの変容ぶりに両親ともに驚きを隠せないようだった。
そして、そんな両親を見て、雨車は昨日石人から聞いたことを伝えることができなかった。
石人の口から出た真実はあまりにも重く、タールのようにドロドロとしていて、誰かに伝えることがどうしてもできなかった。
授業のチャイムが鳴っても、雨車の頭ははっきりしないままだった。手は機械的に板書をノートに写していくが、肝心の内容は全く理解できない。
授業を受けているというよりはただの作業をしているという感じだった。
いつもは長く感じる授業も、今日ばかりはあっという間に午前の分がすべて終わっていた。
自分が三時間近くも石人のこと、そして唯理のことを考えていたことに雨車の口から自嘲気味な乾いた声が漏れる。
その声は、昼食の騒がしさに誰にも聞こえないままかき消されるはずだった。だが、一人だけ聞き逃さない人間が側にいた。
「何かあったんですか?」
突如かけられた声に横を向くと、桜家がそこに立っていた。その顔はまるで雨車を安心させるように軽く微笑んでいた。
その笑みを見て雨車の心が揺れ動いた。今のこのもやもやとした気持ちを吐き出したい。だが、また巻き込んで唯理のように苦しむ人を増やしたくもなかった。
葛藤する雨車の様子を察したのか桜家は椅子に座ると静かに話し始めた。
「言いたくないのなら、それでいいんです。でも私は後悔したくないから、友達が苦しむのを見るのはもう嫌だから……。だから、私にできることは何でも言ってください」
そう言って恥ずかしそうに桜家ははにかむ。数か月前までは桜家の方が深く傷つき、自分が助けようとしていたのに、今では完全に立場が逆転している。
そんな皮肉な展開に、不謹慎ながらも運命を感じて、雨車は軽く苦笑する。
「私、変なこと言いました……?」
雨車の反応に心配になったのか、桜家は少し顔を赤くして雨車の目を覗き込む。
「ありがと、私は大丈夫」
雨車ははっきりとそう告げた。嘘ではなかった。思い出したのだ。桜家のことを通して学んだこと、それは人間にはいろんな面があるということだ。
桜家は昔、自分を拒絶した。だが、それは決して自分が嫌いだったからじゃないと今ならわかる。
人の気持ちは一筋縄ではいかないのだ。ならば一側面を見たからってへこんでいる場合ではない。
石人の父が来るまでもう時間がない。雨車は改めて覚悟を決める。絶対に諦めないと。最後まで非力でも自分のできることをしようと。
「前の雫ちゃんに戻りましたね。諦めが悪くて私に関わろうとし続けた、雨車ちゃんに」
そう言うと、桜家は恥ずかしそうにしながらも雨車の顔をまっすぐ見る。
「雨車ちゃんは確かにおっちょこちょいだし、失敗することもあると思います。でも大丈夫、雨車ちゃんはちゃんと私を助けてくれたんですから。だから、自分が正しいと思うことをしてください」
その言葉に雨車は目を丸くした。ここ最近ずっと悩んでいた。自分よりすごい人たちを見て、自分の意味をずっと考えていた。
だからこそ嬉しかったのだ。こんな自分でも、誰かの役に立てていたということが。
「ありがとう。私、自分にできることをやっていく」
桜家は安心したように微笑むと自身のお弁当を開いた。
「せっかくですから一緒に食べましょう」
雨車は大きく頷いた。何かが解決したわけじゃない。打開策が見つかったわけでもない。
でも、人の心は不思議なもので、前を向いただけで大丈夫だという安心感が湧き上がった。もう暗い気持ちは心の中にはなかった。
石人が家を出ていった後、取り残された雨車はただその場に立ち尽くしていた。
雨車は俯くことしかできない。それほどまでに今の唯理からは近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
それから数十分経った頃だろうか。雨車はメッセージが来ているのに気づき携帯を確認する。
メッセージは母からのもので、石人が家に帰っては来たが部屋に閉じこもってしまったというものだった。
ひとまず石人が家に帰ってくれた事実に、雨車は少しほっとする。同時に、事態の急速な悪化に憔悴し、その場に垂れ込んだ。
「石人くん、自分の部屋に閉じこもっているそうです」
雨車は迷いながら唯理に伝えた。今日ほど感情を露わにしている唯理は見たことがない。そして、そこまで唯理が追い詰められる原因を作ったのは自分なのだ。
自分が唯理を頼りすぎたから、唯理の気持ちをちゃんと考えていなかったから、石人も唯理も今こんなに苦しんでいる。それなのにまた唯理に情報を伝えてよかったのだろうか?
「そうか……」
唯理は頷くだけで、それ以上の反応を示さなかった。しかしその数秒後、急に動き出し、石人の母親がよく使っていた化粧台へと近づいて行った。
「どうしたんですか?」
雨車は恐る恐る尋ねる。しかし、唯理は一切答えず台の中を漁り始めた。最初はゆっくりとした動作だったが次第に手の動きは荒くなっていく。
「唯理さん!」
予想を超えた唯理の行動に、雨車は慌てて唯理のもとに走り寄る。そして混乱しながらも唯理の手を掴んだ。
「落ち着いてください!」
感情がぐちゃぐちゃになり、雨車は声を荒げる。だが、それが功をそうしたのか、電源を切られた機械のように唯理は動きを止めた。
「あるはずなんだ……」
唯理の小さな呟きが聞こえた。まるで祈るような、すがるような声だった。
「あるはずなんだ。石人が母親から愛されていた証拠が……きっとどこかに……」
「急にどうしたんですか? それにあったとしても、こんな適当に調べたところで出てくるわけないじゃないですか!」
雨車の言葉を聞いて、唯理は額に手をついて項垂れた。
「あいつを俺みたいにするわけにはいかない。あいつにはまだいろんな可能性がある。いろんな考え方を知って、いろんな人の思いに触れて、前を向ける可能性がまだあるんだ。ここで、石人が愛されてなかったっていう結論にするわけにはいかないんだ」
「……」
唯理の言葉に雨車は何も答えられなかった。改めて悔しさが湧き上がる。自分は何もできない。
唯理の過去がどんなものか詳しい話は知らないし、仮に知っていたとしても自分では慰める言葉なんて全く浮かばない。石人に対してもどう接すればいいのかわからない。
「今日はもう帰りましょう。石人くんの様子は私がちゃんと見ます。だから、もう楽になってください。全部なかったことにしちゃってください。私たちのことでもう唯理さんに苦しんでほしくないです」
雨車の言葉に唯理は微かに頷いたように見えた。
「立てますか?」
唯理は答えずに立ち上がると玄関の方へと進んでいった。よろよろと歩くその様子が雨車の心を抉っていく。
家の外に出ると、空はもう一面真っ黒であった。見上げても星を見つけることはできず、月も雲で隠れている。
街路樹がざわざわと嫌な音を立てて、秋の夜の冷たい風が首を撫でた。
学校が終わってからまだ数時間しかたっていないのに、半日過ぎたような疲れが全身を襲う。
決戦の一日は虚しさと投げ出すこともできない重荷だけを残し、無情にも過ぎていった。
辛いことがあったとしても世界はまるで何事もなかったように進んでいく。感傷に浸る暇をくれるほど世の中は優しくない。
雨車は寝不足の目をこすりながら通学路を歩いていた。夜は全く眠れず、精神的な疲れも残っているため、ここ最近で一番の不調と言えた。
結局朝になっても石人は部屋を出てこなかった。それどころか誰が読んでも一切の返事をしない。あまりの変容ぶりに両親ともに驚きを隠せないようだった。
そして、そんな両親を見て、雨車は昨日石人から聞いたことを伝えることができなかった。
石人の口から出た真実はあまりにも重く、タールのようにドロドロとしていて、誰かに伝えることがどうしてもできなかった。
授業のチャイムが鳴っても、雨車の頭ははっきりしないままだった。手は機械的に板書をノートに写していくが、肝心の内容は全く理解できない。
授業を受けているというよりはただの作業をしているという感じだった。
いつもは長く感じる授業も、今日ばかりはあっという間に午前の分がすべて終わっていた。
自分が三時間近くも石人のこと、そして唯理のことを考えていたことに雨車の口から自嘲気味な乾いた声が漏れる。
その声は、昼食の騒がしさに誰にも聞こえないままかき消されるはずだった。だが、一人だけ聞き逃さない人間が側にいた。
「何かあったんですか?」
突如かけられた声に横を向くと、桜家がそこに立っていた。その顔はまるで雨車を安心させるように軽く微笑んでいた。
その笑みを見て雨車の心が揺れ動いた。今のこのもやもやとした気持ちを吐き出したい。だが、また巻き込んで唯理のように苦しむ人を増やしたくもなかった。
葛藤する雨車の様子を察したのか桜家は椅子に座ると静かに話し始めた。
「言いたくないのなら、それでいいんです。でも私は後悔したくないから、友達が苦しむのを見るのはもう嫌だから……。だから、私にできることは何でも言ってください」
そう言って恥ずかしそうに桜家ははにかむ。数か月前までは桜家の方が深く傷つき、自分が助けようとしていたのに、今では完全に立場が逆転している。
そんな皮肉な展開に、不謹慎ながらも運命を感じて、雨車は軽く苦笑する。
「私、変なこと言いました……?」
雨車の反応に心配になったのか、桜家は少し顔を赤くして雨車の目を覗き込む。
「ありがと、私は大丈夫」
雨車ははっきりとそう告げた。嘘ではなかった。思い出したのだ。桜家のことを通して学んだこと、それは人間にはいろんな面があるということだ。
桜家は昔、自分を拒絶した。だが、それは決して自分が嫌いだったからじゃないと今ならわかる。
人の気持ちは一筋縄ではいかないのだ。ならば一側面を見たからってへこんでいる場合ではない。
石人の父が来るまでもう時間がない。雨車は改めて覚悟を決める。絶対に諦めないと。最後まで非力でも自分のできることをしようと。
「前の雫ちゃんに戻りましたね。諦めが悪くて私に関わろうとし続けた、雨車ちゃんに」
そう言うと、桜家は恥ずかしそうにしながらも雨車の顔をまっすぐ見る。
「雨車ちゃんは確かにおっちょこちょいだし、失敗することもあると思います。でも大丈夫、雨車ちゃんはちゃんと私を助けてくれたんですから。だから、自分が正しいと思うことをしてください」
その言葉に雨車は目を丸くした。ここ最近ずっと悩んでいた。自分よりすごい人たちを見て、自分の意味をずっと考えていた。
だからこそ嬉しかったのだ。こんな自分でも、誰かの役に立てていたということが。
「ありがとう。私、自分にできることをやっていく」
桜家は安心したように微笑むと自身のお弁当を開いた。
「せっかくですから一緒に食べましょう」
雨車は大きく頷いた。何かが解決したわけじゃない。打開策が見つかったわけでもない。
でも、人の心は不思議なもので、前を向いただけで大丈夫だという安心感が湧き上がった。もう暗い気持ちは心の中にはなかった。
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