派遣の美食

ラビ

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十三皿目-ポトフ

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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。


 いよいよ冬の足音が聞こえて来たとある土曜日の、日も高くなってきた頃。一軒の安アパートの一室で、一人の青年が目を覚ました。

「む...」
 青年の名前は南瀬夏樹。派遣社員として職場を転々とする、今時どこにでもいる様な青年である。

「寒...。急に冷え込んで来たな」
 ここ一月余り休暇も取らずに働き詰めだった南瀬だが、ようやく一段落したので少しづつ休みを入れられる様になって来た。
 根を詰めていた反動で、いつもより深く眠りについていた様だが、いい加減ベッドから出ようとすると冷えきった部屋に身震いする。

「もう昼近いか...にしては腹具合が...」
 休みを取ったら久々に美味い物を食べに行く積もりだった南瀬だが、仕事が明けた深夜の辺りから微妙に食欲が湧かない。

「オーバーワークに食費制限にストレス...。あれだけ悪条件が重なったらそりゃどっかおかしくなるか...」
 南瀬はいそいそとジーンズと上着を着込むと、戸棚から愛用の圧力鍋と乾燥大豆を取り出した。
 秤で百グラム計った大豆を米の様に研いでからザラザラと鍋に入れ、一リットル程の水に漬けた南瀬は、そのまま鍋を台所に放置して出掛けたのだった。


「...メディアはまるで日本全国ハロウィン一色みたいに騒ぎ立てているが、印象操作も甚だしいな...」
 駅前の商店街に繰り出した南瀬だが、特別イベントがあるでも無く、せいぜい店の飾り付けがオレンジと黒を基調とした、コミカルなカボチャのお化け達が中心になっている程度だった。

 元々ハロウィンはケルト民族の収穫祭で、その日は先祖の霊と共にお化けの類もやって来るので、子供達はお化けの仲間の振りをして身を隠すのが仮装の由来だと言う。
 それをアメリカ等ではキリスト教が取り込んでお祭り騒ぎの口実にしているのは、日本におけるクリスマスの事情と大差無いらしい。
 当然日本の各業界も、イベント需要を狙って毎年盛り上げようと煽っている訳だが、実際にはクリスマスやバレンタイン程には浸透していない。
 何故なら、仮装して町中を練り歩き他人の家に訪問すると言う性質が、犯罪者や犯罪者未満の無法者達を助長させやすいからだった。
 ほぼ顔見知りな町内に限定して予め訪問する家に承諾を貰う等の段取りを整えているなら兎も角、顔を隠した大の大人達が突然押し掛けて来たら、普通は恐ろしいだろう。
 そうで無くとも、無許可で勝手に繁華街の大通りをお祭り騒ぎで埋め尽くしているのが近年問題になっている。
 常識があれば、こうした催しは内輪のパーティー会場だけにする分別がある。
 そうせずに集まるのは自然、非常識で柄の悪い連中ばかりな訳だから、ちょっとした切っ掛けで暴徒と化す。
 そして新聞沙汰になって益々ハロウィンが敬遠される悪循環が産まれるのだった...。

 それは兎も角。

 スーパーに入った南瀬は、野菜コーナーで玉葱、じゃが芋と、カレーの定番を籠に放り込んでから精肉コーナーに移動した。
 手に取ったのは白モツと牛スジ肉。最近冷凍コーナーに牛スジ肉が置かれる様になったので助かっていた。しかしカレールーも買わずに南瀬はレジに向かう。

 今回南瀬が作ろうとしているのはカレーでは無く『ポトフ』だった。
 味付けは塩のみの素朴な煮込みだが、出汁次第で結構奥深い。
 ベーコンやソーセージ等、おでんの様に入れた具次第でガラリと変わるのが面白い。
 炙ったベーコンをブロックでゴロゴロ入れたポトフは贅沢で美味かったが、今回は牛スジから出汁を取りつつモツをメインにして優しく煮る事にした。

 『同種同効食』と言う言葉がある。胃が弱ったなら胃を、肝臓が弱ったなら肝臓を食べれば良いと。簡単に言えばそう言う事らしい。
 南瀬に薬膳等の知識は無かったが、体調が悪くなったら身体が必要としている物を食べて治す様にしていた。
 腱鞘炎や筋肉痛の時は肉類を中心にした蛋白質を。口内炎等にはより消化の良いプリンと言う風に、南瀬はビタミン剤やヨーグルト等の栄養補助食品と併用して日頃の食事で体調管理を行うのだった。

 食事に興味が無い人は、中にはそれこそサプリメントやゼリー食だけで毎日を過ごしたりするが、栄養補助食品は飽くまで『補助』でしかない。
 自然の食べ物は、人が思っているより消化吸収の悪い物が多い。誰でも食べられたくは無い事に変わりないのだから、どれ程か弱そうな生き物でも、抵抗する為に硬い殻や棘や毒を持とうとするのが寧ろ当たり前だろう。品種改良された野菜ですら条件次第で体内に毒素を作る。
 だが、そういった物を頑張って消化する事で生き物は内臓を鍛え、抵抗力を付ける。硬い物を噛み砕いて顎と歯を鍛える。
 乳幼児や病人でも無いのに毎食流動食だけで過ごしていれば、どうしても身体が弱っていってしまうのは当然の事だった。

 ...南瀬からすれば、五体満足な身体を持っていながら、『喰う』事は『身体を造る』事だという極当たり前の話に耳を貸さず、食事の手間を惜しんだ挙句、勝手に自分を弱らせてゆく様な連中は理解出来無かったが。


「...時々自分で自分が面倒臭くなる」
 つらつらと物思いにふけりながら南瀬は帰宅し、牛スジ肉を液状の塩麹に漬けてから夕方まで時間を潰していた。
 豪快にモツ味噌煮込みでも良かったが、あれは結構脂っこくて胃に重い。
 南瀬のモツ味噌煮込みは一工夫されて食べやすくなっていたが、もう少し体調の良い時にしたかった。
 それは兎も角、頃合を見た南瀬は昼に仕込んだままだった圧力鍋の中身を確認すると、

「...もうパンパンだな。これで充分か」
 パチンコ玉より小さかった大豆が水を吸って倍以上に膨らんでいた。
 これは勿論ポトフに使うのだが、具も兼ねた出汁が目的だった。
 味の付いて無い豆乳を飲むと解るが、ハッキリとした味はせず、蛋白だが旨味がある。
 古来より日本人が多用して来ただけあって、大豆は滋養が豊富で癖が少ないから何にでも合う。
 色々試したが、こうして水で戻した物を使うのが出汁取りには都合が良かった。

 一旦大豆を笊に上げて水を切り、大豆を漬けていた水も殻等のゴミを漉して取って置き、別の鍋で白モツを三百グラム下茹でして、これも軽く水で洗った。
 温めた圧力鍋にバターを引いて、薄切りにした大蒜を四粒と、四つ切りにした玉葱を三玉炒めて、香ばしくなった所で大豆を浸してた水を入れる。大豆に吸わせた分減った水を千二百ミリリットルに加減して。

 次に、牛スジ、白モツ、大豆。それと一粒三百ミリリットル希釈のコンソメスープの素を四粒入れて加圧。

 その間に別の鍋で皮付きのままザックリ四つ切りに切ったじゃが芋の切り口を、バターで炙って焼き目を付ける。
 煮崩れを防ぐ為だが、皮付きだとその面も煮崩れしないので都合が良い。

 圧力鍋の弁が落ちるまで冷ましたら、じゃが芋を入れてから鍋を暖めてアクや余分な脂を取り除く。

 再度加圧して、じゃが芋に串が楽に通り、大豆が指で潰せる位柔らかくなったら、塩コショウで味を整えて出来上がり。



「いただきます」
 南瀬はお気に入りのスープボウルにポトフを盛ってスプーンを取った。口に含むと優しいが豊かな風味に満足する。どこかホッとする味だった。
 よく味がしみている具を色々楽しめるのも、おでんの様で面白い。
 じゃが芋はホロホロ崩れ、玉葱や牛スジ肉はトロっと。柔らかくする為に漬けた塩麹の旨味も隠し味になっている。
 白モツは歯応えが楽しく、大豆の煮豆は舌で潰すと実に滋味深い。
 そんなに塩っぱくしていないが、飯がよく進む。

 料理もそうだが、こういった素朴な料理にはカントリー調の木の食器で揃えると暖かい気持ちになる。
 日本では漆塗りが発達したが、洋食器の木皿は水を吸うので汁物に向いていない。
 だがこのスープボウルはウレタン塗装で防水加工された珍しい物で、無垢の木目を楽しみながら食事が出来るのが良かった。
「...キャベツや人参も入れても良かったが、鍋が小さいしなあ...」
 南瀬の圧力鍋は一人暮らしには充分大きいが、欲張って具を増やすとすぐ溢れてしまう。いずれ大鍋に買い替えたいとは思っていた。

「...食欲が無かった筈だが」
 気が付くと南瀬は一皿空にしていた。油脂を取り除いたせいか、とても食べ易い。
 二皿目には、ホエーを少し入れて変化を付けてみた。
 前にバターを手作りした時に分離した脱脂乳なので、しつこく無いシチューの様で美味い。明日の腹具合が良くなっていたら、バターとマスタードで楽しんでみようか...。

 派遣先から更に期間延長したいと申し込まれて安堵出来たので、食欲も直ぐに戻るだろう。そうしたらもっと良い物も作ってみようかと思う。


 ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
南瀬は箸を置いた。

ー完ー
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