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第3話
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幸せな夢を見た。
素敵な彼氏と、春の陽射しの中をデートする夢。
周囲に花が舞っているようなその光景は、きっと夕べの戯れがもたらした悲しい女の願望。
それでもいいや。こんなに心が踊ったのも、随分と久しぶりな気がする。
やがて沈んでいた意識が浮上して、それと同時に縮こまった手を伸ばそうとして、制された。
……なぜ、身動きが取れないのだろう?
まだ重い瞼をゆっくりと持ち上げると、ぼんやりと霞む視界の先に綺麗な顔立ちの寝顔があった。
「――――――っ!!」
思わず上げそうになった悲鳴を必死に堪えて、状況を確認する。
何度見返しても間違いない。目の前にあるのは、桃哉くんの寝顔だ。
確か昨日、桃哉くんの想定外の行動に撃沈した私は、そのまま意識を手放してその場を逃げた。
身動きがとれないのは、桃哉くんが私を抱き枕代わりにして寝ているから。桃哉くんたちのために用意した毛布で私が眠ってしまったので、彼は何も掛けずに眠ったはず。多分、寒くてくっついて来たんだな。
毛布の中で手を動かすと……よし、服は着ている。酔った勢いで後輩と一夜を過ごすという失態は犯していないようだ。
じゃあ、他の2人はどうした?
野郎はごろ寝でいいとして、奈々ちゃんは私のベッドを使ってくれても全然構わないんだけど、家主の了解を得ずに寝室に行くのは流石に気が引けたかもしれない。
身動き取れない身体でゆっくりと首を持ち上げて部屋を見渡すが、昨夜は居たはずの姿はなかった。
奈々ちゃんは寝室だとしても、もう一人――陽生くんの姿も見当たらない。
……まさか、二人でベッドを使っているわけじゃないよな?
流石に、自分のベッドの上で他人がコトに及んでいるのは嫌だ。しかし、踏み込んで本当に二人がベッドの上にいたらどうする。何より、確かめに行こうにも、この状況からどうやって抜け出せばいいの!?
「あの二人なら居ませんよ」
声がする方を向くと、桃哉くんがそのぱっちりした目を開けてこちらを見ていた。
「おはようございます」
「あ……おはよ」
反射的に挨拶を返したが、彼は私を抱き枕にしていることに気づいていない。正気に戻った時、どれだけ狼狽するだろうか。
桃哉くんのことだから、自分と同じように焦って叫び声を上げようとするかもしれない。来たるべき時に備えて心の準備をしておこう。
そう思っていたのに――。
――チュッ。
近づいてきた形の良い唇は、私の唇に触れるだけの軽いキスを落とした。
――――――へ?
「あの二人は夕べ妃沙実さんが眠ったあとに帰りましたよ」
「そ……そうなの?」
あまりにも自然に話を始めたので、つい私も話に乗ってしまった。
目認してはいないが、私は服を着ている。彼とコトに及んでしまった覚えもない。
なのにどうして、恋人同士のような甘い目覚めを迎えているの……?
「じゃ、じゃあ、なんで桃哉くんは帰らなかったの?」
聞きたいことは山ほどあるができるだけ動揺を悟られたくない。
だけど、唇にはまだはっきりと彼の温もりが残っている。
気のせいではない。
――キス、したよね?
「俺は、まだ昨夜の返事をもらっていませんから」
「返事?」
「付き合いましょうって、言いましたよね?」
呆れたように溜め息を吐いた桃哉くんに至近距離で顔を覘かれてしまっては、もう動揺を隠すどころではなかった。
「ああああれはっ、酔った勢いで……っ、冗談でしょう?」
「冗談でキスすると思いますか?」
「……なんで、キスしたの?」
「好きだからに決まってるじゃないですか」
「うえええええ――!?」
「でもね、私は、彼氏と別れたばかりだし、まだその、引きずってるというか、時間が、ね?」
身体に絡みつく腕を必死に払いながら毛布で顔を隠そうとしたけれど、筋張った手にあっさりと捉えられると床に縫い留められてしまった。
朝っぱらから美男子に組み敷かれているなんて、これは夢だ。彼氏に振られたアラサー女の見る妄想だと信じたい。
だけど現実に私の上に覆いかぶさる桃哉くんは、悪戯っぽい瞳の中にも熱い情熱を浮かべている。
「妃沙実さんにとってはまだ時間が足りなくても、俺は十分待ちましたよ?」
いつも以上に低い声で囁かれるとともに彼の吐息が耳にかかり、背筋に甘い痺れが走った。
ああ、やっぱりこれは、夢じゃない。
「妃沙実さん、俺のこと好きですよね?」
「――はあ!?」
「無自覚ですか? ……性質が悪いな」
「今までずっと彼氏の話をしなかったのに別れた途端にこれみよがしにするようになって、毎晩のように慰めてほしいから飲みに付き合えとか、どう考えてもアピールしているとしか思いませんけど?」
「だってそれは、あの時、みんながあまりにも引いた顔をしたから……っ、」
彼氏の話をしたときの桃哉くんたちが頭の中に残っている。
特に、桃哉くんの顔。驚いたような、どことなく悲しげな表情に、なんともいえない罪悪感を植え付けられたような気がした。
「触ったり抱きついたりしましたよね? 好意がなかったら何ですか? パワハラですか?」
「うっ……」
「彼氏欲しいとか、愛してるとか、何とも思っていない相手にも言うんですか?」
「ううっ……」
「妃沙実さんって、恋愛もあっちも、回数はあっても経験は少ないですよね」
「な……っ!!」
「年上のお姉さんぶっているけど、本当は恋愛下手で駆け引きにも慣れていない。年下の後輩を可愛がって遊んでいるつもりで越えちゃいけない線を軽々しく乗り越えて、相手が本気になっているのにも気がつかない。無意識に好きな相手にちょっかいを出し続けるとか、子供ですか。」
「どうせ、高校生で止まってるわよ……」
言い当てられてはぐうの音も出なかった。私にとっては弟とじゃれているつもりでも、彼にしてみれば迷惑極まりないことだったと、今さら気づいてももう遅いのだ。
たった一度の恋愛に長くすがってきた末にあっさり捨てられた哀れな女が太刀打ちできるほど、彼は簡単な男ではない。
こうなってしまっては、完全に彼の方が優位に立っている。年上のプライドとか先輩の威厳とか、もはやそんなものは微塵も残ってはいなかった。
なんてみじめで格好悪いことをしていたんだろう。すべては、自分の未熟さが招いたこと。年齢だけを重ねて、中身が伴わないままに大人になってしまった。
アイツに捨てられる結果になったのも、きっと私が出会った時のままで成長しなかったからだ。手にしたことに満足して、繋ぎとめることだけに専念した。その間、私は、自分で自分を磨かなかった。新たに現れた魅力的な女性がいれば、気持ちが傾いてしまっても仕方がないことかもしれない。
今さらながら自分のしてきたことに後悔が生まれ、目にじわりと熱いものが浮かぶ。ここで泣いてしまうのは、本当に子供のすることだ。涙なんてとうの昔に枯れ果てたと思っていたのに、それでもやはり生まれてくる。
「でも、そんな貴女が好きですよ?」
目尻に溜まった涙を拭いながら、桃哉くんは穏やかに微笑んでいた。
桃哉くんは、いつものように笑みを浮かべる。
だけどそこにあどけなさを感じることはもうなかった。
「他人から見ればやめた方がいい恋愛にしがみつきながら、必死で等身大の大人の女性を演じている貴女が可愛くて仕方なかったんです。最初は、手に入らないと諦めていました。だけど、時々辛そうに笑う貴女の顔が、どうしても頭から離れなかった。自分でもどうしようもない位に、貴女が欲しい。だから折角巡ってきたチャンスを、俺は無駄にはしたくありません」
桃哉くんは片手をはずすと、私の身体を包んでいる毛布をゆっくりと開いていく。流れ込んできた冷たい空気とともに、彼の手がシャツの裾を捲ろうとするのを、残っている理性をかき集めて必死に押しとどめようとした。
「待って……、やっぱり、ダメだよ。会社で毎日顔を会わせるのに……げ、月曜日に、どんな顔して会えば」
「大人の女性ぶって、何事もなかったようにしてください」
「そんなの無理……っ」
「俺だってもう無理ですよ。今まで散々思わせぶりな態度で振り回してくれたんだから、今度は俺に振り回されてください」
「ふ、振り回してなんかっ」
言葉を最後まで口にすることはなく、今度は深く口づけられた。
半分開いた唇に彼の舌が侵入し、歯列をなぞり口蓋に触れ、口の中を這いまわる。逃げ場のない舌は絡み取られて、存分に吸われた。お互いの舌が絡み合う淫らな水音が脳内に響き渡り、下しきれなかった唾液が口の端から流れ落ちる。
ゆっくりと時間をかけて刻み込まれていく動きに頭の芯が痺れてきて、ようやく解放される頃には、すっかり抵抗する気力も失ってしまった。
「妃沙実さんの胸って大きいですよね……ずっと、触りたかったんです」
口ではそんなことを言いながらも、その手つきは決して性急なものではない。触れるか触れないかの絶妙なタッチで形を確かめるかのようにブラの上から膨らみを撫でられ、背中にたどり着くと器用に片手でホックを外す。
緩められたブラのカップを口で外しながらも、その瞳は真っ直ぐに私を見据えて放さない。
――こんな男、私は知らない。
露わになった胸を目の前にしても荒々しく触れたりはしない。冷たい指先で肌をなぞり、時々指先を埋めて、ようやく手の平で包まれても、まるで体温を奪っていくかのようにやわやわと揉みしだく。ほとんど触れられているだけなのに、優しく焦らされていく動きは、徐々に私の快感を引き出していく。
――こんな動き、私は知らない。
私の身体は、アイツしか知らない。
お互い処女と童貞で、知識といえばアイツの持っていたAVだけ。
アイツの抱き方にだけ慣れた身体に、桃哉くんの温もりが上書きされていく。
私を抱く腕の強さも、目の前にある肩の広さも、身体にかかる重みも、すぐ傍に感じる匂いも、なにもかもがまるで違う。
別れた相手に義理立てする道理もないけれど、ほんの少しだけ背徳感もある。
でもそれ以上に、桃哉くんをもっと知りたいと思っている自分がいた。
素敵な彼氏と、春の陽射しの中をデートする夢。
周囲に花が舞っているようなその光景は、きっと夕べの戯れがもたらした悲しい女の願望。
それでもいいや。こんなに心が踊ったのも、随分と久しぶりな気がする。
やがて沈んでいた意識が浮上して、それと同時に縮こまった手を伸ばそうとして、制された。
……なぜ、身動きが取れないのだろう?
まだ重い瞼をゆっくりと持ち上げると、ぼんやりと霞む視界の先に綺麗な顔立ちの寝顔があった。
「――――――っ!!」
思わず上げそうになった悲鳴を必死に堪えて、状況を確認する。
何度見返しても間違いない。目の前にあるのは、桃哉くんの寝顔だ。
確か昨日、桃哉くんの想定外の行動に撃沈した私は、そのまま意識を手放してその場を逃げた。
身動きがとれないのは、桃哉くんが私を抱き枕代わりにして寝ているから。桃哉くんたちのために用意した毛布で私が眠ってしまったので、彼は何も掛けずに眠ったはず。多分、寒くてくっついて来たんだな。
毛布の中で手を動かすと……よし、服は着ている。酔った勢いで後輩と一夜を過ごすという失態は犯していないようだ。
じゃあ、他の2人はどうした?
野郎はごろ寝でいいとして、奈々ちゃんは私のベッドを使ってくれても全然構わないんだけど、家主の了解を得ずに寝室に行くのは流石に気が引けたかもしれない。
身動き取れない身体でゆっくりと首を持ち上げて部屋を見渡すが、昨夜は居たはずの姿はなかった。
奈々ちゃんは寝室だとしても、もう一人――陽生くんの姿も見当たらない。
……まさか、二人でベッドを使っているわけじゃないよな?
流石に、自分のベッドの上で他人がコトに及んでいるのは嫌だ。しかし、踏み込んで本当に二人がベッドの上にいたらどうする。何より、確かめに行こうにも、この状況からどうやって抜け出せばいいの!?
「あの二人なら居ませんよ」
声がする方を向くと、桃哉くんがそのぱっちりした目を開けてこちらを見ていた。
「おはようございます」
「あ……おはよ」
反射的に挨拶を返したが、彼は私を抱き枕にしていることに気づいていない。正気に戻った時、どれだけ狼狽するだろうか。
桃哉くんのことだから、自分と同じように焦って叫び声を上げようとするかもしれない。来たるべき時に備えて心の準備をしておこう。
そう思っていたのに――。
――チュッ。
近づいてきた形の良い唇は、私の唇に触れるだけの軽いキスを落とした。
――――――へ?
「あの二人は夕べ妃沙実さんが眠ったあとに帰りましたよ」
「そ……そうなの?」
あまりにも自然に話を始めたので、つい私も話に乗ってしまった。
目認してはいないが、私は服を着ている。彼とコトに及んでしまった覚えもない。
なのにどうして、恋人同士のような甘い目覚めを迎えているの……?
「じゃ、じゃあ、なんで桃哉くんは帰らなかったの?」
聞きたいことは山ほどあるができるだけ動揺を悟られたくない。
だけど、唇にはまだはっきりと彼の温もりが残っている。
気のせいではない。
――キス、したよね?
「俺は、まだ昨夜の返事をもらっていませんから」
「返事?」
「付き合いましょうって、言いましたよね?」
呆れたように溜め息を吐いた桃哉くんに至近距離で顔を覘かれてしまっては、もう動揺を隠すどころではなかった。
「ああああれはっ、酔った勢いで……っ、冗談でしょう?」
「冗談でキスすると思いますか?」
「……なんで、キスしたの?」
「好きだからに決まってるじゃないですか」
「うえええええ――!?」
「でもね、私は、彼氏と別れたばかりだし、まだその、引きずってるというか、時間が、ね?」
身体に絡みつく腕を必死に払いながら毛布で顔を隠そうとしたけれど、筋張った手にあっさりと捉えられると床に縫い留められてしまった。
朝っぱらから美男子に組み敷かれているなんて、これは夢だ。彼氏に振られたアラサー女の見る妄想だと信じたい。
だけど現実に私の上に覆いかぶさる桃哉くんは、悪戯っぽい瞳の中にも熱い情熱を浮かべている。
「妃沙実さんにとってはまだ時間が足りなくても、俺は十分待ちましたよ?」
いつも以上に低い声で囁かれるとともに彼の吐息が耳にかかり、背筋に甘い痺れが走った。
ああ、やっぱりこれは、夢じゃない。
「妃沙実さん、俺のこと好きですよね?」
「――はあ!?」
「無自覚ですか? ……性質が悪いな」
「今までずっと彼氏の話をしなかったのに別れた途端にこれみよがしにするようになって、毎晩のように慰めてほしいから飲みに付き合えとか、どう考えてもアピールしているとしか思いませんけど?」
「だってそれは、あの時、みんながあまりにも引いた顔をしたから……っ、」
彼氏の話をしたときの桃哉くんたちが頭の中に残っている。
特に、桃哉くんの顔。驚いたような、どことなく悲しげな表情に、なんともいえない罪悪感を植え付けられたような気がした。
「触ったり抱きついたりしましたよね? 好意がなかったら何ですか? パワハラですか?」
「うっ……」
「彼氏欲しいとか、愛してるとか、何とも思っていない相手にも言うんですか?」
「ううっ……」
「妃沙実さんって、恋愛もあっちも、回数はあっても経験は少ないですよね」
「な……っ!!」
「年上のお姉さんぶっているけど、本当は恋愛下手で駆け引きにも慣れていない。年下の後輩を可愛がって遊んでいるつもりで越えちゃいけない線を軽々しく乗り越えて、相手が本気になっているのにも気がつかない。無意識に好きな相手にちょっかいを出し続けるとか、子供ですか。」
「どうせ、高校生で止まってるわよ……」
言い当てられてはぐうの音も出なかった。私にとっては弟とじゃれているつもりでも、彼にしてみれば迷惑極まりないことだったと、今さら気づいてももう遅いのだ。
たった一度の恋愛に長くすがってきた末にあっさり捨てられた哀れな女が太刀打ちできるほど、彼は簡単な男ではない。
こうなってしまっては、完全に彼の方が優位に立っている。年上のプライドとか先輩の威厳とか、もはやそんなものは微塵も残ってはいなかった。
なんてみじめで格好悪いことをしていたんだろう。すべては、自分の未熟さが招いたこと。年齢だけを重ねて、中身が伴わないままに大人になってしまった。
アイツに捨てられる結果になったのも、きっと私が出会った時のままで成長しなかったからだ。手にしたことに満足して、繋ぎとめることだけに専念した。その間、私は、自分で自分を磨かなかった。新たに現れた魅力的な女性がいれば、気持ちが傾いてしまっても仕方がないことかもしれない。
今さらながら自分のしてきたことに後悔が生まれ、目にじわりと熱いものが浮かぶ。ここで泣いてしまうのは、本当に子供のすることだ。涙なんてとうの昔に枯れ果てたと思っていたのに、それでもやはり生まれてくる。
「でも、そんな貴女が好きですよ?」
目尻に溜まった涙を拭いながら、桃哉くんは穏やかに微笑んでいた。
桃哉くんは、いつものように笑みを浮かべる。
だけどそこにあどけなさを感じることはもうなかった。
「他人から見ればやめた方がいい恋愛にしがみつきながら、必死で等身大の大人の女性を演じている貴女が可愛くて仕方なかったんです。最初は、手に入らないと諦めていました。だけど、時々辛そうに笑う貴女の顔が、どうしても頭から離れなかった。自分でもどうしようもない位に、貴女が欲しい。だから折角巡ってきたチャンスを、俺は無駄にはしたくありません」
桃哉くんは片手をはずすと、私の身体を包んでいる毛布をゆっくりと開いていく。流れ込んできた冷たい空気とともに、彼の手がシャツの裾を捲ろうとするのを、残っている理性をかき集めて必死に押しとどめようとした。
「待って……、やっぱり、ダメだよ。会社で毎日顔を会わせるのに……げ、月曜日に、どんな顔して会えば」
「大人の女性ぶって、何事もなかったようにしてください」
「そんなの無理……っ」
「俺だってもう無理ですよ。今まで散々思わせぶりな態度で振り回してくれたんだから、今度は俺に振り回されてください」
「ふ、振り回してなんかっ」
言葉を最後まで口にすることはなく、今度は深く口づけられた。
半分開いた唇に彼の舌が侵入し、歯列をなぞり口蓋に触れ、口の中を這いまわる。逃げ場のない舌は絡み取られて、存分に吸われた。お互いの舌が絡み合う淫らな水音が脳内に響き渡り、下しきれなかった唾液が口の端から流れ落ちる。
ゆっくりと時間をかけて刻み込まれていく動きに頭の芯が痺れてきて、ようやく解放される頃には、すっかり抵抗する気力も失ってしまった。
「妃沙実さんの胸って大きいですよね……ずっと、触りたかったんです」
口ではそんなことを言いながらも、その手つきは決して性急なものではない。触れるか触れないかの絶妙なタッチで形を確かめるかのようにブラの上から膨らみを撫でられ、背中にたどり着くと器用に片手でホックを外す。
緩められたブラのカップを口で外しながらも、その瞳は真っ直ぐに私を見据えて放さない。
――こんな男、私は知らない。
露わになった胸を目の前にしても荒々しく触れたりはしない。冷たい指先で肌をなぞり、時々指先を埋めて、ようやく手の平で包まれても、まるで体温を奪っていくかのようにやわやわと揉みしだく。ほとんど触れられているだけなのに、優しく焦らされていく動きは、徐々に私の快感を引き出していく。
――こんな動き、私は知らない。
私の身体は、アイツしか知らない。
お互い処女と童貞で、知識といえばアイツの持っていたAVだけ。
アイツの抱き方にだけ慣れた身体に、桃哉くんの温もりが上書きされていく。
私を抱く腕の強さも、目の前にある肩の広さも、身体にかかる重みも、すぐ傍に感じる匂いも、なにもかもがまるで違う。
別れた相手に義理立てする道理もないけれど、ほんの少しだけ背徳感もある。
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