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出会い
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由香と最初に出会った頃の記憶はほとんどない。
覚えているのは、今にも消えてしまいそうなかすかな光を求めて歩き続けていたこと、そして暗くなっていく視界に映った由香の顔だった。
俺は孤児だった。どこから来たのかはわからない。誰かが罪人なのではないかとも考えたらしいが、年齢を考えその線は消された。
なにより、その頃は捨て子などありふれていた。数年にわたる不作で、口減らしなど当たり前の世界だ。どこから来たかなど誰も気にしないだろう。
冷たい風が部屋に流れ込み体を刺す。裕翔は寒さに肩を震わせながら目を覚ました。
歩き通した所々に傷のある足を、痛みに顔をしかめながらさすっていく。感覚が鈍くなっていた足にじんわりと温もりが巡っていった。
震える足で立ち上がりあたりを見渡す。木でできた建物は作りが荒く、ところどころ隙間が見えた。
大方、村外れの物置小屋だろう。部屋にあった蠟燭は強い風で消えてしまったらしく、部屋の中は真っ暗だった。
手を壁に当ててゆっくりと進もうとする。
視界が悪いのもあったが、何より足の疲弊が激しかった。
泥で汚れボロ布と化した服が鉛のように重い。かじかんだ体はまるで自分のものじゃないかのように言うことを聞いてくれない。
裕翔は壁によりかかりしばらく固まっていた。
すると、不意に光が指す。暗い部屋に慣れていたせいで目がズキズキと痛んだ。
「やっと起きたんだ」
目を細め、手をかざしながら光の方を見る。そこにいたのは、意識がなくなる寸前で視界に映った少女だった。この小屋は彼女の物だろうか?
裕翔は改めて少女を観察する。
貧民と見間違えるほどにほぐれた羊毛で編まれたベージュの服の上に、分厚い毛皮を羽織っている。なぜ毛皮を成型しないのか疑問が浮かんだが、その目を見て理由がはっきり分かった。
正確に言うと目を見ることはできなかった。鼻から上は、服と同じ羊毛製のベージュの布切れが顔を隠すように巻き付いている。
おそらく目が見えないのだろう。ここ数年の飢饉で村同士での戦争など数えきれないほど起こっている。
ここにたどり着く途中も、目にけがを負い同じような姿をした死体が横たわっているのを見た気がする。
「まだ体調が悪いの?」
一言も話さずに壁に寄り掛かったままの裕翔を見て、少女は心配そうに近づいてきた。とっさに裕翔は後ずさる。
「大丈夫、何もしないよ」
しかし、少女は裕翔の方へお構いなしに進んでいく。
「つらかったよね。ここにいればもう大丈夫だから」
裕翔は顔を上げて少女をまじまじと見る。少女の顔に浮かんだ温かい笑顔は、どことなく母のものと似ていた。
裕翔の目からはらはらと涙がこぼれていく。きっとそれは大丈夫だという言葉が裕翔が何よりも望んでいた言葉だったからだ。
幼くして追い出された裕翔が求めていたのは食事でも家でもない。よりどころだった。
「この村で一緒にくらそう」
体を突き刺す凍てついた風はいつの間にか止み、暖かな陽光が祝福するように小屋の中を照らす。
光に照らされた少女は、目が見えない人、自分より弱い人間かもしれない。しかし、その時は誰よりも力強く輝いて見えた。
「ありがとう……ありがとう」
裕翔の嗚咽を少女はただ抱擁を持って受け入れる。
その瞬間、頭に温かいものがこみあげてくると同時に視界が揺らぎ、裕翔はまどろみに落ちていった。
その心にもう不安はなかった。
覚えているのは、今にも消えてしまいそうなかすかな光を求めて歩き続けていたこと、そして暗くなっていく視界に映った由香の顔だった。
俺は孤児だった。どこから来たのかはわからない。誰かが罪人なのではないかとも考えたらしいが、年齢を考えその線は消された。
なにより、その頃は捨て子などありふれていた。数年にわたる不作で、口減らしなど当たり前の世界だ。どこから来たかなど誰も気にしないだろう。
冷たい風が部屋に流れ込み体を刺す。裕翔は寒さに肩を震わせながら目を覚ました。
歩き通した所々に傷のある足を、痛みに顔をしかめながらさすっていく。感覚が鈍くなっていた足にじんわりと温もりが巡っていった。
震える足で立ち上がりあたりを見渡す。木でできた建物は作りが荒く、ところどころ隙間が見えた。
大方、村外れの物置小屋だろう。部屋にあった蠟燭は強い風で消えてしまったらしく、部屋の中は真っ暗だった。
手を壁に当ててゆっくりと進もうとする。
視界が悪いのもあったが、何より足の疲弊が激しかった。
泥で汚れボロ布と化した服が鉛のように重い。かじかんだ体はまるで自分のものじゃないかのように言うことを聞いてくれない。
裕翔は壁によりかかりしばらく固まっていた。
すると、不意に光が指す。暗い部屋に慣れていたせいで目がズキズキと痛んだ。
「やっと起きたんだ」
目を細め、手をかざしながら光の方を見る。そこにいたのは、意識がなくなる寸前で視界に映った少女だった。この小屋は彼女の物だろうか?
裕翔は改めて少女を観察する。
貧民と見間違えるほどにほぐれた羊毛で編まれたベージュの服の上に、分厚い毛皮を羽織っている。なぜ毛皮を成型しないのか疑問が浮かんだが、その目を見て理由がはっきり分かった。
正確に言うと目を見ることはできなかった。鼻から上は、服と同じ羊毛製のベージュの布切れが顔を隠すように巻き付いている。
おそらく目が見えないのだろう。ここ数年の飢饉で村同士での戦争など数えきれないほど起こっている。
ここにたどり着く途中も、目にけがを負い同じような姿をした死体が横たわっているのを見た気がする。
「まだ体調が悪いの?」
一言も話さずに壁に寄り掛かったままの裕翔を見て、少女は心配そうに近づいてきた。とっさに裕翔は後ずさる。
「大丈夫、何もしないよ」
しかし、少女は裕翔の方へお構いなしに進んでいく。
「つらかったよね。ここにいればもう大丈夫だから」
裕翔は顔を上げて少女をまじまじと見る。少女の顔に浮かんだ温かい笑顔は、どことなく母のものと似ていた。
裕翔の目からはらはらと涙がこぼれていく。きっとそれは大丈夫だという言葉が裕翔が何よりも望んでいた言葉だったからだ。
幼くして追い出された裕翔が求めていたのは食事でも家でもない。よりどころだった。
「この村で一緒にくらそう」
体を突き刺す凍てついた風はいつの間にか止み、暖かな陽光が祝福するように小屋の中を照らす。
光に照らされた少女は、目が見えない人、自分より弱い人間かもしれない。しかし、その時は誰よりも力強く輝いて見えた。
「ありがとう……ありがとう」
裕翔の嗚咽を少女はただ抱擁を持って受け入れる。
その瞬間、頭に温かいものがこみあげてくると同時に視界が揺らぎ、裕翔はまどろみに落ちていった。
その心にもう不安はなかった。
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