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第三話 怪人ライブwithヒーロー
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「とりあえず、来てみたけど」
美江は黒沢から指示を受け、KTHから最寄りの駅の近くにある公園へと足を運んでいた。
ここは公園にしては規模が大きく、よくイベント会場としても用いられることでも有名な場所である。その中心部には、許可さえ取れば誰でも利用できるステージもあったはずだ。
「永山の奴、まだ来てないの? ……それにしても、さっきから聞こえる変な音は何かしら」
どこからともなく、人を不快にさせるような音が流れてくる。
美江は公園の敷地に入ってから、ずっと顔をしかめていた。
「ステージの方?」
現在位置は出入口付近。汚らしい音は、中心部の方から聞こえてきている。しかも、徐々に不愉快な音に悲鳴のようなものまで混じり始めた。
「うわっ! 逃げろ逃げろっ!」
「鼓膜が破れるっ!」
そう思ったのも束の間。公園の中心部の方から、血相を変えた人々がどっと出入口目がけて走ってきた。
彼らはそろいもそろって、耳を両手で強く押さえ込んでいる。
「きゃっ! な、何なのっ。ちょっと、すみません!」
集団の勢いに気圧されて転びそうになったしまった美江だが、どうにか逃げ惑う集団のうちの一人に接触を試みた。
「あの、何かあったんですか」
「何かって言われても。とにかく、ステージの方には絶対に近づくな。うああっ。耳が……」
「あっ。それって……行っちゃった」
ろくな情報は得られなかったが、ステージの方で何かが起きているということだけは間違いない。
美江は意を決して、不快な音が聞こえる方へと向かっていった。
「いっ!」
程なくして、美江は耳を塞いだまま走っていた集団の気持ちを理解することとなった。
問題となっている場所に辿り着くなり、意識せずとも自然と手が耳の方へと動いていく。
「あ、あいつら……怪人?」
石造りのステージの上に、奇抜な格好をした三人組がいる。横並びに立っていて、真ん中が女性で両サイドが男性というありがちな構成だ。三人とも頭部に角があることから、怪人であると判断できる。
「何あれ。バンドのつもり?」
美江はそれなりに距離のある位置から、三人組をじっくり観察した。
両サイドの男二人は裸にジージャンを羽織っており、はいているズボンにはやたらと鎖がジャラジャラとついていた。右がスキンヘッドで、左が赤く染めた髪をツンツン立てている。エレキギターをかまえて気持ちよさそうにかき鳴らしているが、その旋律は見事なまでにでたらめだ。
真ん中の女はボサボサのソバージュヘアーに風変わりな厚化粧。とりわけスタイルがいいわけでもないのに、恥ずかしげもなくピチピチのボディコンスーツを着用している。小指を立ててマイクを持ち、聞くに堪えないひどいしゃがれ声で洋楽らしき歌を熱唱している。
それらは、美江の目には何かを大きく勘違いしている売れないロックバンドにしか映らなかった。
「本当、ひどいわ。ううっ」
これ以上、ステージの方には近づけない。
美江は悶え苦しみながら、手を耳にさらに強く押しつけた。
怪人バンドが奏でるメロディは、まさに不協和音と形容するのにふさわしいものであった。両サイドのギターが尋常ならざるくらいにド下手くそなのも要因の一つであるが、何よりもボーカルの声がひどい。ギターに負けじと言わんばかりに張り上げられる声は、もはや歌とは呼べない。これではただの絶叫だ。それらの音が絶妙に化学反応を引き起こしあい、周囲一帯に騒音という名の地獄のメロディを響かせている。
「うう、頭が痛くなってきた。おかしくなりそう」
もうステージの周りには、人っ子一人いやしない。おそらく、怪人バンドの騒音に耐えられず、先程の集団となって逃げだしたのだろう。
「センキュー!」
ようやく一曲歌い終えたのか、ボーカルの女が腕を頭上に突き上げるポーズをとった。
本人達は達成感でいっぱいなのかもしれないが、既に鼓膜が限界の美江には安堵の情しかない。
「セイコーさん。今日のセッションはばっちりでしたね」
スキンヘッドの男が、ボーカルの女に向かって言った。
どうやら、彼女は『セイコー』という名らしい。
「楽しみですねえ、三日後のライブハウスでの本番。くうう~! 俺達のロック魂で、地球の奴らをしびれさせてやりましょう!」
今度は赤髪の男が興奮気味に叫ぶ。
幸か不幸かわからないが、奴らはそろいもそろって声量が異常に大きいので、耳が多少おかしくなっても問題なく話の内容を聞きとれた。
「そうねえ。じゃ、今日はこれくらいにしておきましょうか。あとは、三日後のために体力温存よ。じゃ、これにて解散!」
セイコーが聞き取りづらいかすれた声で号令をかけると、怪人バンドは段々と黒い霧のようなものへと変化し、そのまま空気に溶けるようにして消え失せてしまった。
「あれ? あれ? あれ?」
辺りが静寂に包まれると、美江は少々パニックを起こしながらステージへと駆け上がった。
つい先程まで怪人達がいたはずなのに、すっかり影も形もなくなってしまった。
「う、嘘でしょ」
ヒーローが登場する前に怪人がいなくなってしまうなんて。果たして、こんな展開があっていいのか。
美江が一人頭を悩ませていると、背後から足音が聞こえてきた。
「おっ、出たな。怪人プチ火山」
「ちょっと、誰が怪人よ! ……って、あ!」
特徴的でふてぶてしい声に振り向くと、そこにはボロジャージ姿の永山が立っていた。
怪人がいなくなってから登場するという失態もあってか、今更感が強烈に漂う。
「あんたねえ、駆けつけるの遅過ぎ。怪人なら、さんざん周囲に迷惑をかけた挙句にどっか行っちゃったわよ」
「おいおい、KTHで俺がどこにいるのか聞かなかったのか。俺のバイト先と、この公園とじゃ、かなり距離があっただろ。タクシー飛ばして間に合わなかったんだ。仕方ねえだろ」
「仕方ないって、それは……」
永山が悪びれる様子もなく弁解した直後、KTシーバーから着信音が流れた。
「また黒沢か」
不機嫌そうにしながらも、永山は画面に触れて着信に出た。
「永山君。怪人の方はどうなったんだい」
「いや、逃げられたってわけじゃないんですけどね、俺が到着する前にどっかにずらかりやがったみたいでして。現場にいたのは、残念なことに地味なプチ火山だけで」
「さっきから何なのよ、プチ火山って! 勝手に変なあだ名つけないでよ!」
美江は不名誉なあだ名に憤慨し、ステージで大暴れしていた怪人達に負けないくらいの大声を上げる。それを見た永山は、意地悪そうにニヤニヤと笑った。
「つまり、その。もしかして、怪人に出会うことすらなかったってこと?」
怒鳴り声に驚きつつも、黒沢は困惑した様子で事の次第を確かめる。
「そういうことですね。今回はちゃんとバイトを中抜けしてヒーローらしく駆けつけたんですから、文句は一切受け付けませんからね」
本来は責められるべき立場にあるくせに、永山の口振りは何故だか偉そうだ。
「あのね、ヒーローとバイトを掛け持ちしてるって時点で全然ヒーローらしくないから。そもそも、バイトをしないでずっとKTHにとどまっていれば、どこに行くにしたって充分間に合うんだよ。転送装置を使えば、怪人が現れた場所までひとっ飛びできることくらい知ってるよね」
すみません。それ、初耳なんですけど。
美江は、心の中でツッコミを入れた。
転送装置というのは、怪人を本部に送る際に使用しているものとおそらく同一のものだろう。あれには、本来の用途以外の使用方法があったのか。
……待てよ、そんな便利な機能があるのに、どうして私には使うかどうかを尋ねてくれたことがないのだ?
「KTHにずっととどまる? 馬鹿なこと言わないで下さいよ。怪人がそこまで頻繁に出没するってわけでもないのに、どうして時間をドブに捨てるような真似をしなくちゃいけないんですか。地域の平和如きのために、俺のバイトタイムを犠牲にする気なんて毛頭もありませんから」
「ご、如きって。地域の平和を、如きって……」
雇われ者であるとはいえ、とてもヒーローがするとは思えない外道発言に黒沢は絶句した。
そんな様子などはおかまいなしに、永山はさらに続ける。
「あと、転送装置はどういう理由があっても使いませんからね。あれ、着地場所は細かく指定できるみたいですけど、ひとっ飛びするなり空中に投げ出されるじゃないですか。極端に高い位置から落とされるってことはないって話ですけど、下手をしたら、着地の衝撃で身体の骨が折れますよ。怪人は丈夫にできてますから、本部の硬ーい床に投げ出されても平気なんでしょうけど」
先程抱いた疑問は、あっさり解決してしまった。
確かに、現場に転送装置で飛ばされるたびに空中に放り出されてはたまったものではない。馬鹿みたいな身体能力を持ったヒーローならともかくとして、凡人である美江が装置でぶっ飛ばされるようなことになれば、確実に怪我をするだろう。
「永山君の場合は、変身してから転送されればいい話じゃないか。あのスーツを着ている間は、身体の耐久力が飛躍的に上がるんだから。君の前に雇っていたヒーローは、ずっとそうやって現場に駆けつけてたんだからさあ」
「だから、変身は嫌だって言ってるじゃないですか。あんな恐ろしくダサいスーツを着るくらいでしたら、ヒーローやめますから。あのスーツ、機能性はともかくとして、デザインが根本的にトチ狂っているじゃないですか。あれを仕立てた人は、一体どういう美的センスをしているんですか。はっきり言って、あれを着て怪人を倒すよりも、ふんどし一丁で町内マラソンに出場する方がずっとマシです」
「僕にスーツのデザインのことを言われても困るよ。あれは、本部のスーツ開発部が担当してやってるんだからさ。八つ当たりにみたいに僕に苦情をぶつけて、何になるって言うんだい」
「貴方に苦情を言って何になるか? 金にならないのは確かですかね。うーん、憂さ晴らしくらいにはなってますよ」
「憂さ晴らしって……」
永山の猛毒を含んだ一撃を食らうと、黒沢は口元を小刻みに震わせながら固まってしまった。
どうやら、新たに言葉を継ぐ気力すら湧いてこなくなってしまったらしい。
「とりあえず、経費としてタクシー代はきっちりと請求させていただきますからね。今度領収書を持ってKTHに行きますから、よろしくお願いいたしますね。以上」
永山は一方的に通信を切ると、勝利の笑みを浮かべた。
「よく次から次へと人を不愉快にさせる言葉ばかり思いつくわね。その才能に感心するわ」
美江は軽蔑の眼差しを向けながら、精一杯の皮肉を言った。
「褒めてくれてありがとよ。ところでさ、お前は怪人のことを見たのか」
突然、永山は束ねている後ろ髪をいじりながら尋ねてきた。
数分前にしていた、人を嘲るような笑みとは打って変わって、今は真顔を作っている。
「え、ま、まあ」
「その怪人、どんな奴だった」
「どんな奴って……勘違いした馬鹿っぽいバンドみたいな三人組だったわよ。好き放題に地獄のメロディを奏でたら、満足して消えちゃったわ」
「ふーん。今度はいつ、どこに現れるとかほざいてなかったか。ほら、この前のトカゲジジイみたいにさあ」
「……」
ちょっと待て。こいつにしては、任務に対してやけに真面目過ぎやしないか。
話の途中で、何かを察した美江は警戒して黙り込んだ。
「どうした。いくらタダだからって、ここぞとばかりに俺の顔を拝み続けるってのはどうかと思うぞ」
「あんたの顔なんてこれっぽっちも拝んでないから。単に、その、あんたにしては仕事熱心だなって思って。どうせ、そういう時って」
美江は一瞬ためらうように口をもごもごと動かす。
そして、ボソッと小声で呟いた。
「ヒーローとしてじゃなくて、特別手当が目的で頑張ってるんだろうなーって」
「ん? 何だ、そんなことか。くっくくく……」
それを聞くなり、永山は表情を緩めて笑い始めた。
「な、何がおかしいっていうのよ」
「何がって、くくく……そんな当たり前のことを聞くためにわざわざこんなに溜めたと思うと馬鹿馬鹿しくってさあ」
「ば、馬鹿馬鹿しいってそんな!」
目の前のヒーローの性格は大体理解できてはいる。だが、馬鹿馬鹿しいというのはあんまりだろう。
今の発言のせいで積もり積もった怒りに火がつき、美江の顔はあっという間に紅潮した。
「あんたさ、仮にもヒーローでしょ。それなのに、いっつもお金、お金、お金って。ヒーローっていうのはさ、人の模範になるような立派な存在なわけでしょ。多少でも、そういう自覚とかないわけ? どこのヒーローがお金のために地域の平和を守るっていうのよ。ちゃんちゃらおかしいにもほどがあるわよ!」
火山が噴火でもするかのように溜まっていたうっぷんを吐き出すと、美江は軽く息を切らしながら永山を睨みつけた。
だが、奴は一切動じず舌打ちをしてから反撃を開始した。
「前にも言わなかったか。無料奉仕はボランティア団体くらいしか行わないものだと思えって。俺はな、慈善だとか思いやりだとかいう、上っ面だけの言葉は大嫌いなんだよ。大体さあ、前々から思ってたことなんだが、お前はヒーローって存在に甘いイメージを抱き過ぎなんだ。考えてもみろよ。現実世界に、何の見返りもなしに他人に善意を施す奴なんているか? いないだろ。だから、特撮ドラマだとかで、人間の夢と理想としてそういったコッテコテのイメージの中だけにしかいないヒーロー像って奴がはびこりやがるんだ。そんな理想像を、現実世界に生きている俺に求める方が間違ってんだよ。俺のことをどう思おうが自由だがな、お前の中のヒーロー像を押しつけるのはやめろよな」
「そこまで言わなくたって……」
屁理屈とも正論とも受け取れるような発言をぶちかまされ、美江は何も言い返すことができないままうつむいてしまった。
弱きを助け悪をくじく正義の象徴であるヒーロー。それはあくまでも人々の夢、理想としてだけで輝くものであって、現実に求めるのは押しつけがましいことなのだろうか。
「ふん、やっと黙ったか。あーあ、無駄なおしゃべりのせいで変に時間を食っちまったな。さーてと、バイトに戻るとするか」
永山は言うだけ言うと、大欠伸をしながら出入口の方へとさっさと歩いていった。
「あ……」
怪人達は、三日後にどこかのライブハウスに現れる。
横道にそれる前にされた質問の答えが今更になって浮かんだ美江であったが、もやもやとした気持ちが邪魔をして口に出す気にはなれなかった。
美江は黒沢から指示を受け、KTHから最寄りの駅の近くにある公園へと足を運んでいた。
ここは公園にしては規模が大きく、よくイベント会場としても用いられることでも有名な場所である。その中心部には、許可さえ取れば誰でも利用できるステージもあったはずだ。
「永山の奴、まだ来てないの? ……それにしても、さっきから聞こえる変な音は何かしら」
どこからともなく、人を不快にさせるような音が流れてくる。
美江は公園の敷地に入ってから、ずっと顔をしかめていた。
「ステージの方?」
現在位置は出入口付近。汚らしい音は、中心部の方から聞こえてきている。しかも、徐々に不愉快な音に悲鳴のようなものまで混じり始めた。
「うわっ! 逃げろ逃げろっ!」
「鼓膜が破れるっ!」
そう思ったのも束の間。公園の中心部の方から、血相を変えた人々がどっと出入口目がけて走ってきた。
彼らはそろいもそろって、耳を両手で強く押さえ込んでいる。
「きゃっ! な、何なのっ。ちょっと、すみません!」
集団の勢いに気圧されて転びそうになったしまった美江だが、どうにか逃げ惑う集団のうちの一人に接触を試みた。
「あの、何かあったんですか」
「何かって言われても。とにかく、ステージの方には絶対に近づくな。うああっ。耳が……」
「あっ。それって……行っちゃった」
ろくな情報は得られなかったが、ステージの方で何かが起きているということだけは間違いない。
美江は意を決して、不快な音が聞こえる方へと向かっていった。
「いっ!」
程なくして、美江は耳を塞いだまま走っていた集団の気持ちを理解することとなった。
問題となっている場所に辿り着くなり、意識せずとも自然と手が耳の方へと動いていく。
「あ、あいつら……怪人?」
石造りのステージの上に、奇抜な格好をした三人組がいる。横並びに立っていて、真ん中が女性で両サイドが男性というありがちな構成だ。三人とも頭部に角があることから、怪人であると判断できる。
「何あれ。バンドのつもり?」
美江はそれなりに距離のある位置から、三人組をじっくり観察した。
両サイドの男二人は裸にジージャンを羽織っており、はいているズボンにはやたらと鎖がジャラジャラとついていた。右がスキンヘッドで、左が赤く染めた髪をツンツン立てている。エレキギターをかまえて気持ちよさそうにかき鳴らしているが、その旋律は見事なまでにでたらめだ。
真ん中の女はボサボサのソバージュヘアーに風変わりな厚化粧。とりわけスタイルがいいわけでもないのに、恥ずかしげもなくピチピチのボディコンスーツを着用している。小指を立ててマイクを持ち、聞くに堪えないひどいしゃがれ声で洋楽らしき歌を熱唱している。
それらは、美江の目には何かを大きく勘違いしている売れないロックバンドにしか映らなかった。
「本当、ひどいわ。ううっ」
これ以上、ステージの方には近づけない。
美江は悶え苦しみながら、手を耳にさらに強く押しつけた。
怪人バンドが奏でるメロディは、まさに不協和音と形容するのにふさわしいものであった。両サイドのギターが尋常ならざるくらいにド下手くそなのも要因の一つであるが、何よりもボーカルの声がひどい。ギターに負けじと言わんばかりに張り上げられる声は、もはや歌とは呼べない。これではただの絶叫だ。それらの音が絶妙に化学反応を引き起こしあい、周囲一帯に騒音という名の地獄のメロディを響かせている。
「うう、頭が痛くなってきた。おかしくなりそう」
もうステージの周りには、人っ子一人いやしない。おそらく、怪人バンドの騒音に耐えられず、先程の集団となって逃げだしたのだろう。
「センキュー!」
ようやく一曲歌い終えたのか、ボーカルの女が腕を頭上に突き上げるポーズをとった。
本人達は達成感でいっぱいなのかもしれないが、既に鼓膜が限界の美江には安堵の情しかない。
「セイコーさん。今日のセッションはばっちりでしたね」
スキンヘッドの男が、ボーカルの女に向かって言った。
どうやら、彼女は『セイコー』という名らしい。
「楽しみですねえ、三日後のライブハウスでの本番。くうう~! 俺達のロック魂で、地球の奴らをしびれさせてやりましょう!」
今度は赤髪の男が興奮気味に叫ぶ。
幸か不幸かわからないが、奴らはそろいもそろって声量が異常に大きいので、耳が多少おかしくなっても問題なく話の内容を聞きとれた。
「そうねえ。じゃ、今日はこれくらいにしておきましょうか。あとは、三日後のために体力温存よ。じゃ、これにて解散!」
セイコーが聞き取りづらいかすれた声で号令をかけると、怪人バンドは段々と黒い霧のようなものへと変化し、そのまま空気に溶けるようにして消え失せてしまった。
「あれ? あれ? あれ?」
辺りが静寂に包まれると、美江は少々パニックを起こしながらステージへと駆け上がった。
つい先程まで怪人達がいたはずなのに、すっかり影も形もなくなってしまった。
「う、嘘でしょ」
ヒーローが登場する前に怪人がいなくなってしまうなんて。果たして、こんな展開があっていいのか。
美江が一人頭を悩ませていると、背後から足音が聞こえてきた。
「おっ、出たな。怪人プチ火山」
「ちょっと、誰が怪人よ! ……って、あ!」
特徴的でふてぶてしい声に振り向くと、そこにはボロジャージ姿の永山が立っていた。
怪人がいなくなってから登場するという失態もあってか、今更感が強烈に漂う。
「あんたねえ、駆けつけるの遅過ぎ。怪人なら、さんざん周囲に迷惑をかけた挙句にどっか行っちゃったわよ」
「おいおい、KTHで俺がどこにいるのか聞かなかったのか。俺のバイト先と、この公園とじゃ、かなり距離があっただろ。タクシー飛ばして間に合わなかったんだ。仕方ねえだろ」
「仕方ないって、それは……」
永山が悪びれる様子もなく弁解した直後、KTシーバーから着信音が流れた。
「また黒沢か」
不機嫌そうにしながらも、永山は画面に触れて着信に出た。
「永山君。怪人の方はどうなったんだい」
「いや、逃げられたってわけじゃないんですけどね、俺が到着する前にどっかにずらかりやがったみたいでして。現場にいたのは、残念なことに地味なプチ火山だけで」
「さっきから何なのよ、プチ火山って! 勝手に変なあだ名つけないでよ!」
美江は不名誉なあだ名に憤慨し、ステージで大暴れしていた怪人達に負けないくらいの大声を上げる。それを見た永山は、意地悪そうにニヤニヤと笑った。
「つまり、その。もしかして、怪人に出会うことすらなかったってこと?」
怒鳴り声に驚きつつも、黒沢は困惑した様子で事の次第を確かめる。
「そういうことですね。今回はちゃんとバイトを中抜けしてヒーローらしく駆けつけたんですから、文句は一切受け付けませんからね」
本来は責められるべき立場にあるくせに、永山の口振りは何故だか偉そうだ。
「あのね、ヒーローとバイトを掛け持ちしてるって時点で全然ヒーローらしくないから。そもそも、バイトをしないでずっとKTHにとどまっていれば、どこに行くにしたって充分間に合うんだよ。転送装置を使えば、怪人が現れた場所までひとっ飛びできることくらい知ってるよね」
すみません。それ、初耳なんですけど。
美江は、心の中でツッコミを入れた。
転送装置というのは、怪人を本部に送る際に使用しているものとおそらく同一のものだろう。あれには、本来の用途以外の使用方法があったのか。
……待てよ、そんな便利な機能があるのに、どうして私には使うかどうかを尋ねてくれたことがないのだ?
「KTHにずっととどまる? 馬鹿なこと言わないで下さいよ。怪人がそこまで頻繁に出没するってわけでもないのに、どうして時間をドブに捨てるような真似をしなくちゃいけないんですか。地域の平和如きのために、俺のバイトタイムを犠牲にする気なんて毛頭もありませんから」
「ご、如きって。地域の平和を、如きって……」
雇われ者であるとはいえ、とてもヒーローがするとは思えない外道発言に黒沢は絶句した。
そんな様子などはおかまいなしに、永山はさらに続ける。
「あと、転送装置はどういう理由があっても使いませんからね。あれ、着地場所は細かく指定できるみたいですけど、ひとっ飛びするなり空中に投げ出されるじゃないですか。極端に高い位置から落とされるってことはないって話ですけど、下手をしたら、着地の衝撃で身体の骨が折れますよ。怪人は丈夫にできてますから、本部の硬ーい床に投げ出されても平気なんでしょうけど」
先程抱いた疑問は、あっさり解決してしまった。
確かに、現場に転送装置で飛ばされるたびに空中に放り出されてはたまったものではない。馬鹿みたいな身体能力を持ったヒーローならともかくとして、凡人である美江が装置でぶっ飛ばされるようなことになれば、確実に怪我をするだろう。
「永山君の場合は、変身してから転送されればいい話じゃないか。あのスーツを着ている間は、身体の耐久力が飛躍的に上がるんだから。君の前に雇っていたヒーローは、ずっとそうやって現場に駆けつけてたんだからさあ」
「だから、変身は嫌だって言ってるじゃないですか。あんな恐ろしくダサいスーツを着るくらいでしたら、ヒーローやめますから。あのスーツ、機能性はともかくとして、デザインが根本的にトチ狂っているじゃないですか。あれを仕立てた人は、一体どういう美的センスをしているんですか。はっきり言って、あれを着て怪人を倒すよりも、ふんどし一丁で町内マラソンに出場する方がずっとマシです」
「僕にスーツのデザインのことを言われても困るよ。あれは、本部のスーツ開発部が担当してやってるんだからさ。八つ当たりにみたいに僕に苦情をぶつけて、何になるって言うんだい」
「貴方に苦情を言って何になるか? 金にならないのは確かですかね。うーん、憂さ晴らしくらいにはなってますよ」
「憂さ晴らしって……」
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どうやら、新たに言葉を継ぐ気力すら湧いてこなくなってしまったらしい。
「とりあえず、経費としてタクシー代はきっちりと請求させていただきますからね。今度領収書を持ってKTHに行きますから、よろしくお願いいたしますね。以上」
永山は一方的に通信を切ると、勝利の笑みを浮かべた。
「よく次から次へと人を不愉快にさせる言葉ばかり思いつくわね。その才能に感心するわ」
美江は軽蔑の眼差しを向けながら、精一杯の皮肉を言った。
「褒めてくれてありがとよ。ところでさ、お前は怪人のことを見たのか」
突然、永山は束ねている後ろ髪をいじりながら尋ねてきた。
数分前にしていた、人を嘲るような笑みとは打って変わって、今は真顔を作っている。
「え、ま、まあ」
「その怪人、どんな奴だった」
「どんな奴って……勘違いした馬鹿っぽいバンドみたいな三人組だったわよ。好き放題に地獄のメロディを奏でたら、満足して消えちゃったわ」
「ふーん。今度はいつ、どこに現れるとかほざいてなかったか。ほら、この前のトカゲジジイみたいにさあ」
「……」
ちょっと待て。こいつにしては、任務に対してやけに真面目過ぎやしないか。
話の途中で、何かを察した美江は警戒して黙り込んだ。
「どうした。いくらタダだからって、ここぞとばかりに俺の顔を拝み続けるってのはどうかと思うぞ」
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美江は一瞬ためらうように口をもごもごと動かす。
そして、ボソッと小声で呟いた。
「ヒーローとしてじゃなくて、特別手当が目的で頑張ってるんだろうなーって」
「ん? 何だ、そんなことか。くっくくく……」
それを聞くなり、永山は表情を緩めて笑い始めた。
「な、何がおかしいっていうのよ」
「何がって、くくく……そんな当たり前のことを聞くためにわざわざこんなに溜めたと思うと馬鹿馬鹿しくってさあ」
「ば、馬鹿馬鹿しいってそんな!」
目の前のヒーローの性格は大体理解できてはいる。だが、馬鹿馬鹿しいというのはあんまりだろう。
今の発言のせいで積もり積もった怒りに火がつき、美江の顔はあっという間に紅潮した。
「あんたさ、仮にもヒーローでしょ。それなのに、いっつもお金、お金、お金って。ヒーローっていうのはさ、人の模範になるような立派な存在なわけでしょ。多少でも、そういう自覚とかないわけ? どこのヒーローがお金のために地域の平和を守るっていうのよ。ちゃんちゃらおかしいにもほどがあるわよ!」
火山が噴火でもするかのように溜まっていたうっぷんを吐き出すと、美江は軽く息を切らしながら永山を睨みつけた。
だが、奴は一切動じず舌打ちをしてから反撃を開始した。
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永山は言うだけ言うと、大欠伸をしながら出入口の方へとさっさと歩いていった。
「あ……」
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そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
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