噓と迷宮

カイ異

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自身の罪

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 鏡を見つめていると、そこに文字が現れた。
『あなたは彼女を憎んでいましたか?』
 読み終わると文字はふっと消え、鏡に一人の女性が浮かんだ。
 スラリと長く伸びた髪が軽くまとめられ閉じられた両目も合わせて神秘的な雰囲気のある女性だった。年は自分のつ上だったから二十歳前半だ。
 しかし、その割には少し老けているような印象を受ける。何も見た目という話じゃない。どことなく人生に疲れ切った雰囲気があったのだ。
「ああ、憎かった」
 言いようもない苦しさを吐き出すように声が出た。彼女こそが自分の罪。彼女は自分が殺した女性だった。
 鏡は急に鏡面を黒く染め何も映さなくなった。
 次の鏡にいけということだろうか?
 噂話程度に話は聞いていたがいざ自分が囚われてみるとどうすればいいかまるで分らない。
 人の話をもっと聞くべきだったと後悔する。とはいえ、あそこで俺とまともに話をしてくれる人などほとんどいなかったが。
 裕翔は軽くため息をつくとまた階段を登りだした。
 強い風が吹き、伸びた髪が鬱陶しく揺れ動く。
 あいつに裏切られてから髪は切っていなかった。正確に言えば髪を切る暇さえなかった。常に息をひそめて洞窟に身を隠し、おびえて過ごした夜など両手で数えられない。
 その発端となったのがあいつだった。胸の奥がまたざわめき立つ。
 あいつのことは最後までわからなかった。俺がこの手で殺したとき、あいつは何も言わなかった。俺を罵倒もせず、抵抗もせず、死ぬとわかっていても苦悶の表情すら見せなかった。
 その疲れ切った顔に浮かんでいたのは俺に対する哀れみだったのだろう。
 考え事をしているうちに次の踊り場までたどり着いた。そこにある鏡はまだ黒く濁っていない。
 だいぶ階段を上ったせいか太陽が近く感じる。
 流れる汗は、暑さによるものだろうか?それとも次に何を聞かれるか不安になっているのだろうか?
 頭を振っていやな考えをはじき出す。
 俺はもう由香を殺してしまっている。今更何を怖がることがある。
 ここから出るにはいつかは向き合わなくてはならない。遅いか早いかの違いだけだ。
 一度諦めをつけると胸はスッと軽くなった。きっとそれはどうにもならないことには慣れてしまったからだろう。
『あなたはなぜ人を殺したんですか?』
 鏡に映ったのはまた質問だった。どんなものが来るか気を張っていたが、その理由ならばはっきりと答えられる。
 目をつぶればあの日の光景が鮮明に浮かび上がった。あいつ、由香ゆかが俺を裏切った日は突然だった。
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