派遣の美食

ラビ

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十八皿目-炒飯

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※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。


『Mission Complete!』
「…っしゃー!」
 とある閑静な住宅街の一角から少女の、しかし乙女らしからぬ歓声が上がった。

「ちょ…!静かにしてよ、まどか」
「ごめんごめん。廃レベルのレイドボスをやっと倒せたからつい」
「はい…?」
 テーブルいっぱいに参考書やノートを広げ、ペンを片手に話しかける少女。名を大澤千穂(おおさわちほ)と言った。
 それに対し、ゲームパッド片手に振り返り、ゲーマー用語で応えたのは眼鏡をかけた少女。名を如月円(きさらぎまどか)と言った。
 ここは如月の自宅。冬休みの宿題とさ来年の大学受験に備えた模試の対策…と言う名目で、午後から友人の大澤千穂と中村絢音(なかむらあやね)を招いたのだったが…。

「いや、まどかが一番の頼りなんだから、遊んでないで手伝ってよ!」
 居間の大型テレビに家庭用ゲーム機を繋ぎ、派手なアクションゲームを遊んでいる如月に、大澤と向かい合ってテーブルに齧り付いていた中村が噛み付いたが、如月はしれっとした顔だった。

「だって私宿題はもう済んでるし、模試も問題なさそうだから」
「だから教えて貰いに来たんじゃん!」
「分かった分かった。ちょっとギルメン(ギルドメンバー)とパーティメンバーに一言入れてくから」
 如月はそう言ってゲームパッドを置くと、代わりにキーボードを引き寄せた。

「パーティメンバー…?ゲームの話でしょ?放っとけば…」
「何言ってるのさ。これはMMO。ネトゲだよ?リアルタイムで世界中のプレイヤーと協力して戦ってたのさ。言わば戦友だよ」
「ほへー…」
 MMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン・ロール・プレイング・ゲーム)とは、「大規模多人数同時参加型オンラインRPG」等と訳され、オンラインゲームの一種でコンピューターRPGをモチーフとしたものを指す。

「…ばーい、ウィ○ペ○ィア」
「すぐ訳の分かんない事を言うんだから、もう…」
 それでも興味を惹かれた大澤と中村がテレビの画面を見ると、煌びやかな格好をした人々が、力無く横たわる、鯨並に巨大なドラゴンの様な怪物を取り囲んで勝利の喜びを分かち合っている様子だった。

「あ、あの娘の服、ホントにあったら欲しーかも。めちゃ可愛い」
「美形ばっかでアイドルグループみたいだねー。まどかはどれ?」
「コレ」
 如月の指差す先で、頭上に『Saint-Germain』と書かれた人物が一人こちらを振り返り、画面越しに手を振っていた。

「…何故髭のオッサン!?」
「てゆか何で脱いでんのさ!?変態じゃん!」
 如月のアバター(ゲームキャラクター)は、顔だけ見れば粋な口髭を生やした骨太の渋い中年紳士だった。背広を着こなしマホガニーの机で仕事でもしていれば、さぞ絵になった事だろう。
 しかし着ているのはパンツ一丁。露わになったその五体はボディービルダーの如く肥大した筋肉を誇示し、朗らかな笑顔でペンの代わりに巨大で厳つい斧を握り締めている。
 少しでも常識があったら、目が合った瞬間に回れ右して逃げ出したくなる巨躯の怪人であった。

「量産型な美形ばっかじゃ個性が無いからね。こうやって自分のキャラを押し出してる人、結構多いよ?」
「つーか、それ以前にネタの為にマッパでドラゴンと殴り合うって、すぐ死んで他の人の邪魔になるんじゃない?」
「大丈夫。問題ない。このゲーム、装備の見た目を自由に出来るから。こう見えて最強の重装備を着てるのだよ」
「そこまでやるか…」
 よく見ると、着ぐるみだったりメイド服だったりと、思わず目に止まる様な個性的な人物もチラホラ見えた。

「それでもオッサンは無いわよオッサンは…。恥ずかしくて身内ですって言えなかったじゃない」
「あ、どうもお姉さん。お邪魔してます」
「お邪魔してまーす」
「はい、こんにちはー」

 文句を言いながら二階から、こざっぱりした短めの髪の女性が降りて来た。
 彼女の名は如月綾(きさらぎあや)。如月円の姉であり大学生である。
 如何にも運動が得意そうな快活な印象の姉と、如何にも文系の大人しそうな妹。一見対象的な二人だが、共に親譲りのクセの無い上質の墨の様な黒髪で姉妹とわかる。

「姉と言えど、垢晒し(インターネット上のみの付き合いをしている人物の素性を明かす事)はマナー違反。後、ゲームの楽しみ方は自由なのだから、口出ししないで貰いたいね」
「そりゃそうだけど、お人形みたいに可愛い妹が、変態親父なんてヨゴレやってるかと思うと…」
 見た目だけを言うなら確かに如月円と言う少女は、背中まで届く真っ直ぐな黒髪の似合う古風で物静かな乙女だった。
 初詣の時は、振袖が余りに似合うので外国人観光客等から写真を頼み込まれた程だが、中身はかなり残念だった。

「ゲームなんだから、リアル(現実)のイメージ通りにしてたら詰まらないね。後、『変態紳士』と呼んで欲しいな」
「…アンタの言う『紳士』ってのは、ガチムチの親父がイケメンをチャットで口説くのを言うのかしら?アンタのとこのギルメンはサラッと流してたけど、私と一緒に野良参加した人は軽く引いてたんだからね?」
 面識の無いユーザー同士でパーティーを組む事を『野良PT』と言ったりする。
 先の戦闘は、イベントとして主に同じギルド内のメンバーで行われた。
 この場合のギルドとは、ゲーム上のシステムで作ったグループで、情報を共有させたりユーザー同士のイベントを企画したりする同好会的な物だった。
 如月円の奇行も、飽くまでギルドの内輪でキャラ作りを楽しんでいるだけで、本気で口説いている訳では無い。周りもネタと分かっているので、如月円も安心して遊べているのだった。
 しかし都合のつく人が足りなかったので、外部から募集したり個人的な知り合いを招いたりしたのだった。

「ああ…。姉がコレ始めるきっかけだった、もう一年近くアタックし続けてるけど落とせてない、リアルイケメンだね」
「もがーーー!!」
「ああっ!お姉さんがキレた!」
「あ、あれ?もしかしてお姉さんもこのゲームに参加してたの?」
 暴れ出しそうになった如月綾の気を逸らそうと、大澤は強引に話題を変えた。如月綾にとってもそれは都合が良かったので、けろりと怒りを収めて話を合わせた。

「うん。もうログアウトしたけどローグで」
「ローグは素早さで敵を撹乱して手数で削ってくタイプだから、まんまリアルの姉みたいな動きをするんだよ。姉のアバターの髪型は絢音みたいなツインテだけどね」
「いいじゃない別に。陸上やってるからリアルじゃ髪伸ばせないんだし」
「だったら私がネナベ(女性がインターネット上で男と偽る事)してる事に文句言わない」
「まあまあ」
 取りなそうとする大澤だが、威勢よく口喧嘩をしていても、これが普段通りの日常で、実際はとても仲が良い事を知っていた。

「もう…。あ、そうそう。今日お母さん達遅くなるから晩ごはん適当に済ませてだって」
「そう?じゃあ勉強会が済んだら、二人を送るついでに外で食べて来るよ」
「アンタはネトゲしてただけじゃない…。良ければ皆の分も私が作るけど?」
「「「遠慮します」」」
「待てい」
 即答して逃げ出そうとした妹達の肩を、如月綾は素早く掴んだ。

「姉の『創作料理』の実験台は二度と後免だよ」
「大丈夫。アレンジ無しのただの炒飯だから!ちゃんと本読んで、何度か練習して、自分で味も見てるから!」
「「「…え?」」」
 慌てて弁明する如月綾に、大澤達は驚いて振り返った。

 大澤達の知る如月綾は、味覚は普通だが典型的なメシマズだった。
 作り方を調べない。
 教えても聞かない。
 味見もしない。
 すぐアレンジを入れようとする。
 何でも強火で済まそうとする。
 陸上をやっているなら基礎体力作りが大事な事を知っているはずなのに、何故か料理になると基本を覚えようとせず、見栄を張って難しい料理ばかり挑戦しては生ゴミを詰み上げて家族に『毒味』させようとするという傍迷惑ぶりは、如月円からよく聞かされていた。

「本当かい?味見させてから『実はロシア風』とか言い出したら流石に怒るよ?」
「しないって!ちゃんと私が先に味見るから!」
「…熱でもあるのかね?姉よ」
「まどか、お姉さんにそこまで言わなくても…」
「甘いね。こと料理に関して、姉はそう言われるだけの前科がある」
 大澤の弁護をバッサリ斬った如月円は、涙目の姉に向き直った。
「で?私だけなら兎も角、もしチホ達がお腹を壊したら親御さんを呼ぶ大問題になる。それを分かって言っているのかい?姉」
「う…」
「まあまあ。お姉さん、取り敢えず一人分だけ作って見せて貰えますか?それで様子を見るって事でどう?」
「うん…」


「…普通の炒飯に見えるね」
「うん、ふつー」
「普通ですねー」
 そうして出されたのは、卵はカサカサして、少しご飯がベトついている様だが、それを除けば普通の家庭の炒飯に見えた。

「そんな普通ふつー言わなくても…」
「いや、褒め言葉ですよ?…一応」
「…いや、安心するのはまだ早い。一口目は勿論、姉からどうぞ」
「はいはい。…あむっ」
 レンゲを取り、迷わず炒飯を口にした如月綾。大澤達が固唾を飲んで見守る中、彼女は吐き出すでも無く、しかし微妙な顔で咀嚼し飲み込んだ。

「うーん…。何でこうベチャッとするんだろ。もっとこう、パラッとさせたいのに」
「あ、姉…。大丈夫なのか?」
「う、うん。特別美味しいって訳じゃ無いけど」
「マジか…」
 半信半疑の如月円は、意を決してレンゲを取った。

「…あむっ」
 恐る恐る一口頬張った如月円は、そのまま五秒静止してから口を手で抑えた。

「「まどか!?」」
 吐き出すのかと洗面器を渡そうとした大澤達だったが、如月円は手を離して二口目を頬張った。

「普通だ…」
 炒飯と言うにはご飯がベタベタと固まり、味もしょっぱかったり薄かったりと不均等。僅かに卵の殻も混じっている。
 しかし食えないと言う程でも無い。如何にも初心者が作った『素人の炒飯もどき』と言う感じだった。
 作り方も後ろから見ていたが、別段おかしな食材を使っていた様子も無い。手際は悪く始終強火で炒めていたが、他は特におかしな作り方でも無かった。

「…一体どうしたんだ、姉…。姉がマトモに料理するなんて…」
「まどか。そこシリアスになるとこ?」
「いや…、お姉ちゃんだって進歩するんだからね?てか問題はソコじゃなくて」
 如月綾は自分の作った炒飯もどきの皿を不満そうに見た。

「炒飯はひたすら強火でガっと炒めるって聞いたから、私向けだと思ったんだけどね?作ってみると、こんな感じで外側はパサついて中はベトっとなっちゃうのよ」
 なので、数を重ねて練習しようと失敗作の処分役に妹達を巻き込もうとしたのだった。傍迷惑っぷりは変わっていない。
 しかし、これまで手の付けようの無い生ゴミばかりを作っていた姉が、今回の炒飯はまだ改善の余地がある。妹から見れば大きな進歩だった。

「…私から言えるのはみっつだね」
「そ、そんなに?」
「ひとつ。卵はボウルで割らない。殻が入る」
「うっ」
「ふたつ。ご飯はダマを残さず全部ほぐす。味が均等にならない」
「ううっ」
「あー、確かに中が白いご飯の固まりが多いよねー」
「せめて殻が入ってなければ食べれなくもないのに」
「ううううっ…」
 分かってはいたがハッキリ言われると辛いらしい。

「みっつ」
「ま、まだあるの?」
「料理なら、詳しい人を知っている」
 怯える姉にそう応えると、如月円はテレビの前に移動して、一度落としたゲーム機を再び立ち上げた。


「…良かった。ギルドリストだとまだ居る」
「知り合いって、ギルメン?」
「そう。さっきのイベントには参加していない。どちらかと言うとまったりプレイな人だよ。離席していないと良いけど」
 そう言いつつ、如月円は素早いブラインドタッチでチャット会話を始めた。
 相手の姿は見えないが、同じギルド同士なのでギルド会話にチャットモードを変えるだけでログインしているギルメン全員に話しかける事が出来た。

Saint-Germain:先生。今お手すきですかな?
Takiji-Koba:先生は勘弁して下さいwパーティーのお誘いですか?紳士さん。
Saint-Germain:おっと失礼。久しぶりに先生の勇姿を拝みたいのは山々ですが、今回はご相談に乗って頂きたい。
Saint-Germain:炒飯をパラッと炒めたいのですが上手くいかなくて困っております。コツとかあればお知恵を拝借したいのですぞ。
Takiji-Koba:突然ですねw構いませんがw

「どんだけ濃ゆいキャラ作ってんの、まどか…」
「この人、料理学校か何かの先生なの?」
「いや。料理は趣味らしいよ。先生と言うのはキャラ名の由来から付いた渾名」
「タキジさん?」
「小林多喜二。超絶ブラックな職場環境を改善しようとする労働者達の闘いを小説にした昔の文豪。プロレタリア文学と言うジャンルで世界的にも有名な方だよ」
「そりゃまた渋い…」
「つーか暗そー」
「先生も作家名は地味で余り知られて無いからとキャラ名にしたのに、すぐ元ネタがバレるとは思って無かったと笑っていたよ。代表作はそこそこ有名なのだけどね」
「何てーの?」
「蟹工船」
「「「…?……!?」」」
 一瞬。中村の質問への即答に一同推し黙り、居間にはゲーム音楽とキーを打つ音だけが響いた。
 如月円を除く三人の脳裏に浮かんだのは、最近大ヒットした怪獣映画の様な、全身から怪光線を放ち日本を蹂躙する巨大な蟹と闘う、一大スペクタクル巨編だった…。



「…俺も夕飯は炒飯にするか」
 とある安アパートの一室で、パソコンデスクに向かっていた青年は、背伸びをして一人ごちた。
 青年の名は南瀬夏樹。日雇いと月契約の派遣を繰り返す、今時どこにでもいる様な青年だった。
 休日の朝から求人情報やスキル関係の調べ物が一段落した後、南瀬は息抜きにMMOへログインし、日課のアイテム素材の採集と言う地味な遊び方をしていた。
 それも一段落して腹ごしらえをしようかと言う辺りで、ゲーム内で所属しているギルドのメンバーから炒飯の作り方を尋ねられた。
 出来るだけ簡単な要点を説明し終わった頃には、すっかり炒飯の気分になった南瀬は食材で使えそうなのを掻き集めた。

「ツナ缶と明太子…これがメインで良いか」
 中華鍋を強火にかけ、油を敷いて鍋に馴染ませ、葱を青い所白い所各三センチ分、微塵切りにして炒める。
 油には普段、軽いオリーヴ油を使っているが、今回はツナ缶から油だけを搾り出し、胡麻油も少し混ぜた。
 葱の香りが立ったら中火にして大蒜を一粒乱切りにして入れ、ミックスベジタブルをお玉半分と、冷や飯を小丼一杯分放り込んで掻き混ぜる。
 日本酒を少し入れて冷や飯を解しながら塩を小匙二、三杯と胡椒を少々振って混ぜたら薄く鍋肌に広げ、軽くお焦げが出来る迄焼く。
 本来、炒飯はパサつき易いタイ米等の長粒種の料理。
 中国で『冷や飯』とは人間以下の扱いだと忌避されているが、それは昔から水が悪い為、熱々で無いと腹を下すのと、中国米は冷めたらすぐ固くなって食べられなくなる為に根付いた常識だった。
 それ故に余らせた冷や飯を再度火にかけて作り直した料理が『炒飯』だと言われている。
 対して、日本の米は『ジャポニカ米』と呼ばれる独自の改良を重ねた短粒種。
 しっとりと瑞々しく、冷めても美味しくいただけるのが特長で、米を中心に生きて来た日本人の執念がこもった魔改造の賜物だろう。
 だが皮肉な事に、その特徴が為に逆に炒飯向けでは無い。瑞々しい日本米は、中国米と同じ様に調理しても余程火力が無ければパリッと炒めるのは難しい。
 プロの料理人なら色々やり方もあるだろうが、南瀬は一旦カリッカリの焼き飯を作る様にしていた。
 黒焦げにならない様火加減に気を付けて、ご飯からある程度水分を抜いてお焦げが出来た所で、一度火を落としてツナを一缶分、刻んだ辛子高菜を大さじ三杯程、鰹節一掴み、そして溶き卵二個分を、丁度ご飯が鍋に擂鉢状に張り付いた中央に落とし、ご飯を崩しながら素早く卵に絡めたら一気に強火にして醤油を回しかけ、卵がふわっと固まるまで掻き混ぜた所で炒飯の完成となる。
 これが難しい場合は、ボウルに溶き卵を入れたまま、普通に炒めたご飯をそこへ放り込み、ご飯粒が解れるまで掻き混ぜても良い。そうして卵かけご飯状態になった物を再び強火にかければ、初心者でもご飯がパラパラ解れる炒飯が作り易いだろう。

 ともあれ。炒飯を皿に盛ったら海苔や鰹節を振りかけ、明太子を天盛りにして、明太炒飯の完成だ。

「…いただきます」
 明太子をレンゲで潰して混ぜながら頬張る。熱々の炒飯に明太子、ツナ、海苔、鰹節と、シーフードの旨みがこれでもかと凝縮されていた。

「これで、具にイカタコでもあれば最高だろうな」
 そうこぼしつつもレンゲは止まらない。濃厚な旨みの固まりをひたすら掻き込んでいく内、気が付けば皿は空になっていた。



「………うまっ!」 
「何これ。さっきのと別モンじゃーん!」
 『Takiji-Koba』のアドバイス通りに、溶き卵を入れたボウルで炒めたご飯を丁寧に解してから再度炒めて出来上がった炒飯は、先の炒飯もどきとは完全に別物だった。
 多少塩っぱかったが、パラパラと解れるご飯は確かに炒飯らしくなっている。

「まさか、姉の作る物を食べて『美味しい』と言える日が来ようとは…」
「ね?お姉ちゃんだってやれば出来る子なのよ?」
「調子に乗らない。やっと言われた通りに作る様になっただけで、姉が立っているのはまだスタートラインだよ」
「ちょ!それ無いでしょ!これなら…!」
「じゃあ、他の料理を同じ様に作れるのかい?」
「うぐっ!」
「ちょっとごめん」
 如月円は大澤の皿から一口味見した。

「塩加減が滅茶苦茶で、一皿作る事にバラバラ。これで男を落とせるとでも?」
「ぐはっ!」
 調子に乗っていた所で妹に図星を刺された如月綾は後ずさった。
「今更料理に本腰入れ出したのは、大方例のイケメンが『料理の得意な女の子はいーな』等と話していたとか、その辺りではないかな?」
「ぐふっ!」
「あるいは本人が料理男子に目覚めたりとか?」
「ぐほっ!」
「あー、わかるわかる。カッコイー芸能人ならお料理上手でもテレビ越しに『ステキー』って騒いでおしまいだけど、現在進行形でアタックかけてる男にお料理の腕で即負けたりしたら、絢音だって焦るかもー?」
「…止めて!もう止めて!!お姉さんのHPはとっくにゼロだよぅ…」
 散々に打ちのめされた如月綾は、萎れた菜っ葉の様に床に崩れ伏して、さめざめと泣いた。

「…いちいち小ネタを挟む余裕があるんだから、まだまだHP残ってそうに見えるんだけどー?」
「相変わらず面白いなあ、まどかのお姉さんは…」 
 姉の情けない有様に、如月円達は溜め息を隠せなかった。
「…取り敢えず、ウチのギルドに来るかい?」
「……え?」
「先生の指導があれば、姉も少しはマシになる様だし。対価はたまにイベントに参加してくれれば良いから」
「ううっ、まどか~…」
 妹に泣き付く如月綾。最早どちらが姉だか分からない有様である。
 如月円も姉への愛はあるが、放って置いてこの愛すべき馬鹿姉がまた迷走してメシマズテロを起こす位なら、監視して料理の腕を上げさせた方が被害が少なくなるだろう。と言うのが本音だった。

「…ところで、チホさー」
「なあに?」
「絢音達、今日何しに来たんだっけ…?」
「……あ」
 二人は、傍らに置いた参考書の存在を思い出した。流石にこの日はもう勉強会どころではなくなったが、後日如月円が素直に勉強を見てくれるか、不安になってきた二人であった。

 ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
 一同は手を合わせた。

ー完ー
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