派遣の美食

ラビ

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七皿目-薩摩芋のプリン

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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。

 『蠱毒』と言う物がある。ひとつの壺等に、ありとあらゆる毒虫を閉じ込めると、やがて互いに喰らい合い、生き残った毒虫は、より強い毒を持つと言う。
 怪奇物ではよく使われる題材だが、最近では別の意味に使われる事も有る。
 閉鎖された環境に不特定多数の人間を置いた時、その人選によっては人間関係が加速度的に悪化して行く様を評して『まるで蠱毒の様だ』と。


「言われたらサッサと集まりなさいよ!ダラダラしてんじゃ無いわよ!」
 癇癪を起こした年配の女性チーフの号令に、四方に散って衣料品を棚に入れて居た派遣スタッフ達は、辟易した面持ちで作業を止めて集まって来た。
 就職活動を続ける青年、南瀬夏樹も、その中の一人だった。

 短期契約で本職を再開した物の、初給が降りるのが当分先な為、生活費を補うべく南瀬は土日だけスポット派遣の仕事を続けて居た。
 今日の仕事は服飾関係の倉庫整理。作業自体は単純な物で、『ハンディ』或いは『ハンディスキャナー』と呼ばれる、レジ等でバーコードを読取る機械を携帯型にした物が貸し出され、自分の担当した商品を幾つ、どの棚に入れたか登録するだけで後は会社のサーバーにデータが吸い上げられる様になっている。
 操作は誰でもすぐに覚えられるので、後はどれだけ数をこなせるかの根気と、...登録のプログラムの出来次第だった。

「私言ったよねぇ!?この部門の商品は今回こっちの棚。でも必ず既に入っている棚が無いか確認しろって!」
 今居る現場の倉庫は、衣類を英数字で細かく分類した『部門』で区画が分けられている。本来はその部門に応じて仕分けるはずだが、何故か全く違う部門を入れる指示が入った。
 本来の区画の、全棚の容量の見積りを誤った為に、日々入庫される商品の一部が溢れ返り、急遽別の区画に回す事に成った様だ。
 窓を空けた段ボール箱を積み上げて作った棚の、ひとつ辺りに収めてよい商品の種類は、見て分かる様に左右に分けても1、2種類まで。同じ商品を四方に拡散させない為にひとつの棚には出来る限り容量一杯まで収めるルールになっている。その為に一度収めた商品は、出庫される迄ハンディですぐ調べられる様になって居た。

「本来この区画に無いからって、誰か調べもせずに放り込んでる奴が居るのよ!お陰で棚が足りなくなってるわ!誰よ!!」
「...相変わらずギャーギャー煩いっスね、あのババア」
 南瀬とは他社から派遣されて来た青年、須賀が小声で語り掛けて来た。以前弁当を分けて以来、派遣先が重なる度にやたら声を掛けて来たりする様になり、南瀬は言葉少なに対応しつつも困惑していた。

(いかん。餌付けしてしまった...)
 須賀は口調は軽いが仕事は真面目だし、人柄も明るくて人に好かれそうな好青年だと思う。
 だが南瀬からすると、年下の友人と言うよりもこう、大型犬にでも懐かれて居る様な気分だった。

「...そこ!何くっちゃべってるの!アンタがやったの!?」
「いえ!」
 須賀が慌てて首を振ると、パートでこの現場に常駐しているチーフは舌打ちした。

「...チッ!...言って置くけど、しらばっくれたってハンディの履歴を調べれば誰がやったかすぐ分かるんですからね!」
 一層金切り声を上げてひとしきり喚いたチーフは、あたかもそれ自体が目的であったかの様に派遣スタッフ達を解散させた...。


「...いただきます」
「いただきます。...ったく。何なんっスかね、あのババア。いっつもあの調子で現場の空気悪ぃったら無いっスよ、もう!」
 昼休み。南瀬の正面の席に掛けた須賀は、八つ当たりする様にカップ麺を啜って居た。
 実際、先の女性チーフは周囲から嫌われて居る。酷い癇癪持ちで、仕事が進まないと人のせいにして余計な作業を押し付けるので、用が無ければ皆視界に入らない様にして居た。

「こないだなんか『使え無いボール箱は潰すから一緒に積むなって言ったはずだ!』って、ンな話知らねーっての!」
 実際、説明のあったその場に須賀は居なかった。派遣スタッフを数名集めて、それで全員に話した気に成ったのだろう。

「挙句『じゃあ、潰す分は何処に置くのか』って聞いたら、初めて気付いた顔で置き場を探し出したんスよ。もうやってらんねーっての...」
「...追い詰められて居るのでしょうね」
 南瀬が弁当をつついて居た箸を止めて一言言うと、須賀は不意を突かれた顔で舌鋒を止めた。

「追い詰められてって、あのババア...いやチーフが?」
「いえ、...全員です」
「ぜ、全員って。じゃあこの会社自体...」
 須賀が大声で言い掛けた所で、南瀬は人差し指を立てて止めた。

「...この間、朝礼で派遣の数を減らす発表が有ったでしょう」
「あ、はい。業績赤字とかで。これからは人数絞るから、ガンガン仕事して残れる様にしろよとか上から目線で...俺らが仕事してねーって事かってムカ付いたっスよ。ったく...」
「そこじゃ無いんですよ」
「へ?」
「例えば。朝一に、前日の棚入れのミスで、行方の分からない商品を探す仕事を振られる事が多くなったと思いませんか?」
「そ、そっスね...」
 突然あちこちに話が飛び始めた南瀬に、須賀は怒りも忘れて困惑した。
 ただでさえ人が足り無くなったのに、どこに紛れたかも分からない商品を探すのに人手と時間が裂かれたと、パートや社員達が愚痴を零していた。

「原因がヒューマンエラー...。人的ミスなのは確かですが、確実に行方不明商品を減らす方法は有ります」
「え!...ど、どうするんスか...?」
 又も声を上げそうになった須賀だが、直ぐに声を落とした。

「棚入れの時に入れた数を手打ちで入力するのを止めて、ハンディにひとつづつ読ませ、読んだ数でカウントするシステムに変えれば良いのです」
「へ...?いや、それだと時間ばっかかかるんじゃ...」
 思いもよらなかった答えに難色を示す須賀だったが、南瀬は利点をすらすらと並べて行った。

「どの道、数は確認しないと成らないので、その手間と置き換えるだけです。元々、数え間違いが起こらない様に、ひとつづつ『摘んで』数えろと指示が出て居るじゃ無いですか。このやり方だって、慣れて行けば勝手に作業速度は上がって行きます。それに、倉庫は棚が陰に成って暗いので商品の混載に気付き難い。でもハンディに読ませれば、一瞬で商品の識別とカウントが同時に取れます。そもそも出庫する時はハンディでカウントしてるのに、片手落ちもいい所でしょう」
「う~ん...」
「この方法の最大の利点は、人が勝手な判断をする余地が減る分、現場全体のミスも減る事です。当然余分なやり直しも減るので、結果、作業効率も上がります」
 これは南瀬による机上の空論では無く、彼が以前派遣された、ここより大手の現場で実際に採用されて居るシステムである。
 そして、向こうの方が業績が上で有る以上、その有効性も実証されて居る。

「でも、そこまで分かってるなら何で...」
「...誰に言えと?」
 再反論しかけた須賀は、漸く得心した。
 南瀬はこう言っているのだ。『問題なのは現場では無く、もっと上だ』と。
 現場で自分達を指揮して居るのは、自分らと立場も大差無い末端でしか無い。
 ハンディも含め、全ては会社から貸与され、上から言われた通りに使って居るに過ぎ無かった。
 ましてや、ただの人手として補充されて来たに過ぎ無いバイトが上訴しても、無視された挙句、仕事が貰え無くなるリスクを負うだけだろう。

「サーセンした...」
 余り簡潔に言うと、おかしな人に告げ口され兼ねないのを南瀬が警戒して居たのは、須賀にも分かった。だから須賀に自分から気付く様に促したのだと。

「いえ...。ああ、これひとつ如何ですか?おやつに家から持って来たのですが」
「お!良いんスか?」
「ええ、作り過ぎて...」
「奥さんの手作りスイーツっスか!いーなー」
「......」
 押し黙る南瀬には気付かず、須賀は白いココットに詰まった黄色い物をじっと見ていた。


「...いしやーきいもー。いもいも...」
 と有る日の帰り道。歩道を歩く南瀬の横を、独特の抑揚を付ける軽トラが通り過ぎて行った。

(...前から思って居たが、火を着けた窯を積んで、薪がはみ出したまま走行する車って、捕まらないのだろうか...)
 例によって、どうでも良い事を考えつつ、石焼き芋売りを見送る南瀬だった。

(偶に喰いたくなるが...)
 年々価格の上がる石焼き芋。家で蒸してもパサついてしまい、あのしっとり感は難しいので価格分の価値は有るのだが...。

「生の芋を買って来て、家に有る物で一手間加えてみるか...」
 早速スーパーに向かうと、丁度薩摩芋の特売をやっていた。ホクホク顔で帰った南瀬は、冷蔵庫を確認して、エプロンを締めた。

 先ず南瀬は薩摩芋を一本、レンジ用の蒸し器で蒸した。柔らかくなった所で皮を剥いて擂鉢で潰し、飲み切り小サイズの紙パック豆乳の中身を少しづつ足して、サラサラに成る迄溶いたら塩を一摘み。丁度紙パックが空に成った。
 全卵一個と、砂糖、片栗粉を大匙一杯づつ溶いたら型に入れて、再度蒸し器に入れてレンジに入れた。強めで5分程かけたらそのままレンジに放置。余熱が冷める頃に開けて、型を揺すっても中身が動かない様なら冷蔵庫で冷やして...、

「よし。薩摩芋のプリンが出来た」
 ココットや茶碗蒸し用の茶碗の中に詰まった、茶碗蒸しよりザラっとした黄金色のペーストから芋の香りが漂って来て、実に美味そうだ。

「そう言えば昔、芋をオレンジ煮にしたのを冷凍庫に入れたままだったな...」
 南瀬はカチカチに凍った皮付きの薩摩芋のスライスを取り出した。オレンジで綺麗に染まっているのをレンジで温めると、甘酸っぱい香りがして来た。
 芋プリンを茶碗から皿に出してオレンジ煮を添え物にすれば、見映えも良かろうと盛り付けて見ると...、

「...いかん。茸みたいだ」
 喫茶店のケーキっぽくなったと思うが、普通のプリンより固いせいで茶碗の形を保ち、見映えが可笑しくなってしまった。


「うまっ!ホクホクしてて、甘過ぎないし。それに、上に乗ってる飾りの芋がオレンジ味とか、メチャオサレっスね。南瀬さんの奥さん、女子力たけー!」
「ブフッ!」
 須賀からお返しにと奢られた缶珈琲を逆流させかけた南瀬だが、缶に口を当てたままだったので、零さずに済んだ。

(...芋プリンのみだと味が単調なので、アクセントにオレンジ煮の欠片を添えただけだったのだが...)
 早目に残りを食べ切ろうと、午後の小休止用に芋プリンを持って来ていた南瀬だが、須賀の精神安定剤として提供する事にした。

「でも余りプリンっつー感じしないっスね。スイートポテトとも違うけど」
「浅草名物の『芋羊羹』を食べた事がありますが、寧ろそちらに近いかも知れませんね」
「あー!芋ヨーカンは知らなかったスけど何か分かるー!どっか和菓子みたいっスよね!」
 不満を爆発させて居た須賀も、大分落ち着いて来た様だ。

(昔、興奮する競走馬を宥める為に、砂糖を舐めさせた話が有った様な...)
 矢張り南瀬の中では須賀は動物枠に入る様だ。酷い話である。
 
 ...南瀬は敢えて言わずに居たが、この現場の問題の根本は『ノウハウの無さ』だと分析して居た。
 倉庫は三階建の広大なテナントのほぼ全フロアを独占し、機材も潤沢と言う規模の大きさ。にも関わらず、現場の運営の仕方が素人臭い。
 備品管理もろくに出来ずに、紛失騒ぎで全員の作業を中断させて居る事に呆れた南瀬は、社員の一人に他の現場での経験を元にしたやり方を教えたら、後日何食わぬ顔で採用されて居たので、更に呆れた。
 挙句、派遣スタッフ全員に精度を上げろ、早足で動けと言っている時点で駄目だろう。
 全員がこの会社の正社員やパートなら兎も角、海千山千の猫の手としての薄給バイト待遇で雇い、しかも常時人が入れ替わるのに精度が上がる訳が無い。
 又、常連のみにするのも、この現場では問題がある。
 管理能力の低さを末端の技量で誤魔化そうとすると、一時は良くとも負担を強いられ続けた結果、表に出ない形で仕事を誤魔化す者、少しでも自分より立場の低い者を虐げる者等が必ず増える。行方不明商品の増加や、先の女性チーフの様なヒステリックで理不尽な指示を飛ばす現場指揮者達の様に。
 管理される派遣スタッフが四、五人位なら『精度が上がらないのは派遣が仕事をして無いからだ』と言えたかも知れないが、複数の派遣会社から十人、百人と集めて、全員が訳もなくサボると言う事はまず無い。
 彼らで人海戦術をしようにも、この規模の集団が無駄無く動ける為の指揮がまともにされて居ない。
 いや、そもそも指揮者達が誰一人その方法を知らないのだから、そんな連中に任せた時点で会社が『仕事をして居ない』と言う事だろう。
 斯くして、まともな者程我先にと居なくなり、煮詰めに煮詰められた現場は、正に『蠱毒』の様相を呈して往く...。

 この会社が先ずやるべき事は、末端に『ミスを起こすな』と脅し付けるより前に、上が『ミスを起こさせない』指揮マニュアルとシステムを構築する事なのだろう。
 いっそ責任者が二年位、方々の現場を体を張って体験して来れば、自然とノウハウも貯まるだろうにと、半ば本気で思う南瀬であった。

「あ、アンタ達!」
 南瀬自身にも燻って居た『蠱毒』が抜けて来た所で、先の女性チーフが声を掛けて来た。

「今日の予定が思ったより遅れて居るから、残業出来る人数を調べてるのよ!アンタ達も出来...!」
「「いえ、今日は定時で失礼します」」
 休憩時間中に仕事の話を持ち込もうとした女性チーフを遮る二人。
 見事にハモって即答されたので、女性チーフも二の句が告げないで居た。

 又明日も『蠱毒』に塗れて仕事をする一日がやってくる。
 ともあれ。今日の所は...、
「「...ご馳走様でした」」
二人は箸を置いた。

ー完ー
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