派遣の美食

ラビ

文字の大きさ
上 下
19 / 23

十九皿目-黒餃子

しおりを挟む

※本作はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。


『ポーン♪』
「ん?」
 とある安アパートの一室に響いたPOP音に、唯一の住人である青年が振り向いた。
 青年の名は南瀬夏樹。フリーの派遣で食い繋いでいる、今時どこにでもいる様な男だった。
 水仕事をしていた手を止めて、水気を拭いエプロンを外すと、南瀬はオンラインゲームを立ち上げたままにしていたパソコンの画面を確認する。戸棚等で仕切っただけの狭いワンルームなので、流しからすぐに覗き込める距離だった。
 するとゲーム内のチャット欄に自分宛のメッセージが入っていた。

Saint-German: ごきげんようですぞ!先生、宜しければPTでもご一緒しませんかな?

 相手は自分によく話しかけてくるギルメンだった。
 南瀬が『Takiji-Koba』と言う名前でこのオンラインゲームを始めたのは、グラフィックのレベルの高さが魅力だった事もあるが、自分の自閉症にいい加減自分でうんざりしていたからだった。
 しかし始めてみると、一人でやるオフラインのゲームと違い、アップデートの度に次々とやる事が増え、そこへ生きた人間が絡むと予想出来ない展開になるオンラインゲームの魅力に取り憑かれた。
 とは言え、少しでも人間関係に疲れるとゲーム上でもすぐに面倒になり、一人で地道に素材採集に引き籠る南瀬だったのだが、そうして隅っこでコソコソと草毟りをしていた所を見つけてギルドに誘ったのが、このSaint-German(サン・ジェルマン)だった。
 第一印象は半裸の巨漢というただの変質者だったが、その言動はゲームを彩る為のキャラを作っているだけで、初心者等にも実に面倒見が良く、周りからも慕われているのがよくわかった。
 人付き合いの苦手な南瀬にも気さくに話しかけ、少しづつ他のギルメンとも打ち解ける様に配慮してくれていた。

Takiji-Koba:あ、はい。今、晩ご飯の仕込みが終わった所でしばらく大丈夫ですので、お願いします。
Saint-German:相変わらずまめですなぁwそれでは誘いますぞ!

『ポーン♪』
『Saint-Germanからパーティーへの招待を受けました。Saint-Germanのパーティーに参加しますか?Yes/No』

 早速Saint-Germanから飛んできたパーティー参加申請を了承すると、画面の片隅に自分を含む四名の名前と各人の簡略された情報の一部が表示された。

Saint-German:宜しくお願いしますぞ!
Saya-Florence:こんにちわ~♪
Mac-Guffin:チーッス!野良から失礼しま~ッス♪
Takiji-Koba:宜しくお願い致します。

 MMOと呼ばれる類のオンラインゲームは、不特定多数のゲームプレイヤー間のやり取りを円滑に行える様、その殆どは様々な形でプレイヤー同士が団体行動を取れるシステムが組み込まれている。

 不特定多数で会話し交流する『ギルド』。
 ゲーム内のイベントに四名から八名程の少数精鋭、時には数十人等の大規模で挑む為の『パーティー(PT)』。

 名称や仕様等、詳細が違っても大抵のMMOには共通する機能だろう。
 そしてこのゲームではパーティーを組むとパーティーメンバー専用のチャット会話の機能が立ち上がる仕様になっていた。

Saya-Florence:ねーねー先生!今日の晩ご飯は何ですか?
Saint-German:こらこら。そういう話はダンジョンを抜けてからにして欲しいですぞ?
Mac-guffin:俺も興味あるッスけど、確かに開始前に飯テロされても困るんで、先にジョブ振りしね?
Saint-German:流石マック殿は慣れておられますな!どうですかな?ウチのギルドにも正式に…。
Mac-guffin:え、遠慮するッス…。
Saya-Florence:コラ、ナンパすんな!
Saint-German:むう、残念ですな!ともかく、マック殿が壁、サヤ殿がDDで固定でしたな!
Mac-guffin:うッス。ナイトでおねしゃす。
Saya-Florence:私もいつものローグで。他のは動きわかんないしー。

 このゲームではジョブ。つまり職業で戦闘スタイルを決定する。
 大まかな内訳は、ゲーマー同士で使う俗称だが『壁』『DD』『支援』に別れる。

 壁は高い防御力に特化しているので、主に敵モンスターを引き付けて足止めする文字通りの壁役。
 DDとは『ダメージ・ディーラー』の略で、高い攻撃能力に特化しているので、主力として敵モンスターを倒す役。
 支援は言葉通り、味方のダメージやデバフ(毒等の弱体効果)を回復したり、逆にバフ(強化)をかけて防御力や攻撃力を底上げしたりする事に特化した支援役である。

Saint-German:うむ!後、先生のメインジョブは支援でしたな!では私がウィザードで出ましょうぞ!
Takiji-Koba:はい。メディックでお願い致します。

 このゲームでは四人でPTを組む場合、壁一人、DD二人、支援一人が定石になっている。
 そしてDDは攻撃能力の質で更に『物理前衛』『物理中衛』『魔法後衛』等に別れるので、戦闘の内容にあった組み合わせを選ぶのも重要な準備だった。
 『ナイト』は盾と剣を使う壁ジョブ最硬の重装備で、物理前衛。
 『ローグ』は申し訳程度の軽装だが、ナイフの二刀流で連続ダメージを与えたり、敵モンスターの死角から斬り付けたりする事でデバフを与える物理前衛DDジョブ。
 『ウィザード』は攻撃魔法の代表格の魔法後衛DDジョブ。
 今回は普通に戦闘バランスを取ってSaint-Germanはウィザードにジョブを変えた。
 このゲームでは複数のジョブを使い分けられる様に出来ている。しかし実際に使うとなるとジョブ毎に一からレベルを上げなくてはならないし、別々に装備を整える必要もある。
 しかし最大の問題は、ジョブ毎に求められる役割が違ったり、似てても違う戦い方をするので、プレイヤー自身がジョブ毎の動きを覚えなければ、メインのジョブで行けた場所でもまともに戦えずに全滅しかねない点にあった。
 にも関わらず、普段はナイトと双璧の壁ジョブで両手斧使い『ディフェンダー』の彼がウィザードも使いこなせると言う事は、自身のゲーマー能力の高さの現れだろう。
 そして『メディック』は、言わば『物理中衛』支援ジョブ。回復薬等のアイテムを他のジョブが使うよりも何倍もの効果で発揮させて戦闘中の味方を看護する特殊な支援職だった。ただし…、

Mac-Guffin:え?メディックっスか?アコライトじゃなくて?
Saya-Florence:…てゆか、メディックなんてジョブあったっけ?

 魔法後衛支援ジョブの筆頭『アコライト』。回復力の高さと動かしやすさで支援ジョブの代名詞とされている。
 それに比べるとメディックは回復に薬品等のアイテムを消費するので、継戦能力の低い『銭投げ職』と、このジョブを避けるプレイヤーは多い。
 その内、新規のプレイヤーからはその存在すら知られなくなるという有様だった。

Takiji-Koba:いやすみません。消耗品は普段採集している素材で賄えるので丁度良くて、気が付いたらメインジョブになってました。
Mac-Guffin:…マジすか?アレ?メディックって、もっとコスパ悪いって聞いたような…。
Saint-German:HAHAHA!先生の勇姿を拝めた幸運な者は限られてますが、そのユニークな戦闘スタイルは中々見物ですぞ!
Saint-German:少なくとも、支援ジョブとして申し分無い腕前な事は私が保証しますぞ!
Mac-Guffin:了解っス。(・◇・)ゞじゃあ、俺はもう準備OKっス。
Saya-Florence:はーい私も準備OK!
Takiji-Koba:私も準備出来ました。宜しくお願い致します。
Saint-German:では申請を出しますぞ!

 このゲームで言う『ダンジョン』はその実、独立した空間に作られたイベントコンテンツで、遊園地のアトラクションに似たノリで敵モンスターや罠を潜り抜けて踏破する事で貴重な武器装備等を手に入れるというものだった。
 入場するにはパーティーリーダーの申請が必要で、通ると全員が一斉に入場出来るシステムになっている。
 手続きは簡単だが僅かに出来た待機時間を狙って、Saya-Florenceが南瀬のアバターに二者間チャットで話し掛けて来た。話したい相手を一人に絞っているので、他のプレイヤーには読めない仕様になっている。

Saya-Florence:ね!ね!先に何作ったかだけ教えて先生!

 やけに押すなあと苦笑しつつ、南瀬は質問の答えを書いた。…チャットモードの状態を見落としたまま。

Takiji-Koba:今作っているのはただの餃子ですよw今、中の具を作って、餃子の皮にする生地も打って寝かせている所です。PTが終わったら皮を作って包む予定です。

「…あ」
 チャットモードがパーティー会話のままだった事に気付いた時には、既に遅かった。

Saya-Florence:え!?(;°ロ°)ちょ、生地からって?マジで!?手打ちとかスゴ!
Mac-Guffin:飯テロキタ━(゚∀゚)━!!うまそー!!
Saint-German:先生ェーー!?ヽ(`Д´)ノと言うか、さてはa…サヤ殿!謀りましたなー!?
Saya-Florence:ゴメーン!(ー人ー;)でも美味しそ~♪((o(。>ω<。)o))
Saint-German:コラーーッ!!
『リーダーのSaint-Germanよりダンジョンへの突入申請が入りました。承諾しますか?Yes/No』

「しまった…。誤爆した」


 突入直前にすったもんだがあった物の、小半時程度で無事にダンジョンをクリアした南瀬は、ゲームパッドを置いて餃子の支度を再開した。

 餃子、炒飯と言えばラーメンのお供として鉄板なのは言うまでも無いだろう。勿論ビールも外せない。
 普段はライス無料のラーメン屋を探しては普通盛りのラーメンとライスだけで腹を誤魔化している南瀬だが、収入が入ると無性にこの組み合わせで食べたくなる。
 一応、南瀬は予算を抑えて全部作れるのだが、プロの料理人ではないので、ラーメン屋の様に短時間で全てをまとめて作れる程訓練されてはいない。
 いずれ余裕が出来たら一度位はやってみたいとは思っていたが。

 それは兎も角。
 
 餃子そのものは実家で何度も作っていたし、今回は練習を兼ねて、味が破綻しない程度に実験要素を取り入れた魔改造餃子を作るつもりだった。

 量は約四人前を想定して、まず具の仕込みから。
 玉葱を四分の一玉、筍の水煮を百グラム、白湯に漬けて戻した干し椎茸を三本分、それぞれを微塵切りにして置く。
 椎茸を戻した時のお湯は出汁汁として小匙二杯お椀に取り分けて、さらに鶏ガラスープの素、醤油、オイスターソース、紹興酒をそれぞれ小匙二杯と、おろし生姜を大匙二杯混ぜて混合調味液を作る。
 次に牛豚の合挽肉を二百グラムに塩胡椒して、粘りが出るまで捏ねる。
 最後に刻んだ野菜類と混合調味液を挽肉に混ぜて、具の肉餡の出来上がり。一旦ラップをかけて冷蔵庫にしまい、次は皮作り。

 まず、強力粉を百グラム、薄力粉を五十グラム、米粉または上新粉を五十グラムを大きめなボウルにふるいにかけて混ぜて置く。
 次に沸かした烏龍茶を百ミリリットルに塩を五グラム溶く。
 ここへさっきの粉を三回に分けて混ぜて捏ねる。
 最初はボロボロとひび割れるが、気にせず捏ね続ける内に生地がしっとりとまとまったら、ボウルにラップをかけて冷蔵庫に三十分程寝かせる。
 丁度ここまで済ませた所で、南瀬はダンジョンに誘われたのだった。

 寝かせていた生地を冷蔵庫から出して、二センチ大の球に分けて丸め、打ち粉(小麦粉を振って生地同士をくっ付かなくする事)をして麺棒で球を潰したら、そのまま出来るだけ真円になる様に伸ばして、手の平大になったら皮の完成。


 …と言うだけなら簡単なのだが、生地の量からざっと二十枚から三十枚をひたすら伸ばしては次々繰り返すのは意外に重労働だったのは、流石に見通しが甘かったと南瀬は少し後悔した。


 …一昔前のグルメマンガだと、マジックショーみたいな変態的なやり方で、あっという間に百単位の餃子の皮を作ったり具を包んだりするシーンがあったのを思い出して羨ましく思う南瀬だが、そんな真似は当然出来ないので、地道に一枚一枚伸ばしてはラップを張ったボウルの中に重ねた。皮が固くならない様、乾燥を防ぐ為だった。
 全部伸ばしたら具を冷蔵庫から出して皮の数だけ等分に分け、いよいよ皮に包み始める。
 指で良いので皮のフチに水を塗って湿らせるとくっつきやすい。

「…やっぱりまだ形が歪だな」
 一応餃子の形にはなったが、流石に店で出る様な感じにはいかなかったが、これはもう練習するしかないだろう。最初から完璧な形にしたかったなら、それこそ便利グッズの餃子包み器でも使えば済むのだから。

 兎も角、後は焼くだけだった。温めたフライパンに米油を敷いて餃子を並べ、強火で焼いた餃子からチリチリ音がしだしたら、フライパンに深さ一センチ程の高さまで水を注いで蓋をする。
 そのままじっくりと水が無くなるまで蒸し焼きにしたら…、

「…よし。皮が烏龍茶色に染まってるし、名付けて黒餃子の完成っと」

 そう。本来、生地を捏ねるのに白湯を使う所を烏龍茶で捏ねた為、皮が若干黒っぽくなっていた。
 しかし、これは別に奇をてらってやったのでは無かった。

「…いただきます」
 早速試食を始める南瀬。繋がって焼けた餃子をひとつ、箸で剥がすとまずは何も付けずに頬張った。

「……!」
 形も若干不格好な為、余り見栄えが良くないかも知れない。
 しかし、文句無しに美味かった。
 今回試して見たかったのはみっつだった。ひとつは手打ちで生地を打つ事。いずれ生麺も打って見たいので、実際の手間を確認する為だった。
 もうひとつは大蒜やニラなどの薫物を抜く事。そもそも餃子に大蒜の組み合わせは、日本式のオリジナルなのだそうだ。では、大蒜抜きでも日本人の感覚で『餃子』として満足出来るのか。それを試して見たかった。
 また、面接に出掛ける事も多いので、匂わない餃子を美味しく作れるならかなり有難い話だ。

 最後のひとつは、余り油っこく無い餃子と言うコンセプト。
 体調にもよるだろうが、最近どこの餃子を食べても油の味しかしない様に思えてならなかった。皮を噛み切ってもまるで油を食っている様で、具そのものがどの様な味なのかぼやけて感じられる。
 なので、具は肉まんの中身を薄味にしたような物を作り、焼き油には胃に軽い米油を使い、皮には烏龍茶で油っ気を中和させる効果を狙った。その結果は…。

「…まさかここまでイメージ通り。いや、それ以上とは」
 ジューシーさは落ちたが、一口毎に肉餡の旨味が溢れて満足感が素晴らしい。にも関わらず、水餃子の様につるつると入りそうなのは烏龍茶の効果か。茶の香りはさほど感じないが、こんな食べやすい焼き餃子は初めてだった。

「こんなの店で出されたら一人前じゃ足らんな…」
 続けて醤油とラー油を付けてみると、これまた堪らない。
 大蒜が無いか等関係ない。これは確かに『餃子』だ。それも極上の。
 思わず白いご飯を掻き込み、缶の発泡酒を煽る。
 狭い部屋には、しばし力強く酒を呑み喉を鳴らす音と、点けたままのゲームのBGMが控え目な音量で流れるのみとなった。

「……っ!くぅーー!堪らないな!四人前を全部食ってしまいそうだ!」
 コンセプトの目標は全てクリア出来た。些かやり過ぎた感もあるが元々実験目的だったのだから仕方ない。

「今後の課題として、皮を包む練習がいるか…。羽根付き餃子にすれば多少見栄えも良くなるだろうけど」
 餃子を焼く時に入れる水に予め片栗粉を溶いて置くと、餃子の表面で薄くパリパリに固まって羽根付き餃子になる。

「烏龍茶を皮でなく具に練りこむレシピもあったな…。毎度生地を打ってもられないし、次はそっちにしてみようかな」
 汁気がもう少しと思ったし、肉餡にゼラチンを足しても良い。餃子が焼ける頃には中で溶けてスープ状になる。
 良い意味で予想外だった出来に浮かれ、餃子に舌鼓を打ちながら更なる魔改造計画を練る南瀬。
 後日報告した魔改造餃子の内容に、ギルメン達を驚愕と垂涎の坩堝に叩き込む事となるのだが、それはまた別の話となる。


 ともあれ。今日の所は...、
「...ご馳走様でした」
南瀬は箸を置いた。
しおりを挟む

処理中です...