ヒーロー劣伝

山田結貴

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第六話 怪人のエレジー

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 日が沈んで辺りが暗くなった頃、美江は問題の怪人とともに最寄りのハンバーガーチェーン店に入った。
 ドリンクを注文してから向かい合って席に着き、改めて話を伺おうとかまえる。
「ええと、まずは」
 ぐううう……。
 早速質問をしようとした直後、正面に座る怪人から腹の虫の鳴く音が聞こえた。
「えっと。ひょっとして、お腹が空いてるんですか」
「はい。恥ずかしながら……」
 怪人は、おどおどとしながら目を伏せる。
 なお、彼は頭に帽子を被っているため、周囲に角は見えていない。
「さっきドリンクを注文した時に、何か頼めばよかったのに。食べながらでも、話はできますよ」
「いや、実は。食べ物を頼めるほどの持ち合わせがなくて。さっきドリンクを注文した時に、全財産を使い果たしました」
「え?」 
 この人、今までどうやって生きてきたのだろう。
 ふとそんなことを思った美江だが、彼が嘘を言っているようには思えなかったため、自分の財布を取り出した。
「わかりました。じゃあ、私がおごりますよ」
「え! それは流石に申し訳ないと……」
「いいんです。目の前でずっとお腹を鳴らされたら、話に集中できませんし。これで何か買ってきて下さい」
 美江は財布から千円札を取り出し、怪人に手渡した。
 すると、彼は感極まったのか再び涙声になり始めた。
「ぼ、僕は異星人だっていうのに、ここまで優しくしていただけるなんて。地球の人達って、温かい方ばかりだ……」
「お願いですから、ここでは絶対に泣かないで下さい。変に注目されちゃいますから」
 ここはこぢんまりとした、隠れスポットの『夢幻』とは違う大手のハンバーガーチェーン店。客の数が雲泥の差であることは言わずもがな、注目されるようなことをやらかしてしまうと大ダメージを受けること間違いなしなのである。
 怪人がどうにか落ち着き、千円で買えるだけのハンバーガーを買い込んできてから話は再開された。
「で、そろそろ本題に入りますか。えっと……何て呼んだらいいですか」
「僕のことですか? 地球では、桜井と名乗らせていただいています。本名だと、とてもこの地域に溶け込めそうになかったので」
 怪人改め桜井は、ハンバーガーをがっつきながらも生真面目に答える。
 端から見ると、純朴な好青年といった感じにしか見えないのが不思議だ。
「じゃあ、桜井さん。貴方はどうして、地球の店でバイトなんてしてたんですか。まさかと思いますけど、ナーゾノ星の皇帝の陰謀で、スパイとして派遣されてきたとかじゃないですよね?」
 美江はまず、怪人の目論みなどにありそうな、微妙にそれっぽいことを聞いてみた。
 これまで騒音事件や試食の独占などといった、セコい悪事ばかりを行うやからばかりを派遣してきた皇帝が、そのような企てを思いつくかどうかは別として。
「そんな、とんでもない。僕みたいな平民なんて、皇帝に謁見することもできないんですよ。皇帝に直々に命令を下されるのは、よほど身分が高い者か、能力に秀でた実力者くらいのものです」
「はあ」
 もしかして、過去にこの地域に出現して大暴れしていた奴らは皆、ナーゾノ星ではそこそこ高い地位にいる者ばかりだったというのだろうか。あんなしょうもないことばかりやらかした連中が? 信じられない。
 まだ少ししか話を聞き出していないというのに、美江は早くも頭痛に襲われ始めていた。
「大丈夫ですか。何だかつらそうに見えるんですけど」
「気にしないで下さい。大丈夫ですから」
「なら、いいんですけど……。それにしても、ナーゾノ星に皇帝が存在していることまでご存じなんですね。地球の情報収集能力はすごいですね」
「え、いや、まあ」
 ヒーローがぶちのめしてきた怪人のうち何人かが、うっかり口を滑らせちゃってましたから全部知ってるんでーす!
 ……何て、絶対に言えるわけがない。
「とにかく、桜井さんは皇帝とかとは関係なく地球に来たってことですよね」
「その通りです。色々と、事情がありまして」
 桜井は、ハンバーガーを口に動かす手を止め、暗い面持ちを作って息をつく。そして、自分が遠路はるばる地球にまでやってきた事情について話し始めた。
「僕には、家族がいます。父と母と、弟と妹が合わせて七人。兄弟達は皆、そろいもそろって育ち盛りで。さっきも言いましたけど、僕の家は平民の家庭ですから、そんなに裕福ではありません。それでも、父と二人で家庭に金を入れている時はどうにか生活できていました。でもある日、父が急病で倒れてしまって……。幸い命は助かりましたが、継続した治療が必要な、働けない身体になってしまいました。僕が当時、地元で働いて得ていた収入だけでは食べていくのも厳しくなり、母が地球で言うとパートみたいなことをして働き始めました。それでも、育ち盛りの兄弟達の食費と、父の治療費で出費がかさんで火の車に……。これではやっていけない。そう思い悩んでいた時、僕はある話を耳にしたんです。地球のお金……特に、日本と呼ばれる国のお金が、ナーゾノ星では大きな価値を持つということです。何でも、上流階級層の中で地球旅行に出かけるのがブームになったらしく、その旅行先の中で一、二を争う人気の日本のお金を、大枚をはたいてでも手に入れたいという方々が増えて、需要が高まったらしくて。それを聞いて、僕は決心したんです。家庭を支えるために、地球で働いて仕送りをしようと。ナーゾノ星人が、地球では怪人と呼ばれて恐れられていることや、地球での仕事がとても大変だということも知っていました。でも、地元で地道に働くよりはうんと早く稼げる。少しでも早く、家族に楽な思いをさせてやれる。それが、僕が地球に来て働いていた理由です」
「……」
 やはり彼は、今まで現れた怪人達とは大きく異なる。
 美江は戸惑いながら、桜井のことを凝視していた。
 悪事うんぬんどころか、家族を養うために出稼ぎに来ていたなんて。持ち合わせがないといったのも多分、家族に少しでも多く稼いだ金を送ろうとしたからなのだろう。それにしても、自身が怪人と認識されるという状態を知っていながら、それでもアウェーな世界に単身で飛び込んだなんて……。あやうく目から、何かがホロリとこぼれてしまうところだった。
「でも、地球って思っていたよりもいいところで安心しました。周りの人はみんな、僕に優しく接してくれますし、仕事でドジを踏んでもフォローしてくれて……あれ、どうかしました?」
「あ、いや、別に」
「そうですか。もし気分が優れないのであれば、無理しないで下さいね」
 どこかの誰かをこんな風にじっと見たりなんかしてしまったら、きっと「何、俺のこと見てんだよ。いくら見るのがタダだからって、目の保養にしてんじゃねえよ」などと喧嘩を売ってきそうなものなのだが、桜井は逆にこちらの身を案じてくれた。彼はひょっとして、人としてもかなりできているのではないだろうか。厳密に言うと、人間ではないということを考慮してもなお。
 美江の中で、桜井に対する好感度がグッと上昇していった。
「私のことは、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。そっか。そんな理由が……なら、KTHには」
「見つけたぞ」
「!」
 何か今、このタイミングで聞こえるべきではない声が耳に飛び込んできたような。
 パッと横を向いてみると、窓越しにとんでもないものが目に入った。
「な、なななな……」
 白塗りメイクを顔面に施し、派手な格好をしたピエロがこちらを睨んでいる。原型をとどめないレベルの仮装であるが、この鋭い三白眼を持つ奴なんて、間違いなくあいつしかいない……永山だ。
「な、何で」 
 一体何故、永山がこんなところにいるのだ。それに、何なのだ。この珍妙な出で立ちは。
 言いたいことは山ほどあったが、それを口にするよりも先に永山が窓に顔を押しつけながら話し始めた。
「花咲、何でお前が怪人と仲よさげにデートなんかしてんだよ。とうとう仕事に嫌気が差し過ぎて、KTHを裏切ったか」
 何ということか、桜井の正体までばれてしまっているではないか。
 こうなると、考えられる可能性はただ一つ。KTHが何らかの情報ルートで桜井のことを突き止め、永山に退治をするように命じたのだ。
「嘘でしょ……?」
 桜井は全くもって善良な心の持ち主。それなのに、どうして悪事を働く怪人を退治する組織であるKTHに狙われなければならないのか……。
「あの。このピエロさんは」
「桜井さん、早く逃げないと大変なことになるわ。このピエロの正体は、ヒーローなのよ!」
「ええっ」
 ヒーローというワードを聞くなり、桜井は目を白黒させなが何度もピエロの方を見た。
「どうにかしないと」
 どういう経緯でこのような事態になってしまったのかは気になるところであるが、それを考察している場合ではない。桜井を何とか逃がしてやらないと、故郷の星に強制送還されてしまう。それだけは、絶対に阻止しなければ。
 美江は自身がKTHに所属しているという立場を忘れ、強く決心した。
「あいつは、今はすっごくふざけた格好してますけど、ああ見えて鬼みたいに強いんです。逃げないと、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃないですよ」
「ええ、故郷で噂を何度か耳にしたことがあります。でも、どうやって逃げろっていうんです?」
「う……」
 派手なピエロが窓に張りついて叫ぶ様子に、店内にいる客は完全に注目しきっている。このまま誰かが通報して永山が警察にでも連行されるまで待ってみるという手段がないわけでもないのだが、それだと事情聴取だとかいう名目で桜井まで連れていかれてしまうかもしれない。そうなれば、彼の正体が地球人でないことが怪人の存在を知らない一般人にばれてもっとややこしいことが巻き起こるという、最悪の事態が待ち受けている可能性も充分に考えられる。
 ……となるとやはり、永山をまいて逃げるしか道は残されていないようだ。
「あ。そういえばナーゾノ星人って、瞬間移動みたいなことをできるんじゃないでしたっけ。私、何度か怪人が霧になって消えていくのを見たことがあるんですけど」
 苦し紛れに思い出したことを、一応といった感じで尋ねてみる。
 だが、桜井は困り果てた様子で呟いた。
「確かに、ナーゾノ星人にはそういった能力を持つ者はいますけど、僕にはできません。あれは、一部の優秀な者しか体得できない技なんですよ」
「そんな……」
 もはや、万策は尽きたか。
 あきらめかけた頃、とうとう永山が「こんな格好で入りたくないんだが……仕方ねえ」などと言いながら店内に足を踏み入れた。これぞまさしく、大ピンチ。
「僕、ヒーローさんに事情を説明してみます。彼だって、話せばきっとわかってくれるはずです」
 何を思ったのか、桜井は覚悟を決めたような顔をして徐々に近寄ってくる永山の方へと向き直った。
 それを見た美江は仰天し、ブンブンと首を激しく振った。
「無理ですよ、そんなの! このままだと、絶対にボコボコにされちゃいますって。あいつは、金のためなら何でもする外道なんです。もう、言わば鬼畜みたいな奴なんですから。そんな男が、人様の事情に耳を傾けるわけがありません!」
「いや、きっと大丈夫ですよ。きちんと順序を立ててお話すれば、わかってくれるはずです」
「ああ、もう……」
 駄目だ。永山にも己のねじ曲がった信念を貫こうとする節があるが、桜井も桜井で頭でっかちな部分があるらしい。
 こうなれば、一か八か。うまくいくか自信はないが、賭けに出るしかない。
 美江はある行動をとる決意をし、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「おい。何をさっきからこそこそと」
 恐怖のピエロが、すぐそこまで迫っている。その距離がごくわずかになったのを見計らい、美江はテーブルの上に置かれていた、飲みかけのドリンクを手に取った。
「えいっ!」
「うぎゃあ!」
 ドリンクを顔面にぶっかけられるなり、永山はうめき声を上げながらその場にしゃがみ込んだ。
 一応飲んでいたドリンクは冷製のものであったため、火傷の心配はないのだが、どうやら思いきり目に入ってしまったらしい。
 これはちょっと、まずかっただろうか。そう思いはしたものの、今は気にしてはいられない。
 美江は強引な手によって無理矢理作り上げた隙をついて、桜井の腕を掴んだ。
「ほら、今のうちです。行きますよ」
「え、でも……ヒーローさん、苦しんでますよ。このまま放っておいては」
「少しは自分の身の安全のことも考えて下さい! とにかく、行くったら行くんです!」
「はっはい!」
 何だか周囲がざわついているような気もするが、そんなことはどうでもいい。とりあえず、この場から逃げ出すことが先決だ。
 何が目の前で起きたのかを理解できず、ただただ呆然とするばかりの店内の客達になど目もくれず、二人は店から猛ダッシュで出ていった。
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