派遣の美食

ラビ

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五皿目-海ぶどうと山芋

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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

 その日、南瀬夏樹が彼に抱いた最初の印象は、『大丈夫かこいつ』だった。

「はい。では先ずここの商品をリストの数だけ1カートに積んで、正の字の数だけカートを作って向こうに運んでくれるかな?」
「「分かりました」」
 今日の南瀬の仕事は、飲料水、レトルト、カップ麺等を中心にした食品倉庫での出荷作業だった。
 作業自体は単純だが、缶ジュースやミネラルウォーターを束ねた段ボール箱は地味に重い。

 そして、今の説明にあった『カート』。一般的なのはスーパー等で買い物カゴを載せる物や、荷物を括り付けてトランクケースの様に転がす物等の『台車』全般が思い浮かぶが、運送会社では必須の道具なので、用途に応じて更に多岐に渡る。
 一番分かりやすいのが、頑丈な台車からハンドルが生えただけの単純な物や、折り畳み可能で人が数人入れる位の檻型コンテナのカゴ車。
 小型でハンドルが無い代わりに、オリコンーー折り畳みコンテナーーを重ねて転がす物等がよく使われる。
 因みにオリコンは普段は板状に畳んで、広げれば段ボール箱の様に扱えて便利なので、最近では一般用も出回っている。
 挙句、アニメ等のロゴをミリタリー風にデザインした『痛オリコン』まで...。

 それは兎も角。

 この現場で『カート』と言うと、横長で、両横の端から金属の梯子状の持ち手が生えた、頑丈な折り畳み式の台車を指す。大きさは、持ち手の高さが車輪を含めて人並の高さ、台車の幅もほぼ同じで、正面から見ると『口』の字から天井を取った形だと思って頂きたい。
 商品は全て一列に並べて、壁の様に積載して運搬する。
 そして、あちこちで大量のカートを使い回すので、畳んで重ねたカートを押して回るのも仕事の内に入る。つまり...。

「はぁ...、はぁ...」
「......」 
 殆ど鉄の塊なカートは当然重い。一台や二台なら女性でも転がせるが、四台、八台と重ねて運ばなければならない時は、大の大人が全身を使って押さなければびくともしない。

「ふぅ...、はぁ...」
「......」
 一度動けば後は勢いで少しは楽に動かせるのだが、段差、曲がり角、坂道と、障害物競走をしている様な状態で、しかも炎天下の屋外と蒸し暑い屋内との往復。当然、汗みずくで疲労も溜まる。
 しかし、この程度なら南瀬も慣れた物だし、この日の現場に合わせて凍らせた2リットルの麦茶と塩飴も用意している。無茶で身体を壊す様な働き方はしないのが南瀬の主義である。
 ...問題なのは、もうひとりの同じ会社から派遣されたスタッフだった。

「ひぃ...、しぬ...」
「......」
 黙々とカートを運ぶ南瀬の隣りで、先程から喘ぎながら同じ作業をしているのは、派遣スタッフに登録している以上、恐らく成人している筈だが、高校生位の少年にしか見えなかった。
 何故そう見えるかと言えば、酷く痩せている上、内面的にも線が細い感じがして、それが実年齢以上に幼く見えたのかも知れない。
 柳瀬(やなせ)と名乗っていたが、とてもこんな現場には向いていない。ここは南瀬の知る限り五本の指に入る、過酷で人気の無い現場だった。

「...柳瀬君」
「ひぃ...はぁ...」
「柳瀬君」
「うぷ...ぐぅ...」
「柳瀬君!」
「...は、ハイ!」
 朦朧としていた所で怒鳴られて、思わず柳瀬が手を離したカートが明後日の方へ流されそうになったので、南瀬は自分が転がしていたカートをぶつけて止めた。

「柳瀬君。少し休憩しましょう」
「いえ、その」
「大丈夫、ここの社員さんから許可がおりました。倒れて早退される方が皆困ります。冷たい物でも飲んで少し休んだ方が良いです」
「は、はい。ありがとうございます…」
 柳瀬の状態は派遣先の社員も危惧していたので、問題無く臨時の休憩を取る許可が貰えた。


「......」
 冷房の利いた休憩室のテーブルに着いて麦茶を飲む南瀬。対面の席には柳瀬が突っ伏していた。
 幸い一番キツイ作業は一段落した物の、柳瀬の状態は早退を勧めるか微妙な所だった。

「柳瀬君。コレ良ければどうぞ」
 のろのろと顔を上げた柳瀬の前に置かれたのは幾つかの飴玉に見えた。

「えっと...」
「塩飴です。これを舐めて水を飲むとスポーツドリンクと同じ効果があります。今みたいに大汗かいた時に良いですよ」
「い、いただきます...!」
 先ずは一個口に放り込むと、脱水症状を起こしかけた身体に甘塩っぱさが美味く感じたのか、ふたつ目を頬張ってボリボリ齧り出した。
 ...まあ、分かり易く塩飴と言ったが、ラムネに近いタブレットタイプなので、飴よりは齧り易かろうが...。

「余分に渡して置きますから、辛くなった時に舐めて下さい」
「すみません、すみません...!」

 ...今所属している派遣会社から振られる仕事を、南瀬の中では向き不向きで大体四つに分けている。

 女性優先の、流れ作業中心の立ち仕事。商品の箱を作ったり中身を詰めたり、ラベルを貼ったり等。

 男女共有の、商品の入荷出荷と在庫管理。倉庫内をひたすら歩き回って、分類された棚に商品を振り分けたり、逆に集めたり等。

 男性中心の、上記二つとほぼ同じだが、多少重い物を扱う仕事。

 そして、更に重い物を長時間扱い続ける過酷な仕事。

 当然派遣会社も、それらを考慮に入れてスタッフを割り振っている筈だが、下二つの割り振りが怪しい事が多い。
 打ち込まれたデータだけでは体格や身体能力まで把握出来ないのかも知れないが、今回以上に過酷な現場で、柳瀬の様な若者と、女性スタッフを寄越して、当然二人共倒れて仕事にならなかった事があったと、派遣先に愚痴を言われた事があった。
 勿論その派遣先も、その二人が悪いとは思って居ない。そして、目の前で泣きそうな顔で水をガブ飲みして居る柳瀬が悪い訳でも無い。
 南瀬は、最悪のマッチングミスを繰り返す派遣会社に、怒りを感じていた...。


「山芋...ですか?」
「そう。おろすのが面倒なら、細く切るだけでも良いです。後は...」
 柳瀬も何とか定時まで乗り切り、二人は同じ電車で帰路に付いていた。
 柳瀬の食事事情を聴くと、別に食うに困っている訳ではなく、偏食気味と言うか食事自体に興味が無いらしい。
 派遣スタッフも、大学の傍らに初めたバイトの積もりだったが、よりによって初仕事で今日の現場に回されたとか。
 今後続けるにせよ、もっと楽な仕事を探すにせよ、彼の体力不足は深刻だったので、雑談のネタに、南瀬は手軽に精の付く物を教えていた。

「大蒜はおろさずに粒ごと火を通せば胃にも優しいから、袋麺でも茹でる時に一緒に煮れば...」
「あっ...、僕ここで降りますので。今日は色々ありがとうございましたっ」
 そう言うと柳瀬は、慌てる様にホームを降りた。

「...まあ、余計なお世話だよな...」
 南瀬の小さな溜息は、閉まるドアに弾かれて消えた。
 ...結局、南瀬が彼を見たのは、この日が最初で最後だった...。


 色々な意味で疲れた南瀬は、飯を外で済ませてから安アパートに戻ってシャワーを浴びた。
 今日は自炊はしない積もりだったが、ふと戸棚に置いた水草の様な物が目に止まる。

「...これも早めに使い切らないとな」
 生鮮食品パックに使われるスチロールの皿に盛られていたのは『海ぶどう』だった。
 名前の通り、葡萄の様なビーズ大の緑の粒が房となっているが、沖縄名産の海草だそうだ。
 表面の食感はワカメに似ているが、粒を噛むと昆布出汁の様な旨味のスープが詰まっている。イクラが植物になった様な珍味である。
 夏頃になると、何故か近くのスーパーで売り始めるので、少し高いが偶の贅沢に仕入れた物だった。

「酒の肴でも作るか...」
 南瀬は冷蔵庫から山芋と明太子、絹豆腐のミニパックを取り出すと、めんつゆを底に薄く張った小鉢に豆腐を入れ、山芋の皮を剥いて短冊切りにし、豆腐の上に薪の様に盛り付けた。
 そして明太子を真ん中から切り開いて中身を搾り出すと、山芋の上に盛り、残った明太子の皮も微塵に切ってその上に。
 更に板海苔を細く刻んで天盛りにしたら、最後に海ぶどうを乗せて...、

「山芋の明太和え...。まあ、毎回そう捻るのもアレか...」
 居酒屋だと茗荷や葱、おろし生姜等も盛りそうだが、海ぶどうを使い切るのを優先したので、余り薬味を増やしても邪魔だと止めた。

「...いただきます」
 箸を取った南瀬は山芋を摘み、明太子やめんつゆに絡めて口に運んだ。山芋のシャクシャクとした歯応えが楽しく、冷奴もツルンとした冷たさが今日の疲れを癒してくれる。
 合間に冷酒をお猪口でチビりとやる南瀬。普段は発泡酒かビールしか呑まないが、今夜は日本酒の気分だった。

 南瀬は、呑んでも滅多に酔わない。飲み会でガブ呑みやチャンポンでもすれば流石に酔い潰れるが、自分のペースで呑む限り、南瀬にとってビール瓶の大一本程度ではジュースと変わらない。
 ...だが、今夜は酔いたかった。上の無能のツケで人が死ぬ事も有る。その事を久しぶりに思い知ったから。

「...だからと言って、仮に自分が上に立てたとして、同じミスを犯さないとも限らないんだよな...」
 暗澹たる気持ちを味わいつつ、楽しみに取って置いた海ぶどうを摘む。プチプチ、ボリボリと、数の子より少し柔らかい歯応えと旨味を楽しむ南瀬。
 既に二合の徳利を呑み干しつつあるが、少し頬を赤らめた位で、味覚もしっかりしている。

 ...酔う為に呑む積もりだったのに、自己管理の賜物で身体は健康そのものなのと、しっかりツマミを挟んでいるので全然酔えて無い。寧ろ昔より酒に強くなった気がする。
 最早習慣になった健全な食生活が、こんな時は恨めしい。そう自嘲しつつ、人事の問題について思い悩んだ。

 …寧ろ、人事こそプロの仕事で有るべきだと思う。なのに、そう言う大事な仕事程、素人が引き継ぎでやらされて居る感が有るのは何故だろう。
 ...せめて、今日倒れ掛けていた少年が、将来善い職場に巡り会える事を願いたい。

 ともあれ。ぐい、と冷酒を煽ると、
「...ご馳走様でした」
南瀬は杯を置いた。

ー完ー
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