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「すまないねぇ。こんな私を許しておくれ」
そこは変わった部屋だった。どこにも窓がなく真っ暗なのに、蠟燭台がみあたらない。それどころかこの部屋には一切の光源がなかった。
それでも目が慣れてくると、目の前にいるのはまだ元気だったころの村長だと気づいた。
「海場は途中で気づいてしまった。もう素養があるのはお前と由香だけなんだよ」
裕翔は何を言っているのかわからず首を傾げた。
「私はどうしようもない人だね。何もわからないことをいいことにお前に残酷な宿命をせおわそうとしている」
「宿命?」
村長は大きくうなずいた。その言葉がどれほど重要なことかを示すように。
「由香も同じ宿命を背負っている。由香を助けてくれないかぇ」
子供ながらに何か重要な選択をしようとしていることに気づいた。だが、その時の裕翔にとって答えは簡単だった。由香が困っているのだ。
好きな人を見捨てることなどできるだろうか。
「やります」
裕翔は力ずよくうなずいた。
それから数日後、裕翔は算術の授業の後、村長に呼び止められた。
「『迷宮』のことは聞いたかぇ」
裕翔はうなずいた。
「『迷宮』は人でできているんだよ。選ばれた人の魂があの空間となり、殺された人の魂が鏡となって罪人と問答する」
初めて聞く話だった。村人も噂話程度に『迷宮』の話をするが、ここまで詳しく話した人は誰一人としていなかった。
「『迷宮』を生み出したのは由香の両親だ。お前は何で由香の目が見えないのか知っているかい?」
村長はまっすぐ裕翔の目を見つめる。老婆であるにもかかわらず、その目には嘘は許さないというすごみがあった。
「知りません」
「由香もそこまでは言わなかったんだね。まあ、これは村の禁忌でもあるから仕方がないか」
村長の目はどこか寂しそうだった。
「ある日、私と由香の両親がここを出ているうちに、ある男が由香の目を切りつけたのさ。それは大騒ぎになったよ。なんたってあの子たちにとってたった一人の愛娘なんだ。はらわたが煮えくり返る思いだったろうね」
村長はわなわなと震えていた。子供ながらに裕翔もひどい話だと憤慨していた。
「犯人はすぐに捕まった。でもその男は笑うばかりで何も言わなかった。結局怒り狂った、父親が男を殺してしまって、真相は闇の中だ。」
「それじゃあ、由香が目が見えない理由はわからないままだったんですか?」
村長はゆっくりと首を振った。
「わからないままにするわけにはいかなかったんだ。目が見えないっていうことは、針仕事も畑仕事も、算術も何もできないってことだからね。人生をつぶされたのと同義だったのさ。だからこそ、両親はなんで由香がこんな目に合わなくちゃいけあかったのか調べずにはいられなかった」
村長は軽く咳払いをした。ここからが大事なのだろう。
「犯人が死んじまったんだから普通の方法では調べられない。だから、両親は呪いに頼ったんだよ。魂を縛り付ける呪いにね」
「それが『迷宮』?」
村長はうなずいた。
「だが呪いには代償があるものさ。『迷宮』にももちろんある。その代償が、呪いをかけた人間が人柱となって『迷宮』そのものになることだったんだよ。呪いを実行した両親の内、母親は魂を奪われ生きているのか死んでいるのかわからない状態になった。そして、男を殺した父親は『迷宮』に取り込まれてしまった」
裕翔の頭をしわの寄った手が優しくさすった。
「それから、由香の父親は帰ってきていない。私が思うに、あの男には特に理由なんてなかったんだよ。大した意味もなく、やりたいからやった。ただそれだけさ。それを由香の父親は認められなかったんだろうね。だからきっと今も『迷宮』をさまよっている。『迷宮』から出る方法は自身を知ることとされているけど、正確には違うんだよ。殺したものと殺されたもの、双方が話し合って納得できた時のみに『迷宮』から罪人は出られる。自身を知ることはその過程でしかないんだ」
「でも、それと由香に何の関係があるんですか?」
「呪いは続くんだよ。ずっとね。由香の母親が死んでも、罪人たちが納得するまでずっと、ずっと。『迷宮』は禁忌だ。だから、由香の母親の体はずっと隠されてきたけど生きてはいたんだ。だけどね、ちょっと前にぽっくり逝っちまった。それからだよ、おかしな感覚が始まったのは。まるで魂が抜けたようにぼうっとしちまうんだよ。それがだんだん確かに長引いてきた。すぐにわかったよ次が私の番だって。由香の母親が死んだ今、次は私が『迷宮』になるんだ」
「そんな!じゃあ、村長が死んだら!」
「次は由香の番だろうね」
裕翔の体からさっと血の気が引いた。あまりにも突拍子もない話に震えが走る。嘘だと思いたかった。
だが、誰よりも周りに敏感だった裕翔はすぐにわかってしまった。村長は嘘を言っていないことに。
「僕はどうすればいいんですか?」
「呪いをいったんお前に移すんだ。お前と由香の年齢は同じくらいだ。由香の番が回ってくる頃には、由香も自分の人生を生き抜いているはずだよ」
村長は改めて裕翔の顔を真剣に見つめる。
「由香の代わりにやってくれるかぇ」
少しの沈黙の後、裕翔はうなずいた。その時に初めて自分の気持ちに気が付いた。
由香が自分にとってどれほど大切な存在なのかを。幼心にこれがきっと愛なのだろうとさえ思った。
「僕に由香を守らせてください」
話を終えると、村長は裕翔に暗示をかけた。ここでの会話を忘れるようにと。万が一にも由香にバレるわけにはいかないからだ。
そうして裕翔は着々と成長していった。算術の授業を受けるたびに村長は何かまじないをしていた。きっと授業をうけるたびに、二人きっりになった瞬間で着々と呪いを裕翔に流す算段を整えていたのだ。
そして、村長の死という運命の日が訪れた。
そこは変わった部屋だった。どこにも窓がなく真っ暗なのに、蠟燭台がみあたらない。それどころかこの部屋には一切の光源がなかった。
それでも目が慣れてくると、目の前にいるのはまだ元気だったころの村長だと気づいた。
「海場は途中で気づいてしまった。もう素養があるのはお前と由香だけなんだよ」
裕翔は何を言っているのかわからず首を傾げた。
「私はどうしようもない人だね。何もわからないことをいいことにお前に残酷な宿命をせおわそうとしている」
「宿命?」
村長は大きくうなずいた。その言葉がどれほど重要なことかを示すように。
「由香も同じ宿命を背負っている。由香を助けてくれないかぇ」
子供ながらに何か重要な選択をしようとしていることに気づいた。だが、その時の裕翔にとって答えは簡単だった。由香が困っているのだ。
好きな人を見捨てることなどできるだろうか。
「やります」
裕翔は力ずよくうなずいた。
それから数日後、裕翔は算術の授業の後、村長に呼び止められた。
「『迷宮』のことは聞いたかぇ」
裕翔はうなずいた。
「『迷宮』は人でできているんだよ。選ばれた人の魂があの空間となり、殺された人の魂が鏡となって罪人と問答する」
初めて聞く話だった。村人も噂話程度に『迷宮』の話をするが、ここまで詳しく話した人は誰一人としていなかった。
「『迷宮』を生み出したのは由香の両親だ。お前は何で由香の目が見えないのか知っているかい?」
村長はまっすぐ裕翔の目を見つめる。老婆であるにもかかわらず、その目には嘘は許さないというすごみがあった。
「知りません」
「由香もそこまでは言わなかったんだね。まあ、これは村の禁忌でもあるから仕方がないか」
村長の目はどこか寂しそうだった。
「ある日、私と由香の両親がここを出ているうちに、ある男が由香の目を切りつけたのさ。それは大騒ぎになったよ。なんたってあの子たちにとってたった一人の愛娘なんだ。はらわたが煮えくり返る思いだったろうね」
村長はわなわなと震えていた。子供ながらに裕翔もひどい話だと憤慨していた。
「犯人はすぐに捕まった。でもその男は笑うばかりで何も言わなかった。結局怒り狂った、父親が男を殺してしまって、真相は闇の中だ。」
「それじゃあ、由香が目が見えない理由はわからないままだったんですか?」
村長はゆっくりと首を振った。
「わからないままにするわけにはいかなかったんだ。目が見えないっていうことは、針仕事も畑仕事も、算術も何もできないってことだからね。人生をつぶされたのと同義だったのさ。だからこそ、両親はなんで由香がこんな目に合わなくちゃいけあかったのか調べずにはいられなかった」
村長は軽く咳払いをした。ここからが大事なのだろう。
「犯人が死んじまったんだから普通の方法では調べられない。だから、両親は呪いに頼ったんだよ。魂を縛り付ける呪いにね」
「それが『迷宮』?」
村長はうなずいた。
「だが呪いには代償があるものさ。『迷宮』にももちろんある。その代償が、呪いをかけた人間が人柱となって『迷宮』そのものになることだったんだよ。呪いを実行した両親の内、母親は魂を奪われ生きているのか死んでいるのかわからない状態になった。そして、男を殺した父親は『迷宮』に取り込まれてしまった」
裕翔の頭をしわの寄った手が優しくさすった。
「それから、由香の父親は帰ってきていない。私が思うに、あの男には特に理由なんてなかったんだよ。大した意味もなく、やりたいからやった。ただそれだけさ。それを由香の父親は認められなかったんだろうね。だからきっと今も『迷宮』をさまよっている。『迷宮』から出る方法は自身を知ることとされているけど、正確には違うんだよ。殺したものと殺されたもの、双方が話し合って納得できた時のみに『迷宮』から罪人は出られる。自身を知ることはその過程でしかないんだ」
「でも、それと由香に何の関係があるんですか?」
「呪いは続くんだよ。ずっとね。由香の母親が死んでも、罪人たちが納得するまでずっと、ずっと。『迷宮』は禁忌だ。だから、由香の母親の体はずっと隠されてきたけど生きてはいたんだ。だけどね、ちょっと前にぽっくり逝っちまった。それからだよ、おかしな感覚が始まったのは。まるで魂が抜けたようにぼうっとしちまうんだよ。それがだんだん確かに長引いてきた。すぐにわかったよ次が私の番だって。由香の母親が死んだ今、次は私が『迷宮』になるんだ」
「そんな!じゃあ、村長が死んだら!」
「次は由香の番だろうね」
裕翔の体からさっと血の気が引いた。あまりにも突拍子もない話に震えが走る。嘘だと思いたかった。
だが、誰よりも周りに敏感だった裕翔はすぐにわかってしまった。村長は嘘を言っていないことに。
「僕はどうすればいいんですか?」
「呪いをいったんお前に移すんだ。お前と由香の年齢は同じくらいだ。由香の番が回ってくる頃には、由香も自分の人生を生き抜いているはずだよ」
村長は改めて裕翔の顔を真剣に見つめる。
「由香の代わりにやってくれるかぇ」
少しの沈黙の後、裕翔はうなずいた。その時に初めて自分の気持ちに気が付いた。
由香が自分にとってどれほど大切な存在なのかを。幼心にこれがきっと愛なのだろうとさえ思った。
「僕に由香を守らせてください」
話を終えると、村長は裕翔に暗示をかけた。ここでの会話を忘れるようにと。万が一にも由香にバレるわけにはいかないからだ。
そうして裕翔は着々と成長していった。算術の授業を受けるたびに村長は何かまじないをしていた。きっと授業をうけるたびに、二人きっりになった瞬間で着々と呪いを裕翔に流す算段を整えていたのだ。
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