噓と迷宮

カイ異

文字の大きさ
2 / 14

『迷宮』

しおりを挟む
 裕翔は薄汚れた服の上から心臓に手を当てる。思った通り静かだった。本来聞こえるはずの音が聞こえない。
 『迷宮』のことは知っていた。いや、村に住む誰もが知っているだろう。
 十数年前、一人の罪人が突如行方不明になった。それからというもの重い罪を犯した人間は次々とまるで神隠しのように姿を消していった。誰も彼らがどこに消えたかわからず、そのまま数年が過ぎていく。
 そんな中、ある日最初に消えた罪人が、町外れに立ち尽くしているのが見つかった。驚いたことに、彼の姿は消えたときのままだったという。
 ひげも伸びておらず老けた様子もない。不思議がる人々の前で、彼は自分の見た『迷宮』を話して聞かせた。
 最初の罪人が見つかってしばらくたつと次第に他の罪人も見つかるようになった。
 彼らは揃って『迷宮』の話を口にした。このあとも同じことが続いたという。罪人が消えては、ある日突如見つかる。
 次第に人は、その現象を受け入れていった。
 裕翔は自傷気味に笑った。まさか自分がここに来ることになるとは夢にも思わなかった。
 ここに時間の概念はないらしい。腹がすくことも疲れを感じることもない。あの階段を登り、身を投げても痛みはあるが死ねないらしい。
 ここから開放されるには本当に「自身」を知るしか方法はないのだろう。
 村にいたときは最初の頃に消えてからまだ姿を現さない人達の話を聞いた。誰かいないかあたりを見回すが、まるで誰かがいた痕跡がみえない。
 上を見上げて叫んでみたが反応はなかった。囚われた人同士は関われないようだ。
 裕翔はゆっくりと階段を上がっていった。ここにいてもできることは一つしかない。
 何より自分の罪と向き合う覚悟はできている。俺は本気であいつを憎み、殺したんだから。
 静かで優美な世界にコツコツと自分の足音だけが響く。上に広がる階段から、ひょっこり顔を出した太陽が裕翔を照らす。
 眩しさに顔をしかめながらも日の光を浴びて輝く全身鏡を目指した。
 罪と向き合おうとする自分をあざけているのだろうか?それとも、辛い現実に向き合う自分への一欠片の良心か?
 裏を読みたくなるほどにこの『迷宮』はきれいで、温かくて、天国だといわれても信じられる空間だった。罪人が閉じ込められる場所とは到底思えない。
「この空間が何にせよ、俺にはもう道がない」
 裕翔は目の前の全身鏡に、鏡の中の自分に向き直った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...