キーナの魔法

小笠原慎二

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水の都編

恥ずかしい水着

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水の王国の城と、巫女達などが住まう神殿の間に、広場があった。
その真ん中には大きな円形のプールのようなもの。
水面が風に吹かれ波立つ。
その縁に立って覗いてみれば分かるのだが、中は縦の洞窟のようになっていて、底が見えない。

端に玉座が据えられ、その周りには女性の警備兵が立つ。
この場は男子禁制であり、唯一入れるのは王のみ。
玉座にはすでに王が座り、その前には今回だけ特別に、銀髪の青緑色の肌の男が、後ろ手に縛られて座っている。
皆一様に何かを待っているようだった。

「風(カウ)・・・」

小さな声で唱えた呪文が風をフワリと起こした。
テルディアスは魔法が使えるようになっている事を確認する。

(いざとなったら・・・)

キーナを抱えて逃げ出す事もできる。

「テル、とやら・・・」

王がテルディアスに話しかけてきた。

「その名で呼ぶな。俺の名前はテルディアスだ」

テルディアスの異様な眼光と殺気に、王がギクリとなる。

「て、テルディアスというのか・・・?」

平静を保ったフリをしながら、王がテルディアスの名を口にし、

(テルディアス? どこかで聞いたような・・・)

と、自身の記憶の蓋を開けようとしかけた時。


「え“―――――――――!!!!!」


と馬鹿でかい声が聞こえてきた。
神殿へ続く扉の向こうから聞こえてきている。


「ちょ! いや! まって! こんな! だから! せめて! なにか!・・・」


となにやらわいわい騒がしい。

「あ~これなら~・・・」

と落ち着いた声がして、その喧噪は収まったようだった。
少ししてその扉が開き、一人の侍女が出てくる。
侍女は後ろを気にしながら、ゆっくりと扉から歩み出る。
その後ろから、馬鹿でかいタオルで身を隠したキーナが、裸足で出てきた。

(あんな格好で何をする気だ?)

水巫女の儀式というのにあんな動きにくい格好で何ができるというのか。
侍女と共にキーナが王の目の前に進み出て、一応形式的な礼をする。
そして王がこれも儀式に則って宣告する。

「我が前にてその全てを見せよ」

侍女がキーナになにやら呟くと、


「脱ぐの?!」


キーナが再び素っ頓狂な声を上げる。

「王の前で何も持っていないという証明をする為です。水巫女の試練を受ける者は皆やるんです!」

そう言って侍女がキーナのタオルを剥ぎ取ろうとする。

「わ! ちょっと! 待って! うきゃー!」

必死の抵抗をしていたキーナだったが、侍女の方が一枚上手。
体に巻き付けていたタオルがバサリと剥ぎ取られると、

「い・・・」

テルディアスが呻いて急いで視線を逸らした。

「うきゃあ!」

キーナが恥ずかしさのあまり腕で前を隠す。
キーナが身につけていたのは水着であった。
両の肩から胸を通り、そのまま下まで一直線。形状で言えばV字型。
背中も同様の作りで、柔らかそうなお尻など、Tバック状態。ほぼむき出し。
スク水しか来た事のない中学2年生が着るにはかなり勇気のある一品。
なんでこんなエロい水着があるのだと突っ込みたくなるほど。

(な、なんつー格好・・・)

さすがにこんなに肌の露出した女性を見た事のないテルディアスには、かなり目の毒であった。
ふと見上げると、鼻血を一筋垂れ流しながらキーナを冷静に凝視している王の顔。

「おいおっさん」
「おっさんとはなんだ! 一国の王に向かって!」
「鼻血」

王が鼻を押さえながら黙った。

「何が一国の王だ」

刺々しいテルディアスの言葉にちょっと傷ついた王だった。

「さ、王の前でゆっくり回るのです」
「回る?!」
「恥ずかしがる事はないわ。とても栄誉な事なんですから」
「栄誉~?」

実を言うとこの巫女の試練、試練を乗り越え、王の眼鏡にかなうと、王のハーレムの一員にもなれるという、実は嫁探しの意味合いもこもっていたりする。
宝玉に選ばれた水の王と、宝玉を使いこなせる力をもつ水巫女を結ばせ、より良い子を成す為だ。
なので歴代の王にはかなり子だくさんであったりするのだが、それは別のお話。
つまり王の前でそんなエロい格好を見せ、あたしこそが王にとって良い女でありますアピールをする場面でもある。もちろん、何もおかしな物は持ってませんという証明が一番の意味合いです。
王国の民にとっては栄誉な事であるが、キーナは全くそうではない。
ただ恥ずかしい限りだ。

「そうです。さ、回って!」

侍女の方にしてみればただ当たり前の行為なので、なんの不思議もあらず。

「ミィ~・・・」

と恥ずかしさのあまり泣きそうなキーナ。
だがしかし、ここで渋っていても話は先に進まない。
意を決して、キーナは体に力を込め、

「は!」

と勢いよく一回転。

「早すぎ!」

侍女の方の突っ込みが入りました。

「もう一度! ゆ・っ・く・り・と!」
「ふにゃ~~・・・」

侍女の剣幕に押され、キーナが後ずさる。

(だってテルも見てるのに~・・・)

知らないおっさん(一応国王なんだけど)に見られるのも恥ずかしいのに、テルディアスも目の前にいるのに。余計に恥ずかしい。
キーナは頑張って腕を体の横に固定し、先程よりかはゆっくりと回った。
終わると急いで腕で前を隠す。
テルディアスは、うっかり見とれてしまっていた。
エロい目線で凝視していたわけではない。断じて。

綺麗だと思った。
素直にとても綺麗だなと見とれてしまったのだ。
華奢な肩、膨らみかけた胸、引き締まった腰、なめらかな曲線を描いた尻、そして脚。
女性の体は美の結晶であると唱えた芸術家がいたとか聞いた事があるが、確かにそうかもしれないとテルディアスは思った。
ハッと正気に戻り、慌てて視線を逸らす。

(何を見とれてるんだ俺は!)

とても失礼な事をしてしまったような気もして、自己嫌悪に陥る、かと思ったその視線の先に、玉座でまた鼻血を垂れ流しているおっさんがいた。

「おいコラおっさん!」

先程より険のあるテルディアスの言葉に、慌てて王が鼻血を隠す。

「は、鼻血ではない! 赤い鼻水だ!」

などと往生際が悪い。

「ほお~、そんなものがあるのか・・・」

テルディアスの冷たい視線を受け、王が固まる。

「ただのスケベじじいだろ!」

だいぶ容赦がなくなってきた。
ゴホンと一つ咳払いをし、王が一応威厳を保とうとする。手遅れな気がするけど。

「よかろう。入水を許可する」
「ありがとうございます」

キーナの代わりに侍女が答える。
キーナはほっとした顔。そりゃそうだろう。
侍女と共に円形のプールの方へ歩き出そうとすると、

「娘よ、これからする事の説明は受けたと思うが・・・」
「うん、聞いたよ。水底の龍の鱗を取ってくればいいんでしょ?」
「口で言うほど易しくはないぞ」

円形のプール、正式名称をクアグーラという。
この穴は非常に深く、厳しい修行を終えた水巫女の候補の者達でさえ、無事に鱗を取って来れる者は少ない。
真に水の精霊の祝福を受けた者しか、この試練を乗り越える事はできないのだ。

(真に水の精霊の祝福を受けた者・・・、やはりそうか!)
「キーナ! 逃げるぞ」
「え?」

テルディアスが立ち上がろうとする。

「宝玉を渡す気など最初からないんだ! このまま試練を受けたらお前・・・死ぬぞ!」

突然テルディアスの頭に水の玉が現われる。
発言の途中だったテルディアスがゴボリと息を漏らした。

(水・・・! いつの間に・・・! 誰が?!)
「騒がしい。神聖な場だぞ」

テルディアスの背後から声がかかる。
振り返ると、王がこちらを睨み付けている。

(まさか・・・、呪文の詠唱もなしで・・・?!)

ゴボリと息がテルディアスの口から逃げていく。

「やめて、テルを放して」

キーナが王を睨み付ける。
小さな少女に睨み付けられたところでなんの怖さも感じないはずなのに、何故か王はギクリとする。どうしてギクリとなったのか王自身でさえよく分からない。

「僕は逃げも隠れもしない。ちゃんと水巫女の試練を受けるよ。だからテルに手を出さないで」

不思議な威圧感を放ちながら、キーナが王を睨み続ける。
我知らず、王は玉座の肘掛けを握りしめていた。
フッとテルディアスの頭を覆っていた水玉が消える。

「がはっ! ごほ! げほ!」
「テル!」

キーナがテルディアスの元へ駆け寄った。

「大丈夫?」
「ああ・・・」

心配そうにテルディアスの顔を覗き込むキーナ。
ひとしきりむせた後、顔を上げるテルディアス、の目の前に、怪しい水着を纏っただけのキーナの白い体が視界に広がる。
ついでに胸の辺りに小さな突起物などもめざとく発見してしまい、目のやり場に困り突然キョドリだす。
突然キョドリ始めたテルディアスを不思議そうに見つめるキーナ。

「お主ら、自分達が罪人だという事を忘れるな」

テルディアスの後ろ、王が真面目な口調で言い放つ。
いや、元々真面目な人なのよ?

「もしまたおかしな真似をしようものなら、この場で首を落とすも容易いのだぞ」

そう言った王が手をかざすと、一瞬のうちに水の鎌が形成された。

呪文も唱えず。

(呪文も唱えずに水の鎌を?! これは・・・)

テルディアスの脳裏に魔法の師匠の言葉が思い出される。








『元々の魔法には呪文などないのだ』

「は?」

若き頃のテルディアス。
目の前のじじいがいきなり言い出したことを理解できなかった。
すると、じじいの手に炎が集まり狼の形になり、

「つまりこういったこととか」

炎の狼がテルディアスに襲いかかる。
なんとか逃げ切るテルディアス。

「こういったこととか」

今度はテルディアス目がけて竜巻が起こった。
テルディアスの体が巻き上げられ、突然地面に落とされる。
するとザザザッと地面から木の根が突き出してきて、テルディアスの体が串刺しになりそうになる。

「こういったことを呪文なしにだな」
「弟子を殺す気か!!」

テルディアスの様子を見ながら笑うじじいに怒鳴りつける。

「鍛錬を積めばお前もできるようになるぞ~」
「いらん! 俺は剣士に必要な魔法だけを覚えられればいいんだ」

昔からこの無愛想と冷たい言い方は変わらないのね。

「あーそー」

じじい、ことレオナルド・ラオシャスも、教えるのが男のせいか、あまり気が乗っていないような顔をしている。

「ま、一応基本じゃから覚えておけ~。世の中にはな~、生まれつき精霊の加護を受けた者なんてーのがいてな~」

ひどく間延びした言い方にテルディアスは教える気があるのかとても疑問に思った。
ない気がする。

「そーいった者は鍛錬など積まんでも最初から自由自在に精霊の力を喚び起こす事ができる。戦場で会ったら注意しておけー。呪文を唱える時間差でお前が死ぬぞー」

まあ、一応役に立ちそうな知識だと思って、テルディアスは記憶に留めたのだった。










そして、目の前に座る水の王国の水の王。
宝玉に選ばれるくらいの者だ、精霊の加護を受けている者なのだろう。

(水の王国の水の王・・・。ただのスケベじじいというわけではなさそうだな・・・)

テルディアスの王の評価が少し上がった。

(一瞬で水を具現化しちゃった。おじいさん並みの実力者ってことなのかな? 僕も形にするのは時間かかるからな~)

キーナも感心して王を眺めていた。

「キーナ、お前だけでも・・・」

テルディアスがボソボソとキーナに耳打ちする。

「テ~ル」

とペチンとテルディアスの顔を両手で挟み込むと、キーナはにっこりと笑う。

「心配ばっかしてると禿げるよ?」
「余計なお世話だ」

まったくだ。

「僕は大丈夫だから、待ってて」

そう言って駆け出す。

「キーナ! 何か、策でもあるのか?」

テルディアスが心配そうな顔をするのを見て、キーナが口元に人差し指を当て、ウインクで返した。
そのまま走り去る。

(あるのか・・・)

テルディアスがほっとする。
キーナだったら野生の勘を働かせて、何がしかの対策を見つけ出していても不思議ではない。

(あるわけないじゃん)

テルディアスに見えないようにキーナがペロリと舌を出す。
ああでもしなければ、テルディアスがまた暴れ出してしまうかもしれないから。
適当にかっこつけただけだった。

クアグーラの縁に立つ。
水面は風で時折波が立つ程度。
水はとても綺麗に透き通り、深くなるほどに蒼く濃くなっていく。
奥は暗くなっていっているようだが、完全に闇になっているようには見えない。
何か光を発する微生物でもいるのだろうか?

(策も何もないけど、なんでだろう。不安はない。無事にやり遂げられるって確信がある)

そんな自信どこから溢れてくるのかよく分からないのだが、何故か危険はないと本能で察知している気がする。

「始めよ!」

王が号令をかけた。
するとキーナがテルディアスに振り向いた。
なんだ?何かあるのか?!
と身構えるテルディアス。

「テル~、行ってくるね~」

と陽気にテルディアスに手を振るキーナ。
その場にいたキーナ以外全員がずっこけそうになった。

「遊びじゃないのよ!」
「知ってるよ?」

侍女の怒りの突っ込みに驚くキーナ。

あのバカ・・・

と目を伏せるテルディアス。

「緊張感がない! 注意力も散漫!」

このままいるともっと叱られそうなので、

「い、いってきま~す」

キーナが飛び込む姿勢になる。
すると王が声をかけてきた。

「娘よ、分かっているとは思うが、くれぐれも魔法は使わぬように」
「使わないよ!」

キーナが顔を赤くしながら答える。
そして大きく息を吸い込むと、鼻を押さえ、勢いよく水中に飛び込んでいった。
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