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始まりの始まり
そして旅立ち
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テルディアスは一人、森の中を走っていく。魔女の目を引きつける為。
突然足元の地面が消えた。体が宙に浮く。緩やかな崖だった。
ザザーッと砂煙を立てながら下まで滑り落ちる。
落ちたところで気が抜けたように座り込んでしまった。
『信じるよ』
さっきの少女の言葉が思い出される。
ダーディンの姿になってから初めて聴いた言葉。
誰も彼もが自分を恐れ、時には殺されそうになった時もあった。
誰も自分を信じない。
誰も自分を受け入れてはくれない。
そんな中、あの少女はいともたやすく言った。
『信じるよ』
だからあの少女を置いてきた。
(これでいいんだ。俺といれば魔女に命を狙われる。俺は…独りでいいんだ…)
自分のせいで死なせるなんてことはしたくない。
ましてや自分を信じるなどと言ってくれた者を。
今までも…これからも独りであったとしても…。
森の木々はそんな彼を優しく見守るようにサヤサヤと揺れていた。
しかし、静寂はいとも簡単に破られた。
「うわあああああ!」
頭の上から叫び声が聞こえた。
(なんだ?)
と振り返ったテルディアスの顔の目の前に、靴の裏が迫っていた。
めしゃ・・・
「あ…」
置いてきたはずの少女だった。
「わ――――! ごめんなさい!悪気はないんです――――!」
平謝りに謝る。
「お、おま、…なんでここに?」
顔を抑えながら素朴な疑問をテルディアスは口にした。
「へ? だって急に走り出すから追いかけてきた」
・・・・・・
テルディアスは一つ大きな溜息を吐く。
「街道でお別れだと言っただろう」
「そだっけ?」
テルディアスの苦悩は一体なんだったのであろう。
「だってぇ! あんな所に置いてかれたってどこに行きゃいいんだか分かんないし! 僕お金も持ってないし!」
「だからって俺について来たら命を狙われるんだぞ!」
「だって、ほかに頼れる人いないんだもん。とりあえずお金を貸してくれるとあり難いんだけど♪」
「······」
テルディアスは頭が痛くなった。
「全部持ってけ!」
有り金を全て渡して後ろを向いた。
「ほえ? …いいの?」
「いいから早く行け!」
「早く行けって言われても…登れるかなぁ?」
緩やかな崖とはいっても登るのは大変そうだ。
(こいつは~~~…)
テルディアスは頭を抱えた。
少女に近寄ると有無を言わさず抱き上げる。
「ふえ?」
少女がおかしな声を上げるが気にしない。
「カウ・レイ」
と唱えるとフワリと体が浮き上がった。
崖の上にフワリと降り立つ。
「これでいいだろう。早く行け」
とテルディアスが急かす。
「う、うんありがとう」
(と、飛んだ…)
少女は飛んだ事に感動していた。
「あ、そうだ。まだ名のってなかったよね。僕の名前は…」
〔ダメ・・・〕
名のろうとした途端に声が出なくなった。
(え? なんで? ってか今の声は何?)
「何だ?」
「うん? あれ? 声が出る? はて? ま、いいや、僕の名前は…」
お口パクパク。声が出なくなる。
(にゃぜ?!)
〔名前を・・・言ってはダメ・・・〕
微かに聞こえる声。
(だれ?!)
「どうした?」
テルディアスが不安そうに問いかける。
「僕の~名前は~…」
ここまで来て名乗らぬわけにもいかない。少女は必死に考える。
(そういえば昔のあだ名が…)
「キーナ!」
(あれ? 言えた?)
声が出た。
「それだけを言うためになにやってんだ」
安心したようにテルディアスは言った。
「う~ん? なんでかなぁ?」
「キーナか、珍しい名前だな」
「そう…」
パクパクパク
じゃないと言おうとしたが声が出なくなった。
(なぜ?! ま、いっかキーナでも)
いいのか?
「分かったから早く行け」
「おおっと! 僕が名のったんだよ! あなたも名のって!」
「俺? 俺か?…俺は、テルディアス・ブラックバリーだ」
「テ、テルディ…」
言えなかった。
「テルディアスでいい」
「じゃあテル、このお金は有難く借りてくね。いつか必ず返すから」
いつの間にやらテルディアスからテルに略されている。
「いや、別に返さなくても…」
「返すから!」
「あ、ああ…」
迫り来るキーナの迫力に何故か押し負けた。
「だから、それまで頑張ってね!」
「!!」
「じゃあね!」
そういうとキーナと名のった少女は走り去っていった。
テルディアスは遠まわしに又会おうと言っているように聞こえた…。多分…空耳ではないだろう。
「頑張ってね…か」
知らず、口元に笑みがこぼれていた。
キーナは走った。街道を目指して。
悲しい瞳。
孤独の光。
テルディアスの瞳にはそれしかなかった。
(悲しい瞳をしてた。とても悲しそうな…とても苦しそうな…)
後ろ髪を引かれるように振り向いてしまう。テルディアスはただ、悲しそうに見送っているだけ…。
キュンッと胸が痛んだ。
(な、なんにゃ? 今の)
今まで感じたことのない痛みだった。
その時、突然テルディアスが何かを叫びながら、こっちに向かって走り出した!
「え?」
キーナは後ろに気配を感じた…。
そこにいたのは、黒い魔女。
魔女の手が横に薙ぎ払われる。
「やめろ―――――!」
テルディアスは思わず叫んでいた。キーナの体がくず折れた。とっさに柄に手が伸びる。そのまま剣を抜いて魔女に踊りかかる。
だが魔女の周りには結界が張られているのか、剣先は魔女まで届かない。
ドッ!
「ぐっ!」
腹に重みを感じた。
ドカァッ!
「ぐはぁっ!」
大木に体がたたきつけられる。
「テル!」
キーナが顔を上げた。
「お、おま…、生きてたのか?」
「間一髪!なんとか!」
ガッツポーズをとるキーナ。
キーナは生きていた。だが…
「上だ!」
闇色に光る剣がキーナの首を狙っている。
「しぶといガキ…」
重力に従って剣は落下する。
「どひゃぁ!」
ドスッ
またもや間一髪転がってよけた。
「ホイッ! ホ、とおっ!」
見事な後方宙返りを繰り返し、キーナはテルディアスの元へ逃げる。
つるっ
「んぎゃ!」
最後の着地は失敗したようだ。
「て、テル、大丈夫?」
「ああ…」
(なんなんだ?こいつは?)
見かけによらず、運動神経がいいらしい。
「すばしっこいのね。そうだわ」
魔女の目が妖しげに光る。
『テルディアス』
名を呼ばれた途端、テルディアスの体が硬直した。
『その娘を殺しなさい。それがあなたへの罰よ♪』
テルディアスの手がすばやく動き、キーナの首を掴んだ。
「うぐっ…」
力が込められる。呼吸が出来なくなる。必死にもがいてもその手はびくともしない。
「う…あ…」
苦しさの中、テルディアスの顔が見えた。悲しそうな苦しそうな必死な顔。
(哀しげな…瞳)
それが…最後に浮かんだ言葉だった。
どんなに力を込めても手はほどけない。少女の顔から血の気がなくなっていく。自分の物なのに、思い通りにならない手。
「ぐ、う…」
キーナの柔らかい細い首が絞まる。ついに頭がガクリと落ちた。自分の手の中でその少女は息絶えた。
「オーッホッホッホッホ。あ~すっとした♪ 命の恩人に殺されるなんて、か~わいそうに◇」
力なく落ちる少女の体を優しくテルディアスは受け止める。
自分を信じるといってくれた少女。
自分を恐がらずに受け入れてくれた少女。
それを自分は殺してしまった…。
魔女に操られていたとはいえ…。
自分が巻き込んでしまった…。
守れなかった…。
「貴様…」
今までに感じたことがない程、テルディアスは魔女へ憎しみを向けた。
微かな刺激。
キーナの体に変化が起きた。
うっすらと光り始めた。
初めは優しく、次第に強く。
「なんだ?」
テルディアスは呟く。
光はやがて眼を開けていられないほどになった。
「うっ」
耐え切れずにテルディアスは目を瞑る。
「この光は…」
魔女が呟いた。
その時、眩いほどの光の中から白い衣を纏った美しい女が現れた。
流れるような長い髪は白金色に光り輝いている。
「お、お前…お前は!」
魔女は驚愕のまなざしをその女に向ける。
閉じられていた女の瞳がうっすらと開かれると、
ドン!
魔女は一瞬のうちに得体の知れない力で腹を貫かれていた。
「は、あ…?」
何が起きたか分からぬうちに魔女は倒れこんだ。何者も触れることの出来なかった魔女の体に大きな穴が穿たれていた。
女は左手を魔女に向かってゆっくりと差し伸べる。
ところが、突然ガクっとなると、
「う…うう…あ…あう!」
何かに耐え切れなくなったかのように苦痛に顔を歪めて女はうめくと、幻のように光の中へ消えていった。
その後を追うかのように、吸い込まれるようにして光が消えていく。
全ての光が消えた後、そこに立っていたのは、死んだはずのキーナだった。
眼を刺すような光が収まると、テルディアスは恐る恐る眼を開けた。すると目の前にはキーナが立っていた。
だが気を失ったかのようにキーナはその場に倒れこむ。
「お、おい!」
慌ててキーナの体を受け止める。
「ぐあああああああ!」
魔女が金切り声を上げた。
苦しげに腹を押さえ、地べたを転げまわっている。
「おのれええええええ!」
魔女が苦しげにもだえている。
テルディアスには何が起きたのか分からない。
(何が起きたんだ?)
「おぼえていろ…必ず貴様を消滅させてやる!」
黒い穴が空間に開いた。
「どこへ逃げようと!必ず!」
そういい残すと、魔女は黒い穴へと消えていった。
後には何事もなかったかのように木々がサワサワと揺れているだけ。
「一体何があったんだ?そもそもこいつは…」
(俺がこの手で…)
柔らかな木漏れ日が二人を包み込んでいた。
「う…ん」
キーナが眼を覚ました。
「あれ? 僕生きてる?」
そういうと自分の体を、特に首を確かめる。
「気付いたか」
隣にテルが座っていた。
「あ…」
とっさに身構える。
「もう大丈夫だ。危害を加えたりしない」
優しくテルが言った。確かにその顔は穏やかだ。
「それより一体何があったんだ?」
「ほえ?」
「あの光は何なんだ? お前は死んだんじゃなかったのか? それとも不死身か?」
ずずいっとテルが迫る。
「ちょ、ちょっと待って! なんのことよ?」
「え?」
テルがかいつまんで事態を説明した。
分かったような分からないような顔をするキーナ。
「つまり、魔女は僕が倒したと?」
「完全には倒してないが。他に誰がいるんだ?」
キーナの頭の中でははてなマークが踊っていた。
「まったく覚えてないのか?」
「うん。さっぱり」
きっぱり答えた。
「だが、あの光…もしかしたら…しかしまさか…」
何かを考え込む。
「何?」
「いや。お前これからどうする?」
唐突に聞いてきた。
「どうって、サンスリーに行くしかないじゃん」
「なんだったら、俺と行くか?」
「え?! いいの?!」
思わぬ言葉にキーナは喜ぶ。
「ああ。元より俺はミドル王国にいるある高名な魔道士を訪ねるつもりだったんだ。あそこなら結界もあるし、魔女の眼も眩ませられるかもしれん。それにあの人ならお前の相談にものってくれるかもしれんしな」
「元の世界に帰る方法見つかるかな?」
「さあな」
少し視線をずらした。
「信じてないっしょ」
「当たり前だろ」
「だろうね…ふっ」
ちょっと遠い目になる。
「お前が何者かは知らんが、あの魔女に狙われる羽目になったのは俺のせいだ。だから俺がお前を守ってやる」
ちょっと意外な言葉だった。
「…うん!」
(やったー!強力な助っ人だい!)
こうしてキーナはテルディアスとしばし旅をすることになった。
「魔法教えてよ! 魔法!」
「初心者にいきなりは無理だ!」
「だ~いじょうぶだって! ね~♪」
「しつっこい!」
こんな感じでキーナとテルディアスの旅は始まったのだった。
突然足元の地面が消えた。体が宙に浮く。緩やかな崖だった。
ザザーッと砂煙を立てながら下まで滑り落ちる。
落ちたところで気が抜けたように座り込んでしまった。
『信じるよ』
さっきの少女の言葉が思い出される。
ダーディンの姿になってから初めて聴いた言葉。
誰も彼もが自分を恐れ、時には殺されそうになった時もあった。
誰も自分を信じない。
誰も自分を受け入れてはくれない。
そんな中、あの少女はいともたやすく言った。
『信じるよ』
だからあの少女を置いてきた。
(これでいいんだ。俺といれば魔女に命を狙われる。俺は…独りでいいんだ…)
自分のせいで死なせるなんてことはしたくない。
ましてや自分を信じるなどと言ってくれた者を。
今までも…これからも独りであったとしても…。
森の木々はそんな彼を優しく見守るようにサヤサヤと揺れていた。
しかし、静寂はいとも簡単に破られた。
「うわあああああ!」
頭の上から叫び声が聞こえた。
(なんだ?)
と振り返ったテルディアスの顔の目の前に、靴の裏が迫っていた。
めしゃ・・・
「あ…」
置いてきたはずの少女だった。
「わ――――! ごめんなさい!悪気はないんです――――!」
平謝りに謝る。
「お、おま、…なんでここに?」
顔を抑えながら素朴な疑問をテルディアスは口にした。
「へ? だって急に走り出すから追いかけてきた」
・・・・・・
テルディアスは一つ大きな溜息を吐く。
「街道でお別れだと言っただろう」
「そだっけ?」
テルディアスの苦悩は一体なんだったのであろう。
「だってぇ! あんな所に置いてかれたってどこに行きゃいいんだか分かんないし! 僕お金も持ってないし!」
「だからって俺について来たら命を狙われるんだぞ!」
「だって、ほかに頼れる人いないんだもん。とりあえずお金を貸してくれるとあり難いんだけど♪」
「······」
テルディアスは頭が痛くなった。
「全部持ってけ!」
有り金を全て渡して後ろを向いた。
「ほえ? …いいの?」
「いいから早く行け!」
「早く行けって言われても…登れるかなぁ?」
緩やかな崖とはいっても登るのは大変そうだ。
(こいつは~~~…)
テルディアスは頭を抱えた。
少女に近寄ると有無を言わさず抱き上げる。
「ふえ?」
少女がおかしな声を上げるが気にしない。
「カウ・レイ」
と唱えるとフワリと体が浮き上がった。
崖の上にフワリと降り立つ。
「これでいいだろう。早く行け」
とテルディアスが急かす。
「う、うんありがとう」
(と、飛んだ…)
少女は飛んだ事に感動していた。
「あ、そうだ。まだ名のってなかったよね。僕の名前は…」
〔ダメ・・・〕
名のろうとした途端に声が出なくなった。
(え? なんで? ってか今の声は何?)
「何だ?」
「うん? あれ? 声が出る? はて? ま、いいや、僕の名前は…」
お口パクパク。声が出なくなる。
(にゃぜ?!)
〔名前を・・・言ってはダメ・・・〕
微かに聞こえる声。
(だれ?!)
「どうした?」
テルディアスが不安そうに問いかける。
「僕の~名前は~…」
ここまで来て名乗らぬわけにもいかない。少女は必死に考える。
(そういえば昔のあだ名が…)
「キーナ!」
(あれ? 言えた?)
声が出た。
「それだけを言うためになにやってんだ」
安心したようにテルディアスは言った。
「う~ん? なんでかなぁ?」
「キーナか、珍しい名前だな」
「そう…」
パクパクパク
じゃないと言おうとしたが声が出なくなった。
(なぜ?! ま、いっかキーナでも)
いいのか?
「分かったから早く行け」
「おおっと! 僕が名のったんだよ! あなたも名のって!」
「俺? 俺か?…俺は、テルディアス・ブラックバリーだ」
「テ、テルディ…」
言えなかった。
「テルディアスでいい」
「じゃあテル、このお金は有難く借りてくね。いつか必ず返すから」
いつの間にやらテルディアスからテルに略されている。
「いや、別に返さなくても…」
「返すから!」
「あ、ああ…」
迫り来るキーナの迫力に何故か押し負けた。
「だから、それまで頑張ってね!」
「!!」
「じゃあね!」
そういうとキーナと名のった少女は走り去っていった。
テルディアスは遠まわしに又会おうと言っているように聞こえた…。多分…空耳ではないだろう。
「頑張ってね…か」
知らず、口元に笑みがこぼれていた。
キーナは走った。街道を目指して。
悲しい瞳。
孤独の光。
テルディアスの瞳にはそれしかなかった。
(悲しい瞳をしてた。とても悲しそうな…とても苦しそうな…)
後ろ髪を引かれるように振り向いてしまう。テルディアスはただ、悲しそうに見送っているだけ…。
キュンッと胸が痛んだ。
(な、なんにゃ? 今の)
今まで感じたことのない痛みだった。
その時、突然テルディアスが何かを叫びながら、こっちに向かって走り出した!
「え?」
キーナは後ろに気配を感じた…。
そこにいたのは、黒い魔女。
魔女の手が横に薙ぎ払われる。
「やめろ―――――!」
テルディアスは思わず叫んでいた。キーナの体がくず折れた。とっさに柄に手が伸びる。そのまま剣を抜いて魔女に踊りかかる。
だが魔女の周りには結界が張られているのか、剣先は魔女まで届かない。
ドッ!
「ぐっ!」
腹に重みを感じた。
ドカァッ!
「ぐはぁっ!」
大木に体がたたきつけられる。
「テル!」
キーナが顔を上げた。
「お、おま…、生きてたのか?」
「間一髪!なんとか!」
ガッツポーズをとるキーナ。
キーナは生きていた。だが…
「上だ!」
闇色に光る剣がキーナの首を狙っている。
「しぶといガキ…」
重力に従って剣は落下する。
「どひゃぁ!」
ドスッ
またもや間一髪転がってよけた。
「ホイッ! ホ、とおっ!」
見事な後方宙返りを繰り返し、キーナはテルディアスの元へ逃げる。
つるっ
「んぎゃ!」
最後の着地は失敗したようだ。
「て、テル、大丈夫?」
「ああ…」
(なんなんだ?こいつは?)
見かけによらず、運動神経がいいらしい。
「すばしっこいのね。そうだわ」
魔女の目が妖しげに光る。
『テルディアス』
名を呼ばれた途端、テルディアスの体が硬直した。
『その娘を殺しなさい。それがあなたへの罰よ♪』
テルディアスの手がすばやく動き、キーナの首を掴んだ。
「うぐっ…」
力が込められる。呼吸が出来なくなる。必死にもがいてもその手はびくともしない。
「う…あ…」
苦しさの中、テルディアスの顔が見えた。悲しそうな苦しそうな必死な顔。
(哀しげな…瞳)
それが…最後に浮かんだ言葉だった。
どんなに力を込めても手はほどけない。少女の顔から血の気がなくなっていく。自分の物なのに、思い通りにならない手。
「ぐ、う…」
キーナの柔らかい細い首が絞まる。ついに頭がガクリと落ちた。自分の手の中でその少女は息絶えた。
「オーッホッホッホッホ。あ~すっとした♪ 命の恩人に殺されるなんて、か~わいそうに◇」
力なく落ちる少女の体を優しくテルディアスは受け止める。
自分を信じるといってくれた少女。
自分を恐がらずに受け入れてくれた少女。
それを自分は殺してしまった…。
魔女に操られていたとはいえ…。
自分が巻き込んでしまった…。
守れなかった…。
「貴様…」
今までに感じたことがない程、テルディアスは魔女へ憎しみを向けた。
微かな刺激。
キーナの体に変化が起きた。
うっすらと光り始めた。
初めは優しく、次第に強く。
「なんだ?」
テルディアスは呟く。
光はやがて眼を開けていられないほどになった。
「うっ」
耐え切れずにテルディアスは目を瞑る。
「この光は…」
魔女が呟いた。
その時、眩いほどの光の中から白い衣を纏った美しい女が現れた。
流れるような長い髪は白金色に光り輝いている。
「お、お前…お前は!」
魔女は驚愕のまなざしをその女に向ける。
閉じられていた女の瞳がうっすらと開かれると、
ドン!
魔女は一瞬のうちに得体の知れない力で腹を貫かれていた。
「は、あ…?」
何が起きたか分からぬうちに魔女は倒れこんだ。何者も触れることの出来なかった魔女の体に大きな穴が穿たれていた。
女は左手を魔女に向かってゆっくりと差し伸べる。
ところが、突然ガクっとなると、
「う…うう…あ…あう!」
何かに耐え切れなくなったかのように苦痛に顔を歪めて女はうめくと、幻のように光の中へ消えていった。
その後を追うかのように、吸い込まれるようにして光が消えていく。
全ての光が消えた後、そこに立っていたのは、死んだはずのキーナだった。
眼を刺すような光が収まると、テルディアスは恐る恐る眼を開けた。すると目の前にはキーナが立っていた。
だが気を失ったかのようにキーナはその場に倒れこむ。
「お、おい!」
慌ててキーナの体を受け止める。
「ぐあああああああ!」
魔女が金切り声を上げた。
苦しげに腹を押さえ、地べたを転げまわっている。
「おのれええええええ!」
魔女が苦しげにもだえている。
テルディアスには何が起きたのか分からない。
(何が起きたんだ?)
「おぼえていろ…必ず貴様を消滅させてやる!」
黒い穴が空間に開いた。
「どこへ逃げようと!必ず!」
そういい残すと、魔女は黒い穴へと消えていった。
後には何事もなかったかのように木々がサワサワと揺れているだけ。
「一体何があったんだ?そもそもこいつは…」
(俺がこの手で…)
柔らかな木漏れ日が二人を包み込んでいた。
「う…ん」
キーナが眼を覚ました。
「あれ? 僕生きてる?」
そういうと自分の体を、特に首を確かめる。
「気付いたか」
隣にテルが座っていた。
「あ…」
とっさに身構える。
「もう大丈夫だ。危害を加えたりしない」
優しくテルが言った。確かにその顔は穏やかだ。
「それより一体何があったんだ?」
「ほえ?」
「あの光は何なんだ? お前は死んだんじゃなかったのか? それとも不死身か?」
ずずいっとテルが迫る。
「ちょ、ちょっと待って! なんのことよ?」
「え?」
テルがかいつまんで事態を説明した。
分かったような分からないような顔をするキーナ。
「つまり、魔女は僕が倒したと?」
「完全には倒してないが。他に誰がいるんだ?」
キーナの頭の中でははてなマークが踊っていた。
「まったく覚えてないのか?」
「うん。さっぱり」
きっぱり答えた。
「だが、あの光…もしかしたら…しかしまさか…」
何かを考え込む。
「何?」
「いや。お前これからどうする?」
唐突に聞いてきた。
「どうって、サンスリーに行くしかないじゃん」
「なんだったら、俺と行くか?」
「え?! いいの?!」
思わぬ言葉にキーナは喜ぶ。
「ああ。元より俺はミドル王国にいるある高名な魔道士を訪ねるつもりだったんだ。あそこなら結界もあるし、魔女の眼も眩ませられるかもしれん。それにあの人ならお前の相談にものってくれるかもしれんしな」
「元の世界に帰る方法見つかるかな?」
「さあな」
少し視線をずらした。
「信じてないっしょ」
「当たり前だろ」
「だろうね…ふっ」
ちょっと遠い目になる。
「お前が何者かは知らんが、あの魔女に狙われる羽目になったのは俺のせいだ。だから俺がお前を守ってやる」
ちょっと意外な言葉だった。
「…うん!」
(やったー!強力な助っ人だい!)
こうしてキーナはテルディアスとしばし旅をすることになった。
「魔法教えてよ! 魔法!」
「初心者にいきなりは無理だ!」
「だ~いじょうぶだって! ね~♪」
「しつっこい!」
こんな感じでキーナとテルディアスの旅は始まったのだった。
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二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
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