キーナの魔法

小笠原慎二

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光の宮再び

ドゴオ!

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キーナがコソコソと光の宮の廊下を走っていく。
人と会わぬように、曲がり角では慎重に。
うろ覚えではあったが、なんとか着替えをした部屋に辿り着く。
置いて行きたくない物があったから。
ゴソゴソと引き出しをまさぐり、お目当ての物を取り出す。
それは、水の都で貰った、ドロボウ七つ道具であった。
それを再び腰に装着。
着替えもそこそこに部屋を飛び出す。
誰かに会っても、この姿ならばそこそこ言い訳が立つだろう。

(どうして僕がこの世界に来たのか、何で光の御子なんかに選ばれたのか、分からないけど。止まってちゃダメだ! 進まなきゃ!僕がやれるだけの事はやらなくちゃ!)

長い廊下を走る。
ただ、右も左も分からず、どこに向かっているかも分からない。

(どこかに案内図でもあればいいのに。不親切だなぁ)

あるわけないだろ。
せめてどこか、外に向かう窓まで辿り着きたい。
そして角にまた身を隠し、廊下を覗いた時だった。

ドゴオ!!

「お?」

ズズ~ンと地響きが聞こえ、パラパラと天井の埃が舞い落ちてきた。
すると、廊下の一番近い扉がガチャリと開く。
慌てて隠れるキーナ。

「何だ?! 何があった?!」

今の衝撃に驚いた人のようだ。
廊下の向こうの方から答える声がした。

「確認中ですが、突然炎が噴き出したとか…」

炎が噴き出す?

(まさか、メリンダさん?)

メリンダならばやりかねない、と思うが、

(まさか…、でも…、あそこからはかなり遠いし…)

どんなに走っても、1、2日で来られるような場所では無い。

(うにゃうにゃ!)

キーナが頭を横に振り、希望的考察を振り切る。

(あるかないか分かんないようなことにこだわってもしゃーない!とにかくここから逃げなきゃ!)

このチャンスを逃す手はない。
人に会わないように注意しつつ、キーナはまた、スカートを持ち上げて走り出す。
このスカート長いので、走っていると足にまとわりついてくるのだ。

次の角まで来て急ブレーキ。
バタバタと人が走り去っていく足音がする。

(あべーあべー(訳:やばいやばいと危ない危ないの合わせ言葉))

角で一息吐き、人がいなくなるのを待ちわびていたその時、

「もが!」

突然後ろから伸びてきた手に口を押さえられた。

(見つかった?!)

このまま押さえ込まれでもしたら厄介だ。

(こーなったら…!)

先手必勝。肘でおもっくそ腹どついてやる!と拳を固め、後ろに振り上げようとしたその時、

「キーナ」

耳慣れた、心地よい声音が、キーナの名を呼んだ。

(え? この声、まさか…、だけど…、いるはずが…)

慌てて後ろを振り向くと、そこには見慣れた銀髪の髪、尖った耳、青緑の肌の青年、テルディアスの姿があった。

「キーナ」

心配そうに、キーナの顔を覗き込んでくる。
驚きのあまり、何の反応も示せない。

「? キーナ?」

あまりにキーナが無反応なので、顔を曇らせるテルディアス。
キーナは胸が熱くなった。
キーナは目頭が熱くなって来た。
その青年の名を呼びたかったが、せり上がってきた思いが喉を閉ざした。
瞳が潤む。
視界がぼやける。
あまりの事に声を出せないキーナは、素直に体でその喜びを表した。
つまり抱きついた。

「どわ!」

いまだに突然抱きつかれる事に慣れないテルディアス。
見事にキーナ諸共後ろにひっくり返った。

どたーっ

少し大きな音がしてしまった。

「…つ…」

尻をしこたま打ったテルディアスが、痛さに顔をしかめる。

「おい、キーナ…」

その時、廊下の向こうからバタバタと足音が近づいてきた。

「何だ?! 今の音は?!」
「あっちからだ!」

二人分の足音が近づいてきて、そして遠ざかって行った。

手近な部屋へ逃げ込んだ二人。
どうやら物置部屋のようだった。
扉にもたれ座り、廊下の様子を伺っていたテルディアスが、足音が消えていったことに胸を撫で下ろす。

(行ったか…)

そして、テルディアスは自分の体に押しつけるように体を密着させている少女の体温で、なんだか落ち着かなくなる。

「キーナ…」

少し離れてくれ、と言いたかったのだが、その口から漏れてくる嗚咽。
震える小さな肩。
それを見ているうちに、なんとも言えない感情が広がり、テルディアスは、キーナを抱きしめた。
強く強く、その小さな体を抱きしめた。












ゴウ!

炎が光の宮で荒れ狂う。
そこから少し離れた場所で、

「おーっほっほっほっほ」

高らかに笑う赤い髪の女性。

「ノリノリだな…」

その後ろで少々呆れ気味の黄色い髪の男。
もちろん、メリンダとサーガである。

「四大精霊の中で一番優しいとか聞いたけど、ガセっぽいな」

でかい屋敷を炎で捲いて、高らかに笑うなど、どう見ても優しい人には見えない。

「何言ってんのよ! あたしのキーナちゃんに何かしようとしてる奴らよ!」
「あたしの…?」

まあそこは突っ込まないでおこう。
朝一でまたサーガの風の結界にまとわれ、ここまで飛んで来た。
そしてメリンダが宮に火を放ち(ここまで大きくしろとは言ってない)、その混乱に乗じて、キーナを連れ出そうという作戦である。

すでにテルディアスは宮に潜り込んでいる。
一度中を見た事があるし、双子石があるからと、テルディアスが潜入することになったのだ。
サーガは逃げるために、体力温存である。

「そんな奴らに情けも慈悲もかけてやる必要なし!」

メリンダが右手を上げて、高らかに言い切る。

(怒らせたら一番怖い、の間違いでは…?)

サーガもさすがに口には出さなかった。

「容赦しないわ…」

メリンダの口から、低い恐ろしい声が聞こえた。
しかも向こうを向いて表情が見えないはずなのに、ニタリと笑ったのが何故か分かった。
背筋がぞっとなるサーガ。
姐さんのすることは邪魔せんでおこう。と心に誓う。

「それよりあんた、ちゃんと休んでなさいよ」

とメリンダがサーガを睨み付けた。

「あ~、へいへい」

素直にゴロリと木の根元に横になるサーガ。
まだ完全に回復はしていないのだ。

「また途中でへばったら、許さないわよ…」

またもやメリンダの声が低くなっていく。

「わっかりました! わっかりました!」

何よりも、メリンダの低い声が怖い。

「テルディアスの奴、うまくキーナと会えたかな?」

双子石をキーナが今も身に付けているかは分からないのだ。
もし身に付けていなかったら、探すのに時間がかかるだろう。
メリンダがぼそりと呟く。

「キーナちゃん…、来るかしら?」
「来るだろ」

サーガの即答にメリンダが振り返る。
何故そんなにも言い切れるのか?

「あいつがあんな所でくすぶってるようなたまか?」

目を閉じながら、平然とサーガが言い切った。
その言葉に、メリンダが一瞬呆気に取られる。
そして、次に微笑みを浮かべた。

「そうね…。そうよね」

宮の火が、一段と強くなった。














「キーナ?」

キーナが身じろぎした。
苦しくなったのか。
落ち着いたのか。
テルディアスから少し体を離し、未だに涸れない涙を手の甲で拭う。

「テ、テルに…、会いたいって…、思ったら…、テルが…、いたぁ…」
「キーナ…」

新たに溢れ出したその涙を、テルディアスがその指先で拭ってやる。
キーナの潤んだ瞳がテルディアスを見据えた。
テルディアスもキーナの潤んだ瞳を見つめた。
その時、何故か周りの音が聞こえなくなった気がした。
目の前にいるお互いしか、この世界にいないかのような、静かな空間。

瞳と瞳が見つめ合う。
そして、少しずつ、その顔の距離が縮まっていく。
距離が縮まるほどに、お互いの瞳も閉じかけていく。
ゆっくりと、確実にそれは着地点を知っているかのように、近づいていく。
鼻がぶつからないように、少し首を曲げる。
それが当たり前かのように、唇が近づいていく。
お互いの鼻息さえも感じられるほど近づき、唇の距離もあと数ミリ。
二人の瞳がゆっくりと閉じられ…。

ドッゴオン!

二人の顔の距離が、一瞬のうちに、数ミリから数十センチになった。
世界の音が戻ってくる。
二人は体を固くしながら、お互いにその視線を何故か斜め上に。
顔が赤くなっている。
どちらからともなく、体を離す。
照れくさいのと、そのままでいたらやばい気がしたので。

「あ、あれって、メリンダさん?」
「あ、ああ、そうだ…」

テルディアスがここにいるのだ。メリンダも近くにいるのだろう。
そしてやっぱり、火を点けたのはメリンダだったのだ。
お互いに黙りこくり、轟音の一瞬前の事を思い出す。

(なんだ?! 今の引力?!)

あまりにも自然に顔が近づいていくので、二人共違和感を感じなかった。
だけれど、正気に返ると恥ずかしい事この上ない。
なんだか気まずい沈黙が流れた。

「そ、その…」

沈黙を破ったのはテルディアスだった。

「お前を迎えに、というか、無理矢理にでも連れて行こうと思って来たんだが…」

(迎えに…?!)

テルディアスの手を振り払ったのに、キーナを迎えに来てくれたのだ。
キーナはまた胸がいっぱいになる。

「だが…、お前が本当にここに残りたいと言うなら…」

キーナの意思を尊重する、と言いたかったのだが、その前に、肩を震わせるキーナの姿が目に入った。

「キーナ?」
「僕…、また…、一緒に行っていいの…?」

震える声でテルディアスに問いかける。

「当たり前だろ」

テルディアスが手を伸ばす。

「俺には、お前が必要なんだ」

キーナの胸は、喜びではち切れそうになった。
なので、素直にその喜びを体で表した。
つまり、テルディアスの胸に飛び込んだ。

(今は来るな―!!)

テルディアス、無言の叫び。
テルディアス、体を硬直させる。
思いっきり正直に自分の胸の内を吐露したばかり、感情の歯止めが効かなくなってきている。
しかもキーナの格好。
薄布で、下手すればその体のラインが手に取るように分かってしまう。
しかも肩丸出しだし。肩甲骨も見えてるし、膨らみの始まりくらいも見えてるし。

テルディアス心臓バックンバックン。
やべ、笑える。
そんなテルディアスに気づく事もなく、キーナは無防備に体を押しつける。

「そうだよね…、テルには…、僕が必要なんだよね…」

とスリスリと頭を押しつけてくる。
テルディアスの頭が爆発しそうになる。
感情の歯止めが解きかけて…、キーナの肩に手を伸ばす。

「…キ…」
「うおっしゃい!! そうと来たらば、元気百倍、やる気倍々!」

テルディアスの手はキーナの肩を掴む事無く、空を滑った。
勢いよく立ち上がったキーナが、天井に向かって拳を振り上げている。
テルディアスは何故か、視線を斜め下に移した。

「こんな所さっさとおさらばだ~い!」

調子に乗ったキーナがにゃははと笑う。

「んだ! いらないもん取っちゃえ」

と言うと、頭に着けていたもの、無駄に長いマントなど、惜しげも無く体から剥いでいく。
最後に残った物は、さすがに脱ぎ捨てるわけにも行かないが、スカートの丈が長く、走るのには邪魔だ。

「ふむ…」

少し考えて、キーナは何かを閃いた。
そしてテルディアスに向かって手を差し出す。

「テル~、剣貸して」

剣でスカートを切る気だ。

「あ、ああ…」

テルディアスが剣を素直に差し出すと、キーナは思い切りよく、スカートをザクザク切り裂き始めた。

「うし! これで動きやすくなった!」

まあ、動きやすくはなっているでしょう。
しかし、ほぼ太腿剥き出しの状態なので、テルディアスが目のやり場に困っている。

(短すぎやしないか?)

とも思ったが、すでに切り裂いてしまった後なので、戻す事も叶わない。
なるべく下を見ないように努めた。
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